時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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56話

★〈支援会話:ローレンツ〉

 

 大修道院の開かれた正門をくぐり、珍しい客人が訪れていた。

 黒と金で統一された荘厳な馬車が二台。

 グロスタール家とゴネリル家の家紋がそれぞれ刻印されている。

 フロルがローレンツとヒルダに晩餐会の招待状を送ったのだ。

 

 馬車から飛び出したヒルダがマリアンヌとリシテアに抱き着く。

 あちらは二人に任せておけば問題ないだろう。

 

 フロルは恭しく、というよりは慇懃無礼とも取れる貴族の礼を取った。

 

「ようこそ、グロスタール公」

「……フッ。よしてくれたまえ。

 我がグロスタール家は名門なれど、王家には劣る。

 僕から挨拶をするのが礼儀だろう。

 ファーガス王フロリアヌス陛下」

 

 馬車から降りたローレンツが教科書に載りそうなほど完璧な一礼で返す。

 ただ、その瞳の中には挑戦的な色が隠しきれていない。

 

「相変わらずだな」

「そう言う君こそ」

 

 敵意という程ではない。

 ただ、互いに譲れない部分があったのだ。

 こんな関係になったのは士官学校の出来事が尾を引いている。

 

 それは昨年の赤狼の節の半ばの事であった。

 冬の訪れを予感させる冷たい風が、大修道院の石壁を撫でる日。

 フロルが一人でふらりと部屋から出るとローレンツと鉢合わせた。

 

「なにをやっているんだね。君は」

 

 その声には、明らかに非難の色が混じっていた。

 不機嫌な様子でフロルを上から下まで眺める。

 フロルと別の学級のローレンツに接点はほとんどない。

 だから、フロルは不躾な視線にむっとした表情を浮かべた。

 

「別になにも」

「なら、扉の向こうから聞こえてくる泣き声はなんだ。

 それでも君は紳士かね」

 

 耳を澄ませば確かに部屋の中から女性のすすり泣く声が聞こえてくる。

 先ほどまでフロルと一緒にいたのは、ブレナス子爵家の子女だった。

 同じ青獅子の学級で共に活動することも多かったのは確かだ。

 だがまさか淡い恋慕を抱かれるとは思わなかった。

 フロルは今さっき「もう関わらないでくれ」と告げたばかりだった。

 

「聞き耳を立てるとは、お前こそ紳士とは言えないな。

 首を突っ込むのはやめておいた方が良いと思うぞ」

 

 そう言い捨てて歩き出したフロルの背をローレンツが追う。

 少し早めの二人分の靴の音が廊下に響いた。

 

「誰とどう関係を結ぶかは君の自由だ。

 だがあの言い方はないだろう。

 きちんと向き合ってあげるべきだ」

 

 ぴたりと立ち止まってフロルが振り返った。

 

「……話が長くなりそうだから、先に言っておく。

 彼女はディミトリを王にと願う国王派の娘だ。

 お前ならそれが何を意味するのか、

 言わなくてもわかるんじゃないか?」

 

 フロルとディミトリが戦うことは誰の目にも明らかだった。

 劇で見る分には悲恋も楽しめるが、現実では最悪だ。

 南部諸侯のブレナス子爵家は前王ランベールの時から支持を変えていない。

 内戦になれば互いに刃を向けることになる。

 ローレンツはフロルの言説に納得してなお、食い下がった。

 

「理屈は理解できる。

 だが君に情と言うものはないのかね?」

「彼女自身のためだ」

「それは大人ぶった君の一方的な言い分だ。

 君は女性の扱いがなっていない。

 今すぐ部屋に戻って謝罪したまえ。

 そしてなにか別の方法がないか、

 その時が訪れるまでよく話し合うことだ」

 

 この時のフロルは全く余裕がなかった。

 戴冠式を行うための根回しを始めている最中だった。

 王を決めるだけではない。

 フォドラの命運を賭けた戦いが直ぐそこまで迫っていた。

 だから、普段なら絶対に言わないことをつい口にする。

 

「お前に女性の扱いがわかるとは思えないな。

 コンスタンツェが迷惑がっていたぞ」

 

 言ってからマズイとフロルは後悔した。

 案の定、ローレンツの額に薄く青筋が立った。

 あとはもう事情が事情なため、フロルも引けず売り言葉に買い言葉だ。

 

