時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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51話

 

 王国西部ロディ海岸の波止場。

 冷たい潮風が波を荒くして桟橋を軋ませていた。

 船が舷梯を降ろし、出港の時を待っている。

 ディミトリ、フェリクス、ドゥドゥー。

 三人のためだけに用意された船だ。

 これから彼らは生涯祖国の地を踏むことはない。

 船長はユーリスなので万が一もないだろう。

 

 フロルとベレスが見送りに来ていた。

 ディミトリはどこか憑き物が落ちたような顔をしていた。

 フロルがベルトで固定されたディミトリの右腕を見た。

 切断した腕を急いで繋げて回復魔法を施したのだ。

 切り札として魔法一回分だけ戻った魔力を残していた。

 それが役に立って良かったと思う。

 

「腕、繋がって良かったな。

 今は痺れるだろうが、そのうち動くようになる。

 ああそれと、あくまで俺の名での命令だ。

 俺が死んだらこっそり帰還していいぞ」

「……またお前はそういうことを言う」

「ははっ、冗談だ。でも半分本音だ。

 こればっかりは性分なんでな。

 一度読みを外したが最悪を常に考えている。

 間違いを選ばないのが俺の長所だ」

 

 フロルの言葉にディミトリは呆れるばかりだ。

 あの時見た人ならざる神聖さは、今は鳴りを潜めている。

 なにかが変わった気がしても本質は変わらないのだろう。

 

「戻ってくることはない。

 俺にも戦い以外でやりたいことが出来た」

「殿下、おれがどこまでもお支え致します」

 

 ドゥドゥーが力強く頷き、ディミトリが口元を緩めた。

 

「俺にはもうそう呼ばれる資格がない。

 友として、ただディミトリと名で呼んでくれ」

「……わかりました……ディミトリ」

 

 二人のやり取りにフェリクスが舌打ちした。

 

「チッ……敗者は弁もなくただ従うのみ。

 戦いは結果がすべてだ。

 さっさと行くぞ、猪、犬」

 

 そのまま振り返ることなく船の舷梯を登っていく。 

 

 ディミトリがやれやれと溜息をついた。

 責任を失ったフェリクスは前の様に戻ってしまった。

 殊勝な態度はもう見れそうにない。

 

「じゃあ、俺たちはもう行く。

 先生、フロルのことは頼んだ。

 目を離すと直ぐに無茶をするような奴だからな」

「任せて」

 

 船が帆を広げて南のブリギットへと向かう。

 こうして、三人は未だ戦乱が続くフォドラの地を去った。

 

 

 ギルベルトは一命を取り留めたが、二度と武器を振れる状態ではなかった。

 騎士として死んだも同然。

 今は故郷のドミニク男爵領で療養している。

 

 では残されたシルヴァンとアネットはというと大修道院の中で放置されていた。

 戦場から二人で抜け出したはいいものの、逃亡生活は長く続かない。

 シルヴァンではアネットの火傷を治療出来なかったのだ。

 追跡してきたアッシュの説得を受けて治療され、大修道院へと連れ戻された。

 

 一週間後、ようやくシルヴァンとアネットはフロルと面会した。

 

「いやー、流石に一週間も放置されるとは思いませんでしたよ」

 

 シルヴァンが気の抜けた表情で首の後ろで手を組む。

 アネットが所在なさげに視線を彷徨わせていた。

 

 フロルが二人に視線を向けることなく山積みになった書類を処理する。

 大修道院は女神の加護により光の杭から守られている。

 光の杭の発射場、シャンバラ攻略まで大修道院へ政府機能を移さなければならない。

 更に支配域が一気に増えたため、国王が確認するべき諸々は膨大な数になる。

 フロルが五人いても終わりそうになかった。

 王国の穀物庫フラルダリウス領を支配したことで食料問題が解決したことは数少ない光明だ。

 

 隣の席には遅々として進まない書類の山に死にかけているベレスがいた。

 その肩書は大司教代理補佐になった。

 重症を負ったセテスは未だ聖墓の棺から動けない。

 過去の戦争で紋章石の力を失っていることもあり、炎の紋章を持つフロルやベレスとは回復速度が違う。

 代わりに任せてと言ったベレスは早々に撃沈した。

 元傭兵で教師も一年しかしていないベレスに政務は荷が重すぎた。

 

 フロルが紙をめくりながら、シルヴァンを皮肉る。

 

「流石に女遊びは控えているようだな」

「裏切者に対する視線は冷たいですからねえ。

 前、遊んだ女からも頬をはたかれましたよ」

 

 ははとシルヴァンが乾いた笑いを浮かべた。

 振られる経験はあっても、憎しみを込めた目を向けられたのは初めてだった。

 刃を向けられず、それで済んだだけマシと言える。

 

「自業自得だな」

「そういや、なんで俺は追放にならなかったんです?」

「最後の最後で責務から逃げたからというのもあるが。

 これから罰を与えるからだ。

 お前が何と言おうとスレンは滅ぼす。

 あんな国、多数の英雄の遺産を投入すれば滅ぼせる。

 ダスカー人と違って根絶やしにしたっていい。

 民の犠牲を払いながら何十年も待ってはやれない。

 王国の防人、ゴーティエ家としての責務を果たせ」

 

 原作だとディミトリが手を噛みつかれたまま王国の属国にしていた。

 その後、シルヴァンが生涯をかけて融和を成し遂げた。

 フロルは侵略者に対してそんな手緩い真似はしない。

 スレンの民は拠点ごと移動するせいで、軍を投入しにくいだけなのだ。

 軍団級の個人戦力を集中的に運用すれば、一年も経たずに滅ぼせる。

 

