時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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48話

 

 王国各地から送られてくる支援によって、旧国王派は兵を保っている。

 王国の貴族は帝国や同盟とは在り方が違う。

 各貴族が深く繋がり、助け合わなければ、長い冬を乗り越えられなかった。

 紋章が発現しなくても騎士制度によって小領地が与えられ血が保護される。

 一度紋章が途絶えても子が紋章を持てば騎士から貴族になり上がることができる。

 紋章社会の犠牲者を生み出しながら英雄の遺産と紋章を次世代に残してきた。

 それが王国の選んだ民を守る方法だった。

 

 この深い繋がり故に、蒼月の章で亡国からディミトリが再起できるのだ。

 その恩恵を今も受けていた。

 だが近頃は王国ではなく同盟からの支援が急増している。

 

 切り株に座ったシルヴァンが焚火に手をかざす。

 飛竜の節に入り、徐々に冬の気配が近づいている。

 王国の夏は短く冬は長い。

 長く離れている故郷の様子が気になった。

 

「帝国の方でなにかあったみたいなんだがな……。

 どうにもこっちまで情報が届いてこない。

 混乱しているのか、隠しているのか」

「……気に入らん」

 

 対面に座るフェリクスが顔を顰める。

 

「奴とは決着をつけねばならん。

 だが支援と言いつつあれこれと口出ししてくる。

 今回の進軍もそれだ」

「まーそうは言っても、

 実際ここまでこれたんだし情報は正しかったんだろ?」

 

 シルヴァンの楽観的な返しにフェリクスが舌打ちする。

 

「チッ……良いように利用されているのは確かだ」

 

 仮に帝国が手を結ぼうとしてくれば迷いなく断った。

 だが、秘密裏に支援を送ってくるのは同盟の盟主だ。

 断ることはできない。

 

「クロードか。

 士官学校の時は、こっちを避けてる雰囲気があったんだけどな。

 どうも腹の内が読めないというか。

 いや、思い返すと青獅子や黒鷲で避けていたのは男だけな気がするな……。

 案外女好きだったりして」

 

 青獅子の学級でそれなりに話していた記憶があるのはイングリットとアネットだけだ。

 交流関係の広いフロルでさえ殆ど会話しているところを見たことがない。

 

「頭には砂糖でも詰まっているのか?

 お前はなぜそういう方向に話を持っていきたがる。

 あれは戦士どころか騎士にさえ劣る狐に過ぎん。

 大方、猪と奴を食い合わせようという魂胆だろう」

「おいおい、それでなんの利点があるんだよ。

 フロルは首飾りにまで兵を出しているんだぞ」

「わかりきった話だ。

 奴と狐は最初から敵だった」

「なんのために?」

 

 フェリクスは返事を返さず、焚火に枯れ枝を投げ入れた。

 バチリと小さく火花が散って組んだ薪が少し崩れた。

 

 忌々しいことにその理由はフェリクスもわからない。

 もっと父から政治を学んでおくべきだった。

 こうして派閥を維持するだけで精一杯だ。

 他所からの干渉を跳ね返すことも出来なくなった。

 今フェリクスの手にあるものは鍛え上げた剣の腕だけだ。

 

「この際だ……俺が死んだ時の話をしておく」

 

 シルヴァンの頬がぴくりと動いた。

 

「なんだよ、急に。お前らしくないぜ?」

「フン。奴の首なら容易くとれる。

 だが、あの教師となると話は別だ。

 勝率は五分と言ったところだな」

「だからって……」

「アネットを頼む」

 

 薪が崩れて灰が黒く焼けた草の上に散らばる。

 

「猪と爵位を継いだ俺の首は最低条件だ。

 犬も猪のために死を選ぶだろう。

 お前とアネットは違う。

 特にお前はスレンを抑えるため、

 ゴーティエの軍が欲しいだろう」

「おい……」

「ドミニク男爵家は妨害で決戦の場にいなかった。

 今も、人質をとられて兵の一人も送ってこない。

 逆に言えばアネットのしがらみは父親と俺たちだけだ」

 

 男爵本人は紋章を持っていない。

 爵位を継げたのは息子が英雄の遺産と適合するドミニクの紋章を持っていたからだ。

 その息子シモンが今はフロルの手の内にある。

 英雄の遺産『打ち砕くもの』も男爵領に残されたままだ。

 

「兄上が死んで、親父が死んだ。

 俺は望まずこの地位についた。

 同じ視点になってようやくわかったことがある。

 なぜ兄上と親父が死んだのかをだ。

 お前とアネットが付き合う必要はない」

 

 たとえ死んだとしても、フロルの首を取る。

 それが今のフェリクスに出来ることだと決めた。

 

「ふざけんな!なんのために俺がっ……!」

 

