時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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52話

★〈支援会話:ユーリス〉

 

 宙でくるくると回った金貨を掴み、再び指で弾く。

 貸し切りにした後ろ暗い小さな宿。

 金貨を渡して店主を追い払ってある。

 フロルが口笛を吹いていると、扉が開いた。

 入ってきたのは血で頬を汚したユーリスだった。

 フロルの姿を見て顔をしかめる。

 

「うわ……似合わないな」

「何言ってるんだ?

 俺は新進気鋭の山賊、鉄の王だ」

 

 フロルの恰好は革鎧を纏い、片手斧を腰に下げている。

 カツラをつけて、鼻から下は分厚いつけ髭がボサボサに伸びていた。

 ユーリスの後ろに誰もいないことを確認してから変装をとき始めた。

 

「そりゃとっくの昔に滅んだ賊だろ。

 というかあんたが滅ぼした賊じゃなかったか?」

 

 確か入学の後、生徒を襲撃してきた賊の異名だったはず。

 特に思いつかなかったため、名前を借りていた。

 

「……まあ、賊の名前なんてどうだって良いな。

 情報は吐いたか?」

「クレイマン子爵は黒だ。

 ダスカー人から収奪した財産の記録を意図的に改竄した。

 かなりの額を懐に入れたみたいだな」

 

 現在、ダスカー地方を管理しているのがクレイマン子爵だ。

 ダスカー半島征伐の功により騎士からなり上がった。

 元々後ろ暗い噂はあったが公爵派だったので放置していたのだ。

 王国を統一したのでようやく追及できるようになった。

 

「警告と、献金を要求するくらいか」

「手緩いな」

「派閥の引き締めは必要だが、亀裂が入るのはまずい。

 終戦したら改めて処理するけどな」

「……なら良い。

 それにしても、あんたならこんな方法。

 使わなくても良いんじゃないか?」

 

 こんな方法とは。

 子爵に近しい、黒だと解っている騎士を誘拐し拷問にかけたことだ。

 先ほどまで耳障りな悲鳴が宿の外から響き渡っていた。

 遺体を返すわけにもいかず、新しい墓穴を掘らなければならない。

 

「ああ、ありがちな勘違いだな……。

 王って言うのは自由な立場じゃないんだ。

 大抵が承認か追認か、たまに裁くくらいなものだ。

 ようやく選べると思ったら、

 どちらかを切り捨てるかみたいな選択でがっかりする。

 こんな方法を選びたいわけじゃないが、仕方ないんだ」

 

 国を自由に動かすため、青燐の章のディミトリは大量の貴族を粛清した。

 ただ王国の貴族や騎士は血で深く繋がっている。

 戦後も続く遺恨を残し、闇に蠢く者に利用されるだろう。

 フロルは没収したフラルダリウス領を除き、

 旧国王派を戦後転封することはあっても、粛清するつもりはない。

 民の安寧と秩序のためならば不自由なままで構わない。

 今は血眼になって闇に蠢く者と繋がりのある旧国王派を探していた。

 

「それに、こうやって賊の被害が出れば、

 賊退治を名目に兵を領内に入れられるだろ。

 一石二鳥って奴だ」

「なんつーか。

 俺には王様より頭領の方が向いていそうだ」

「ははは、王なんてなりたくてなるものじゃない。

 向いてなくても誰かがやるしかないってだけだ」

 

 ユーリスがフロルの対面の椅子に座った。

 取り出したワインの瓶からコルクを抜き、香りを一度嗅ぐ。

 盗品だからと言って香りも味わいも損なわれることはない。

 

「……こいつは悪党には勿体ないな」

 

 言葉とは裏腹に、二つのグラスに注いでいく。

 片方をフロルの前に置いた。

 

「実は爺さんからあんたの話はよく聞いていた。

 これで王国は安泰だってな。いつも言ってたよ」

「そうか、お前もグェンダル卿の世話になったんだな」

「悪態つきながらも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

 俺を一人の人間として扱ってくれたっけな」

 

 グェンダル卿はディミトリに殺された。

 フロルがフラルダリウス公を殺したように。

 因果応報と言うべきなのかもしれない。

 

「俺が師を殺したようなものだ」

「……いざ死なれてみると思う所はないでもない。

 だが、爺さんは死に場所を求めていた。

 あんたのために死ねたなら、まあ、本望だろうよ。

 だから、こいつは悪党としてではなく。

 世話になった者同士の弔い酒だ」

 

