時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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46話

★〈支援会話:フェルディナント〉

 

 フォドラの情勢は刻々とかわりつつある。

 ブリギットの離反により、オックス家が王国と密約を交わした。

 帝国への兵の供出を拒否し、ヒュミル子爵領が陥落すれば王国に帰順する。

 帝国西海岸は王国により食い荒らされつつあった。

 しかし、クロードが予想外の動きを見せる。

 パルミラの大規模侵攻に対し、王国だけでなく帝国の協力を仰いだ。

 フォドラの首飾りでは敵同士であるはずの兵士たちが協力して防衛に参加した。

 

「がー!まーた負けたぁ!」

 

 ドンとフロルの頭が机に落ちて、ガタガタと盤上の駒を揺らした。

 

「君も強くなっているようだが、私も同じように強くなっているのだよ」

 

 フェルディナントが優雅にテフを口にした。

 士官学校時代の続きは、やはりフロルの負けという結果に終わる。

 ここはフォドラの首飾りに接する同盟リーガン領の軍野営地である。

 王国と帝国両軍の天幕は当然離れていた。

 しかし、フロルは散歩するようにフェルディナントの天幕に訪れた。

 

「豪胆なものだ。

 一時休戦とはいえ、敵陣地には変わりないというのに」

「今の指揮官はお前だって聞いてな。

 俺はフェルディナントの在り方を信じているんだよ。

 それに実際こうして俺の首は繋がったままだ」

 

 パルミラはフォドラ全体に対する脅威だ。

 フォドラの喉元に限定して王国と帝国は停戦を結んだ。

 まだ帝国の実権をエーデルガルトが握っている証でもある。

 

「ふっ、それも君が王たる所以か。

 クロードの目的はなんだと思う?」

「さあな。

 王国と帝国の天秤なんて簡単な話じゃないだろう。

 お前にわからないなら俺にわかるわけがない。

 見ての通り戦術眼も二流なんだぞ」

「盤上遊戯と実際の戦場は違う。

 私は既に何度も辛酸を嘗めた。

 今更、君の才覚を疑うことはないとも」

 

 あ゛ーとフロルが喉の奥から低く声を出した。

 敵からの過大評価ほど嬉しくないものはない。

 

「そういうわけじゃないんだよな……。

 まあいい、本題は別だ。

 せっかくクロードから機会を貰ったんだ。

 散々紅茶を奢って貰った礼をしようと思ってな。

 士官学校の時の答え合わせをしよう」

「それは……」

 

 フェルディナントの父が私腹を肥やすためではなく、

 フェルディナントと帝国のためを思って動いている。

 そうフロルは士官学校の時に言った。

 

 少しの沈黙の後、フェルディナントが目を伏せた。

 

「そうだな、ようやくわかったとも。

 帝国は限界なのだな」

 

 フロルが長い話をするために、テフで唇を湿らせた。

 

「なぜ、俺たちは貴族なのか。

 結局のところ民を守れる力が、紋章があるからだ。

 人より力が強く、技が冴え、魔法の才がある。

 英雄の遺産や神聖武器の真の力を振るうことが出来る。

 帝国はダグザとパルミラの侵攻。

 あれで元々少なかった紋章を持つ貴族がかなり消えた。

 既に皇族すら紋章を失い始めている」

 

 帝国は、紋章を持つ子を生み出そうと何人もの皇帝の子を後宮で産ませた。

 それなのに、エーデルガルトの亡き兄弟姉妹は、多くが紋章を持たなかった。

 エーデルガルトが持つ生来の紋章も大紋章ではなくセイロスの小紋章に過ぎない。

 紋章社会の中心である皇族がだ。

 帝国貴族はもっと悲惨な状況にある。

 このままでは二、三世代で帝国を支える権威が破綻する。

 

「当初、後天的に紋章を埋め込むことを考えた。

 十傑は女神に紋章を与えられたという。

 エーデルガルトから聞いただろ?

 知っての通りこれは嘘なんだけどな。

 それを成した存在、俺は闇に蠢く者と呼んでいる」

「前々から父と取引する出自のわからない魔道士集団がいるのはわかっていた。

 魔道技術の提供もあり、その影響力は帝国内で大きい」

 

 フェルディナントは民を犠牲にする実験を行っていることも掴んでいる。

 帝国奥深くに食い込んだ寄生植物だ。

 だが、彼らの協力がなければフォドラ統一など夢のまた夢に過ぎない。

 強引に引き抜けば帝国そのものが傷つき、死にかねないのだ。

 

 フロルが頷いて続きを話す。

 

「千年前はネメシスと闇に蠢く者が女神の墓を暴き、

 紋章を持つ民を虐殺し、

 その血を奪うことで配下に紋章を与えた」

「待て!

