時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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蒼星の章
34話


 

 王都決戦。

 突撃を開始したゴーティエ家の騎兵隊。

 その眼前に一人の女性が転移する。

 先頭を駆けるシルヴァンの眼は驚愕に見開かれた。

 

「まずいっ……!」

 

 本来馬とは臆病な生き物である。

 軍馬にするには音や痛み、夜闇、水、熱など様々な要素に慣れさせるしかない。

 そうして鍛え上げられた軍馬は突き出された槍や、魔法の中にさえ飛び込める。

 けれども、慣れただけで、臆病なことにはかわりない。

 

「前にわたしを見下した発言をしたこと。

 死んで後悔なさい」

 

 そこに立っていたのは魔道書を広げたリシテアだった。

 フロルが用意したシルヴァンを詰ませるための秘策。

 士官学校に通う生徒なら誰だって知っている。

 リシテアの闇魔法は精神に干渉する最凶最悪の騎兵殺しだ。

 

「ダークスパイクΤ」

 

 闇が広がる。

 

 黒い棘に貫かれた軍馬の根源的恐怖が呼び起こされる。

 シルヴァンの乗っていた馬が白目をむいて、前足の動きを止め、転倒した。

 後続の馬たちがぶつかりあい、骨を折り、泡を吹き、転び、騎手を吹き飛ばす。

 たったひとつの魔法でゴーティエ家の誇る騎兵隊が崩壊する。

 リシテアの脅威を知っていた分だけ、シルヴァンは心構えが出来ていた。

 辛うじて乗っていた馬に押しつぶされる前に跳んで大地を転がる。

 英雄の遺産『破裂の槍』を支えに立ち上がった。

 だがシルヴァンの試練は終わらない。

 

「俺、後悔してるんですよ。

 こうなる前にあんたのこと、

 一度きちんと口説いておくべきだった、ってね!」

 

 ひきつった笑みを浮かべるシルヴァンに天帝の剣を向けた。

 

 

 ……ベレス、ベレス。

 いつまで眠っておるのじゃ。

 おぬしの体はとうに目覚めておるはず。

 あやつの助けになると決めたのじゃろう。

 

 ベレスは心の内から聞こえる声と共にゆっくりと瞼を開けた。

 すんすんと鼻をならすと、ライラックの落ち着く香りが鼻孔を擽る。

 ベレスだけが見える少女がふわふわと浮いてこちらを見つめていた。

 

 まこと相変わらずじゃな、おぬしは。

 まったくいつまでも世話が焼ける……。

 

 ばさりとシーツが落ちる音に気付いたフロルが、本から目をあげる。

 フロルの髪は何時の間にか長くのびて、今は後ろで一つにまとめられている。

 

「おはよう、先生。よく眠れたか?」

「……どれくらい寝ていた?」

「丁度四日だな。

 フレンは大丈夫だと言っていたがやっぱり心配したよ」

 

 ベレスが周囲を見回すと、そこはガルグ=マク大修道院の聖墓だった。

 かつて死神騎士の襲撃を受けたことを覚えている。

 今ではすっかり破壊された扉も直されている。

 たしかフレンもこの場所で寝泊まりしていた筈だ。

 静謐な空気が漂うとはいえ、棺の並ぶ不気味な空間なのに意外だった。

 ぱたりと本を閉じたフロルが猫のように伸びをして凝り固まった体を解す。

 

「それじゃあ眠り姫も起きたことだし、皆に会いに行こうか」

 

 フロルがベレスの手をとって立ち上がらせて、二人は聖墓の外へ歩き出した。

 

 今は1181年、竪琴の節。

 戦争開始から三節が過ぎた。

 何度か軍の衝突はあったものの、開戦時のような大規模な戦端は開かれていない。

 王国軍は帝国西海岸へと逆侵攻を行い、旧ヌーヴェル領を含むゲルズ領を占領する。

 対するエーデルガルトは同盟に干渉、バーガンディ領の実効支配を行う。

 バーガンディ領は、大修道院と、王国の東部に接した要所。

 大修道院は再び危機にさらされていた。

 

 耳をすませば礼拝堂からは鎮魂歌が響き渡っていた。

 道中も厳戒態勢が敷かれ、セイロス騎士たちが目を光らせている。

 

「先生!ようやく目、うわぁっ!」

 

 アッシュがベレスに気付いて駆け寄ろうとして、砕けた石畳につんのめる。

 外壁を優先して細かなところの修繕が後回しになっているのだ。

 フロルがにやにやと笑みを浮かべた。

 

