時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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36話

 

 王都決戦に国王派も初めから負けるつもりで挑んだわけではない。

 開戦に至ることはイーハ大公が、ディミトリの戴冠を妨害した時点で明白だった。

 フラルダリウス公が中心となって入念な根回しが行われる。

 ランベール王と関係の深かった東方の大貴族カロン伯爵家、ガラテア伯爵家。

 盟友であるゴーティエ辺境伯家と、古くから続く名家であるドミニク男爵家。

 その他、数多くの貴族や騎士の支援を確立した。

 帝国暦1179年までは国王派が優位に立っていた。

 

 当時、フロリアヌスの派閥が大公派ではなく公爵派と呼ばれるのには理由がある。

 派閥の旗頭がフロリアヌスの父、イーハ大公ではなかった。

 新興であるイーハ大公に執政権はあっても、派閥を支える資金も兵もない。

 古くから王家との繋がりの深いイヴァン公爵家が最大の後援者であった。

 パトリシア王妃、旧名アンゼルマは皇帝イオニアス9世の側室として亡命してきた。

 ランベール王とパトリシア王妃の婚姻が王家とイヴァン公の関係に亀裂を入れた。

 それでもフロリアヌスが産まれなければ王家の良き相談役のままであっただろう。

 フロリアヌスの誕生を知ると、イヴァン公は反ランベール王の旗頭として立った。

 

 即ち当初、フラルダリウス公とイヴァン公の代理戦争だと考えられていた。

 しかし実際にキャスティングボートを握ったのはイーハ大公であった。

 

 1180年大樹の節、西方教会のフロリアヌス暗殺計画にエリデュア子爵の関与が発覚したのだ。

 イーハ大公が執政権を行使し国王派エリデュア子爵に蟄居を命じた。

 これにより、国王派の重鎮ドミニク男爵家が地理的に孤立する。

 また、西方教会と長らく対立関係にあったデュバル伯爵家が公爵派に合流した。

 この大きな流れはガラテア伯爵家が国王派から鞍替えを検討するほどであった。

 一度始まった派閥の崩壊を国王派は止めることができなかった。

 

 聖セイロスに白きものが追い風を送ったように、イーハ大公はフロリアヌスを勝利に導いた。

 

★〈支援会話:リシテア〉

 

 大修道院の書庫。

 かつてはトマシュが管理していた場所にフロルとリシテアの姿があった。

 これからの戦略を話すこともあり、人払いを済ませてある。

 机の上に開かれているのは『八〇一戦役』『三日月戦争における帝国の考察』などなど。

 かつて同盟領で行われていた戦争の歴史と、その戦術についてだ。

 リシテアとコンスタンツェの意見が一致した以上、今度の戦場は同盟領になる。

 そこで同盟領から来たリシテアがフロルに事前予習をすることになった。

 

「こんなのもわからないんですか?仕方ないですね」

 

 リシテアがパルミラ襲来に対するリーガン公の陣形を小さな駒を使って地図に描いて行く。

 フォドラ東方からのパルミラ襲来を同盟と帝国が力を合わせて跳ね返した。

 パルミラは騎馬民族の血を引く者たちであり、戦いを好む。

 その軍勢は大地を埋め尽くす津波のようだったという。

 防げたのは先々代のリーガン公と皇帝が神がかった戦上手だったからだ。

 あるいは本当に異教徒の侵略に対して、女神の加護があったのかもしれない。

 ついでに本人は隠しているつもりだがパルミラはクロードの実家である。

 

「でもここおかしいだろ。森が間にあって視界が通らない。

 偵察兵の帰還も間に合わなかっただろうし、攻勢が成功した理由がない」

「地図の上ではわかりにくいですが、同盟領はフォドラの喉元に隠し砦が並んでいたんです。

 そこから見下ろせば進軍するパルミラ軍の動きはまるわかりでした。

 この時リーガン公の部隊は砦から上がる狼煙を見て、パルミラ軍の位置を把握したわけです」

 