 激昂するシルヴァンに構わず、言葉を重ねた。

 

「お前は子供の頃からいつもこうだ。

 普段は頼りないくせに、

 兄上が死んだ知らせが届いた時真っ先にやってきた。

 大事な時には、いつも俺たちの傍にいた」

 

 フェリクスが頭を下げた。

 

「俺はもう大丈夫だ。

 頼む、シルヴァン。お前にしか頼めんことだ」

 

 ああクソ。

 こんなことになるなら、フロルを殺しておけば良かった。

 士官学校のたった一年間で絆されてしまった。

 なにか別の道があるのではないかと道に迷ってしまった。

 結局、こうして本当に大切なものを取りこぼす。

 

「わかった……わかったよ、ちくしょう」

 

 シルヴァンが諦めて、息を吐きだした。

 

「感謝する」

「お前に感謝されたのなんてこれが初めてだぜ……」

 

 勝てばいい。

 そうだ、勝てば良いだけの話だろ。

 

 馬鹿をやって、フェリクスが突っかかってきて。

 二人まとめてイングリットに説教される。

 そんな大切な関係はもう戻ってくることはないのだから。

 

「肉はーぐずぐず~♪骨はーぼろぼろ~♪

 血はーどろどろ~♪」

 

 ざくざくと知った足音と歌声が聞こえてくる。

 

「あ、フェリクスもシルヴァンも。

 天幕に居なかったと思ったら、こんなところにいたんだ」

 

 アネットが湯気を立てるカップを三つ持ってきた。

 フェリクスが顔を背け、代わりにシルヴァンが答える。

 

「あはは、男同士の話って奴をしようと思ってな」

「えーフェリクスがそんな話をするとは思えないけど」

「そんなことないよなぁ?」

 

 シルヴァンが煽るような笑みを浮かべた。

 

「チッ……黙ってろ」

「は!?なに!本当にしたの!?」

「ただ……いや、俺はもう行く」

 

 フェリクスが外套を払い、立ち上がった。

 立てかけてあった亡き父より継いだ剣を帯剣する。

 

「見回りに出る。夕刻には戻る」

「ちょ、えっ、せっかくスープを持ってきたのに!

 フェリクスの好きなお肉たっぷりなんだよ!」

 

 もう!と怒るアネットの横顔をシルヴァンは見つめる。

 残された大切な物を守るために、強く拳を握りしめた。

 

 

 ディミトリのために用意された天幕の中、茶の香りが立ち昇る。

 ドゥドゥーがディミトリの前にカミツレの花茶を差し出した。

 カミツレの花茶は安眠効果がある。

 ディミトリは味が解らなくても好んで飲んでいた。

 だが今は。

 

「いや、悪いが飲めない」

「昨日も眠らず偵察に動いていたとか。

 少しは休まなければ」

「良いんだ、ドゥドゥー。

 最近気づいた。

 こんなもので眠ったとして、死者は俺のことを許しはしない。

 ならば少しでもその声に耳を傾けることが俺にできることだ」

 

 今まで向き合うことを恐れて、遠ざける事ばかり考えていた。

 父も継母もグレンもそこにいて、ディミトリを心配していたのに。

 王位など要らない。

 けれど、ディミトリを王にするため死んでいった者たち。

 彼らが望むなら、ディミトリに止まることは許されないのだ。

 

 フロルの言った王にと望む声。

 彼らが死んだ後になってようやく気付くとは。

 愚かさに今すぐにでも首に刃を突き立てたくなる。

 

「俺は未熟だった。

 向き合う覚悟がなかったんだ。

 ずっと待ってくれていたのに。

 結局、フロルに選ばせてしまった」

 

 フロルの戴冠を聞いた時、ディミトリは寝耳に水だった。

 ディミトリの戴冠式まで決着をつけるには時間があると思っていたからだ。

 他の道を探し続けた。

 ぬるま湯のような心地よい士官学校の生活がまだ続くと勘違いしていた。

 コルネリアの悪行も、ダスカーの反乱も、大修道院襲撃も。

 ディミトリがやるべきことをフロルに押し付けて来た。

 

「ドゥドゥー、なぜあの時、俺を助けた」

 

「ダスカーで、おれはここで死ぬのだと覚悟していました。

 ですから、あなたがおれを庇ってくださった時。

 地獄の底にも救世主は現れるのだと、心の底からそう思ったのです。

 その恩を返したにすぎません」

 

「今更何を言っている。知っているだろう。

 お前を助けたのは、ただの代償行為だ。

 獣のように、この手でお前の同胞を殺して回った」

 

 獣が散々にダスカー人を食い荒らした後我に返った。

 自分がしてしまったことに怯えた。

 暴徒化したダスカー人に王国軍は止まらず。

 ディミトリが救い出せたのはたった一人だ。

 