 互いにグラスを手にして、酒を一息で飲み干した。

 味わうことなく飲んだ酒が、喉の奥を熱で満たした。

 らしくない飲み方の方が何故か美味く感じるものだ。

 

 ユーリスが切れ長の目でフロルを覗き込んだ。

 

「あんた、少しは休めているのか?」

「今は多少の無茶も仕方ない。

 グロンダーズで失った軍を立て直す必要がある。

 攻めるにしろ帝国の懐はあまりに深い。

 補給の問題もあるし……」

「おいおい、勝てると踏んであんたに付いたんだぜ?」

「勝つさ。

 そうでなければここまで来た意味がない。

 ただ、どれだけ犠牲が出るかはわからない」

 

 覚悟はしている。

 それでも、グェンダル卿が死んで想像以上に動揺した。

 仲間たちに簀巻きにされたのも当然だ。

 

「……あんたは不思議な人だよ。

 誰だって死ぬのは怖いもんさ。

 けど、あんたのためになら死んでもいい。

 そう思わせる……なにかがある」

 

 ユーリスが自分とフロルのグラスに酒を注ぐ。

 言葉から重みを消して、くつくつと笑った。

 

「まあ、安心しとけよ。

 俺は命が惜しいからな。

 死にそうになったらさっさとずらがらせて貰うぜ。

 約束だ」

「……そう言ってくれる方が俺は嬉しい」

 

 互いに再び酒を飲み干す。

 フロルはふと、視界が歪み始める。

 たった二杯で酔いでも回ったか?なんて考えて。

 ユーリスが笑みを浮かべていることに気付いた。

 

「お前……やりやがっ……」

 

 がくんとフロルが首を傾けた。

 ユーリスが立ち上がり、フロルの顔の前で手を振った。

 グラスの底に塗られた睡眠薬で意識が完全に落ちている。

 

「悪いが俺は悪党なんでね」

 

 フロルの腰に手を回して、落とさないように気をつけながら持ち上げる。

 それから、直ぐ近くのベッドに横たえた。

 

「こうでもしなきゃ、あんたは休みそうにないからな」

 

 ユーリスは椅子に座り直し、ボトルから残った酒を自分のグラスに注ぐ。

 フロルが起きるまで部屋で見守り続けるのであった。

 

★〈支援会話:メルセデス〉

 

 帝国軍の圧力が消えたことで、大修道院の城下町に避難させた民が戻り始めた。

 何度も避難訓練を行っていたので多少の混乱はあったが死者は出なかった。

 

 そんな中をメルセデスがフロルと手を繋いで歩いていた。

 

「前に一緒に見た果物屋さん、なくなってしまったのね」

「ああ、同盟からの流通が減ったからな。

 今はアリアンロッドとの隊商に混ぜて貰っているらしい」

 

 フロルの言葉にメルセデスは目をぱちくりさせた。

 

「ねえ、フロル、もしかして貴方、

 誰がなにをしているのか。

 全員分覚えているのかしら〜?」

「ははっ、そんなわけないだろう。

 たまたま頭に入っていただけだ」

 

 初めて会った時のフロルはほんの小さな子供だった。

 なにせ五歳も年下だったのだ。

 ただ、瞳は太陽のようにきらきらと輝いていた。

 世界の全てを愛しているかのようだった。

 両親に愛されたのだろうとメルセデスは思った。

 ほんの少しだけ羨ましくて。

 あれよあれよという間に一緒に暮らすことになった。

 そして、フロルの母親が亡くなっていることを知った。

 

 穏やかで幸せな思い出。

 こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。

 

 それは、窓に雨が叩きつけ、雷鳴が轟く夜だった。

 メルセデスはフロルの不在に気づいて起きていた。

 玄関の扉が大きく開き、ロナート卿が入ってきた。

 足元に赤の混じった大きな水たまりが出来ていく。

 後ろに続く五人の黒衣の騎士たち。

 最後にフロルが襤褸を纏う赤髪の少女を抱えて現れた。

 ペンキを被ったようにフロルが赤黒く染まっていた。

 

 雷光によってフロルの顔が照らされる。

 まるで人を喰らう魔獣のような深くて昏い瞳。

 それを見てメルセデスは逃げたのだ。

 

 城下町に作られた礼拝堂の前に辿り着き、鍵束を取り出す。

 紋章が描かれた鍵を鍵穴に差し込んで捻り、扉を開けた。

 

「おお、これは……凄いな」

「ふふっ、時間がかかったぶん、

 とても素敵なものになったと思うわ~」

 

