王国の将と教会の将が大修道院の会議室に集められた。
フロルがセイロス騎士団団長に戻ったジェラルトに向く。
「無理をさせる形になって悪いですが、
教会にはヒュミル子爵領に進出してもらいます。
帝国軍が混乱から立ち直る前に、
オックス家を早急に保護しなければなりません」
光の杭が落ちた場所が最悪だった。
帝国の台所と称されるベルグリーズ領の穀倉地帯が半壊しただけではない。
被害は帝国だけに留まらなかった。
アミッド大河には同盟の一大交易拠点、ミルディン大橋がある。
そこを発生した大波が襲ったのだ。
情報が錯綜しているが、おそらく保管されていた食料や交易品、船が壊滅している。
同盟の血流が一時的にでも止まった。
これからフォドラ全土で食料が不足し、賊が増え、略奪が横行するだろう。
それまでに守るべき味方を囲い込む。
「戦力を集中させた方がいいんじゃねえか?」
「ディミトリに限ってはそうじゃないんです。
勝ち目があると判断すれば王都攻略ではなく野戦を選択する。
あいつはそういう嗅覚に優れているし……だからこそ、やりようがある」
多数の民の犠牲が出る王都を確実に攻略するより、殺せる可能性があるならフロルを狙うはずだ。
今最も警戒すべきは光の杭による共倒れだ。
城攻めは日数がかかり、座標も固定な分、光の杭で狙われやすくなる。
王国内の野戦ならばシャンバラが正確に開戦時期と位置を把握する前に決着をつけられる。
物理的な距離が情報の壁となる。
フロルの説明にジェラルトが頷いたので、改めて一同を向いた。
「幸いリシテアが西方軍の再編計画を終わらせてくれた。
もう前線から離れたアリアンロッドの防衛軍は不要だ。
質は劣るが数はそれなりにいる。
引き抜いて、旧国王派に対処する。
兵の質は将で補うしかないが……」
魔道士の全魔力を搾り取って行われた大規模転移魔法。
多くの将兵を助けたが同時に問題も起こった。
限界を超えて魔力を注いだ魔道士たちが昏睡状態に陥ったのだ。
転移後の兵の治療のため、メルセデスだけが魔力を注がなかった。
フロルとベレスは炎の紋章により目覚めたが今も魔法が使えない。
彼女たちが目覚めるのを待っている暇はない。
「バルタザールとユーリスを呼び戻す。
これで先生、アッシュ、メルセデス、イングリット、ペトラに加えて二人。
この面子だとシルヴァンが抑えられないな」
騎兵の機動力と破裂の槍を持つシルヴァンは誰が相手をしても重すぎる。
だからこそ、王都決戦の際はリシテアが初見殺しをして詰ませたのだ。
騎兵戦力であり神聖武器を使えるセテスが倒れたのはかなりの痛手だった。
俺が出るとフロルが言う前にベレスが遮った。
「駄目だよ、フロル」
「……わかった」
突如、会議室の扉が開かれ、皆が視線を向けた。
そこにはフェルディナントが立っていた。
病室から抜け出して来たのだろう。
はだけた白いシャツ一枚の内側を血の滲んだ包帯で覆っている。
震炎による火傷は回復魔法でも治癒するまでに時間がかかる。
「シルヴァンを抑える役目、この私に任せてほしい」
会議室がざわめく。
カトリーヌが雷霆の柄に手をかけた。
他の将も感情を表に出さないだけで憎しみは深い。
捕虜として価値があると王が生かしていなければ、今すぐにでもその首を刎ねただろう。
会議室が血で汚れるのを止めるため、フロルが円卓を二回叩いて注目を集めた。
「皆の思いはわかっている。
許せとは言わない。
だが、その剣は復讐のためにあるのではない。
振るうべき時にとっておけ」
セイロス騎士は誓いを立てる時、剣を信仰に捧げる。
