時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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50話

 

 二度目となる決戦。

 信じる主君のため刃を振るい、傷を負い、血を流す。

 互いに信仰を失わず回復魔法が兵たちの傷を癒した。

 数を少しずつ減らしながらも終わりの見えない戦い。

 

 だからこそ、予定調和に崩壊は将から始まった。

 

 ギルベルト=プロスニラフ。

 実の名をギュスタヴ=エディ=ドミニク。

 ランベール王に仕えていた老齢の騎士だ。

 しかしダスカーの悲劇が起こると、娘のアネットを置いて出奔する。

 王国を避けるようにセイロス騎士団に身を寄せた。

 長らく悩み苦しんでいた。

 それでもかつての主君の子を守ろうと立ち上がる。

 王都決戦の際にディミトリの下に帰参し、撤退に大きく貢献した。

 

 ランベール王は信念と仁愛を持つ「民想いの優しい王様」であった。

 開明的と言えば聞こえはいいが、それはつまり、獅子王ルーグから続く伝統の否定だ。

 理想は眩しく、暗い影を落とした。

 ギルベルトは王を諫めることができず無惨に死なせた罪に耐えきれなかった。

 帰参した今でさえ迷いを捨てきれずにいる。

 振り下ろす刃で王国の兵を殺す度、この道が正しいのかと。

 

 心と体の齟齬が歴戦の騎士の隙となる。

 

「首の皮一枚ってか?滾ってくるねえ……!」

 

 その男は染まらぬ場所がないほどに血で赤く染まっていた。

 ギルベルトの熟達した武技が男に幾つもの傷を負わせた。

 けれども、不撓不屈。

 バルタザールは戦場の逆境にこそ真価を発揮する。

 血が熱を帯びる。

 加速度的に拳が重く、技の冴えが上がる。

 消えたかと錯覚するほどの足運び。

 

 バルタザールが持つ籠手『ヴァジュラ』は英雄の遺産に匹敵する。

 辛うじて合わせた盾に裏拳が炸裂した。

 重鎧のギルベルトの足が浮くほどの衝撃。

 角度をつけて受け流す暇すらなく、腕の骨が砕ける嫌な感覚が走る。

 

「私は……私は、まだ!」

 

 ギルベルトの振り下ろした斧が弾かれる。

 致命的な距離にバルタザールが潜り込んだ。

 

「迷いがあっただろ。

 結果が見えてなかったとは言わせねえぜ」

 

 魔拳が分厚い鎧を砕きながら叩き込まれた。

 

 

 血反吐を吐く父を、メルセデスと魔法合戦を続けていたアネットが目撃した。

 魔法陣を描く手元が狂う。

 

「父さん……!きゃあ!」

 

 障壁が砕かれ、メルセデスの火炎魔法が兵ごと焼いた。

 

 ドミノ倒しのように崩壊が始まった。

 

 イングリットがフェリクスのアイギスを弾き飛ばした。

 

 シルヴァンがアネットを救い出すため、戦場を捨てる。

 

 その瞬間を誰よりも肌で感じていたのはディミトリだった。

 戦争に愛された天性の才が残された勝利の道を見出した。

 奇しくも、かつてフロルが死神騎士にしたように、左腕を捧げる。

 天帝の剣を自らの腕に食い込ませ、剣の刃を握りしめる。

 腕力だけでベレスを自分の下へと引きずり込んだ。

 

「すまない、先生。

 俺はまだ諦められそうにない!」

 

 ブレーダッドの紋章が青い光を放った。

 放たれた魔槍に辛うじてベレスは剣の柄を合わせる。

 ガオンッ!

 水面を切る石のように、ベレスが吹き飛んでいく。

 それを一瞥する間さえなく。

 ディミトリが砕けたグラディウスを投げ捨て手槍を抜いた。

 足が月のように弧を描き、残された右腕で槍を構える。

 

 大気が割れた。

 

 王国軍の陣最奥へ一閃が放たれる。

 兵の指揮に意識を傾けていたフロルにとってそれは完全な奇襲だった。

 ヴァレリアが反応し、咄嗟にアラドヴァルを盾にする。

 投げ槍を弾いたフロルの身体が馬上から転がり落ちる。

 王国軍の兵士たちに動揺が走った。

 

 手槍を投げた瞬間には既にディミトリは走り出していた。

 

 無理にアリアンロッドから引き抜いた兵だ。

 野戦の経験がない。

 質の低さが露呈し、戦列に隙間を生み出す。

 ディミトリが獣の如く駆け抜け、フロルの眼前に到達した。

 

「嘘だろ!?」

「フロル!決着をつけるぞ!」

 

