時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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41話

★〈支援会話:メルセデス〉

 

 メルセデスはフロルとイングリットの縁談を知った時、こう言った。

 私も幸せに結婚できるとは思っていないけれど、と。

 フロルはそれどころではなく、聞き流してしまった。

 

 メルセデスが瞼を閉じるフロルの髪をそっと撫でた。

 

「ふふっ……お寝坊さんね」

 

 あの時既に、メルセデスはリュファスからフロルの側室に入らないかと尋ねられていた。

 

 現在の王国貴族にどの家がどの紋章を継ぐという拘りはあまりない。

 血が薄まり、他家との混血も進んだ。

 精々が英雄の遺産と一致するか否かで、家督の順位が決まるだけである。

 一致しない紋章を持っていた場合、他家の養子となり爵位を継ぐのもよくある話だ。

 

 ただし、王家の紋章は例外である。

 

 多くの愛を育んだ聖人ルカがいるように、セイロス聖教会は一夫一妻制を布いていない。

 エーデルガルトの父も紋章を持つ子がなかなか生まれなかったため、巨大な後宮を持った。

 今や王家の紋章がフロルとディミトリの、世に二つしかない。

 当然フロルも側室を持つと諸侯から考えられている。

 

 メルセデスは貴族の身分を失い、バルテルス家の醜聞も残されている。

 にもかかわらず他の貴族の子女を押しのけて枠を一つ渡そうと言うのだ。

 リュファスなりにメルセデスを保護者として愛している証だ。

 

 何年も戦争が続いて、民も貴族も大勢死に、秩序が壊れる。

 そんなことでも起きない限り、メルセデスの身分では正室になることを誰も祝福しない。

 

「別に、それが嫌ってわけじゃないのよ」

 

 メルセデスはリュファスの提案に納得していた。

 ディミトリのように立場でフロルと対立するのが怖い。

 手を引かれたあの日、抱いた感情に嘘はない。

 それ以上なにを望む必要があるのだろうか。

 

 エミールを目の前で失ってから、親友と決別してから。

 メルセデスは失うのがなによりも怖かった。

 

 ぱちりとフロルの瞼が開いた。

 吸い込まれるような翡翠色の瞳がメルセデスを見上げる。

 

「何日になる?」

「今日で七日になるわ。皆、心配していたのよ?」

「あー……最長記録だな」

 

 フロルはシェズとラルヴァが生きていて敵対するとは思っていなかった。

 主人公が敵対するという事実はなかなかに心に来る。

 思い込まず、ベレスに確認しておくべきだった。

 上半身を起こして、ごきりごきりと凝り固まった関節を解した。

 

「生きてるだけ良しだな。

 もう二度とあんな無茶はしない」

「またそう言って、もう信じないわ~。

 フロルの大丈夫って言葉に何度も騙されてきたんだもの」

「いやいや、こうして五体満足なんだ。

 有言実行とはまさに俺のことだろう」

 

 フロルは身体の違和感に気付いた。

 妙に力が滾っている気がする。

 服をめくって脇腹に目をやると、ペトラを庇った傷跡がなくなっている。

 死神騎士を殴った時に出来た、手の甲の亀裂のような傷跡もだ。

 拳を握りしめる。

 浮かび上がった二つの紋章がかつてより色濃く見えた。

 強烈な空腹感に襲われて、近くにあった籠からドライフルーツを鷲掴みにする。

 貪るように口に運んだ。

 水差しを掴んで、ごくごくと乾いた体に水を染み込ませていく。

 今ならベレスにも負けない大食いができそうだった。

 

「ねえ、フロル」

「なんだ?」

「どんな人をお嫁さんにしたいのかしら~」

 

 ぶふぉっとフロルが水を吐き出した。

 

「げほっ……急になにを言い出すんだ。

 脈絡がないぞ、脈絡が」

 

 メルセデスがハンカチでフロルの口元を拭った。

 

「そうかしら?

