信じる王のため、王国の兵が刃を振るう。
英雄の遺産の暴威が戦場の一角で吹き荒れる。
イングリットの持つルーンが煉獄を作り出し、
フェリクスのアイギスが凡百の兵たちを守る。
「忠義だ騎士だと喚いておきながら、
家のために王家を裏切り王国の民を殺すか」
「義務から逃げたあなたに騎士を語る資格はない。
たとえどんな道だとしても、
私は己の心に従うと決めた!」
「ならば……お前とて、斬るだけだ」
こんなこと、望んでいなかった。
肉体は反射的に動く。
アラドヴァルの代わりに齎された魔槍『グラディウス』。
剣を突き出す兵士を引き裂き、斧を掴んで素手で砕いた。
なぜ、なにも言ってくれなかった。
「どうやら、敵が一枚上手だったようだな。
ここまでか。敗北を認めるしかあるまい」
「ここはおれが……」
「いえ、あなたの忠義は殿下に必要なもの。
それに殿は食いつくに値する餌でなければ。
後を頼みます」
「殿下、どうか非礼お許しください……!」
駄目だ、置いてはいけない。
「我が身は国を守護する王の盾。
敵を討ち滅ぼす王の槍。
ロドリグ=アシル=フラルダリウスに挑むのは誰か!」
「悪いが、敗戦の殿だ。一騎打ちは出来ないぞ。
だが王の盾に相応しい死に場所を与えてやる」
「皆、下がれ!下がれ!
王に逆らう叛徒なれど、その献身に報い、
陛下とこの灰色の獅子がお相手いたそう!」
「感謝する!
我が王の名において、この刃を振るわせてもらおう!」
ロドリグ、お前も、あの亡霊の群れの中へ行くのか。
お前も、俺のせいで、俺が、俺が殺したんだ。
どうか、王になってください。
火花が散る。
「大丈夫だ、グレン。
血を分けた情など……そんなものは捨て去った。
だから、みんな……そう心配しないでくれ」
「余所見とは随分と余裕そうですな、殿下」
叩きつけられたグェンダルの斧をグラディウスで防ぐ。
鍔迫り合いの均衡はない。
片腕だけで、力任せに吹き飛ばした。
「驚いたな……君の力がこれほどのものとは」
セテスの神聖武器『アッサルの槍』が適合反応を引き起こす。
閃光を放つ槍を首を傾けるだけで避け、ディミトリは一歩踏み込む。
ブレーダッドの紋章が青い輝きを放ち、セテスの身を一撃で破壊する直前。
セテスはフレンの転移魔法によって難を逃れた。
「お兄様、油断なさらないで!」
「ありがとう!フレン」
グェンダル、セテス共にフォドラでも上位に位置する実力者だ。
それがこうも。
ディミトリの口から漏れだす呼気が白く王国の寒空に消えた。
振りまかれる殺気だけで、心臓が跳ね上がり、冷や汗が落ちる。
まるで、今は亡き同胞。
「力もつものか……」
その手にアラドヴァルがないことだけが救いだった。
グェンダルが戦場の空気が変わったことに気づく。
シルヴァン率いる騎兵隊に動きがあった。
「……主命に逆らうわけにはまいりません。
セテス殿、ここは退きましょう」
「獅子と讃えられた男が、尻尾を巻いて逃げるか」
「心外ですな、殿下。
騎士とは名より主君に尽くすものですぞ」
王国軍は騎兵隊に蹂躙される前に整然と後退を始めた。
ディミトリ率いる旧国王派は依然健在。
精鋭が残ったことで、ひと当てするだけで損害が出る。
王に値する者同士でなければ決着はつかない。
★
王国北部と同盟西部で死闘が繰り広げられている最中、王国軍本隊は同盟東部までやってきた。
フォドラの喉元の下で王国軍と同盟軍が集結する。
平野には兵士の為の天幕がずらりと並び、釜から立ち上る煙が幾筋も風にたなびいていた。
両軍が同じ釜の飯を食べることで、これから行われるパルミラ戦に向けて息を合わせるのだ。
というのはクロードの弁である。
宴が好きなパルミラ人の血が隠せていない様に思うのはフロルだけだろうか。
「マリアンヌちゃん久しぶりー!元気にしてた?」
「……えっと……その」
ヒルダがむぎゅっとマリアンヌを抱きしめる。
「なんでクロードくんも、皆もそんなに汚れてるの?」
「聞いてくれよ、ヒルダ。
まんまとフロルにはめられたぜ」
「別に来なくて良いって言ったのに付いてくるって言ったのはそっちだろ?」
「あんなに興味をそそられる話をしていてそりゃないだろ」
クロードがボサつく髪を片手でかき上げた。
フロルたち王国からきた面々も鎧が破損したりと戦った跡があった。
「理由は、マリアンヌの腰を見たら良いんじゃないか?」
「うわっ!マリアンヌちゃん。
悪いことは言わないからそんな気持ち悪い剣捨てた方が良いよ。
全然似合わないもん」
「見た目に関しては同意だが、生憎、戦力的にはそうもいかない。
失われたはずの英雄の遺産『ブルトガング』だからな」
エドマンド辺境伯領、ミルシャの魔の森にブルトガングを持つ魔獣がいることはわかっていた。
しかし、挑む機会はなかった。
なにせ魔獣はかつてネメシスに率いられた千年以上生きる十傑モーリス本人だ。
生半可な戦力では勝ち目がなく、相応の戦力を持ち込めば同盟への侵略ととられかねない。
