時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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55話

 

 午後の暖かな陽光が窓から差し込む食堂。

 机には焼きたての菓子が盛られた皿。

 紅茶はアネットの好きな少しお高めのローズティー。

 約一年ぶりに関係を修復したアネットとメルセデスがお茶会を開いていた。

 

「メーチェ!酷いよ!」

「あらあら~」

 

 ぷりぷりと怒るアネットをメルセデスは柔らかな微笑みで眺めていた。

 それから、手作りの焼き菓子をつまんで口に運ぶ。

 唇を細い指で拭った動作がなんだか前より艶めかしい。

 アネットはぶんぶんと頭を振って、頭に浮かんだ光景を追い出した。

 

「メーチェとフロルは婚約してたんだよね!?」

「そうね~。

 ずっと前から決まっていたことよ」

「なんでもっと早く教えてくれなかったの!」

「あらあら。

 そう言えばアンに言ってなかったわね~。

 私は隠していたつもりはないのよ?」

 

 実際フロルがうじうじと悩んでいただけに過ぎない。

 客観的にはフロルとメルセデスの結婚は自然な流れだ。

 コンスタンツェのように才を取り立てるでもなく、紋章持ちを保護するのは結局のところその血のためだ。

 貴族からは当然側室に迎え入れるだろうと見られていた。

 だからシルヴァンはメルセデスを口説いていない。

 その辺の空気は読める男なのだ。

 

「い、言ってくれないとわかんないよ!

 あたしはそういう、

 貴族のあれこれとか良くわかんないんだし!」

「アン、あのね。

 あなたが私を大切にしてくれる気持ちはわかるのよ?

 でも、どうして本当は怒っているのか。

 ちゃんと言葉にしてくれないとわからないわ」

 

 メルセデスの指摘は的を射ていた。

 アネットも意味もなく黙っていたとは思っていない。

 複雑な事情があったことは察するに余り有る。

 アネットが怒っているのは別のこと。

 

「……それは。

 メーチェが側室なんて、そんなの良くないと思う。

 だって二番目なんだよ。

 メーチェはこんなに可愛くて、とっても素敵で、

 お菓子作りも上手で、

 あたしと違っておっちょこちょいでもないんだよ」

 

 アネットはドミニクの小紋章を持ちながら貴族として育てられなかった。

 父ギルベルトが王の兄弟の確執を間近で見た故に、娘には血に縛られず自由に生きていて欲しかったのだ。

 だから親友が側室になることに違和感を抱いてしまう。

 

「だ、だって……。

 メーチェはずっとあたしの一番なんだから!」

 

 アネットは頬を紅潮させて思いのたけを言い切った。

 

「……ふふ、ありがとう。

 私にとってもあなたはかけがえのない大切な親友よ。

 でもね~アン」

 

 メルセデスが焼き菓子を一つ取って両手でぱきりと割る。

 少し不揃いに割れた二つ。

 手を伸ばして、小さい方をアネットの皿の上に置いた。

 

「はい、一番目」

「あ、うん。ありがとう……」

 

 残った大きな欠片を人差し指と親指でつまんで見せた。

 

「これと一緒なのよ。

 本当に大切なのは順番じゃなく、

 どれだけ大きくて美味しいかだと私は思うわ」

 

 それでも納得しないアネットの表情に、メルセデスはそうねえと悩んだ。

 ふと思いついたようにアネットから視線を外して少し遠くへと目を向ける。

 

「ここはもう本人に確認するしかないわね~。

 フロル、少し良いかしら~」

 

 声を張り上げたメルセデス。

 アネットも慌てて後ろを振り返った。

 視線の先には離れた廊下をフェルディナントと歩くフロルの姿があった。

 フェルディナントに先に行くよう断りを入れたフロルが少し駆け足で近づいてくる。

 

「急にどうしたんだ?」

「アンがあなたが私を愛しているところを見せて欲しいんですって」

 

 フロルがメルセデスに胡乱な目を向けた。

 

「それは流石に嘘だとわかるぞ。

 でもまあ……」

 