 礼拝堂の左側一面に張られた大きな布。

 緑と白を基調に絵が描かれている。

 

 森の中で白きものの翼の中に、セイロスが抱かれていた。

 その周囲には騎士たちが各々身を休めている。

 黄金色に染まった木々が鮮やかに輝き、白い線となって陽光が降り注ぐ。

 青みがかった緑の苔が木の根元を覆っていて、ベリーの実が赤く点在している。

 視線が誘導された先には隠れていた動物たちが見つかった。

 

「もっと童話的な雰囲気になると思っていたが」

「ええ、最初はそうしようと思っていたの」

 

 メルセデスがフロルの手を引いて、絵の前に連れ出した。

 

「ほら、ここを見て」

 

 なぞるように絵の隅を指さした。

 片膝をついたセイロス騎士は灰銀色の髪をして、背には弓を背負う。

 髭を生やしていて最初は気づかなかったが、まるでアッシュのようだ。

 

「ああ、もしかして……」

 

 フロルが他の騎士もまじまじと観察すると、彼らの姿に見覚えのある。

 顔つきや性別は違っても、フロルの仲間たちをモチーフにした騎士だった。

 

「実はイグナーツにお手紙を出して、

 どういう絵にすれば良いか聞いてみたのよ~。

 そうしたらこんな方法があるって教えてくれたの。

 決められた題材で描くものの中に、

 作者の本当に描きたいものを隠すんですって」

 

「じゃあこのセイロスは俺と先生か」

 

 陽光に反射する銀の甲冑に小さく描かれているのはセイロスの紋章ではない。

 重なったブレーダッドの紋章と炎の紋章だ。

 

 一通り絵を見終わったフロルが向き直る。

 ここに来たのは絵を見るためだけではない。

 メルセデスと二人だけで話すためだ。

 

「父上から聞いた。

 戦後、一人二人の婚姻では済まなくなる。

 君をその中の一人になんてしたくない」

 

 父はメルセデスがフロルの側室になることを了承したと嬉しそうに言った。

 

 こんな考えを押し付けるようなやり方をメルセデスは望まないと知りながら。

 言い訳を重ねるように言葉が口をついて出る。

 

「君は俺と違って自由に恋愛する権利がある。

 考え直してはくれないか?」

 

 少しだけ沈黙が続いた。

 

「フロル、あなた少し傲慢よ」

 

 予想外の返答にフロルの目が見開かれる。

 あのメルセデスが本気で怒っていた。

 ここまで怒りをあらわにするのを見たことがない。

 

「政治の都合で結婚するのよね~?

 でも、あなたはあなたの都合で、

 イングリットとの縁談を有耶無耶にしたわね」

「なんで……それを……」

「気づかないはずないわ。

 あなたの痛みや苦しみは私にもわかるもの。

 ただ情を持った相手を傷つけるのが怖いだけ」

 

 フロルを詰って、メルセデスは大きく息を吐きだした。

 目をぎゅっと瞑って怒りを抑え込んでいく。

 潤んだすみれ色の目をぱちりと開いた。

 

「私も同じ。

 あなたが傷ついてばかりで胸が張り裂けそうになるわ。

 あの夜のこともエミールのことも、

 私があなたを沢山傷つけてしまった」

 

 涙ぐむメルセデスがふわりと笑みを浮かべた。

 

「私は我慢強いのよ~。

 あなたの心を誰かと分け合っても構わないわ。

 その代わり、しわくちゃのお婆ちゃんになっても、

 あなたの愛を欲しがると思うわ。

 それでもあなたは私を愛してくれるかしら?」

 

 複雑に関係が絡まり、二人の道は血で染まった。

 もうあの頃の幸せな時間には戻ることが出来ない。

 それでも、一つだけ確かなことがある。

 

「当たり前だ。ずっと愛してる」

「私も愛しているわ、フロル。

 ならもう答えはひとつしかないでしょう?」

 

 メルセデスがそっと指を自分の唇に当てる。

 その少しはしたない誘いに、フロルは遂に観念した。

 

「……俺が悪かった。

 許されるなら、ずっと傍にいて欲しい」

 

 フロルがメルセデスの腰を引き寄せた。

 首の後ろに回した指が亜麻色の髪を梳くように絡まる。

 少し腰を落として、メルセデスがかかとを上げた。

 躊躇いがちに吐息が唇に触れて。

 目を瞑った拍子にメルセデスの頬を一筋の涙が落ちる。

 

 女神様、どうか祈りを聞き届けてください。

 この先ずっと、

 二人の道が別れることがありませんように。

 

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