「あの時、あなたは約束してくださった。

 ダスカーの血を誇れる国を作ってやる、と」

「それはフロルにもできることだ」

「いいえ」

 

 ドゥドゥーがフロルと共に茶を飲んだことを懐かしむ。

 

「殿下とフロルは良く似ている。

 民を思う気持ちも、戦を嫌うところも。

 ただ一点異なるとすれば、

 フロルは人の強さを信じていないのです。

 フォドラの民ならそれで良いのかもしれません。

 しかし、ダスカー人であるおれは、

 人の強さを信じる殿下の方が王に望ましいのです」

 

 ドゥドゥーの見立てが正しければ、フロルはフォドラの民とダスカーの民が共に歩む未来を信じていない。

 信じていないからこそ虐殺を許容しかけ、信じていないからこそ、その後の未来を暗いものと想像する。

 ディミトリもフロルも、自らが犯した罪に苛まれ続けるが方向性が逆なのだ。

 

 ディミトリが瞼を閉じた。

 そこには死者たちが蠢いている。

 

「……お前がそう言うのなら、

 そうなのかもしれないが。

 腹を割って話し合うには人が死に過ぎた。

 もっと、よく話しておけばよかった。

 今はただ、そう思う」

「ええ、おれも、そう思います」

 

 例え違う道がなかったとしても。

 話し合っていたら、なにかが変わっただろうか。

 

 

 フロルの叩きつけた拳が円卓を真っ二つに砕いた。

 感情の高ぶりと共に眩しいほどに双紋章が光を放つ。

 炎の紋章が自らを痛めつけることさえ許さない。

 拳の傷も直ぐに塞がって、痛みさえ消えてしまう。

 乾いた笑いが漏れた。

 

「はは……。

 初めて物にあたってみたが結果がこれか。

 やるんじゃなかったな」

 

 光の杭は闇に蠢く者にとっても諸刃の剣だ。

 帝国軍の勝ち目がなくなるまで使用してこないと考えた。

 だが、甘かった。

 闇に蠢く者を追い詰めすぎた。

 原作より勝ちすぎてしまった。

 

「……やめろ、そんな考え方をするな。

 モニカもジェラルトも見捨てれば良かったのか。

 ソティスが犠牲になれば良かったのか。

 それが一番犠牲が少ない道だとでも言うつもりか。

 そんなの間違っている。

 自分の責任から逃げるな」

 

 心の何処かで油断していた。

 自分より頭の良いリシテアの策だからと盲目的に従った。

 そうでなければこうなるはずがない。

 

「あの時、もっと違和感を覚えるべきだった。

 闇に蠢く者の部隊がいないことに気づいていた。

 なんで無視した。

 俺が油断しなければ可能性に気づけたはずだ。

 リシテアがどんな思いをしたのかわかっているのか」

 

 ダスカーの悲劇と同じことを何度も何度も繰り返す。

 生まれた時から大勢の民を殺す罪を背負った。

 終わらない犠牲と罪の連鎖。

 それなのに、またこうして生き残っている。

 

「まだ、俺の選んだ道を進めと言うのか。

 こんなことになって、

 この道が正しいとでも言うつもりなのか」

 

 これが時のよすがに導かれた結果だと言うのなら。

 なぜ運命は俺を選んだ。

 

「なんでだ、先生」

 

 扉が勢いよく開かれる。

 入ってきた王国軍の近衛兵が額に脂汗を浮かべていた。

 

「陛下、ご無礼をお許しください!

 王都より急報が……!」

 

 

 アミッド大河に着弾した光の杭がその熱量で大河の水を瞬時に水蒸気へと変換。

 川底から跳ね返った衝撃と合わせ、音速に近い速度で膨張した爆発が両軍を襲った。

 この爆発により二発目以降の光の杭が落下する前に、空中で誘爆する。

 かつて光の杭が着弾したアリルのように煉獄の谷がグロンダーズに刻まれることは防がれた。

 

 しかし、上下の爆発に挟まれることになった両軍は深刻な被害を被った。

 王国軍本隊は転移対象から外された三分の二が消滅、壊滅状態に陥った。

 集結していた帝国軍本隊に生存者は確認できなかった。

 平原へ向かう最中だった残り半数の部隊が混乱に陥る。

 王国と帝国は互いに未知の手段で虐殺を引き起こしたとして糾弾した。

 

 同時期、クロードの支援を秘密裏に受けたディミトリ率いる旧国王派が王国北方軍を突破した。

 大司教補佐セテスが重症を負い、灰色の獅子グェンダルが殿を務め戦死する。

 旧国王派は大公リュファスが管理する王都フェルディアに向け進軍した。

 開戦以来、フロリアヌス率いる王国最大の危機が訪れようとしていた。

 

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