それを指摘されたカトリーヌが息をゆっくりと吐く。
青筋を立てながらも柄から手を離して姿勢を正した。
「さて、言っている意味がわかっているのか?」
「もちろんだとも。
私たちは目指すべき理想があった。
けしてその理想が間違っていたとは思わない」
フェルディナントはエーデルガルトと交わした言葉を鮮明に思い出せる。
民の犠牲を望んでなどいなかった。
選べる道など最初から他にはなかった。
それでも、自分たちの意志で閉塞した社会を砕きたいと願った。
「しかし邪悪と知りながら奴等と手を組んだ。
私たちの選択が最悪の虐殺に繋がった。
ならば理想を果たす前に、
貴族として、果たすべき責務がある。
たとえ祖国に刃を向けることになろうとも、
奴等の首を冥府の門に吊るす。
そのためならばこの命、惜しむつもりはない」
フロルがフェルディナントの目をじっと見つめる。
ややあってその覚悟を認めた。
「……いいだろう。シルヴァンの相手をお前に託す」
凍えるような空気の中、雪原に咲いた一輪の花のようにペトラが微笑んだ。
「フェルディナント、わたし、歓迎します。
戦う、寂しく、思う……思いましたから」
「ああ、正直なところ私も同じ気持ちだった。
今後はよろしく頼む」
新たな仲間を加え、王国軍は王都へ向けて動き出した。
★
フロルが軍を率いて北上するのに合わせ、王都の包囲を解いたディミトリの軍が南下を開始。
飛竜の節のはじめ。
王都と大修道院の中間に位置するタルティーン平原にて両軍が相対する。
グロンダーズに並ぶ広大な野。
かつて解放王ネメシスと預言者セイロスが激突した古戦場。
同時に、獅子王ルーグが帝国を打ち破り独立を勝ち取った因縁深き地である。
この時期には珍しく粉雪が降り始めていた。
雪が溶けて、水滴を含んだ雑草が足を重くする。
空は薄い灰色で雲の隙間から、弱々しい陽が差し込んでいた。
ディミトリの軍には後がない。
ここで敗戦すれば、再起不能に陥る。
フロルの軍にはかつての質がない。
行軍翌日に開戦するのは不安があった。
よって、両軍共に慎重にならざるをえない。
思惑が重なり、相対した初日は距離を取って互いに斥候を出し合い情報収集に終わった。
奇襲を警戒しながらも、夜闇に紛れ王国の将たちが集まり各々の動きを確認していく。
「俺が囮になる」
そう言ったフロルは簀巻きにされて天幕に放り込まれた。
戦場では陣最奥に押し込めることが早々に決まった。
遺書を書き直す者もいる中で、最期になるかもしれない言葉を交わし合った。
二日目、粉雪が止んで暖かな日差しが地上を照らした。
まだ湿り気の残る草原を舞台に両軍が動き出す。
朝の刺すような空気に喇叭が鳴り響き、陣形を整えた。
★〈メルセデス vs アネット〉
メルセデスは専ら戦場で軍の後方の癒者として活動している。
王都決戦でも覚悟に反して同級生と戦うことはなく、気づけば勝利していた。
フロルが今まで幼馴染を特別扱いしてきたし、状況がそれを許していた。
しかし、運命に定められたように。
今この時、他の魔道士たちが倒れた。
メルセデスとアネットが初めて敵として相対する。
「アン、やるしかないのよね。
私も戦うって、決めたんだもの」
「メーチェ……お互い手加減なしだよ。
悔いが残らないようにしよう」
言葉の通じる距離ではない。
それでも心は通じ合った。
メルセデスが行使するのは火炎系の上級魔法ライナロック。
魔方陣が輝きを放つ。
ギュルギュルと音を立てて、灼熱が姿を変え、大槍を形成する。
僅かに残った粉雪が瞬時に蒸発し周囲の草から水分を奪って萎れさせた。
