時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

40 / 69
40話

 

 フォドラの首飾り。

 フォドラの喉元に築かれた、砦が数珠つなぎになった要塞である。

 帝国歴1101年に教会が中心となって同盟、帝国、王国が共同して作りあげた。

 常に兵士が詰め、毎年膨大な維持費がかかっている。

 それでも、必要と判断されたのがパルミラという脅威だった。

 砦から見下ろす先には大地を埋め尽くす雲霞のごとき大軍勢が広がっていた。

 空には数え切れないほどの飛竜兵が羽ばたき、

 兵の後ろには投石機や攻城塔といった攻城兵器が連なっている。

 重なって響く銅鑼の音が、城壁を振動させ、砂埃をパラパラと落とした。

 

 同盟最強のホルストは動揺を見せずに、それを見つめた。

 

「これほどの兵力は私も初めて見る。

 今は亡き先々代のリーガン公から聞いた話、そのままだ。

 だが同盟の土を一歩たりとも踏ませるわけにはいかない。

 奴らはイナゴの群れになりかねん」

 

 パルミラとは騎馬民族を祖とする戦を好む民だ。

 即ち、侵略と、略奪と、征服の民である。

 

「わかっている。パルミラはフォドラ全土の敵だ。

 独立された立場とはいえ、かつての戦役に参陣しなかったことは王国の恥だ。

 汚名をそそぐ機会が得られたこと嬉しく思う」

 

 フロルが勇ましい言葉を選ぶ。

 内心を見透かした上で、ホルストはフロルを認めた。

 

「君のような傑物こそが歴史にその名を残すのだろうな」

 

 先にホルストが踵を返して、砦に作られた会議室へと向かった。

 

「……上手くやっている方だな」

 

 フロルが自分の手首を掴んだ。

 ぐーぱーと何度も指を動かして、震えを抑え込んでいく。

 

 たとえ他に道がなかったとしても。

 この道を選んだのは俺だ。

 

 パルミラの大軍勢に背を向ける。

 今はただ、成すべきことを成さなければならない。

 

 会議室では既にクロードが地図を広げて黄と青、そして緑の駒を並べ終えていた。

 

「まず、問題がある。

 内通するはずだった敵の将、ナデルの姿が見られない」

「百戦無敗のナデルか……」

「最悪の場合斬られた可能性がある。

 敵の将、王子シャハドはそういう短気を起こす奴だ」

「随分と詳しいんだな?」

「ははっそりゃ俺だって敵の事はよーく調べるさ」

 

 フロルの追及をクロードは笑って軽く流した。

 

「そんなわけで、想定が外れちまった。

 王国が救援に来てくれて助かったよ」

 

 クロードの本心だった。

 盤上の駒はパルミラを指す緑が圧倒的に多い。

 最悪なことに隊列が整っていて、補給切れもなさそうだ。

 力攻めされればいかに首飾りとて抜かれるだろう。

 黄燎の章のシャハドの印象とはまったく違う。

 

「どうやら相手はナデルの代わりに新しい頭脳を得たらしい」

「心当たりはあるのか?」

「いや、パルミラはデカい国だ。

 戦上手は星の数ほどいる……特定したところでどうにかなる話でもない。

 問題は敵の様子からして此方が持久戦を選択できないってことだ」

「どうしてだい?相手は飢えた獣なんだ。

 待ってれば勝手に帰っていくだろう」

「さて、どうだろうな。フロルはどう思う?」

 

 レオニーの疑問に、クロードはフロルを試すように見た。

 

「……それは悪手だ。今奴らは纏まった軍勢になっている。

 だが痺れを切らせば首飾りを避けてフォドラに侵入してくる。

 扉に閉じこもっている間、鹿はたちまち飢えた獣に喰い殺される」

 

 首飾りが容易に抜けないとわかれば、相手は戦い方を切り替えてくる。

 巨大な要塞である首飾りも、国境全てを覆っているわけではない。

 首飾りを無視して軍の一部が侵入し、同盟内で略奪することは可能だ。

 略奪されれば、貴族の中には領地を守るため勝手に軍を帰す者もいるだろう。

 クロードが抑えようとしても同盟は元々貴族同士の繋がりが王国よりも薄い。

 軍の少なくなった首飾りが抜かれて同盟は終わりだ。

 

「その通りだ。

 こいつは普段みたいな小競り合いじゃない。

 本気でフォドラの喉元を抜くならそうするだろう。

 だがあの大軍勢となると真正面からは難しい。

 俺たちが狙うべきはシャハドの首一つしかないな。

 王国軍にも無茶をして貰うが、構わないだろ?」

「元よりそのつもりだ」

 

