時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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58話

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 フォドラの中心地、ガルグ=マク大修道院。

 朝霧がまだ赤き谷に低く這う、薄明かりの時刻。

 鉄の鐘が重々しく鳴り響く。

 石畳の上を砂埃が音と共に細かく振動した。

 ガラガラと鎖が巻き取り機によって引き込まれ、格子門が開く。

 城壁にはずらりと教会の守備隊が並んでいた。

 

 城下町の家々の窓が開き、民が眠気眼で何事かと様子を窺った。

 

「大司教様だ……」

 

 ぽつりと呟かれた声は波紋のように町の上から下へと広がっていく。

 蹄の轟音と共に大修道院から軍が姿を現した。

 百騎、二百騎という数ではない。

 城から伸びる黒い鉄の川のように騎馬が連なり、正門から吐き出されていく。

 青地に銀の鷲獅子の騎士と、予言者を守護する白き竜の旗。

 先陣の騎士は皆、重厚な板金鎧に身を包み、鏡面がきらきらと光を反射していた。

 

 寄り添うように並ぶ二騎。

 

 マントには蒼地に銀の獅子が刺繍され、その者が誰かを示していた。

 今やその名を知らぬ者はいないセイロスの再来と呼び称えられる王。

 新調した白銀の鎧には双紋章が描かれ、手にアラドヴァルが握られる。

 

 そしてもう一人。

 

 翼を模した頭飾り、白金色の鎧はかつて聖者が身に纏った物と同じ。

 白いマントの上に被さるようにセイロスの盾が括りつけられている。

 腰に差した鞘の中身もまた、聖なる予言者の剣。

 

 開戦後初めてガルグ=マクから大司教レアが出陣する。

 

 すぐ一頭分後ろには教会のベレスとジェラルト。

 そして王国のアッシュとイングリットが続く。

 少し遅れて大修道院の縁から、次々と影が空へと飛び出した。

 天馬兵団と竜騎兵団の混成部隊が、渡り鳥の群れのように雁行を描いて飛ぶ。

 王国、教会共に全軍騎乗兵のみの出陣である。

 民が降らせる花吹雪の中を抜け、軍勢はミルディン大橋へと出立した。

 

 軍全体で投入される英雄の遺産が十一。

 天帝の剣、雷霆、ブルトガング、アラドヴァル、ルーン、打ち砕くもの、破裂の槍、ヴァジュラ、ドローミの鎖環、ラファイルの宝珠、ストゥングの神秘。

 神聖武器が十。

 セイロスの剣、セイロスの盾、ベガルタの剣、アッサルの槍、オハンの盾、尽きざるもの、カドゥケウスの杖、アマルテア、タロスの書、風呼びの根源。

 英雄戦争の時でさえ、ひとつの戦線にこれほどの英雄の遺産と神聖武器が投入されたことはない。

 

「さて、到着したら軍議なんて悠長にしてられないから、再確認しておく」

 

 フロルが道半ばで器用にミルディン大橋周辺の地図を広げる。

 地図はローレンツから提供された物なので、隠し通路も含めてすべて記載されている。

 

「光の杭、あれはそう簡単に撃てる兵器じゃないだろう。

 王都やアリアンロッドに撃ってこない以上、数に限りがある。

 座標指定が必要だから、進軍中に直接撃ち込まれることもない。

 言ってしまえば射程が滅茶苦茶長い上に威力もけた違いな投石機なんだよ。

 そう考えれば使い方も限定される。

 拠点に使うか、足が止まったところに使うか、待ち受けて自爆攻撃で使うかの三択だな」

 

 既に魔力の逆探知によりシャンバラの正確な位置は把握済みだ。

 フロルの指がミルディン大橋からなぞってシャンバラを指さした。

 

「だから霧に紛れ、橋を足を止めることなく突破。

 光の杭の発射地点であるシャンバラを叩く。

 負傷者はグロスタール家が救助してくれる手筈だ。

 飛行兵は突入する間に発射口を確保あるいは破壊する」

 

 一見万全のように見える計画。

 二節の間、偵察兵を狩り、西部で陽動をかけ、欺瞞工作もしてきた。

 他の戦線が脆くなってまで将を用意した。

 これでもまだ足りないとフロルは見ている。

 

「本当に二人乗りじゃないと駄目か?

