時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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37話

 

 ガルグ=マク大修道院から東、廃れた村の教会。

 床に残された黒ずんだ染み、窓が割れ、講壇が倒されて燭台が転がっている。

 外には真新しい司祭の墓があった。

 教会が腐敗しているという噂が広がって、村にある素朴な教会が賊に襲われる。

 実際に金品を隠し持っているわけもなく、怒りのままに刃が振り下ろされた。

 

 そこにフロルとベレスの姿はあった。

 二人で長椅子に腰掛けて待ち人を待つ。

 ヴァレリアが頭を上げて耳を絞る。

 少し遅れて外でバサリバサリと羽ばたく音が聞こえた後、扉がゆっくりと開いた。

 

「よう、フロル、それに先生も。相変わらず愛想のない顔してんなあ」

 

 現れたのは同盟の盟主クロード。

 三級長の中で、フロルが一番恐れた男だった。

 相変わらず胡散臭い爽やかなマスクを張り付けている。

 開いた扉の向こうには乗ってきた飛竜の姿も見えた。

 

「そっちこそ随分としけた面じゃないか。

 士官学校に居た時はもう少し生意気なクソガキだったんだけどな」

「大人になったんだよ。俺もお前もな」

 

 フロルの言葉にクロードがにやりと笑みを浮かべながら、顎を撫でた。

 

「随分とまあ活躍してるみたいで、同期の俺も鼻が高い。

 羨ましくなるぜ。

 俺は手足を誰かさんにもがれたままだ」

「エーデルガルトのことか?」

「ははっ、冗談が上手い」

 

 無双で描かれたようにフロルは帝国と同盟が手を組むのを恐れた。

 クロードを無視して同盟という体制そのものに干渉することにした。

 同盟五大諸侯の円卓会議の承認がなければクロードは動けない。

 開戦前から五大諸侯のコーデリア家、エドマンド家と密約を交わした。

 別に同盟を味方にする必要はなく、円卓会議を空転させればいい。

 今のところそれは成立しているが、いつまで維持できるかはわからない。

 

「さて……話を進めさせてもらう」

「秘密の不可侵条約ね……」

 

 つい先日、そんなクロードから届けられた手紙が秘密交渉の誘いだった。

 

「王国は同盟に攻める気がないし必要ないだろ」

「それじゃあ国境沿いに張り付けた軍はなんだ?」

 

 動こうとしたら、見せしめに親クロード派の同盟ダフネル領を火の海に沈めるためだ。

 

「教練をしているだけだ。

 そっちこそガルグ=マク周辺に偵察兵がうろうろしているな」

「帝国兵と見間違えたんだろ」

 

 王国と教会の防衛網の隙を探っているのはわかっている。

 軽いジャブを交わし合ってクロードが本題に入る。

 

「ベルグリーズ家で動きがあった。

 実効支配している同盟領を通って進軍するつもりだろう。

 これ以上帝国に面子を潰されたら、同盟はバラバラになっちまう。

 同盟は表向き関与せず、協力して帝国最強の首を取る。

 悪くない提案だろう」

 

 同盟バーガンディ領を差配しているのはレオポルト軍務卿だ。

 死ねば帝国の実効支配が解かれ、クロードは発言力を増す。

 王国も喉から手が出るほど欲しい時間的猶予が得られる。

 

 クロードが真面目に不可侵を守るとは思っていないが、提案自体は魅力的だ。

 張り付けた兵を引かせるフリくらいはしても良い。

 

「悪くない……悪くないが、条件を加えよう」

 

 クロードの提案にフロルが人差し指をあげた。

 

「対パルミラ戦に参加する。その代わり船を貸して貰う」

 

 フロルは黄燎の章から、シャミアとツィリルを偵察に派遣して知っていた。

 このタイミングでクロードが王国と不可侵を望むなら理由は他にない。

 クロードの異母兄弟、シャハドがいよいよ動き出したのだ。

 リシテアに戦地になる同盟西部だけでなく東部の話を聞いていたのはこのためだった。

 

「どうしてわかった?」

「俺は一人じゃないからな。

 これを機に手を組まないか?