 クロードの挑発にフロルは力強く頷いた。

 王国軍が戦場で活躍すればその恩で同盟に楔を打ち込むことが出来る。

 クロードがいくら王国と教会を攻めようとしても同盟諸侯が納得しない。

 

 クロードが全員の顔ぶれを見た。

 

「みんな、聞いてくれ。

 敵は地上を埋め尽くす群れだ。

 だが弱音を吐く必要はない。

 俺たちは強い。

 力も、知恵も、技も、絆もある。

 一人も欠けることなく。

 あいつらを撃退して、今夜も宴を開こうぜ!」

 

 クロードの檄により、奮起した同期たちが戦いへ向けて準備を開始した。

 弓に弦を張り、滑り止めの布を手に巻き、武具の切れ味を確認する。

 配られた一杯だけのきつい酒でこれから訪れる恐怖と痛みに備えた。

 兵たちは固唾を飲んでその瞬間を待った。

 

 

 天を貫く咆哮が山々に反響する。

 真っ先に首飾りに到達したのはパルミラの飛竜兵の群れだ。

 レオニー率いる同盟を象徴する弓兵が矢の雨を降らせて迎撃する。

 

「マリアンヌちゃん、一緒に頑張ろ!」

「……はい!ヒルダさん、あなたとなら!」

 

 マリアンヌがブルトガングを振り上げた。

 所有者の魔力を吸って、刀身に赤黒い悍ましい気配が纏わりつく。

 千年前、災厄の獣と称された力が振るわれる。

 曰く、馬上や空中の敵は良い「的」だったという。

 宙にいる飛竜が割断され、悲鳴を上げながら兵士が墜落していく。

 

「嘘、マリアンヌちゃん強すぎない!?」

 

 ヒルダがフライクーゲルを振るって降り立った飛竜の頭を切り落とした。

 頭を取られたトンボのように、暴れまわる首から血がまき散らされる。

 

「ヒルダ!血で足が滑るからその殺し方はやめてくれ!」

 

 降下してくる飛竜兵から弓兵を守るため、剣と盾を手に王国兵が円陣を組む。

 ファーガスの獅子が咆哮をあげ、群れとなって巨体を引き倒す。

 飛竜兵の第一群を排除している最中にも、パルミラ軍の主力が首飾りへと取りついた。

 梯子をかけて登ってくるパルミラ兵に、工作兵が額に汗を浮かべながら煮えた油をかける。

 

「投石が来るぞ!」

「おう!オデに任せておけ!」

 

 落ちてくる巨石に、ラファエルが拳を叩き込んだ。

 みしみしと岩に亀裂が走り拳ひとつで破壊する。

 石の破片が降り注ぐのも構わず、弓兵が城壁から一人でも多く射殺した。

 

「九番が突破される!救援に行くか!」

「いや!必要ない!」

 

 馬のいななきが戦場に響き渡った。

 まったく良いタイミングで現れるものだとフロルは呆れながらも感心する。

 

「待たせたな、歴史に刻んでみせよう!

 ローレンツ=ヘルマン=グロスタールの、その名を!」

 

 突破されかけた城壁にグロスタール騎兵を率いたローレンツが姿を現す。

 パルミラ兵を轢き潰しながら、テュルソスの杖を振るう。

 放たれた火炎魔法が異常な程に長く伸び、兵を吐き出す攻城塔を爆砕した。

 

 この場にあるだけでも六つ。

 天帝の剣、アラドヴァル、ブルトガング。

 フェイルノート、フライクーゲル、テュルソスの杖。

 英雄の遺産はそれひとつで数百、数千の兵に匹敵する兵器だ。

 なければとうの昔にパルミラやスレンの侵略を許している。

 フォドラで、紋章を持つ者が上に立つ理由がここにある。

 

「そろそろ行くぞ!」

「わかった。ハピ、飛ばしてくれ」

「死んでも文句言わないでよ」

 

 ハピの転移魔法によって、ベレス、フロル、クロード、ホルストの姿が消えた。

 四人はパルミラ軍中央の上空に転移する。

 

「力を合わせて!」「はいよ、先生!」

 

 ベレスとフロルが手を合わせ、互いの炎の紋章が赤く空に重なり合った。

 天に多重の光の輪が浮かび上がり、飛竜兵の群れへ向けて裁きが降り注ぐ。

 鎧も肉も無視して、異教徒の魂を天へと還した。

 兵士たちが鞍から滑り落ちて、地上で赤い染みに変わる。

 

 クロードが残された飛竜を一頭奪い取った。

 地上から離陸したシャハドがクロードに向けて刃を振るう。

 

「その臆病者の面、カリード、貴様か!

