時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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59話

 

 ミルディン大橋は四層に分かれる。

 ただの橋ではない。

 強固な要塞と言ってよい。

 援軍を呼び込めるように第二層と第三層の間には、橋とは別に中継地点も存在する。

 壁と物見櫓から一方的に進軍してくる敵を撃ち下ろせる構造になっている。

 多数の罠と馬防柵、壁に対飛行兵用の返しが連なり、突破は困難だ。

 

 それを一撃で連合軍は第二層まで貫通した。

 

 ベレスが天帝の剣を展開し、ブレーダッドの馬の脚を刈り取った。

 落馬したブレーダッドにフロルがアラドヴァルを叩きつける。

 隙を晒した胴体をレアが聖剣で両断した。

 

 カロンがカトリーヌと雷鳴を轟かせながら剣戟を交わす。

 アロイスが手斧で横槍を入れた。

 それを避けた先に、槍を振りかぶるジェラルトが待ち構えていた。

 教会の騎士たちの連携に対処が追いつかず、カロンの首が落ちる。

 

 グロスタールの爆撃の中をイングリットが正面から突破する。

 その隙を狙い、ハピの転移魔法でアネットが背後に現れる。

 ルーンと打ち砕くものに挟まれ、グロスタールは砕かれた。

 

 十傑はネメシスに引きずられて復活しただけの亡者。

 技の冴えはあれど、千年前のような覇気も連携も戦術眼もない。

 現代を生きる英傑たちに次々と屠られていく。

 

 しかし、遂に連合軍の進撃は第三層で止まる。

 最前列の兵は大楯を構え、重装甲に身を包み、槍を並べる。

 人の壁の向こうには、交差するように射線が通る。

 十傑のラミーヌとリーガンが魔法と弓で待ち構えていた。

 正面から飛び込めば全滅さえあり得るだろう。

 

「どうするんです?陛下」

 

 手綱を引くシルヴァンの問いにフロルが答えた。

 

「援軍を呼ぶ」

 

 フロルが首から下げた一風変わった角笛を吹き鳴らす。

 それは力強くも、どこか清澄さを持ち、水面を震わせる音色。

 直後。

 天空と大河から放たれた熱線が、第三層の帝国兵を薙ぎ払った。

 

 レアが目を見開いてフロルを見る。

 

「まさか……援軍とは……!」

「千年ぶりの同窓会も悪くないだろ?」

 

 悪戯が成功した子供のように、フロルがにやりと笑った。

 

 二本の角が風を切り裂き、大気が震える。

 羽ばたくだけで煉瓦が剥がれ、硝子が一斉に砕け散る。

 烏のような黒い翼を持つ異形の竜。

 風を呼ぶもの、聖マクイルが北の空より飛来する。

 

 アミッド大河が盛り上がった。

 水面が円形に膨張し、滝を作って巨体が姿を現す。

 苔むした黒く古代の岩のような甲羅。

 動かさざる重きもの、聖インデッハが浮上した。

 

「やり残した責務を果たす、これ一度きりだ」

「うぬは我以上に頑固だな。

 とはいえ我もかつてほどの力は残っておらぬか」

 

 フロルは彼ら聖人を無条件で味方に出来るとは考えなかった。

 原作でセテスとフレンでさえ説得できなかったのだ。

 だから尋ねた。

 もしネメシスが生きていたらどうするんだ?と。

 荒唐無稽な条件が現実となった時、彼らは再び戦うことを決めた。

 

「かつて白きものが聖者の背を押したように、

 フォドラ中で巻き起こる戦火に、

 心を痛めた天上の女神が聖獣を遣わしたのだ。

 天は我らに味方しているぞ!」

 

 インデッハが咆哮を上げ、波濤を生み出し、帝国軍を河へと押し流していく。

 それをマクイルが氷の魔法で固め、道を生み出した。

 再度、連合軍が突撃を開始する。

 マクイルとインデッハの援護を受け、遂にフロルたちは第四層まで到達した。

 

 

 そこには妄執を宿したネメシスが待ち構えていた。

 

「セイロス……!殺ス……!」

 

 瞳に、かつて宿していた野望は欠片も残っていない。

 セイロスに対する復讐と憎悪だけがその身を動かした。

 誇示するように女神の眷属の頭蓋を肩鎧として纏う。

 全身に刻まれた無数の傷跡は殺された者たちの恨み。

 手にするのは二つの紋章石の力を得た、天帝の闇剣。

 

 人外の赤い瞳がぎょろりとレアを睨みつけた。

 戦いの火蓋が切られた。

 セイロス、今はレアが剣と盾を手に斬りかかる。

 

「主を貶め、同胞たちを辱めた罪!