 エーデルガルトはそんなことを言っていなかった」

 

 ああとフロルは思い出した。

 エーデルガルトは闇に蠢く者に都合の良い情報を吹き込まれているのだ。

 ネメシスを盗賊王ではなく、解放王として。

 女神を大地を癒した善神ではなく、大地を水に沈めかけた邪神としてだ。

 

「なら今のは信じなくて良い。

 証明する手段はないし、水掛け論になるだけだ。

 別に今起こっている戦争に関係ないしな」

 

 なにか言いたげなフェルディナントを無視してフロルが話を続ける。

 

「今の闇に蠢く者のやり方では問題があった。

 そもそも紋章を持たないと耐えられないんだ。

 本末転倒だな。

 だから帝国を維持する方法には使えない」

 

 闇に蠢く者は長い年月をかけて人工紋章石を完成させた。

 だが所詮、紛い物に過ぎない。

 紋章を持たない場合、拒絶反応で死ぬか、正気を失った魔獣になるかの二択だ。

 

「皇帝と帝国貴族が紋章を失い、守られなくなった民は何に縋るか。

 教会だ。

 歴代の大司教は皇帝が失って久しい、セイロスの大紋章を宿している。

 カトリーヌのような紋章持ちが多数所属するセイロス騎士団がある。

 このままでは、皇帝と帝国貴族は地位を追われ、教会がその代わりとなる」

 

 秩序のために教会は役割を断ることができない。

 結局、誰かが守らなければ民は死ぬのだから。

 貴族は帝王学を学んだ知識階級だ。

 いち早く、この危機に気付いた。

 だが遅すぎた。

 今でさえメルセデスやコンスタンツェのように紋章持ちが積極的に保護する教会や王国に流出している。

 

「帝国は教会と守護者である王国を破壊し、

 新たな秩序をフォドラに打ち立てなければならない。

 紋章社会を否定し、身分制度を改革する。

 帝国の体制を守るにはそれしかないんだ」

 

 戦争の準備をしたのは本人が言及するようにエーデルガルトではない。

 これは帝国上層部の貴族と闇に蠢く者の思惑が合致して始めた戦争である。

 エーデルガルトは野望のためにそれに乗った。

 貴族制度を公然と糾弾するエーデルガルトに貴族たちが従う理由だ。

 貴族はエーデルガルトが作る能力主義の中でも特権階級のままでいられる。

 士官学校に通うような極めて優秀な平民以外、

 幼少期から金と時間をかけて教育を受ける貴族に勝つことは出来ないのだから。

 

 話し終えてフロルは大きく息を吐き出した。

 

 フェルディナントがぽつりと呟いた。

 

「君は帝国とエーデルガルトを恨んでいないのか?」

 

「他の選択肢がないとはいえ、彼女は自ら道を選んだ。

 身分制度の改革、究極的には人の自立。

 その理想は尊いものだ。

 民が大勢死んだ恨みはあるが、責める権利は俺にない。

 結局、理想のためには大なり小なり犠牲が必要だからな」

 

 なにせ、父上や諸侯が望むまま王国を割ったのは俺なのだと、フロルは自嘲する。

 フロルはあり得た未来を知っている。

 だから、エーデルガルトだけではない。

 クロードやディミトリの理想を肯定する。

 それを砕こうとする自らの罪も自覚しているつもりだ。

 

「君はそこまで解っているというのに……!」

 

 恥知らずなことを言いかけて、フェルディナントは奥歯を噛んだ。

 言えるわけがない。

 なぜエーデルガルトと共に立ってくれなかった、などと。

 代わりに言葉を絞り出した。

 

「……君が王国ではなく、帝国に生まれていたらと思う。

 エーデルガルトの最大の理解者になれただろう」

「はは、過大な評価だ。

 まあ……悪くなかったかもな」

 

 女神の塔で、エーデルガルトが差し伸べた手。

 今でも夢に見るほどにフロルの心に残っているのだから。

 

「エーギル公とよく話すことだ。

 幸運なことに、俺もお前も親に愛されている。

 それが俺は一番大切だと思う」

 

 愛された子が親を殺すなどあってはならないのだ。

 フロルはカップを手に取って最後の一口を飲み干した。

 

「さて、用事は終わりだ。次会った時は敵同士だな」

「待ちたまえ」

 

 フェルディナントがテフ豆が入った袋を差し出した。

 

「前にヒューベルトが君に渡していたのを思い出した」

 

 フロルは少し躊躇って、結局受け取った。

 袋を手に天幕から出ていくフロルの背が見えなくなる。

 ぎりりとフェルディナントの噛み締めた歯が鳴った。

 

 恨んでくれた方がまだ良かった。

 返ってきたのは理解と同情。

 どう言い繕うとも帝国は侵略者だ。

 共に過ごした仲間や先生が死んだのは当然の報いだ。

 それでも、

 自分は貴族に相応しい顔ができているだろうか。

 