魔道士たちが注ぐ魔力によって、一本、二本、三本と空に展開されていく。
人一人を消し炭にしてなお消えることのない火槍が五十本。
手加減などない。本気で親友を殺す覚悟を決めた。
火槍の群れを目前にして、アネットは動揺しない。
むしろ親友の成長に喜びを覚える。
「あたしも負けてられない……!」
笑みを浮かべ魔法を刻む。
当然選択したのは最大火力の上級魔法エクスカリバー。
理学の才とは、魔力出力だけではない。
魔法の開発、再構築にこそ真価が問われる。
魔法式を書き換え、対抗魔法を組み上げる。
後出しにもかかわらず、同時に魔法が放たれた。
空気の層が厚く歪んで、光が屈折する。
周囲の空気が一気に重くなり、真空が熱を遮断する。
放たれた大気を捻じる暴風が火槍をそのまま押し返した。
メルセデスは一歩も引かない。
「私はこの道を歩むと決めたから。
お願い、エミール。力を貸して」
メルセデスの祈りに応えて聖なる盾が連なって現れる。
炎がメルセデスと兵を傷つけることはない。
あらゆる攻撃を遮断する防御。
弟の遺した『ラファイルの宝珠』が姉を守護する。
互いに互いの魔法を突破するため魔法を組み立てる。
魔道の実力はアネットがメルセデスの数段上。
しかし実力だけで英雄の遺産を突破しなければならない。
★〈vs シルヴァン〉
魔法が相殺し爆炎を噴き上げる中、騎兵が駆け抜ける。
「あんたら、いつから王国軍に?」
「ふっ、受けた恩を返すまでの仮の宿だ。
生涯をかけなければ返せそうにないがな」
「あなた、抑える、わたしたちの役目です!」
破裂の槍を持つシルヴァンに騎兵勝負を挑む。
死地と言っていい。
だからこそ、フェルディナントが志願し、ペトラがそれに追随した。
両側を挟まれたシルヴァンが、それでも二人の攻撃を凌ぎきる。
破裂の槍の刃がメリクルを弾き、石突をオハンの盾に衝突させる。
二人の連携を崩しながら、ゴーティエの小紋章を輝かせた。
「悪いが、こっちも譲れないんだ」
神聖武器の防御を突破するのは容易ではない。
まずは防御の薄いペトラから殺る。
破裂の槍が炸裂し、フェルディナントを防戦一方にする。
この短期間でシルヴァンは天性の才を開花させた。
馬上で近接戦闘を行いながらの魔法の行使。
フロルにできてシルヴァンに出来ないはずがないのだ。
鋭い魔力の太矢がペトラに向かって放たれる。
「ペトラ!」
「わたし、問題ありません!」
ペトラの姿が消える。
否、魔法の矢が当たる直前、鐙を外して手綱を握ったまま倒れ込む。
類まれなるバランス感覚と身体能力。
馬の腹に回した足だけで、地面と水平の姿勢を保つ。
髪を地面に擦らせ、矢が通り抜けた直後に魔剣を地面に叩きつける。
反動で馬上に戻り、何事もなかったかのように剣を振るった。
ペトラの曲芸に流石のシルヴァンも度肝を抜かれた。
「こりゃ、やりにくい相手だなあ……」
★〈アッシュ vs ドゥドゥー〉
「久しぶりだな。アッシュ」
「うん、ドゥドゥー。
君とこうして戦いになるなんて思わなかった」
「おれはずっと、こうなる気はしていた」
アッシュは騎士として主君にフロルを選んだ。
騎士としての在り方を否定するディミトリとの決別は必然だった。
王都の決戦でフロルの軍の中にいるのを見つけても、ドゥドゥーに驚きはなかった。
ただ、寂しくは思った。
「……君の料理、本当に美味しかった。
もっと色々、教えて欲しかった」
「ああ、一番おれの料理を喜んだのはお前だった。
ダスカーの料理など、
フォドラの民には口に合わないと思っていたが」
アッシュがかぶりを振った。
「そんなことないよ!