 先生を個人戦力で動かした方が強いと思うんだが」

 

 出陣した時は民向けに格好つけただけだ。

 ヴァレリアの背ではベレスがフロルと二人乗りしていた。

 文句を垂れるフロルにベレスが振り返る。

 

「フロルが私に一本取れたら考えても良い」

「先生、それは流石に無茶だろ」

 

 フロルは首飾りとタルティーンで二度も死にかけている。

 前者は敵陣中央に突入した結果、パルミラの将に討たれかける。

 後者は陣最奥にもかかわらず、ディミトリと一騎打ちだ。

 いい加減にしろ、というのが将たちの共通見解である。

 誰かが護衛につかなければ、また同じことをやらかすという確信があった。

 

 フロルが駄々をこねる。

 

「あー嫌だ嫌だ。

 女を盾にする王とか歴史書に書かれるんだ。

 あるいは臆病王か?

 俺はもっと格好良く歴史に名を残したいんだよ」

 

 フォドラの人々というのは、何にでも誰にでもすぐに異名をつけたがる。

 というのはハンネマンの言葉だ。

 ハンネマン自身も「紋章学の父」というなかなか良い異名を貰っている。

 フロルは羨ましくてならなかった。

 

「陛下にはもうセイロスの再来と異名がついていますよ」

 

 イングリットの慰めにフロルは顔を顰めた。

 

「いや、それ、俺としてはあんまり。

 吟遊詩人にもやめるように言っておいたし……」

 

 途端に歯切れが悪くなる。

 今まで興味深く話を聞いていたレアが反応した。

 

「そ、そんな!?

 フロルはそう呼ばれるのが嫌なのですか?

 私はとても良い勇名だと思いますよ」

「……」

 

 本人が生きてさえいなければ格好がついただろう。

 だが事実として目の前にセイロス本人がいるのだ。

 フロルの中ではまったく恰好がつかない。

 何とも言えず、話をジェラルトに振った。

 

「ジェラルトさんはいつから壊刃って呼ばれるようになったんです?」

「そういや何時からだったか。

 騎士団の頃にはぼちぼちそう呼ばれていた気はするな。

 まあ、広まったのは傭兵団をやり始めてからだ。

 傭兵業は名を売ってなんぼのもんだからな。

 逆に言や、お前みたいなのは名を売る必要もないだろ」

 

 ジェラルトの正論にフロルがぐぬぬと唸った。

 ふとベレスが思い出した。

 

「同じ話を前にもしたよね」

「そういえば先生とはしたな。

 結論は出なかったけど……」

 

 フロルの不満を除いて、和気藹々とした雰囲気のまま軍は進んだ。

 

 

 アミッド大河流域では大修道院を覆う峰が風の壁となる。

 湿潤な空気が留まることでこの時期、霧が発生しやすい。

 それをコンスタンツェたち魔道士がより深く、より濃くしていく。

 道中のバーガンディ子爵家は元々親教会派の同盟貴族。

 帝国軍に悟られることなく連合軍は東進した。

 

 先行していた偵察兵から齎されたのは驚愕の情報だった。

 ミルディン大橋を守備するのは炎の紋章を掲げた軍勢。

 ネメシスと十傑を名乗り、英雄の遺産に似た武器を持っているという。

 

 セテスとフレンがレアに詰め寄った。

 

「ありえん!偽物ではないのか……!