 あれからおよそ一年が経った今日。

 

 フロルとローレンツが二人並んで中庭へと向かう。

 修道士によって既に茶会の準備が整えられていた。

 腰かけた二人が紅茶の香りを楽しんだ後、フロルから口火を切った。

 

「首飾りの戦況はどうだ?」

「帝国の撤兵は痛手だが、今は小康状態にある。

 王国の援軍には感謝しているとも。

 獅子と鷲が食い合う暇などないと僕は思うがね」

 

 少し棘のある言葉に、フロルが肩をすくめる。

 

「それは帝国に言ってくれ。

 俺としても、さっさとパルミラには諦めてほしい。

 同盟に帝国の相手を手伝って貰いたいからな」

 

 ローレンツが少し間を置いた。

 

「……パルミラ戦役で帝国に助けられて以来、

 我がグロスタール家は帝国との友好関係を重視している。

 そう簡単に掌を返すほど恥知らずではない。

 ただし、橋があちらの支配下にある今は、だ」

 

 ミルディン大橋は津波の被害で混乱している最中、救助を名目に帝国軍の支配下に置かれた。

 橋は単なる交易拠点だけではない。

 帝国領を横断せずにシャンバラへと向かう最短経路だ。

 軍を置いたのはまず間違いなくシャンバラを防衛するためだろう。

 同時に今の帝国の軍権がエーデルガルトにはなく、闇に蠢く者が握っていることを示していた。

 

「……随分とあけすけに言うんだな」

「マリアンヌさんとリシテア君を見れば揺らぐというものさ。

 彼女たちは士官学校にいる間も、なにかに悩み苦しんでいた。

 今は可憐な蕾が美しく花開いたように見える。

 あの時の君を認めたわけではないが、

 女性の扱いがなっていないと言ったことは謝罪しよう」

「そうか、そう見えるか」

 

 フロルが視線を落とした。

 戦争に巻き込んだ事実は変わらない。

 穏やかに暮らせる別の道があったかもしれないのに。

 

「どうしたのかね?」

「何でもない、俺も悪かった。

 あの時、かっとなって……。

 はぁ、思い返してみると恥ずかしい」

 

 顔を手で覆う。

 余裕を失って肉体に精神が引っ張られていた気がする。

 士官学校でローレンツと対立しても良い事などなかった。

 

「僕も君も地位を得た。

 ならば、それに相応しい関係を結ぶべきだろうな。

 さて、クロードについてか」

「ああ、ローレンツの意見を聞きたい」

 

 本題に入り、フロルが姿勢を正した。

 ローレンツが悩まし気に視線を彷徨わせ眉を寄せる。

 

「ただ、僕は君に良い助言をできそうにない。

 昔からクロードが信用ならない。

 今もだ。信用したいが、できないでいる。

 友人であるとは思っている。

 だが、どこか一線を引かれているのも確かだ。

 そもそも旧国王派を支援してなんの意味が……。

 リーガン家になんの利点も……すまない」

 

 フロルは気にした様子もなく頭を下げた。

 

「いや、ありがとう。

 クロードが何を考えているか、

 少し理解出来た気がするよ」

 

 直接顔を合わせれば言葉に嘘がないことは見抜ける。

 クロードはまだ本当の身分も明かしていないようだ。

 

「同盟は今も、決して一枚岩ではない。

 というのは言わずとも君も良く知っていることか。

 君は帝国との戦いで忙しいだろう。

 なにかわかれば、僕から知らせるとしよう」

 

 こうして一年ぶりにフロルとローレンツは和解した。

 

★〈支援会話:ラファエル〉

 

 ローレンツとの茶会を終えて、フロルは旧交を温めることにした。

 宿舎に向かい、懐かしの顔に挨拶する。

 

「久しぶり、ラファエル」

「おう、フロルくんか!」

 

 ラファエルが嬉しそうに大きな口を開けてにかっと笑う。

 ローレンツとヒルダの護衛としてラファエルも大修道院に来ていた。

 その巨体に纏っているのは、かつての革鎧ではなく騎士の甲冑だ。

 鎧を着ているからかまた一回りも体が大きくなったように見えた。

 

「叙任、おめでとう」

「ありがとなあ!

