時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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35話

★〈支援会話:レア〉

 

 フォドラの各地から大修道院に訪れたセイロス教の信徒たちが、フロルの姿を見て跪く。

 

 赤子に祝福をお願いします。

 少しですが戦いにお役立てください。

 フロリアヌス様の雄姿を知って志願しにきました。

 父が帝国に殺されました。どうか復讐を。

 

 フロルが一人一人言葉を交わし、差し出された赤ん坊の頭に口づけと共に祝福を与えた。

 中には帝国のそれなりの身分の者まで忍んでやってきていた。

 フロルは今やフォドラで最も信仰の厚い信徒だと思われている。

 セイロスの再来と呼ばれることも多い。

 信徒に賊が紛れ込んでいないか、セイロス騎士がフロルの近くでその身を守っていた。

 

 フロルの心は冷え切っていたが、言動に表れることはない。

 信仰がなければ明日を生きていけない人々がいる。

 

 列がようやく途切れた後、フロルが騎士たちを引き連れてレアの部屋へと向かった。

 

「レア、明日出立する前に挨拶に来た」

「どうぞ中へ。貴方たちは下がりなさい」

 

 レアの一声で騎士たちがフロルの傍から離れていく。

 それを見送ってフロルはようやく張っていた気と共に、大きく息を吐きだした。

 フロルを白のベルベットのドレスを身に纏ったレアが迎え入れた。

 当然ではあるのだが、格式ばった大司教服を常に身に纏っているはずもなく。

 こうして見慣れない自然体のレアにフロルは少しどきりとする。

 

「どこへ行かれるのですか?」

「西へ。占領地の視察をしてくる。

 すぐに戻るよ。軍も残しておく」

「貴方の今までの、そしてこれからの献身に感謝いたします」

 

 レアが敬語を止めるように望んだため、フロルはそれに従っていた。

 レアが手づから紅茶を注ぐ。

 三日月茶の良い香りが部屋にゆっくりと広がった。

 対面に座ったフロルが先ほど信徒から貰ったばかりのお守りを首から外して机に置く。

 

「ヴァーリ伯はどうなった?」

「間違った信仰を広めようとする罪。

 女神の下で内省することでしょう」

「……そうか、ありがとう」

 

 ベルナデッタの父親、ヴァーリ伯。

 帝国で南方教会司教になるはずだった有能な男だ。

 フロルの既知の領域だったため、事前に潰した。

 現在、あらゆる手を使って帝国の南方教会の再建を阻止している。

 紋章を持たない限り、自身の信仰に疑いを持つと回復魔法が使えない。

 一人でも使えなくなれば、それを知った者も自身の信仰と行動に矛盾を抱える。

 帝国軍の回復魔法の使い手が少しずつ減少し始めていることをフロルは知っている。

 

「避難するつもりはないか?

 敵の狙いは貴方だ。

 大司教が死ねばフォドラに住む人々の心が折れる。

 正直次はここを守り切れるかわからない」

「私を心配してくださるのですね。

 ですが私たちのお母様が眠りについたこの地を叛徒共に渡すわけにはいきません。

 私はここで貴方と共に最期まで戦うつもりです」

 

 レアの決意に、フロルが小さくわかったとだけ呟いた。

 フロルはレアがセイロスと名乗っていたことを聞いた。

 セテスとフレンの正体もだ。

 同族と認めた、ということだろう。

 

「貴方の美しく煌めく輝石の瞳……風薫る空のような髪……。

 近頃、記憶に残るお母様に似て来た気がします」

「そういえば……」

 

 伸びた前髪を持ち上げて視線を向ける。

 碧色には違いないのだが確かに少し変質している気もする。

 思えば戦争が開始して、二つの紋章を表立って使うようになってからだ。

 

「どんな人だったんだ?つまりその女神は」

「全てを抱きしめるような優しい方でした。

 民が愚かにも反逆し、光の杭を使い、全てを滅ぼさんとしました。

 それでも、お母様は民を許し大地を癒すためにその力を使われたのです」

 

 レアの内側には未だ相反する感情が渦巻いている。

 女神を裏切った人への憎しみと絶望。

 女神のように人を慈しみたいという羨望と希望。

 帝国が開戦に踏み切ったことで、前者に傾き始めていることは解っている。

 それを同族とみなされたフロルにはどうすることも出来ない。

 

「……会ってみたかったな。

 きっとレアのことをよく頑張ったと褒めるはずだ」

「ふふっ貴方のこともですよ。

 お母様がさぞお喜びになるでしょう」

 

 フロルが三日月茶を一息に飲み干して、立ち上がる。

 

「では女神のために、平和を齎さなくては」

「少し待っていただけますか?」

 

 レアが髪留めを外して、フロルに差し出した。

 髪留めにはヴァレリアンの花の意匠が施されている。

 

「今、民の間では戦地に赴く殿方に、身に着けていたものを贈ると聞きました。

 これは私が娘のように可愛がっていた子から頂いた物。

 どうか受け取ってください。

 大司教ではなく、ただのレアとして貴方の無事を祈っています」

 

 見覚えのある花にフロルは少しだけ手を止めて、結局、受け取った。

 

「ありがとう。それでは行ってくる。

 セテスとフレンにはよろしく言っておいてくれ」

 

