時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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38話

 

「僕言いましたよね。攻めるの、やめた方が良いって」

 

 リンハルトはこの侵攻を無駄だと考えていた。

 王国軍は神聖武器と英雄の遺産を多数保有し、人材も豊富だ。

 だが帝国深くまで侵攻する兵力は持ち合わせていない。

 対する帝国の懐は広く王国に比して人口と経済で遥かに勝る。

 ひたすら持久戦と、覆しようがない兵力を用いた大規模な決戦を強いれば勝てる。

 ガルグ=マクの攻略に失敗した以上、早期決着は不可能だ。

 

「私の話をあの男が聞くとでも」

「はあ……わかってますよ。

 制御しようなんて無駄だってことは。

 カスパルだって同じなんですから」

 

 二人そろって深いため息を吐き出す。

 

 リンハルトが口にすることはないが、一番の問題はエーデルガルトの基盤の脆さだ。

 元々お飾りの地位を継いだだけの皇帝。

 こうして、レオポルトが軍を独立して動かすことを止められていない。

 その原因の一人が先代の皇帝を傀儡にした自分の親だと言うのだから難儀な話だ。

 

 試しにと撃ってみる炎の魔法も稲妻に飲み込まれて、逆に帝国の兵が死んだ。

 

「仕方あるまい。

 信頼性には欠けるのだが、あれを使う」

「良いんですか、父さん」

「なりふり構っている状況ではない。ただし、二発までだ」

 

 ヘヴリング伯が合図を送る。

 帝国軍後方から六頭の馬に引かれて、巨大な機械が現れた。

 帝国に巣くう怪しい連中から技術提供を受け開発した試作段階の兵器。

 魔道砲台ヴィスカムと彼らは呼んだ。

 ヴィスカムの利点は出力を上げれば、威力も上がることだ。

 魔法勝負で負けるなら資金力で殴れば良い。

 大量の魔法水晶が燃料となって色をくすませ、膨大な魔力を充填する。

 展開された砲身が回転し、魔力の青い光が中心から漏れ出す。

 

「最大出力で放て」

 

 短く命じたヘヴリング伯に従い、魔力の砲弾が王国軍へ向けて放たれた。

 リシテアとコンスタンツェが障壁を展開するが、一瞬の抵抗の後、突き破る。

 ヴィスカムは王国軍右翼を焼き払い、その痕には灼熱の大地だけが残った。

 

「これは悪くないな。

 ではもう一発だ。再充填して放て」

 

 勝負を決するために冷徹にヘヴリング伯が命じる。

 ヴィスカムが再度王国軍に直撃する、その瞬間。

 ペガサス兵がヴィスカムの砲弾の眼前に飛び込んだ。

 それはガラテア伯の名代として、

 軍全体の指揮をとっていたイングリットだった。

 

「これが私の覚悟の証……!」

 

 イングリットが、手に持つ槍を掲げる。

 紋章一致により心臓の鼓動のような赤い輝きを放つ。

 英雄の遺産『ルーン』が紅蓮の炎を渦巻きながら砲弾に突き刺さった。

 ペガサスが大地に蹄を穿ち、吹き飛ばされぬよう必死に耐え凌ぐ。

 大規模な爆発がイングリットを飲み込んだ。

 

「……なるほど」

「……父さんの判断ですからね。僕は知りませんよ」

 

 天に吹き上がる黒煙の中から青い光が灯る。

 ガラテア家を象徴するダフネルの小紋章。

 灰と煤で白き翼を汚しながらも、

 ペガサスと、それに跨る無傷のイングリットが現れる。

 

「戦況を考慮すると……ここは撤退の一手だ」

 

 ヘヴリング伯は兵に指示し、撤退の準備を開始した。

 

 

 前線でジェラルトとカトリーヌがレオポルトと狂乱の死闘を踊る。

 全員が世が世ならば歴史の覇者になっていた英雄級。

 三人の大紋章が眩いほどに輝きを放ちながら、戦技を叩きつけ合う。

 神速の秘剣が煌めき、槍の連撃が残影を生み、豪拳が大地を砕く。

 

「この程度で音は上げられないね!」

「年季が違うんだよ」

「良き戦いぶりよな。いよいよ儂も危ないか……!」

 

 雷霆の火力は選択肢を奪い、百年の研鑽を積んだジェラルトが肉体を抉る。

 帝国最強の男は最強の聖騎士と伝説の傭兵、二人を相手にしてなお粘る。

 だからこそ、殺しきるためにアッシュがカスパルを止める。

 

「そこをどけよ、アッシュ!」

「退けないよ。僕は騎士だから」

 

 互いの斧が火花を散らしてぶつかりあい、カスパルとアッシュが吹き飛んでいく。

 大地に溝を作って踏ん張るアッシュに既にカスパルは接近を終えている。

 振り下ろされる斧を、辛うじて防御する。

 

「どかねえならオレがお前をぶっ潰す!」

 

 アッシュの路地裏仕込みの脚癖がカスパルを蹴り飛ばす。

 即座に弓矢に持ち替える。

 放たれた三連射に、カスパルが真正面から突き進む。

 二本を斧を振って払い、一本の矢が鎧の肩甲を砕いた。

 歯を食いしばって体がのけぞるのを防ぐ。

 

 紋章のない者同士、モノを言うのは鍛え上げられた肉体と技術だ。

 アッシュの背後で行われている英雄の戦いを真似することは出来ない。

 泥臭くても、二人がレオポルトを殺すまで時間を稼ぐのがアッシュのやるべきことだ。

 

 言葉でもなんでもいい時間を稼げ。

 

「エーデルガルトのどこに正義があるんだ。

 彼女の理想のせいで死ぬのは結局平民なんだぞ!