 お前がいればエーデルガルトにだって勝てる」

 

 無駄だとわかっていても、最後の確認をする。

 

「俺もお前ときょうだいになれたら心強いだろうな。

 だが、俺の目指す道はそこにない。

 そうだろう?フロル」

 

 クロードの野望はフォドラの秩序を破壊する。

 花を踏みにじる世界をフロルは知っている。

 

「別にお前の理想が間違ってるわけじゃない。

 方法が受け入れられないって話なんだが……」

 

 諦めて、クロードに握手のため手を差し出した。

 

「まあ、仕方ない。じゃあ、一時的な共闘だ」

「やれやれ、こうなるとあの頃知っていればな」

 

 クロードがフロルの手を強く握り返した。

 

「おっとそうだった。先生も握手しておくか?」

「やめておくよ。

 クロードは味方にならないでしょう」

「ははっ……手厳しいな。

 あんたが俺を選んでくれてりゃあなあ……」

 

 

 同盟バーガンディ領。

 オグマ山脈が見下ろす、森の中の平野で帝国軍と王国軍が相対していた。

 双方軍本隊ではない、いち方面軍だ。

 帝国軍はベルグリーズ伯とヘヴリング伯の連合軍。

 王国軍はガラテア伯とセイロス騎士団の連合軍。

 王国軍本隊は秘密裏に同盟領東部に向かったため実は王国に後がない。

 ここで負ければ大修道院が落ちかねない一戦である。

 

 レオポルト=フォン=ベルグリーズは軍務卿であり、帝国最強の武人だ。

 ペトラとも因縁深いダグザ=ブリギット戦役で帝国に勝利を齎してその武名を轟かせた。

 筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒し、腕を組みながら王国軍を睨みつける。

 

「あれが近頃話題の騎士か」

「おお!アッシュじゃねえか!

 前の戦いの時は戦場が違ったからよ!

 どっちが上か今度こそ決めねえとな!」

 

 父親と同じ戦場に立ち、はしゃぐカスパルの頭にレオポルトの拳骨が落ちた。

 

「いっってえええ!なにすんだよ、親父!」

「何時迄も学生気分でいるな。わしが出る」

 

 レオポルトの眼が先陣に立つアッシュの力量を測る。

 アッシュはフロルの騎士として戦い抜いた。

 斧と弓を柔軟に使いこなし多くの帝国兵を殺した。

 だが直接戦えばレオポルトが勝つのは間違いない。

 

「何でだよ!親父が出るほどの強さじゃねえぜ!

 俺にやらせてくれ!」

「ならん。敵の布陣が妙だ。おそらくなにか策がある」

 

 両翼は薄く広がり、騎兵を陣形の奥に隠している。

 その意図が掴めない。

 

「策だあ?オレにはさっぱりわかんねえ」

「よいか、策に策で抗しようなどと思ってはならぬぞ。

 しっかりと敵の策を見極めた上で、力でねじ伏せるのだ」

「おお!力ならオレだって負けてないぜ!」

 

 それはカスパルが気合を入れた直後のことであった。

 

 士官学校の生徒で最も「上手い射手」とは誰だったか。

 口を揃えて一人を名指しするだろう。

 金鹿の学級に所属していたイグナーツ=ヴィクターである。

 眼鏡をかけている通り視力は低く、筋力は特別優れているわけでもなく、紋章による力もない。

 しかし士官学校に在籍中一度も矢を的から外したことがないのはイグナーツただ一人だった。

 

 レオポルトが唸る。

 王国軍に意識を集中させた一瞬の隙をつかれた。

 心臓を狙った矢に、肩を盾にすることで防いだ。

 レオポルトが避ける間もなかったとは恐るべき弓の使い手だ。

 矢が来た森を見れば、影が森の奥へと退いていくのが見えた。

 

「ぐぅ……毒か。おのれ、小癪な真似を」

「親父!大丈夫か!」

 

 レオポルトは矢を抜くと、血を流す肩を握りしめた。

 全身の筋肉が膨張し、圧迫される。

 傷口から血と共に毒が噴き出した。

 鏃に塗られていたのはパルミラにのみ生息する希少な虫から採れる猛毒だ。

 この短い間でレオポルトの腕に痺れるような感覚を残した。

 