 リシテアがトントンと同盟東方、パルミラとの国境を指さした。

 フォドラの喉元と呼ばれる山がフォドラとパルミラを遮っているのだ。

 

「今では首飾りが建造されたのでお役御免になりましたけど」

「ふーむ、それどこまで視界が通るんだ?」

「精々リーガン領とゴネリル領くらいです」

「なるほど」

 

 ふと、フロルはリシテアが同盟コーデリア家の話題を避けていることに気付いた。

 パルミラ戦役を語るなら避けては通れないはず。

 リシテアの本名はリシテア=フォン=コーデリア。

 実家が円卓会議に属する五大諸侯として今も渦中にある。

 

「帰っても良いんだぞ。もう十分助かってる」

 

 そう言ったフロルの頬をリシテアが両の手でバチンと強く挟んだ。

 痛いとフロルが小さく悲鳴をあげる。

 

「ふん!あなたのバカさ加減に付き合うのもいい加減うんざりしてきました」

 

 リシテアがフロルの頬から手を離して、紋章を浮かべた。

 並んだカロンの小紋章とグロスタールの紋章。

 そのうちのグロスタールの紋章は光が弱まって薄れ始めている。

 一年後には紋章の力が失われているだろう。

 

「前より咳き込む回数が減ったのも、重い荷物を持てるようになったのもあなたのおかげ。

 命を助けて貰った恩を返さずに、わたしはどういう顔で両親に会えば良いんですか」

「だけど……両親と顔も合わせられないのは辛い事だ」

 

 フロルは母親の顔を肖像画でしか知らない。

 母はフロルを産むために死んだのだ。

 その分父に愛情を与えられて育った。

 父が亡くなったらと思うとフロルは自分がどうなるかわからない。

 

「あなたの悪い所はあなたの物差しで人を測るところです。

 わたしが必要だって言ったのはあなたですよ」

「それはそうだが……」

「今進めている西方軍の再編計画だってわたしがやってるんですよ。

 まったく……わたしがいなくなったらどうするつもりなんですか」

「……」

「手紙のやりとりはしていますし、士官学校の時となんらかわりありません」

「……」

「それにまだ本当に治ったかどうかわからないんです。

 中途半端に放り出してまた再発したらどう責任をとるんです?」

「……」

 

 フロルはリシテアの正論になにも言えなくなった。

 わかっている。ただの感情論の我儘に過ぎない。

 

「これ以上の追及は勘弁してあげます。

 わたしだってあなたの努力は知っていますから。

 バカなことは言わず、大人しくわたしに助けられなさい」

 

 リシテアはそれだけ言って、フロルへの講義を再開する。

 勝てないなあとフロルは思わず口にした。

 

★〈支援会話:セテス〉

 

 フロルとセテスの二人は並んで女神の石碑へ祈りを捧げる。

 海から吹き付ける王国の冷たい潮風が、フロルの長い碧髪を揺らした。

 ここはロディ海岸。

 教団の聖地のひとつであり、セテスの亡き妻が眠っている地でもある。

 セテスの傍には神聖武器『アッサルの槍』と『カドゥケウスの杖』が置かれている。

 フロルもセテスもこの場所に神聖武器があるのは知っていたが取りに来る余裕がなかったのだ。

 フロルは王国軍を、セテスはセイロス騎士を指揮し、帝国と戦ってきた。

 今少しだけ落ち着く時間を得た。

 

 フロルが立ち上がって膝についた砂を払い落とした。

 目の前には良く知る王国の冷たい海が、波を作って砂浜に押し寄せてきている。

 

 少し離れた場所でヴァレリアとフレンが砂で城を作っていた。

 愛馬もフレンには甘いらしく、気を遣っている様子だ。

 それにしても、まさかあの砂城は王都フェルディアか。

 