今回、大手を振って同盟に入れる機会を得て、フロル側からエドマンド辺境伯に提案した。
魔獣退治の依頼を請け負って王国軍の移動が終わるまでに狩ってきたのである。
原作のようにマリアンヌの心が軽くなればと思っていたが、フロルの見る限り変わった様子はない。
状況も違うし、人はそう簡単には変われないのだろう。
「十傑の伝説は虚実入り混じって真実がわからない。
少しでも証拠が掴めると思ったんだがな。
結局、千年前になにがあったのやら。
はあ……おとぎ話で聞いていた彷徨えし獣の正体を知れただけ良しとするか」
「おとぎ話なら俺は白角海の赤い悪魔の方が気になるぞ」
実際に被害が数年に一度報告されているので、実在はしている。
曰く。悪魔は船から落ちる者がいると、手を伸ばして沈めてしまうとか。
フロルには原作にも無双にも該当する存在が思いつかない。
クロードがなにか思い出した顔をした。
「あれは……いや、やめておこう」
「おい!そこまで言いかけてやめるのはずるいだろ!」
「そんなことより、なんでジェラルト師匠は来ないんだよー」
「帝国最強と戦える人材が他にいないからだよ。
クロードが同盟最強と名高いホルストを貸してくれれば良かったのに」
レオニーの愚痴に、フロルが愚痴で返した。
「そいつは無理な相談だ。
あのホルストが身分を隠して戦えるわけないだろう。
同盟の協力が帝国にばれちまう」
「そうそう兄さんには絶対無理」
「にしてもやられたな。
流石、帝国最強の男ってところか。
これで、首を取れるかどうか七分三分ってところだ」
「同盟の協力は知る余地がないから大丈夫なはずだが……」
ベルグリーズ伯は王国軍本隊が移動したタイミングで動いて来た。
入念に偵察兵を刈り取ったのに、戦争の嗅覚が余程優れているのだろう。
おかげで大修道院に後詰がない。
クロードが大修道院の陥落を望んでいる可能性も、なくはないのが怖いところだ。
「今までもそうしてきたように仲間を信じよう」
「先生は相変わらず良い事言うなあ」
「おーい!皆ぁ、肉が焼けたぞー!」
ラファエルが半年の間に更に大きくなった肉体で、丸焼きにした豚を持ち上げる。
フロルたちは早速肉を切り分けて各々の皿に乗せ、木のジョッキに酒を注いでいく。
「ローレンツは?」
「開戦には間に合うが、領地で継承式だ。
グロスタール伯は身を引くことに決めた」
フロルの疑問にクロードが答えた。
「となると五大諸侯のうち三家がお前の言うがままか」
「はは、今のところそうするつもりはない。
俺は結構この国の在り方が好きだぜ。
それに、そう言うなら、リシテアとマリアンヌを返して欲しいもんだがな」
「おっと藪蛇を踏んだか」
リシテアはコーデリア家、マリアンヌはエドマンド家の子女である。
実質フロルが五代諸侯の二家から人質にとっている状態で、開戦当初から王国を支持する。
「可愛い子を独り占めしたくなるんだよ。
どうだ、ヒルダもこっち来るか?」
フロルはくつくつと笑って軽口をたたいた。
「えー、フロルくんってば一緒にいると苦労しそうだし。
でもー王妃様っていうのはちょっと憧れるけど」
ヒルダが口元に手を当てて悩むふりをした時だ。
フロルの肩に背後から、重厚な手が乗せられた。
「我が愛しの妹をたぶらかすとはな」
「ちょっと兄さん?」
気づけばフロルの背後にホルストが立っていた。
「いやいやホルストさん。ちょっとした軽口ですよ」
「なんだと?俺のヒルダを軽口で誘ったのか?」
ホルストの青筋がビキビキと音を立てる。
ホルスト=ジギスヴァルト=ゴネリル。
レオポルトが帝国最強ならば、
ホルストが同盟最強である。
ついでにヒルダの兄で重度のシスコンだ。
ふと、フロルの肩を掴む手から力が抜けた。
「冗談だ。
数多の戦場で勝利してきた王国には大いに期待している。
よろしく頼む」
「もー、びっくりさせないでよ、兄さん」
「ははは、勿論ですよ。そのために来たんですから」
フロルは半笑いしながら、激しい心臓の鼓動をごまかした。
フロル以外誰も気づいていないが、ホルストの本気の警告だった。
クロードがジョッキを高く持ち上げる。
「それじゃ、気を取り直して。
同盟と王国の平和と未来のために!
今夜は盛大に祝おうじゃないか!
みんな、酒は持ったなー!」
「そうだ!宴だああああ!」
ラファエルの歓喜の声と共に、乾杯と叫んだ。
ジョッキがぶつかりあい、酒が零れる。
同盟と王国はまだ一度も戦端を開いていないため、和気藹々とした同窓会になった。
豚肉は肉汁たっぷりで、蜂蜜と林檎汁につけたようなどこか甘さがある。
つぶした芋で油っぽさを中和しながら、口のなかでパリパリとよく焼けた皮を楽しむ。
やはり他国の料理は焼き方ひとつとっても勉強になる。
「王様っていうのはどういう気分だ?」
「なって良かったって思ったことは一度もないな。
俺はなりたくなかったよ」
同盟と王国の宴は日が暮れるまで続いた。