 また俺に嬲られに来たか!」

「察しがいいな、シャハド。俺は会いたくなかったぜ」

 

 パルミラの王の種が二つ。玉座はひとつしかない。

 上空で二頭の飛竜が牙と爪を突き立てあいながら飛ぶ。

 

「地上はこの私に任せろ!」

 

 着地したホルストがクロードを狙う弓兵へ向けて突撃を開始する。

 

 それはフロルがシャハドを撃墜しようとした瞬間だった。

 

「フロル!」

 

 割り込んだベレスが、フロルに向けられた双剣をぎりぎりで防いでいた。

 フロルが遅れて気づく。

 刃を向けるのはフロルの知らない、しかしよく知る者であった。

 紫の髪、顔に浮かび上がる白い模様、風よけのマフラー、特徴的な双剣。

 無双で描かれたもう一人の主人公。

 ベレスが女神に連なる者ならば、闇に蠢く者に連なる者。

 

「シェズ……ラルヴァか!」

「僕たちの名前を知っているとは」

 

 ベレスによって士官学校の生活が始まる前に殺されていると思い込んでいた。

 だがこうして目の前にしている以上生きていた。

 

「見たことのない獣魔。

 灰色の悪魔……偶然とはいえ好機だね」

 

 双剣の連撃がベレスに向かって叩き込まれる。

 赤い閃光をフロルは全くと言っていいほど目で追うことが出来ない。

 ラルヴァの剣は自由自在に出現と消失を繰り返せる。

 即ち、剣速が一切衰えることはない。

 鮮血が弧を描いた。

 致命傷を避けるベレスの鎧が切り刻まれ、大地に血が染み込んでいく。

 

 このままではベレスが死ぬ。

 フロルがアラドヴァルの紋章石を輝かせた。

 

「やらせはしない!」

「だめっ!」

 

 ベレスが制止する前に、アラドヴァルが紫雷と共に空間を焼き払う。

 

 体内に異物が入り込んでくる感覚。

 

「あっけないものだ」

 

 背後に立つラルヴァがフロルに刃を突き立てていた。

 ずるりと剣が抜かれ、赤い血が鎧の隙間から零れ落ちる。

 ラルヴァだけが使用できる、無間の瞬動。

 それは転移魔法にあるはずの魔力の揺らぎも溜めもない。

 

「さあ、犠牲になってくれ。

 世界のために、命を繋ぐ者たちのために」

 

 フロルとベレスの目が合う。

 

 ああ、時を巻き戻しても、変わらなかったのか。

 

 そんな顔をしないでくれ、先生。

 

 今まで俺にしては頑張っただろ?

 

 フロルの首に剣を振り下ろすラルヴァを、巨躯が吹き飛ばした。

 崩れ落ちるフロルに、ベレスが駆け寄って抱きしめる。

 

 ホルストがラルヴァに立ち塞がった。

 

「貴様……ナデルを殺し、シャハドを唆したな」

「心苦しいとも。彼らは獣魔の末裔ではなかったからね。

 だが、必要な犠牲だった。

 おかげでこうして外から偽りの秩序を崩せる」

 

 ベレスでさえ凌ぎきれなかった双剣の嵐にホルストは躊躇なく飛び込む。

 全身に薄く切り傷を負いながらも、逆に押し込む。

 無間の瞬動で背後に回ったラルヴァの腹に蹴りを叩き込んだ。

 ラルヴァが地面を跳ね飛んでいく。

 これが勇者、ホルスト=ジギスヴァルト=ゴネリルだ。

 

「……まだだ」

 

 足を引きずり、再び剣を構えるラルヴァの前に死体が落ちて来た。

 喉元をクロードに掻き切られたシャハドの死体だ。

 遅れて飛竜が落下し、シャハドの死体がぐちゃりと音を立てて潰れる。

 ホルストが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「続けるか?私は構わないぞ」

 

 ラルヴァが構えを解き、双剣を消した。

 

「……ここは退こう。だが、覚えておくと良い。

 僕がヒトを……世界をこの手で救う」

 

 ラルヴァが無間の瞬動でその場から消え去る。

 

 シャハドを失ったパルミラ軍は一時的に撤退した。

 だがパルミラは終わることなき侵攻の気配を見せる。

 その裏には闇に蠢く者の影があった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。