 流し目でアネットを見ながら、机の上に片手を置く。

 少し体を傾けてメルセデスの唇に軽い口づけをした。

 ぽんっとアネットの頭が突然の事態にフリーズした。

 

「あわわわっ!」

 

 ゆでダコのように顔を真っ赤に染める。

 フロルが机の上の焼き菓子に目をやった。

 

「コケモモのジャムか。

 昔は一緒によく摘んだな。

 で、こういうのはこれ一回きりにしてくれ。

 あまりいい顔はされないからな」

 

 貴族なら公の場での口づけは神聖な儀式だ。

 恋愛を理由に行うのははしたないとされる。

 

「ええ、ちょっとからかいすぎちゃった」

 

 別にメルセデスも平気なわけではない。

 精々が頬に口づけくらいだと思っていたのだ。

 赤く染まる耳にかかった髪を指でかきあげた。

 

「どうしてこんなことを?」

 

 メルセデスがフロルに軽く事情を説明した。

 フロルがなるほどと頷く。

 

「ああ、期待させるのも悪いし、

 確定したわけじゃないから話半分に聞いてくれ。

 俺は子供に王位を譲らない。

 だから意味がないし、家格で順位をつけるのはやめる」

 

 セテスと話し合って決めたことだ。

 帝国と同じやり方では第二の帝国を、エーデルガルトを生み出すだけだ。

 妻の格を問わず、生まれた順と紋章の有無に継承権が発生する複婚制をとるつもりだった。

 

「まあ!そうだったらいいわね、アン」

 

 嬉しそうに微笑むメルセデスに、親友の口づけを見てしまったアネットはそれどころではなかった。

 

 

 今の王国軍はアリアンロッドから再編した元防衛部隊。

 開戦時の王国軍の精強さは見る影もない。

 かつて共に戦った精鋭は殆どがグロンダーズで散った。

 シャンバラを攻略しようにも質が足りていないのだ。

 よって、王国軍は訓練のため、賊狩りを行っていた。

 フォドラ全土で賊が増加しているので一石二鳥である。

 

 王国エレボス領の深い森。

 猟犬たちが臭いを追跡し、賊の拠点を突き止めた。

 熟練の偵察兵たちが罠を解除し、敵の配置を丸裸にする。

 じわりじわりと狭めた包囲が逃げ場を完全に潰した。

 

 今日の賊はそこそこ名の知れた帝国の剣士が率いてる。

 なぜ賊に落ちたかは大した問題ではない。

 理由など掘り出せば幾らでも出てくるだろう。

 民に犠牲が出たのなら殺す以外の選択肢はない。

 

「……俺が戦いたかったな、なんて」

 

 ぼそりと呟いたフロルの言葉はアッシュに届かない。

 

 ベレスの指示を受けたアッシュが、賊の頭領に向かって一直線に突貫した。

 振り下ろされた剣をがっしりと柄で受け止める。

 斧の反りで剣をひっかけると、器用に手の内側で柄をくるりと捻った。

 頭領の剣が絡めとられ、一瞬体勢が崩れた。

 

「遅い!」

 

 アッシュが踏ん張ろうとした脛を容赦なく蹴り飛ばし転ばせる。

 うつ伏せに倒れたところを振り下ろした斧が断頭した。

 あっけない頭領の死に賊が混乱に陥る。

 

 この一節でアッシュは更に腕を上げていた。

 

 ではフロルはというと完全に置物になっていた。

 新兵がおっかなびっくり賊に剣を振る様子を眺めている。

 回復魔法もメルセデスやマリアンヌが施していた。

 

「先生、俺にも出番が欲しい」

 

 少し前を騎乗して進んでいたベレスが手綱を小さく引いて、馬を寄せた。

 轡を揃え、言葉を選びながらも残酷な真実を告げる。

 

「その、言いにくいんだけど、

 フロルって実戦でもう成長しないから」

 

 フロルの心を鉄槌で打ち抜かれたような衝撃が襲った。

 遠のきそうになる意識をなんとか立て直す。

 

「そ……そんな、バカな……!