 背より引き抜いた槍を片膝をついたままのフロルに叩きつけた。

 紫雷を纏ったアラドヴァルが迎撃する。

 ディミトリの槍が砕け、即座に次の槍に持ち替えた。

 たった二合でフロルの防御を破壊し、最期の一撃を振るう。

 

 ガクンとディミトリの膝が落ちてフロルの寿命がのびた。

 一本の矢がディミトリの右足を貫いていた。

 

「……見ない間に腕をあげたな」

 

 尽きざるものを構えたアッシュが狙撃を成功させたのだ。

 二度目はないとアッシュにドゥドゥーが猛攻する。

 

 フロルが転がってヴァレリアの手綱を掴んだ。

 引き摺られるようにして追撃を避け、鞍に跨る。

 だがフロルの危機的状況はまだ終わっていない。

 囲む味方の兵が壁となって、抜け出すことが出来ない。

 フロルとディミトリ、両者が構えた。

 

 ディミトリが周囲の兵に聞こえるよう高らかに宣言した。

 

「フロリアヌス、お前に一騎打ちを申し込む」

 

 ファーガス神聖王国とは騎士の国である。

 

「結局こうなったか。

 ……その挑戦、受けよう」

 

 フロルはわずかな逡巡の後に、一騎打ちを受けた。

 なんとなくこうなる気がしていたのだ。

 仮に他の将ならば一蹴することが出来ただろう。

 しかし、フロルは王権の簒奪者だ。

 ディミトリにはフロルに対する挑戦権がある。

 逃げれば辛うじて均衡を保つ兵の士気が瓦解する。

 

 王の資格たる者同士の一騎打ち。

 自然と闘技場のような円が戦場に出来上がった。

 

「怨んでくれていい」

 

 ディミトリが歪んだ槍を投げ捨てる。

 そして、最後の一本、鷲獅子戦の勝者に贈られる聖槍を抜いた。

 これならば英雄の遺産の奥義を三度は折れずに耐えるだろう。 

 

「……お前を怨めたらどんなに良かったか」

 

 ヴァレリアが軽く足踏みをして蹄の調子を確かめる。

 ディミトリの周囲を円を描くように回り出した。

 

 フロルとディミトリ、呼吸が一致した瞬間。

 互いの王の紋章が煌々と大地を照らした。

 

 火花が散る。

 ディミトリの聖槍が魔槍の軌道をわずかに逸らす。

 だがディミトリの相手は一人と一頭だ。

 追撃のヴァレリアの前蹴りが放たれる。

 魔獣を屠る一撃。

 聖槍を盾にしたディミトリが大地から離れ吹き飛ぶ。

 

「魔法はどうした!」

「品切れ中だ!」

 

 フロルが投げた手槍をディミトリが宙で身を翻して躱す。

 だけではない。

 通り過ぎる槍の柄を掴んで、身体を捻り、フロルに投げ返した。

 轟音を立てて着弾した手槍が重い土をはね上げた。

 投げ返された時点で既にフロルはその場にいない。

 開幕のような奇襲でもなければヴァレリアの先読みが成立する。

 

 眼前に迫ったフロルが紫雷を纏った魔槍を振り下ろした。

 ディミトリは半歩引いて斜めに聖槍で受け流す。

 悲鳴を上げる右腕を無視して、反動を利用し薙ぎ上げた。

 フロルではなくヴァレリアの腹を狙った一撃。

 

「このッ……!」

 

 咄嗟に鐙を外したフロルが聖槍の穂先に蹴りを叩き込んだ。

 指の骨が折れた激痛に顔を顰める。

 だが元より地に足をつけた瞬間この命はない。

 ヴァレリアに足は全て任せると決めた。

 

 ディミトリ相手に槍術で勝負すれば負けることはわかっている。

 フロルの双紋章が輝きを放ち、叩きつけるように力で強引に押す。

 

「まさか、ここまでやるとはな……!」

「その負傷で言われると、

 バカにされているようにしか聞こえないな!」

 

 ディミトリが右足を後ろへ引き、槍を低く構え直す。

 柄を体軸に沿わせ、魔槍を迎撃する。

 受けるのではなく流す。

 ディミトリにとっては初めての経験だった。

 

 両者共に人知を超えた怪力。

 

 だがディミトリの負傷は深い。

 左腕は天帝の剣で引き裂かれ、右足は矢で貫かれた。

 踏ん張ることができず、力で押し負ける。

 