 お姉ちゃんとしては毎回こんな目にあうフロルに、

 落ち着いて欲しいって思うのは当然じゃない?」

「それで嫁取りなんて短絡的じゃないか。

 まあ、好きな人って話じゃなく嫁にしたい人って話だろ?

 なら体が丈夫な人かな。

 母上が俺のために亡くなったから、そういうのは嫌だ」

 

 最近サボっていた剣の稽古を再開してみようかしら?

 前はディミトリに付き合って貰っていたけれど……。

 なんて考えていたらやっぱり少し悲しくなってしまう。

 もうメルセデスの好きだった士官学校の日々は二度と帰ってこないのだ。

 

「そうね~……ならお仕事はどうかしら?

 司祭さまとか、お医者さまとか。

 でもそういうお仕事って忙しいから、お嫁さんとしては上手くいかないかもしれないわね」

 

 流石に疑いをもったフロルが首を傾げた。

 

「今度はいやに具体的だ。

 俺に縁談でも組むつもりか?

 少なくとも戦後までは待って欲しい」

「そういうわけじゃ、ないのよ~」

 

「そうか……少なくとも俺は、だけどな。

 人のためになりたいって思える君が好きだよ」

 

 メルセデスが息をのむ。

 長い付き合いになる。

 これが愛の告白ではないことくらいわかっている。

 わかってない相手にフロルはこんな言葉を口にしない。

 多分、将来の仕事に悩んでるとか、そう考えたんだろう。

 それでも。

 

「……ねえ、フロル。今度、お母様に会いにいかない?」

「良いな、それ。

 最近会えてなかったし、色々話したいこともある。

 ああでも、俺が無茶したことは黙っておいてくれよ。

 あの人は怒らずに悲しい顔をしてくるんだ」

 

 二人で思い出を語り合う。

 過去はただ懐かしむもので、決して戻れはしない。

 それでも、積み重ねた二人の時間に意味はある。

 

★〈支援会話:ジェラルト〉

 

 巡回を終えたジェラルトが、報告に戻ろうとすると扉の向こうから知った声が聞こえた。

 扉を開けて中に入れば案の定、執務室にフロルとアルファルドの姿があった。

 かつてセイロス騎士団に所属していた時、まだ子供だったアルファルドの世話をよく焼いた。

 年月を経て、ジェラルトの知る姿からアルファルドは随分と大きく育っていた。

 今は亡き妻と仲良くしてもらった記憶が懐かしい。

 

「おう、邪魔するぜ。今のところ帝国は大人しいもんだ。

 逆にいや、今は引き潮でこれから大波が来るってことだろうがな」

「ありがとうございます。

 アルファルド、話は終わりだ。

 結論はとうの昔に出ている」

 

 フロルが丁度良い機会だとばかりにアルファルドを追い出しにかかった。

 

「いいえ、話は終わってなどいません、陛下。

 ジェラルト殿にも聞かせるべきでしょう!」

「いい加減にしろ!

 貴様は枢機卿としての自覚がないのか!」

 

 アルファルドは一瞬気圧されるが口を閉じない。

 

「なぜわからないのです!

 シトリーが生きかえるのですよ!」

 

「……おい、どういうことだよ、そりゃ」

 

 ジェラルトの耳に確かに入った。

 入ってしまった。

 ベレスの母であり、ジェラルトの妻の名だ。

 フロルが大きなため息を吐き出す。

 できることなら、ベレスに時を巻き戻して貰いたかった。

 

「……叶わぬ希望など見せるべきではないんだ」

 

 フロルが椅子から立ち上がる。

 

「仕方ない。ジェラルトさん、ついてきてください。

 俺からは先に謝る事しかできないですが」

 

 フロルは有無を言わせず、二人を連れて、大修道院の霊廟へと向かった。

 フロルが騎士に二つの重なる紋章を示して霊廟の扉を開けさせる。

 光の魔法を光源にしながら、最奥の棺へと向かった。

 ジェラルトでもそこに誰が眠っているのかを知っている。

 