 何度死を迎えようとも、

 その罪が許されることはありません!」

 

 ネメシスが天帝の闇剣を振りぬいた。

 埋め込まれたノアとティモテの紋章石が悲鳴を上げる。

 

 千年前完全な姿をしていた天帝の剣よりも、破壊に特化した魔剣。

 展開した蛇腹剣が這うように薙ぎ払い、石畳をまくり上げた。

 

 跳躍したレアに追撃が振るわれる。

 辛うじて構えた盾が、神聖武器にもかかわらず軋みを上げた。

 レアが剣を地に突き立てて吹き飛ぶのを堪える。

 入れ替わるようにベレスとフロルを乗せたヴァレリアが飛び込んだ。

 

「先生!あれやるぞ!」

「またそうやって無茶を……」

 

 ベレスが振るった天帝の剣が天帝の闇剣と衝突する。

 

「ソノ剣……、

 オヌシ、我ト同ジ炎ノ紋章ヲ宿スカ……!」

 

 互いに縄のように伸びた天帝の剣と闇剣が絡まった。

 ソティスと合一していないベレスでは押し負ける。

 だが、天帝の剣を使えるのはベレスだけではない。

 投げ渡された柄をフロルが握りしめる。

 

「それじゃあ綱引きといこうか!」

 

 ブレーダッドの紋章と炎の紋章が重なり合う。

 ヴァレリアの蹄鉄が石を穿つ。

 フロルが血管を浮かび上がらせ、全身の筋肉が膨張した。

 

 綱引きを制したのはフロルとヴァレリアだ。

 

「キサマ……!」

 

 ネメシスが体勢を崩し、引きずり込まれる。

 その腹に魔力を練り上げたベレスが掌を押し当てた。

 

「オーラ!」

 

 至近距離で、防御する間もなく光の輪が二重に展開する。

 視界が白く染まった。

 放たれた上級攻撃魔法がネメシスの肉体を吹き飛ばした。

 激しい粉塵を上げてネメシスが石壁に叩きつけられた。

 

「まずい!フレン、頼む!」

 

 煙の中で、悍ましい赤い光が脈動した。

 

 ベレスとフロルを乗せたヴァレリアの姿が、転移魔法で消える。

 直後、弧を描く斬撃が先ほどまでいた空間を二重三重に薙ぎ払った。

 

「ありがとう、フレン」

「まあ!お姉様と呼んで下さいと言いましたのに」

「それは遠慮しておこう」

 

 切り裂かれた煙の奥、ネメシスは全身を炭化させていた。

 しかし、炎の紋章が光を放つと炭化した皮膚が剥がれ落ちる。

 立ち上がった時には、もう肉体は元の状態に復元されていた。

 

 構え直すレアの隣に、セテスが並ぶ。

 

「千年前は、あれほどの再生力は持たなかった」

 

 フロルが記憶を掘り返して、嫌そうな表情を浮かべた。

 

「俺が殺したコルネリアの研究成果だ。

 研究内容は紋章の力の増幅。

 ネメシスが復活した原因もこれか?

 まさか女狐が死んだ後もこうして立ち塞がるとはな」

 

 ハピの紋章が強化され、魔獣を呼び寄せてしまうように。

 フロルが実験場に突入した時には既にコルネリアの研究が完成していた。

 

「それではどうする?」

「大火力で再生できないほど消し飛ばすしかない。

 此方で隙を作る。最大火力でぶち込んでくれ!」

 

 フロルの要請に二人の聖人が頷いた。

 

「まったく年寄りに無茶をさせる」

「魔道の祖の力、その眼に焼きつけよ」

 

 フレンが馬に乗るセテスに近寄った。

 

「お兄様、乗せてくださいませんか?」

「いや、フレン。あまりにも危険だ」

 

 断るセテスにフレンがむっと頬を膨らませた。

 

「……ま!わたくしだけ仲間外れにしようなんて、そうはいきませんわ!