 レアはフロルが部屋を出ていくまで、うっとりとした目で見つめていた。

 

 始原の宝杯は人を蘇らせる神器ではない。

 女神を再誕させるための神器だ。

 

 今、フロルの意識がある通り儀式は失敗したのだろう。

 炎の紋章石がベレスのうちにあるのだから当然だ。

 けれども、だんだんと、幼い頃の記憶の中の姿と混じり合っていく。

 天帝の剣が反応したのは肉体そのものが近づいている証。

 今は亡きあの子のようにベレスは未だ女神の眷属としてすら目覚めない。

 もし仮に……。

 

★〈支援会話:コンスタンツェ〉

 

 フロルはゲルズ領へと訪れていた。

 物々しい王国の騎士たちが街を見回っているが、街並みは綺麗に残されていた。

 帝国の民たちも広場で王国から運ばれてくる物資を買い付け、賑わいをみせている。

 帝国におけるゲルズ公爵家の役割は外交であり、自前の軍事力をほとんど持たない。

 ガルグ=マク攻防戦の損害から帝国軍本隊は再建途中であり、攻略は容易かった。

 今、ゲルズ公は人質として王都にいる。

 

「ららららら~♪私の歌声、山を越え谷を越え~♪」

「随分上機嫌だな?」

「はっ!な、なん……っ!来ていたなら声をかけるべきですわ!」

 

 そのゲルズ家の屋敷で、コンスタンツェが上機嫌に歌っているのをフロルは目撃した。

 フロルが茶髪の鬘を脱ぎさり、べりべりと付け髭を剥がしていく。

 暗殺を警戒して変装していた。

 今いる護衛も傭兵に見せかけている。

 闇に蠢く者たちのやり方を考えれば下手に物々しい護衛がいる方が危ないのだ。

 

「ごほんごほん。ご機嫌麗しゅう、国王陛下。

 私はヌーヴェル家の貴族、そう貴族として!ご挨拶申し上げますわ!」

「ああうん……」

「なんですの、その反応は!」

 

 コンスタンツェがフロルに憤慨する。

 ついにコンスタンツェは念願の王国宮廷魔道士として認められたのだ。

 同時に貴族としても叙爵された。

 戦後も、このままヌーヴェル領が占領地のままなら与えることになる。

 

「それで……それはなんだ?」

 

 フロルの目の前で、箒が先ほどまでコンスタンツェの歌に合わせて踊っていた。

 今も人間の形そっくりの藁で編んだ脚で二足歩行している。

 

「おーっほっほっほっほ!

 これぞ我が禁断の魔法!歌うと掃除をする箒ですわ!」

「それは、凄いのか?」

「当然ですわ!歌が上手ければうまいほど、掃除の上手さもあがりますわ。

 歌の練習も出来て掃除も出来る、一石二鳥ですわね」

「掃除したい時にずっと歌っていなければならないのは使い勝手悪そうだが……」

 

 コンスタンツェは相変わらずな様子でフロルは少し安心した。

 良くも悪くも戦争は人間を変化させるからだ。

 

「帝国軍の動きはどうだ?」

「小競り合いはあっても、本腰を入れるようではありませんわね。

 こちらを攻めたとてアリアンロッドがある以上、その後が続きませんもの。

 次に動くとしたら東、それまでには私も大修道院に戻りますわ」

「リシテアとお前がそういうなら確かだろう。

 となると此処に誰を残していくかだが」

「バルタザールで良いと思いますわ。

 あのただ飯喰らい、貴方に金をたかってはふらふらとほっつき歩くんですもの」

 

 フロルは何とも言えずに頬をかいた。

 原作だともっと二人は仲が良かった気がする。

 やはり士官学校で同じ時を過ごしていないのが悪かったのだろう。

 

「あれはあれで治安維持に役立っているんだよ。

 必要になったら動く男だ」

「そうだといいですわね」

 

 庇うフロルに、つれない態度で答えた。

 コンスタンツェがふと思い出したように尋ねる。

 

「そういえば貴方、まだ結婚はしないのかしら」

「まあな。王家の義務とか言うなよ。

 そういうのはもう聞き飽きてる」

 

 貴族たちからせっつかれているが、のらりくらりと躱していた。

 

「でしたら私と結婚いたしましょう」

「えぇ……」

「なんですの!?その顔は!

 この異彩を放つ偉才コンスタンツェが結婚して差し上げようというのですわ!

 貴族として認められたとはいえ、王国では新興の身。

 妙なやっかみを受けることは間違いないですわ。

 そ・こ・で!王である貴方と結婚すれば将来安泰!

 ヌーヴェル家の栄光は永遠のものとなりますわ!

 おーっほっほっほっほ!」

 

 フロルがしっしっと手を振る。

 

「はいはい、側室なら空いているぞ」

「なっ!この私がそそそそそ側室!

 ふざけたことを!?

 このわたくし、たとえ国王だろうと容赦しませんわ!」

「まったく……自分を大事にしろよ。

 それじゃあ少し見回ってくる」

 

 フロルが変装をしなおして、屋敷から出ていく。

 少し経ってコンスタンツェは使用人が見守る中、大きなため息を吐き出した。

 

「……王になどなるものではありませんわね」

 

 かつてヌーヴェル家に仕えていた使用人がコンスタンツェのためにローズティーをいれた。

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