 これでマーヤにも心配をかけさせずにすむ。

 オデの頭じゃ騎士に雇って貰えるかわからなかったからなあ」

 

 フロルの慶賀にラファエルがしみじみと頷いた。

 ローレンツがイグナーツと共に騎士として迎え入れたのだ。

 士官学校の縁があってこそ、騎士の叙任が実現した。

 

「そんなことはない。

 ローレンツがお前を信頼している証だ。

 今じゃ双璧と呼ばれているらしいじゃないか。

 ローレンツが羨ましいよ」

 

 フロルたちが援軍に向かった以降も首飾りに侵攻が行われた。

 ラファエルが武勲を立てるには丁度良い機会だっただろう。

 戦乱の世にあって学の有無よりも力の有無の方が尊ばれる。

 

「へへっ、でもフロルくんにも、

 アッシュくんとイングリットさんがいるだろう?」

「ああ、自慢の騎士たちだ。

 そうだ。騎士と言えばだ。

 ラファエル、ついてきてくれ」

 

 フロルがラファエルを連れて厩舎に向かった。

 木製の扉を開けると干し草と動物の匂いが迎える。

 ヴァレリアの額に手を当てて挨拶をした後、奥の馬房へと向かう。

 

 そこにいたのは駁毛の巨躯の馬だった。

 首が太くて短く、胴体はがっしりとして丸みを帯びている。

 骨太の足にはもこもことした白毛が生えていた。

 顔つきは軍馬にしては柔らかく、眠そうな目の形をしている。

 

「せっかくの祝い事だ。こいつをやるよ」

「オデにくれるのか!?」

「丁度一頭乗り手がいなかったんだ。

 お前が乗ってた馬、あれじゃあお前が重すぎて可哀想だ。

 騎士なら堂々とした馬で恰好をつけないとな」

 

 ローレンツもきっと気にはしていたはずだ。

 同盟の馬は駿馬な分体躯が小さい。

 ラファエルの巨体を支えるにはいささか不十分だった。

 軍馬は用立てるにも手間と時間がかかる。

 交流のあった同期に贈る祝品には丁度良いだろう。

 

 馬の頭を撫でると気持ちよさそうに擦りつけてくる。

 

「こいつは元々雪道を歩くための馬でな。

 暑がりだからこまめな水分補給が必要なのと、結構な大食いだ。

 水浴びをさせると半日は日光浴が必要になる。

 最低限の訓練は済ませてあるからそこは心配ない。

 ただ、脚が速くないから同盟の馬とじゃ突撃で足並みが揃わない。

 お前が騎兵をやるとは思えないが、

 移動や騎士としての式典に使うだけにしてくれ」

 

 言い終わってから振り返ると、ラファエルがぽかんとした表情を浮かべていた。

 説明の半分も頭に入っていないだろう。

 なんだか逆に気まずくなってフロルが頬をかいた。

 

「……詳しくはローレンツに伝えておくよ。

 でも、人と馬は一心同体だ。

 どちらかが亡くなった後もその縁は続いていくほどにな。

 だから、きちんと自分で世話をするんだぞ。

 一番大切な時に一番味方になってくれるから」

 

 ヴァレリアがいなければフロルはとっくに死んでいる。

 わがまま王女が亡くなれば七日七晩嘆く自信があった。

 

 フロルの言葉にラファエルが力強く頷いた。

 

「任せておけ!オデがちゃんと世話してやる!

 なにせ、マーヤの世話で慣れてるからな!」

「人と馬の世話は違うと思うけど……まあいいか」

 

 ラファエルが気をつけながら馬に手を伸ばした。

 馬は掌の匂いを嗅いだ後、鼻を擦りつける。

 元々人懐っこい性格なので心配はしていなかった。

 

「フロルくんてばマリアンヌさんと似てるよなあ」

「ん、そうかな?」

「おう!動物を見る目がそっくりだ!」

 

 ラファエルの素直な言葉にフロルも頬を緩める。

 願わくば今後も友好的な関係でいたい。

 フロルはありえた未来を思い返しながら願った。

 

 星辰の節、冬の空に女神の星が姿を消す頃。

 大修道院では落成を記念する祭事が行われる。

 戦いの最中であるからこそ、人々は祈りを求めていた。

 

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