 俺は数々の戦いで強くなったはずだ!」

 

 ゲームのように経験値が貰えるわけではない。

 そんなことはフロルもわかっている。

 しかしフェリクスの言葉を信じて頑張ってきたのだ。

 これからも実戦を重ねれば一皮も二皮も剥けると!

 

「実戦で学べるのはあくまで、

 実際に攻撃を受けて慣れることだから。

 言ってしまえば心構えなんだよ。

 だからこうして新兵訓練に実戦が必要になる」

「いや、しかしな。

 どの攻撃を受けて良いか、避けるべきかとか。

 色々あるだろう、色々」

 

 フェリクスの言葉を必死に思い出す。

 必要な攻撃に対してだけ防御を選択できるか。

 それを死神騎士との戦いで学べたと言われた。

 

「それってもうフロルに必要ないよ。

 多少の負傷は紋章で治るし、

 強引に力と魔法で押しきれば良い。

 小手先の技を使う方がフロルは弱い」

 

 きっぱりベレスは断言した。

 実際フロルがディミトリとの戦いで最後に頼ったのは純粋な暴力だった。

 ひたすら英雄の遺産の火力を叩きつけるだけで技術もへったくれもない。

 

「くっ……正論ばかり。大体格好良くないだろ」

 

 敵の攻撃を悠々と受け流し、武技でもって仕留める姿。

 王国にこの人ありと謳われた灰色の獅子グェンダル。

 フロルが密かに憧れ続けてきた理想の騎士の姿だった。

 

 ベレスが顎に手を当てて首を傾げた。

 

「恰好良いかどうかって関係あるかな?」

「先生は傭兵だからわからないだろうけど、あるんだよ。

 貴族に必要なのはまず面子!

 見ている民にこの人なら守ってくれるって思わせる。

 それが大事なんだ」

「確かにフロルは少し頼りない」

「今俺の好感度ががくっと下がった」

 

 二段階分だぞ、二段階分とフロルが手で示した。

 フロルの茶化しに構わずベレスが言葉を紡ぐ。

 

「でも、誰かと一緒にいる時のフロルは凄く頼りになる。

 民を守るだけじゃない、民と共に歩める。

 それがフロルの強さだと思う」

 

 真っ直ぐな言葉に照れたフロルが頬をかいた。

 

「……なんだかいい言葉で誤魔化されている気がするな。

 それに俺より強い相手とぶつかったらどうするんだ?

 対処方法がないってことだろ」

「素直に逃げなよ。

 ヴァレリアも逃がすよね」

 

 ヴァレリアが当然だとばかりに、ひひんと嘶いた。

 ディミトリと一騎打ちをしたのも不満だったのだ。

 状況次第で一騎打ちを放り出し、味方の兵を轢き潰してでも逃げるつもりだった。

 人間の事情などヴァレリアの知ったことではない。

 

「まだまだ力も魔力も伸びているんだから、

 地道に鍛錬と座学に力を入れた方がフロルは良い」

 

 ぐぬぬとフロルが唸る。

 そうして二人で話していると、ペガサスが直ぐ側に降り立った。

 純白の羽が一枚はらりと腐葉土の上に落ちた。

 上に乗るイングリットが魔槍ルーンを振って、ついた血を払う。

 

「先生、遠くへ逃げた賊の掃討は終わりました」

「わかった」

「ちくしょう……!」

「陛下はどうされたんです?」

「気にしなくていいよ。あとは兵に任せよう」

 

 ベレスが指示を出して巧みな用兵術で逃げる賊を追い詰めていく。

 

「はぁ、皆の才能が羨ましい……」

 

 フロルはやることもなく何か面白い物はないかと辺りを見回した。

 すると挙動不審なシルヴァンが目に入った。

 ちらりとイングリットを見ては視線を逸らす。

 イングリットも気づいてはいるだろうに、あえて無視している。

 戦力だけでなく人間関係の問題もまだまだ片付きそうになかった。

 

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