「フンッ!問題はない。

 同盟の仕業か。ならば直ぐに次が来るぞ、備えよ!」

 

 直感に過ぎない。

 だがレオポルトは長年の戦場の勘で同盟の謀略だと確信した。

 同盟軍に誘導された魔獣の群れが森から飛び出して、帝国軍に襲いかかった。

 同時に王国軍を象徴する騎兵隊が帝国軍へと突撃を開始する。

 

 先代のリーガン公が好みそうな手口だ。

 狙いは兵ではなくレオポルトの首ひとつだろう。

 レオポルトはそれを知って快活に笑った。

 

「はっはっはっ!久々に血沸く戦場のようだな!」

 

 退くことはない。むしろ前進する。

 

 レオポルトの両腕に嵌められた神聖武器『ヤルングレイプ』。

 一撃で魔獣の頭蓋骨を粉砕し、降り注ぐ矢の中を歩く。

 当たりそうな矢だけを掴んでへし折った。

 レオポルトの姿を見れば混乱する帝国軍も落ち着きを取り戻し始める。

 その姿が戦場にある限り、帝国軍は崩れることがない。

 だが教会勢力を吸収した王国軍はレオポルトに匹敵する人材を持つ。

 騎兵の中から二つ、隠し玉が飛び出してくる。

 

「レア様に刃を向けたこと、主の御許で悔い改めな!」

「俺が相手をしてやろう」

「『雷霆』に『壊刃』か!相手にとって不足なし!

 このレオポルト=フォン=ベルグリーズにかかってくるがよい!」

 

 レオポルトにカトリーヌとジェラルトが襲い掛かった。

 轟く雷鳴と共に振り下ろされた雷霆を、ヤルングレイプで受け止める。

 ジェラルトのセイロスの大紋章と、レオポルトのキッホルの大紋章が輝いた。

 互いの絶技が激突し、罅割れた地面から粉塵が吹き上がった。

 最強の聖騎士と伝説の傭兵の二人がかりで帝国最強の男に挑む。

 

「そこをどけよ、アッシュ!」

「退けないよ。僕は騎士だから」

 

 父親の救援に向かおうとするカスパルの前にアッシュが立ち塞がった。

 

 前衛がぶつかると同時に後衛の軍でも動きがあった。

 帝国はヘヴリング伯とその息子リンハルト。

 対する王国はコンスタンツェとリシテア。

 英傑が十人を殺す間に、百人を殺すのが魔道士である。

 

「厄介な相手だな、少しばかり分が悪そうだ」

「はあ……リシテアが相手なんて、言っておきますけど。

 父さんと僕じゃ少しどころじゃなく分が悪いですよ」

 

 コンスタンツェとリシテアは新世代の天才の双璧だ。

 魔道士の勝負とは、剣の腕を競うよりも遥かに才能で決まる。

 コンスタンツェが持つのは神聖武器『タロスの書』。

 リシテアが持つのは英雄の遺産『ストゥングの神秘』。

 どちらも中央教会が秘蔵し、開戦と共に提供された。

 

「それでは不肖ながら、できる限りの務めを果たさせていただきましょう」

「ふーん、まあまあ頼りになりますね。でも、わたしも負けていませんよ」

 

 同時に唱えられた最強の黒魔法『アグネアの矢』。

 互いに互いの熱量を上げながら、螺旋を描く。

 風が吹き荒れて二人の服がバタバタとはためいた。

 第二の太陽が出現したと錯覚するほどの光。

 赤から白へと煌々と戦場を照らし、矢が引き絞られる。

 

「確かに分が悪いどころの話ではないな」

 

 ヘヴリング伯とリンハルトが障壁を展開する。

 螺旋の矢が障壁を容易く貫き、帝国の兵たちを蒸発させた。

 リンハルトが紋章を輝かせて回復魔法を使うが焼け石に水だ。

 

「僕言いましたよね。攻めるの、やめた方が良いって」

「私の話をあの男が聞くとでも」

 

 親子は二人そろって深いため息を吐き出した。

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