★〈支援会話:ペトラ〉

 

 美しい珊瑚礁と砂浜が広がる温暖なブリギット諸島。

 海の中で、色鮮やかな魚の群れがウミガメと共に泳いでいるのが見えた。

 フロルの下に一頭の白い海獣が寄ってきた。

 見たことのない種類だった。

 海獣は虹色の尾びれをくねらせてフロルの周りを一周した。

 瞳が合い、フロルはその奥にある知性に驚いた。

 まるでヴァレリアのようだ。

 手を伸ばすと、自分から柔らかな頭を擦りつけてきた。

 

 海獣がふとなにかに気付いて、水泡をたてながら泳ぎ去っていく。

 フロルが振り返るとペトラが直ぐ傍まで潜ってきていた。

 浮上する合図を受けて手を繋いで二人でゆっくり浮かび上がった。

 

 バシャバシャと波をかきわけて、フロルとペトラが海から砂浜にあがる。

 髪をかきあげて海水を絞った。

 

「王国が好きだが……ブリギットがあまりにも魅力的過ぎる」

「フロル、いつでも、ブリギットに住む、歓迎しますから」

 

 ペトラがくすくすと笑って、浜辺におかれた水瓶から生水を柄杓で掬う。

 交代で柄杓を使って口の中の塩気をとった。

 

「海の精霊、近づく、初めて見ました。

 豊穣、約束されます」

「わりと人懐っこそうだったけどな」

「フォドラの民、油と肉求める、狩りました。

 海の精霊、人に近づく、しません」

「それは……先祖が悪い事をした」

「フォドラの民、悪くないです。

 肉求める狩り、普通、思います」

「んーそうか」

 

 ブリギットの価値観は初めて知ると少しぎょっとする。

 信仰の対象であっても、生命の循環のひとつと考えている。

 フロルでなければフォドラ人には受け入れにくい価値観だ。

 

 二人で焚火の傍に寄って、乾いた丸太の上に座った。

 串に刺さった海鮮や肉が丁度良い色味に焼けていた。

 フロルが手を火傷しないように水で濡らしてから、エビの殻をばりばりと剥く。

 

「戦争が終わったら週に一、いや二で来ても良いかもしれない。

 イングリットに死ぬほど怒られそうだ。

 まあ、今は逆にこうして幽閉されているわけだが」

 

 フェルディナントの天幕に行ったことが仲間にバレたのだ。

 イングリットがキレ、アッシュが呆れ、メルセデスが困り顔を浮かべた。

 ベレスやモニカでさえ敵に回った。

 味方になってくれたのはバルタザールだけだった。

 情勢が動きそうになるまで、フロルはブリギットに幽閉された。

 帝国海軍が半壊したことで王国にいるよりも安全なのは確かだ。

 

「わたし、わかります。

 フロル、危険、飛び込む、躊躇しないです」

「俺から慎重さを抜いたらなにが残るっていうんだ」

「命、庇われる、初めてでした」

「こうして無事なんだ。有言実行だろ?

 ペトラに傷がつかなくて良かったよ」

 

 士官学校の時、深傷を負ってまでペトラは庇われた。

 帝国の人質に過ぎないペトラをだ。

 紋章も持たず、信仰も違った。

 それなのにフロルはなんてことのないように笑う。

 

「長い、考えました。

 わたし、エーデルガルト、裏切る……裏切りました」

 

 ペトラは黒鷲の学級の皆が好きだ。

 同じ理想を抱いた。

 最後まで共に戦えたなら良かった。

 だがブリギットの王は若くして帝国に殺された。

 王の子として女王になるのはペトラだ。

 ペトラの判断がブリギットの命運を決める。

 

「エーデルガルト、血に塗れた道、選びました。

 しかし、ヒューベルト、もういません。

 誰も、ヒューベルトの代わり、なれませんでした」

 

 皇帝として、指揮官として、戦士として、

 ペトラはエーデルガルトのことを尊敬している。

 それがヒューベルトが死んだ日から歯車が狂った。

 エーデルガルトは甘く優しすぎた。

 同じ学級の生徒として笑い合い、高め合うには望ましい。

 しかしフォドラを統一することは出来ない。

 ブリギットの王女として冷徹に出した結論だった。

 

「半年前、あなた、わたしたちの夢、壊しました。

 わたしは、ブリギットの王女。

 夢の時間、終わりです。現実、見ます」

「……ごめん」

「謝罪、必要ないです。

 わたしがあなた、選んだ。

 同じ視点、価値観、共有できます。

 フォドラとブリギット、共に歩む道、見つかります」

 

 この決断が同時にブリギットとフォドラのためになると信じて。

 満ちていく潮が、今まで歩いてきた二人分の足跡を、波でさらった。

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