 それにお兄様はわたくしを守ってはくださらないの?」

「うっ……!」

 

 セテスがフレンに勝てるはずもなく。

 意気揚々とセテスの前に乗ったフレンが杖と魔道書を構えた。

 

「さ、レア様も参りましょう。

 力を合わせれば、きっと勝てますわ」

「フレン、その向上心は立派ですが、

 あまり危ない真似をしてはいけませんよ」

 

 険しい顔をしていたレアも、フレンを前にしては頬を緩めるしかない。

 聖人の中で要はレアではなくフレンなのかもしれないとフロルは思った。

 ベレスがフロルから天帝の剣を受け取って構える。

 

「それじゃあ、行こう」

 

 セイロス、キッホル、セスリーン、マクイル、インデッハ。

 そして女神の紋章を持つベレスとフロル。

 今再びネメシスに、女神に率いられた聖者たちが挑む。

 

 フロルとセテスが交差するように駆けた。

 轟音のような蹄音が一瞬途切れ、ヴァレリアが跳躍する。

 紫雷を纏ったアラドヴァルがネメシスに向け放たれた。

 同時にベレスが大きく身を捻り、両手で天帝の剣を振りかぶる。

 

「群ガル事デシカ……戦エヌ弱キ者ドモヨ!」

 

 ネメシスが深く体を沈め、逆袈裟で馬ごと両断せんと斬り上げる。

 アラドヴァルと天帝の闇剣が衝突した。

 閃光が爆ぜ、石畳が砕けて破片が跳ね上がる。

 一撃で第四層の支柱に亀裂が走り、グラグラと橋全体が揺れた。

 

「こいつッ……さっきより!」

「眠気覚マシニハ、丁度良カッタゾ!」

 

 振り下ろされた天帝の剣をネメシスは肩鎧で受け流す。

 そのまま、闇剣の刃を展開しセテスに向けて薙ぎ払った。

 

「ここは私が!」

 

 割り込んだレアが剣を振るって弾き飛ばす。

 

「キッホル!オ前如キガ、ワレヲ倒セルモノカ!」

 

 セテスが突き出した聖槍の穂先をネメシスが掴んだ。

 

「確かに私だけではな!」

「ごめんあそばせ!エクスカリバーですわ!」

 

 フレンの持つ聖杖と聖書が互いに共鳴した。

 嵐の魔法が一本の剣状に収束し、圧縮された空気が高熱を放つ。

 眩い光の剣が螺旋を描きながら振り下ろされた。

 穂先を握るネメシスの左腕が切断される。

 すぐに再生を始めるが、その隙を見逃すマクイルとインデッハではない。

 

「合わせろ!」「おうとも!」

 

 マクイルの黒翼が大きく広がり、インデッハの甲羅が低く唸りを上げた。

 膨れ上がる魔力に大気が悲鳴を上げる。

 交差する二つの熱線がネメシスただ一人に向けて、解き放たれた。

 周囲の温度が爆発的に上昇し、石畳が赤く溶け始めた。

 ネメシスの皮膚が一瞬で白熱し、皮を、肉を、骨を焼いていく。

 炭化と再生を繰り返す。

 それでもネメシスは抜け出そうともがき、手を伸ばした。

 

「お母様、見ていてください」

 

 熱線にレアが躊躇なく飛び込んだ。

 マントが燃え尽き、翼を模した聖なる鎧が融解していく。

 皮膚が黒ずみながらも、聖剣を上段に構えた。

 ネメシスの赤い瞳がレアを睨みつけた。

 

「オノレ、セイロス……!」

「あなたの魂がお母様の下へ行くことも、

 煉獄に行くこともありません。

 地獄へ落ちなさい、ネメシス」

 

 一刀のもとにネメシスの首が斬り落とされる。

 

 限界を迎えた大気が急速に膨張し、大爆発を引き起こした。

 赤黒い雲が立ち昇る。

 巨大な竜の影が生まれ、徐々に縮んでいく。

 黒煙の中で女の影が立ち上がった。

 

 フロルがほっと安堵の息を吐きだした後、魔槍を掲げ叫んだ。

 

「ネメシスは討たれた!勝鬨を上げよ!」

 

 帝国暦1181年、星辰の節

 王国と教会の連合軍は、蘇ったネメシスと十傑を打ち破った。

 ミルディン大橋を押さえた連合軍は即座に南下。

 闇に蠢く者の本拠シャンバラを強襲した。

 防衛機能を破壊し、光の杭の脅威を排除する。

 しかし、既にシャンバラに闇に蠢く者の姿はなかった。

 連合軍は橋の管理をグロスタール家に任せ、大修道院へと帰参する。

 開戦から一年が経とうとする今も、戦争の終わりはまだ見えない。

 

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