「我が騎士アッシュよ。そんな様子で俺を守れるのか?」

「す、すみません、フロル様、あ、いえフロル」

「冗談だよ。お前のことは信頼している。

 様付けの方が呼びやすいなら無理に呼ばなくて良い」

 

 約束通り、アッシュはフロルの騎士として叙任された。

 今ではロナート卿から貰った鎧もきちんと着こなしている。

 弓と斧を器用に使い分け、多くの帝国兵たちを殺したその名は、近頃広まり始めていた。

 

「ところで皆はどこに?」

「メルセデスとマリアンヌは救護室で騎士の治療をしています。

 ハピは厩舎に、イングリットとリシテアは会議室じゃないでしょうか。

 次の策について頭を悩ませているみたいでしたし……」

「少しは休めと言ったはずなんだがな」

 

 ベレスが口を挟んだ。

 

「コンスタンツェとモニカは?」

 

 バルタザールはとは聞かない。どうせ、その辺をほっつき歩いている。

 

「ああ、それなら俺が仕事を頼んで今は西にいる」

 

 アッシュがぺこりと頭を下げた。

 

「僕は今からジェラルトさんと巡回に行ってきます。

 また偵察兵が出てきたみたいです」

「頼んだ。夕食までには戻ってこい」

 

 アッシュが兵舎へと駆けていく。

 見送って、二人が大修道院の二階にある会議室まで階段を昇る。

 踊り場でフレンが降りてくるのが見えた。

 皆が背や髪が伸びたりと、少しずつ変化しているのに、フレンはちっとも変わっていない。

 その手には焼き菓子の大袋が抱えられている。

 

「まあ!先生、わたくしと同じくらいお寝坊さんですわね。

 今丁度あまーいお菓子を皆さんに配ってきたところですわ。

 ずっと頭を悩ませていても良い考えは思い浮かびませんもの」

「ありがとうフレン、私もそう思うよ」

 

 ベレスは心からフレンに感謝した。

 フレンの調子は相変わらずで、疲弊した仲間たちの心の支えとなっていた。

 

「どうぞ召し上がって」

 

 ベレスとフロルはフレンから焼き菓子を受け取って口に入れた。

 仄かなジャスミンの香りと、たっぷりと含まれた砂糖が元気をくれる。

 間違いなく料理下手のフレン以外が作ったものだ。

 

「それでは先生、フロルさん。

 わたくしは騎士の皆さんにお配りしてきますわ」

 

 フレンがタッタッタと忙しなく小走りで階段を降りていった。

 二人は入れ替わるようにして会議室へと辿り着いた。

 扉を開けばそこにはイングリットとリシテアの姿があった。

 机の上にフォドラの地図と五色に色分けされた駒が並べられている。

 

「あーもう!どうやっても兵力が足んない!

 どうしてさっさと叛逆者を潰さないんですか!」

「それは……先生。

 おはようございます、怪我はもう治りましたか?」

 

 リシテアがガシガシと頭をかく。

 イングリットがベレスを心配そうに見つめた。

 ベレスは突発的な遭遇戦でエーデルガルトとの一騎打ちを行ったのだ。

 エーデルガルトにも傷を負わせたものの、ベレスの傷は深く回復まで長い眠りを必要とした。

 眠っている間にどこかで負けたのかとベレスは心配になった。

 

「大丈夫。それより、戦況はよくないの?」

「悪いと言えば悪いのですが。

 変わりはなく……なんとか均衡を保てています」

 

 イングリットが地図の上に置かれた青色の駒を指差した。

 現在、王国の前線は四つ。

 帝国に食い込んだ西海岸と後方のアリアンロッド要塞。

 大陸の中心であり要所となる此処大修道院。

 旧国王派を警戒するイーハ領を中心とした王国北部。

 同盟領に入り込んだ帝国軍を警戒する王国東部。

 

「こんなの、占領地から引いて西部から戦力を北部に集中すればいいじゃないですか」

 

 顔をあげたリシテアの言葉に、フロルは困り顔を浮かべた。

 

「そりゃ無理だ。

 俺が支持されてるのは王国西部を戦場にしてないからだ。

 帝国領を占領してるから勝ち馬に乗った気分でいられる。

 領地が危険になったら直ぐに掌を返すぞ。

 元々帝国と戦争をしたくないって諸侯は多いからな。

 だから現状の戦力でどうにか出来ないかリシテアにお願いしているんだ」

「あんた、わたしはびっくり箱じゃないんですよ!」

 