僕は……ごめん。
今になっても、ずっと考えている。
もっと、違う道があったんじゃないかって。
士官学校の生活は本当に大切な思い出で、
今でも夢に見るから」
ドゥドゥーは少しの間だけ沈黙した。
フォドラの民とダスカーの民。
フロルが共に歩む未来を信じていないとしても。
その傍にアッシュがいればきっと大丈夫だろう。
ならばもう心残りはない。
「……おかしな奴だな。
これから殺し合うというのに」
「そうだね、僕は本当に、ダメなやつだ」
会話は終わり、アッシュとドゥドゥーは斧を構えた。
★〈イングリット vs フェリクス〉
既にフェリクスはフロル率いる軍の陣内部にまで侵入を果たしていた。
目の前の邪魔な相手だけを切り裂き、ただひとつ。
フロルの首だけを狙って駆け抜けていく。
手にするのは神聖武器『モラルタの剣』と英雄の遺産『アイギスの盾』。
その前に現れたのが、ルーンを構え、地に足をつけたイングリットだった。
イングリットがそうであるように、フェリクスも既に覚悟を決めている。
幼馴染であろうとも、立ち塞がるなら殺すまでだ。
交わす言葉は尽きている。
父より継いだモラルタの剣の上でルーンを滑らせる。
一歩踏み込み、正中に振り下ろした聖剣をイングリットは辛うじて凌いだ。
首を狙った横薙ぎの魔槍を姿勢を下げて避け、逆袈裟に斬り上げる。
火花が散り、草原が互いの足運びによって、均されていく。
呼吸は最小限に、目の前の敵を殺すことだけに意識を傾ける。
イングリットが徐々に苦しくなり、英雄の遺産の奥義を切らされた。
だがそれをフェリクスは待っていた。
震炎を纏った突きを半身ずらすだけで躱し、ちりちりと頬が焼ける。
片目を閉じて失明を避けながら、魔槍にアイギスの盾を叩きつける。
英雄の遺産同士、衝突音が戦場に広く響き渡った。
ルーンが弾かれ、イングリットの防御が浮く。
「……くっ!」
イングリットは次になにが来るのかをわかっても、身体を引き戻せない。
フェリクスが膝を落とし、くるりと手の内で聖剣を逆手に構えた。
フラルダリウスの大紋章を輝かせる。
草原を踏みしめ、即死する一撃を躊躇なく振るう。
「おおっと、そうはいかねえよ」
トリックスターが戦場をかき乱す。
イングリットの姿が消え、ベガルタの剣がモラルタの剣の絶技を弾いた。
ユーリスがイングリットと魔法で位置を入れ替えたのだ。
ならばイングリットはどこへ。
「チッ……やってくれるな……!」
フェリクスが開戦から初めて舌打ちと共に苦悶の表情を浮かべた。
掲げた魔盾にペガサスと共に落ちて来た魔槍が直撃する。
互いの紋章が輝き、一致した英雄の遺産がその真価を解き放つ。
展開された障壁の上を炎が吹き荒れ、草原を焼いた。
★〈ベレス vs ディミトリ〉
両軍が激突する中で、戦場の中央にぽっかりと穴が空いていた。
屈強な王国の兵士たちが巻き添えを恐れ近づこうともしない。
ファーガス神聖王国の真の正統後継者。
ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド。
ブレーダッドの血を受け継ぐ金の髪を後ろにまとめる。
幾本もの槍を背負い、手にするのは魔槍グラディウス。
名工が鍛えた獅子の鎧を纏い、蒼き外套が風に揺れた。
フロルよりも見た目は王様みたいだなとベレスは思った。
くるりと手元で天帝の剣を回し調子を確かめる。
「……先生、一つ聞いても良いか」
「構わないよ」
ディミトリの問いにベレスが頷く。
「仮にあの時、
俺がフロルを支えてやれと言わなければ。
先生は俺を選んでくれたか?」
正反対のようでいて良く似た二人。
かつて目の前に二つの道が広がっていた。
ベレスだけが選ぶことのできた道だ。
「フロルも君を支えて欲しいと言ったんだ。
だから、私は最後まで選べなかった。
馬車に転がり込んでから選んだことに気付いた。
後悔はしていないよ。
でも、あの時フロルの馬車に乗らなければ、
逆の立場にいたと思う」
ベレスの言葉にディミトリが口元を緩めた。
「ありがとう。
お前が俺たちの先生で良かった。
もう未練はない。
互いに悔いの残らぬ戦いをしよう」
時のよすがに導かれて、師と生徒が剣と槍を向け合う。
かつて世界を蹂躙した天帝の剣が、刃を展開していく。
嵐と呼ぶべき斬撃の中に、ディミトリが一歩踏み込んだ。