 カスパル、君はなんのために戦うんだ!」

「うるせえ!オレはこの道を自分で選んで生きているんだ!

 全力で喧嘩して、全力で敵をぶっ飛ばす!それだけだ!」

 

 斧の技量において、カスパルはアッシュを凌駕している。

 だが攻めきれない。

 アッシュの仲間には綺羅星のように輝く戦士たちがいる。

 どれだけ努力を重ねてもアッシュが彼らに勝つことは出来ない。

 だからアッシュはせめて騎士として、負けないことを選んだ。

 

 斧が噛み合い、刃こぼれした鉄片が舞う。

 アッシュの視界がチカチカと白み、一歩たたらを踏んだ。

 顔面を殴られたと遅れて気づく。

 視界が戻りきる前に、構わず頭突きを返した。

 カスパルが苦悶の表情を浮かべ、額が割れて血を流す。

 カスパルとの格闘戦は不利だ。

 槍のように柄を振り上げて強引に距離を離す。

 

 アッシュが口の中に溢れる血を草原に吐き捨てた。

 

「僕だって負けられないんだよ!」

 

 そして、その時が訪れた。

 

 レオポルトがジェラルトの馬の首を手刀で落とす。

 追撃の拳を振るう瞬間、毒の痺れが動きを止めた。

 その隙を見逃すジェラルトではない。

 

「はは、俺の人生の中でお前が一番強かったぜ」

 

 ジェラルトが落馬しながらも、レオポルトを槍で貫いた。

 死の気配。

 レオポルトがカスパルを視界に入れた。

 

「カスパルよ。お前はお前の信じる道を行け」

「親父っ……!」

 

「子の前で親を殺す。

 心は痛まないでもないが、これも女神のお導きってやつさ」

 

 動きの鈍ったレオポルトの首を、カトリーヌが雷霆で刎ねた。

 直後、転移によってヘヴリング伯とリンハルトが前線に現れる。

 

「ありえん……!レオポルトが……!」

「父さん、カスパルと転移を!」

「やめろ!オレが今から全部ぶっ潰す!」

 

 リンハルトがカスパルの腕を掴み、ヘヴリング伯と共に転移した。

 

★〈支援会話:アッシュ〉

 

 フロル率いる王国軍の奇襲によりガルグ=マク攻防戦に教会が勝利した。

 息つく暇もなく各地を転戦し、帝国軍と旧国王派の侵攻を跳ねのけていった。

 ゲルズ公爵領の逆侵攻に成功した後。

 アッシュが話をしようと王国軍の天幕を探したがフロルの姿はなかった。

 もしや誘拐されたのではと方々を探し回って、息が上がった頃、漸く見つけた。

 

「フロル様、なぜこんな場所に?」

「見て解るだろ。今俺はサボっているところだ」

 

 王国軍の野営地からそう遠くない木陰でアッシュはフロルを見つけた。

 フロルはサボっているというわりに堂々とした態度を崩さない。

 士官学校の頃も思えばそうだった。

 アッシュがあたりを見回すと、木の傍に帝国の剣が刺さっている。

 盛り上がった土は誰かの墓なのだろう。

 もしかして墓参りを邪魔してしまったのだろうか。

 

「ごめんなさい……そうとは知らず」

「勘違いしないでくれ。

 多分、帝国の兵なんだろうが……。

 ここに眠っているのは知り合いでもなんでもない」

 

 フロルがアッシュの早とちりを訂正した。

 

「ただ、少し感傷的になっただけだ」

 

 アッシュはフロルの目を見て思わず息を飲んだ。

 亡くなったのは帝国の兵なのに。

 なんて悲しい目をするんだろう。

 ひかれる意識を首をふるふるとふって戻す。

 

 随分と待ってもらった約束を、果たさなければ。

 アッシュが胸に手を当て、片膝をついた。

 

「……今や帝国の暴虐は止まらず、

 フォドラの大地は嘆きに満ちています。

 赤狼が人々を喰らおうとしているのです」

 

 フロルが目を瞬かせた後、アッシュに向き直った。

 

「忍耐の時は終わりだ。私は立ち上がろう。

 赤狼を討ち、人々を守る蒼き獅子となろう」

 

「ならば我が誓いを貴方へと捧げます。

 永遠の忠誠と主への信仰を。

 剣となり盾となりこの身を捧げることを誓います」

 

 フロルが腰に帯びた剣を抜き、アッシュの肩に剣の腹を置いた。

 

「アッシュよ。汝の忠誠と誓いを受け我が騎士に任じよう」

 

 肩から剣が外れた後も、アッシュは跪いたまま見上げた。

 

「ルーグとキーフォンの誓い。

 ずっと前から憧れていたんです。

 弟とも交代で何度もやりました」

「わかるよ。

 俺も父上にやってもらった。

 父上にルーグ役をせがんだ時は顔を顰められたけどな」

 

 つられるようにアッシュとフロルがくすくすと笑った。

 

「前に殿下が僕に言いました。

 突き詰めれば、騎士とは人を殺める者だ、と。

 あの時、なにも返すことが出来ませんでした」

「あいつが言いそうなことだ。

 今は別の答えを見つけたのか?」

「はい、今なら違うと言えます。

 騎士とは、自分の為ではなく人の為に戦える者です」

 

 困ってる人すべてを助ける方法などない。

 けれども、目の前の人を助けることは無駄ではない。

 そのために立ち上がり、戦える者が騎士である。

 アッシュの出した答えだった。

 

「……お前は俺が知る中で、最も気高き騎士だよ」

 

 こうしてアッシュ=デュランは騎士となった。

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