 うがー!とリシテアが声を上げる。

 ストレスをかけ過ぎたとフロルは反省した。

 ここまで原作と比べて有利を確保しても、手詰まりだ。

 終戦まで五年もかかった理由がよくわかる。

 帝国の兵の数が多すぎて攻めること自体が難しい。

 維持できているのはフロルがヒューベルトを殺したのが大きい。

 エーデルガルトに指揮官はいても、同期の軍参謀が居なくなった。

 

「それにディミトリの狙いは斬首作戦だ。

 王国の兵をいたずらに減らせば、対帝国で詰む。

 大義名分が薄い今、勝ち目は俺を引きずり出して殺す以外にない。

 だから余程の危機でもない限り俺は軍を率いて行かない。

 ディミトリとフェリクスになりふり構わず狙われたら死ぬからな」

 

 フロルは戦士として二人に一度も勝てたことがない。

 決戦で勝てたのは徹底的に接触を避けて、二倍の兵力差を用意したからだ。

 ベレスが敵に回ることを想定していた。

 時を巻き戻す力は正攻法によるごり押しに弱い。

 大駒を大駒で足止めし、その間に数で押すを徹底し続けた。

 それでも、かつての同級生たちは全員撤退に成功したのだから末恐ろしい。

 

 代わりにイングリットが明るいニュースをあげた。

 

「幸いなことにゲルズ領の統治はヌーヴェル家家臣団を呼び戻したことで上手くいっています。

 モニカの交渉次第では帝国西部のオックス家を引き込むことも可能でしょう。

 それから秘密裏に帝国内部から支援が継続されていますね」

 

 ゲルズ領内の旧ヌーヴェル領は過去の戦役で没落したコンスタンツェの実家だ。

 勝手知ったる我が家ということで、反乱もなく突出部の防衛に成功している。

 そして、そこからヒュミル領を挟んだ場所にモニカの実家であるオックス領がある。

 今やオックス家の象徴であるマクイルの紋章はモニカただ一人のみ。

 味方につけることが出来れば挟まれたヒュミル領は降伏するしかない。

 また、帝国にはエーデルガルトに疑問を持ち隠れて聖教会への信仰を続ける者も多い。

 教会の守護を担う王国に支援が送られるため、王国内は戦争特需で賑わっていた。

 

「……ま、リシテアが無理と判断するならどうにもならない。

 今は足場を固めつつ、帝国の兵力を削る」

 

 フロルが結論をだした。

 

「とりあえずイングリットもリシテアも休め。

 昨日もそんなに寝ていないだろう」

 

 二人が渋々諦めて部屋を片付け始めるのを見てから、フロルとベレスは会議室を出た。

 次に向かったのは厩舎だ。

 セイロス騎士だけでなく、王国軍も利用するため、ちょっと手狭な感じが否めない。

 案の定、ヴァレリアを枕にしたハピが藁の上で横になっていた。

 赤毛が揺れて、眠そうに薄く瞼が開く。

 

「……ふわーあ。おはよー、先生」

「おはよう」

 

 フロルは呆れた表情を浮かべた。

 

「またサボってるな?」

「フルルが言った……あーあれ、鬼の居ぬ間になんとやらって奴」

「帰ってきたらコンスタンツェが気づかないはずないだろ」

「戦争ってやらなくちゃいけないことが増えてばかりでさ。

 前はこんな風にサボってても良かったのに。

 変わらないものが恋しくなるじゃん?」

 

 ベレスが微笑んだ。

 

「戦争前か、そういえば、提出していない宿題があったよね。

 ずっと待ってるよ」

 

 ハピが目をぱちくりと瞬かせる。

 大きなため息を吐き出しそうになってぐっと堪えた。

 

「……キミ、それはずるくない?」

 

 ハピが動物たちの世話を始めるのを確かめて、二人は厩舎を出た。

 気づけば鎮魂歌が聞こえなくなっている。

 

「そろそろ儀式が終わったはずだ。

 セテスと同盟について話し合わないと」

「……フロル、無理してない?」

「ん?どうしたんだ、先生。別にしてないぞ」

 

 ベレスは最近、フロルの感情を読み取ることが出来なくなっていた。

 まるでディミトリのように仮面をつける。

 たった三節でフロルは大きく成長を遂げた。

 良い方にも悪い方にもだ。

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