 レア、君は確かにあの時……」

「そうですわ。

 わたくしたち皆の力で倒したはずではありませんの」

 

 動揺から二人は周りの視線に気づいていない。

 レアが口を開こうとしてフロルが遮った。

 

「ネメシスと十傑は千年前にセイロスに討たれて死んだ。

 名を騙ってこちらの動揺を誘おうという手口だろう。

 だが、名を騙るに相応しい実力は持っているはずだ。

 いわば、帝国の隠し玉だな」

 

 フロルの誤魔化しにセテスとフレンが冷静さを取り戻す。

 レアがフロルに視線でなにか訴えかけてきているがこの場では無視する。

 伝えたいことはわかっている。

 橋を落とすには過剰と言って良い戦力は、ネメシスを想定していたためだ。

 

「真っ向勝負だ。

 十傑を殺し、ネメシスを殺す。

 方針は変わらない。

 ミルディン大橋を突破し、シャンバラに進軍する」

 

 フロルが断固とした態度で命じた。

 今にも喚きたくなるほどに不安と恐怖が押し寄せてくる。

 成長した五年後なら兎も角、今はまだ1181年。

 ベレスもソティスと合一していない。

 不確定要素が多すぎる。

 

 だが影ひとつ見せない。

 

「……君は、この状況を見抜いていたのかね?」

「勿論だ」

 

 セテスの問いにフロルが翡翠色の瞳を輝かせて即答した。

 勇ましい笑みさえ浮かべてみせる。

 積み上げて来た不敗神話が、欺瞞と虚構を覆い隠した。

 

「そのために準備し勝つために来た。

 こちらも援軍を用意してある。

 むしろ都合が良いな……伝令!」

 

 フロルの声に待機していた伝令兵が集う。

 

「隠す必要はない。敵はネメシスと十傑だ。

 死に損ないの王が蘇ったのだ!

 だが、お前たちの先頭に立つ者こそセイロスの再来だ。

 全軍に伝えよ!

 千年前と同じく、

 女神に逆らう亡者を地獄に送り返してやるとな!」

 

 伝わった情報は士気を大いに高めた。

 兵たちは敵が本物のネメシスであることなど信じてはいない。

 フロルがあえて広めさせたことで、逆に信憑性は薄まった。

 兵を鼓舞するための嘘だと考えたのだ。

 故郷に良い土産話ができる。

 伝説の再現。セイロスとネメシスの戦いの一員となったのだ。

 子々孫々に語り継がれるだろう、そのような楽観視が蔓延する。

 

 エーデルガルトの嫌いそうなやり方だな、とフロルは内心自嘲した。

 

 

 フロルたちの前にミルディン大橋が姿を現した。

 視界の端から端まで届くほどの大きさで、人一人分ほど分厚い。

 接近したことでようやく帝国軍が気づき、迎撃の準備を始めていた。

 大河のせせらぎが聞こえる中、王国と教会の騎兵隊が隊列を整えていく。

 戦いの予感に兵士たちは喉を鳴らし、祈りを囁いた。

 興奮する馬たちの息が蒸気となって白く空に立ち昇っていく。

 

 本来騎馬突撃というものは、戦列の隙を狙い、破壊するために行うものだ。

 密集し並べられた槍衾に突撃すれば、馬の速度がそのまま跳ね返ってくる。

 故に、今から行われるのは敵を正面から粉砕するための死の突撃である。

 

 掲げられた馬上槍の群れが一斉に水平方向に向いた。

 その戦列の前を、ヴァレリアに跨るフロルがベレスを共に乗せ、駈歩で横切っていく。

 王と炎の双紋章が全ての兵に見えるように強く輝いた。

 

「聞け、兄弟たちよ!

 我らは死よりも恐ろしいものを知っている。

 友と家族の流した血、踏みにじられた者たち。

 喉をかき切られ、天に届かぬ祈り。

 我らは女神の騎士だ!

 民の嘆きが我らを呼び覚まし、刃を取らせた。

 祖が紡いできた祈りを子らが絶やさぬために。

 神敵を討ち滅ぼし、血と鉄をもって報復せん!

 騎士たちよ、我らの誇りを示す時は今ぞ!」

 

 フロルの鼓舞に兵たちが鬨の声を上げる。

 皆、知っている。

 あの光に導かれて、ただ突き進めばいいのだと。

 突撃の号令と共に角笛が吹き鳴らされた。

 徐々に加速していく戦列。

 蹄が大地を抉り、土煙の黒い波が後ろへと流れる。

 魔法の閃光と投げ槍の雨が道を切り開く。

 死を恐れぬ突撃が一本の槍のように放たれた。

 

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