 フレンから視線を切って、セテスがフロルに頭を下げた。

 

「君に謝らなければならない。

 己の見る目のなさを嘆くばかりだ。

 私は君を、ネメシスの再来、いや、それよりも恐ろしい存在ではないかと危惧した。

 私たちと同じ髪と瞳の色、そして二つの紋章を持つ君をだ」

「ではなぜあの時天帝の剣を?」

 

 フロルの炎の紋章を暴いたのはセテスだ。

 かつての同胞たちが眠る地下の霊廟に連れて行き、天帝の剣に触れさせた。

 しかしセテスはフロルに後日、剣を渡した。

 

「正直に言おう。あの時の君は脅威ではなかった。

 天帝の剣を使いこなす才がないのは訓練でわかっていた。

 監視し、剣を悪事に使用すれば直ぐに対処するつもりだった。

 まさか、レアが禁忌を冒し、二人目の炎の紋章が現れるとは私も思っていなかったがね」

「それ言わなかった方が良いんじゃないか?」

 

 どうせそんなことだろうとはフロルも思っていた。

 天帝の剣を手放してベレスに渡すのも、惜しくもなかった。

 

「だからこうして今更謝罪しているのだ。

 私はこれまで、君の姿を見て来た。

 君が祈ってもその先に女神がいないこともわかっている」

「それは……」

 

 言い訳をしようとするフロルをセテスは手で制した。

 

「悪いことではない。むしろ懐かしさすら覚える。

 かつていた同胞にはその数だけ個性があった。

 中には女神に反抗的な態度をとった者や、離れていった者もいた。

 だがあの戦いがおこると、そういった者たちでさえ女神の為に戦った。

 まさに君のように何を成したかが大切なのだ」

 

 セテスは大海原の先に過去を映し見た。

 キッホルとしてその時代を生きた。

 フロルが首を横に振る。

 

「……俺は期待されているほど優れた人間じゃない。

 今戦っているのも時折正しいのかさえわからなくなる。

 ディミトリなら、別の道を示せたかもしれないのに」

 

 数倍の国力差に勝つには信仰を利用する以外思いつかなかった。

 フロルは信仰の強さを知っている。

 民が自ら兵に志願し、貴族が自ら財産と軍権を差し出す。

 どれだけ兵力差があろうとも逃げることはない。

 自身を偶像化するため、王都と大修道院の勝利が必要だった。

 逆に言えば、知っているために他の道を信じられなかった。

 

 憧れたディミトリを心の何処かで信じていなかった。

 

「私はそうは思わない。

 彼は正義と人徳のある人物なのだろう。

 ただ……。

 人を信じるが故に、一歩間違えれば闇に踏み込むような危うさがあった」

 

 精神的な不安定さだけではない。

 フロルに言うべきことではないと黙ってはいるが。

 追い詰められれば教会を切り捨てかねないと見ている。

 

「仮にそう見えたのなら、原因は俺にある。

 別の道があれば、違ったんだ」

 

「君の言うことだ。

 私の見立ては間違いだったのかもしれない。

 だが今私の目の前にいるのは君だ。

 君がレアや私、そしてフレンの命を救った。

 私は君を疑ったことを謝罪しその行動に感謝する。

 我が妻に誓おう。

 その先になにがあろうとも、私は君と同じ道を歩む」

 

 セテスはまだ未熟な子を見るように微笑んだ。

 

「さて、君の決裁を待つ書類が山を成しているのだ。

 私も微力ながら手伝おう」

「……嫌な事思い出させてくれるなぁ」

 

 フロルはこれから三日間、幽閉されて書類地獄に送られる。

 

「まあ!お父様、どうしましょう。

 せっかくのお城が大変な事になっていますわ!」

 

 王国の海は荒れるのも早い。

 フレンとヴァレリアが作った巨大な砂城。

 ざばんと一際大きな波が王都フェルディアを襲った。

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