「……わかりました」

「あくまで戦後の話だ。

 さっさとゴーティエ家に戻って爵位を継げ。

 将も兵も幾らあっても足りないんだ」

 

 あともう一つシルヴァンに言いたいことがあった。

 フロルが書類から視線をあげた。

 

「最初の決戦の前にたった一人で俺の陣地に訪れて、

 お前の命を助けるように頼んだのは辺境伯だ。

 命を差し出すと言ってきたから追い出したけどな」

 

 開戦前から勝敗のわかっていた戦いだ。

 ゴーティエ家は対スレンのため王国に必要だという打算もあったのだろう。

 しかし、必死に息子のために地に頭をつける父親の姿にフロルは弱かった。

 事情のわかっているベレスにシルヴァンを逃がしてもらうよう頼んだ。

 

「じゃあ、やっぱりあの時……すみません」

「俺に謝ってどうする。

 父親と話し合ってくれ」

 

 シルヴァンと辺境伯の軋轢は兄マイクランを処刑したことにある。

 紋章を持たず爵位を継げなかった点は父リュファスと同じだ。

 フロルもマイクランに思うところはある。

 しかし、賊に堕ちて民を略奪している時点で救いようがない。

 辺境伯も国防の要である破裂の槍に手を出さなければ殺さなかっただろう。

 

「次、アネット」

「は、はい!」

 

 びくんとアネットの肩が跳ねた。

 

「いい加減メルセデスを避けるのをやめてくれ」

「……ごめんなさい」

「気持ちはわかる。

 俺もディミトリと一緒に仲良く酒を飲みかわそうとは思わない」

 

 ディミトリとはそんな関係ではなかった。

 むしろ初対面はランベール王の葬儀で冷え込んでいた。

 フロルは自分を棚に上げて幼馴染のため、アネットを説得しにかかる。

 

「でもメルセデスも君も互いの大切な人を殺したわけじゃない。

 罪の意識があるなら、一緒に教会の奉仕作業でもやれば良い。

 難民が多くて手が幾つあっても足りないからな」

 

 帝国からの難民はフロルの想定を遥かに超えそうだ。

 グロンダーズが半壊したのはかなりの痛手だったらしい。

 

 ややあってアネットが真っすぐフロルを見て頷いた。

 

「……うん、頑張ってみる!」

「なんか俺と扱い違くないですか?」

 

 シルヴァンの小言にフロルが目を逸らした。

 幼馴染の親友だから、とは事実だとしても言わない。

 政治的に問題にならない範疇ならフロルは贔屓する。

 

「俺は必要以上を求めないからな。

 爵位をアネットは継がない。

 将来は魔道学院の教師なり、

 ブリギットとの外交官なり好きにして良い」

 

 ドミニク男爵の息子がアネットの実家ドミニク家を継ぐ。

 というよりフロルが無理にでも継がせる。

 貴族の責務から逃げ出して吟遊詩人として放浪していた。

 そんなことを許すはずがない。

 教会の情報網を使って捕らえ、人質として軟禁してある。

 

「話は以上だ。次に話せそうなのは……一週間後か?」

 

 フロルが書類の山に目をやって、目測で測る。

 執務室に収まり切らず目の前の量の五、六倍はあるのだ。

 しばらくこの生活から脱出できそうになかった。

 

 アネットが頭を下げた。

 

「ありがとう、フロル。皆の命を助けてくれて」

「……そういや、初めに言うべきでした。

 ありがとうございます、陛下」

 

「感謝する必要はないぞ。

 士官学校の生活は本当に楽しかった。

 お前たちがいたから……まあこれは良いか。

 さて、これ以上は仕事に支障が出る」

 

 フロルがしっしっと手を振って二人を追い払った。

 二人が部屋を出て行って、フロルは背もたれに頭を預ける。

 

 元々、ペトラに報いるため、ブリギットと対等な関係を結ぶ方法に悩んでいた。

 信仰の厚い王国貴族は戦後、間違いなく属国化を要求してくる。

 ディミトリはブリギットにとって切れる札ではないが見せ札としては丁度良い。

 あの極限状態でそこに気付くとは、我ながら政治のことばかりは頭が回る。

 

 今は枢機卿たちが頭を突き合わせて、教会法を「解釈」している。

 王国とブリギットの対等同盟は本来なら外交の禁止に抵触する。

 しかし、枢機卿はフロルが始原の宝杯で復活したことを知っている。

 これくらいのお願いなら聞いてくれるのだ。

 信仰よりも秩序を優先する俗人的な、まさにエーデルガルトが嫌う腐敗そのものである。

 

「先生、少し手伝おうか?

 俺のはどうせ直ぐに終わるようなものでもないし。

 先生に政務をやらせるなんて人材の無駄だ」

 

 むしろ万が一が怖いので今も出撃している他の将の側にいて欲しい。

 時を巻き戻せるベレスが居るのと、居ないのとでは安心感が違う。

 ベレスが地獄に垂らされた一本の糸のようにフロルを見た。

 

「……いいの?」

「ああ、先生には返しきれない恩があるからな」

 

 一騎打ちは奇跡の連続の上に成り立っていた。

 ベレスが自覚的にそう導いたのかはわからない。

 ただフロルは、ベレスと女神の優しさを信じている。

 

 いずれにせよ、ベレスのみぞ知ることだ。

 

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