 右肩を狙った魔槍を前に、逆に一歩踏み込む。

 槍は握る根本ほど威力がなくなるのは当然のことだ。

 同時にそれはヴァレリアの攻撃圏内に入るということ。

 二対一の状況。

 正面から鍔迫り合いをすれば、それ即ち死だ。

 

「俺をここまで追い込むか……面白い!」

 

 ブレーダッドの血が持つ病。

 死地において、無自覚にディミトリの口角が上がる。

 熱に浮かされて刃を振るった。

 

「ええい!」

 

 聞き知らぬ声。

 背後から突き出された長槍をディミトリが体を捻って避ける。

 鎧の上を槍が滑り、返す刃で聖槍を相手に向けて突き刺した。

 一連の反射的な動作。

 

 その先にいたのはどこにでもいるような兵士だった。

 王国とは騎士の国。

 ただの兵が王の一騎打ちに水を差すなど末代までの恥だ。

 だからこそなのかもしれない。

 妻子をスレン人に殺され、仇をフロルが討った平民だった。

 凡百の兵がディミトリの一撃に耐えられるはずもなく。

 胴体に風穴を空けて即死する。

 

 ディミトリの目が見開かれ、笑みが消え、隙はあまりにも大きすぎた。

 

 振り下ろされた魔槍がディミトリの右腕を切り落とす。

 聖槍が地に転がった。

 一騎打ちの結末は予想外の方法で終わりを迎えた。

 

 ディミトリは立っていることも出来ず、片膝をついた。

 跳ね上がった泥が獅子の鎧を汚す。

 

「……お前は、民に慕われているんだな」

 

 騎士の在り方を否定したディミトリが、一騎打ちと言う騎士の在り方を利用したのだ。

 怨みはない。この結末は当然の報いだろう。

 

 ディミトリの首元にアラドヴァルの刃が触れた。

 

「すまない、フロル。迷惑をかけた」

「いいんだ、ディミトリ。

 お前はお前のできることをやっただけだ」

 

 僅かに首に食い込んだ刃の上を血が伝わっていく。

 世界の音は遠く、互いの荒い吐息だけが聞こえてくる。

 ゆっくりとフロルが刃を振り上げた。

 

「俺には、相応しい結末か……」

 

 ふとフロルには重なって見えた。

 

 ありえた世界でディミトリに首を刎ねられた父。

 逆の立場なら。

 父をそうしたようにフロルの首を刎ねただろう。

 

 同じ道を辿るならディミトリで良かった。

 フロルである必要などない。

 この世に生まれて来た意味がない。

 

 なぜ俺は生まれ、なぜ俺は選ばれた。

 

「……そうか。そうだな、先生。

 俺は俺だけの道を行くべきなんだ」

 

 フロルがアラドヴァルを地に突き立てた。

 首を差し出していたディミトリが顔を見上げた。

 その時見た瞳を、生涯忘れることはない。

 

「ディミトリ、お前の理想はここで砕かれる。

 だが……。

 お前が背負っていたものは俺が全部持っていく。

 罪も死者も、お前には残さない」

 

 薫る一陣の風が吹く。

 ディミトリは気づいた。

 あれほど苛んだ死者の声も、姿もどこにもない。

 まるで最初からそこには誰もいなかったように。

 

「ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド。

 フェリクス=ユーゴ=フラルダリウス。

 ドゥドゥー=モリナロ。

 王が汝らに命じる。

 その爵位と、継承権と、財産を没収する。

 女神の加護なき地ブリギットに封じ、

 フォドラの地を踏むことを禁じる。

 代わりにその罪を我が名において許そう」

 

 

 フロルが長い苦悩の果てに、漸く迷いを捨てた。

 ディミトリ、エーデルガルト、クロード。

 三人に続く、運命に選ばれし四人目の王。

 導きの星灯りを瞳に宿した、騎士たちの王(ロードナイト)に至る。

 

 

 帝国暦1181年、飛竜の節

 フロリアヌスがタルティーン平原の戦いに勝利する。

 ディミトリ、フェリクス、ドゥドゥーはブリギットへと追放された。

 彼らの保護と監視を条件として、王国とブリギットの間で正式に対等同盟が結ばれる。

 旧国王派勢力を一掃したことで遂に王国は再び一つとなった。

 セイロス騎士団がヒュミル領を制圧し、オックス領が王国に帰順する。

 同時期、帝国軍が対パルミラ戦線から撤兵する。

 これを受けてクロードは同盟諸侯の三分の二の承認を得て法案を可決させた。

 防衛戦に限り全軍権がクロードに委ねられる。

 不穏な空気がフォドラ全土に広がる中、戦線は膠着状態が続く。

 長い冬がフォドラに訪れようとしていた。

 

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