「こりゃ、セイロスの墓だろ?」

 

 返答の代わりに、フロルが棺の前に手をかざし、封印を解いていく。

 開かれた棺の中、光の魔法に照らされた先。

 

「……シトリー」

 

 そこには亡くなった時とひとつもかわらないジェラルトの妻が眠っていた。

 魔法で咲き誇り続けるヴァレリアンの花に包まれている。

 碧色の髪は艶やかなまま、肌の色は血の気が通い、今にも起き出しそうだ。

 ジェラルトが震える手を伸ばした。

 シトリーの手は冷たく、生きていないことを嫌でも伝えてくる。

 

 フロルがおずおずと説明した。

 

「このガルグ=マクでは女神の力が色濃く残っています。

 女神に連なる肉体は腐敗しません」

 

 原作でフレンが棺の中で眠り、ベレスが谷底に落ちても生き残ったのと同じ理由だ。

 深傷であろうとも、ガルグ=マクでなら女神の眷属は眠れば癒すことが出来る。

 女神の眷属を健全な状態に戻そうとする力が働いている。

 かつて、レアによって体内に炎の紋章石を埋め込まれたシトリーも恩恵を受けていた。

 

 シトリーの亡骸を見て、アルファルドが激発した。

 

「ですから!陛下と同じ!

 始原の宝杯でシトリーは目覚めるはずなのです!」

「やめろ、アルファルド。

 ジェラルトさんの前でそれ以上口を開くな。

 俺が全て、説明する」

 

 ここに至っては黙っておくことはできない。

 フロルは長年秘密にしていた真実を口にした。

 

「俺は死産だったんです。

 それを父上は神器を使い生き返らせようとしました。

 女神再誕のための神器、始原の宝杯に縋ったのです。

 だけど、失敗した」

 

 始原の宝杯で人を蘇らせることはできない。

 肉体を作り変えても、失われた魂を呼び戻すことはできないのだ。

 女神に連なる者はマクイルがそうであるように魔獣の性質を持つ。

 最悪、人格のないただ暴れる魔獣を生み出すことになる。

 かつて、四使徒が女神再誕に失敗した理由もわかる。

 ソティスの意識はベレスの肉体に宿って初めて芽生えたのだから。

 

「俺は赤子だったのに、産まれた時から人並みの意識があった。

 それはおかしいでしょう。

 既にシトリーの魂は女神の下に召されています。

 神器を使い、仮に息を吹き返したとしても。

 目覚めるのはシトリー本人ではなく、別の誰かになるだけです」

 

 フロルは赤子の人格ではなかった。

 世界の外から来た記憶と人格を持った転生者である。

 ジェラルトがヴァレリアンの花に触れる。

 

「……この花。シトリーが好きだったものだ。

 お前が用意してくれたのか?」

 

 ジェラルトの問いにフロルが頷いた。

 

「コンスタンツェに相談して、枯れない花を作れないかと。

 外に出せば枯れますが、ここであれば咲き続けます」

 

 シトリーの遺体はアビスの隠し通路で見つけた。

 今はフロルによって多少改善されたとはいえアビスの治安はそう良くはない。

 偶然誰かに見つかる可能性もある。

 レアに話して、遺体を運び出し、空になったセイロスの棺に安置した。

 

「そうか、ありがとよ。

 アルファルド、お前の気持ちは嬉しいさ。

 けどな、妻を、シトリーをこのまま寝かせてやってはくれねえか」

 

 アルファルドが強く苦悶の表情を浮かべて、拳を握りしめる。

 

「……わかりました。ジェラルト殿が、そう言うのなら」

 

 拳が開かれ、アルファルドはジェラルトの想いを無下にすることはなかった。

 

 これ以上、ここにいては無粋だ。

 フロルとアルファルドがジェラルトを残して霊廟から出ていく。

 ただ一人残された男は二十年以上堪えていた涙を流した。

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