時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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6話

 

 聖人にちなみ、この節のフォドラの人々は彼らが好んだとされる音楽を奏でる。

 礼拝堂から響き渡る声が離れていても耳に残った。

 

 生徒達は大修道院の生活も慣れつつあった。

 フロルも授業や鍛錬が忙しく交友関係を広げられてはいないが、その分学びを得ている。

 夕暮れに授業を終えて自室に戻ろうとすると、扉の下から光が漏れているのに気付いた。

 

 開けるとそこには四人の黒衣の騎士が自分勝手に寛いでいた。

 一人はベッドに寝転がり、一人は紅茶を楽しみ、一人は机に脚をかけて、一人は剣の血糊を拭っている。

 

「泥だらけだし、茶葉は父上からの贈り物だぞ。

 あとここで剣の整備をするな。

 油がなかなか落ちないんだぞ」

「まずは労いの言葉をお願いしますよ坊ちゃん」

 

 彼らは騎士だ。同時に傭兵でもある傭兵騎士。

 父の領地は、今では豊かになりつつあるが、昔は騎士を養うほどの金がなかった。

 だから領内の賊に対処するため傭兵を雇って騎士に任じたのである。

 領地の主要産業は不幸なことに傭兵業なので、質はともかく量はいた。

 中でも彼らは共にコルネリアの実験場に突入した、数少ない信頼できる者達だ。

 

「任務お疲れ様。その紅茶は好きに楽しんでくれ。

 でも剣の整備はやめろ。掃除が大変だろうが」

「了解です」

「一人いないがどうした?」

「裏切ったんで殺しました」

 

 事も無げに傭兵騎士の一人は報告した。

 訂正する。かつては信頼出来た者達だ。

 

「まったく……どれに反したんだ」

「金払いの良い仕事は仲間内で共有する、ですね。

 内通するようにって依頼だったみたいです。

 わりの良い依頼だったみたいなんで、

 俺にもこっそり教えてくれれば良かったんですが」

「わかった。

 今まで五人に払っていた分を今度から四人で山分けしろ」

「坊ちゃんは話が解る」

 

 嬉しそうににやつく傭兵騎士たちに、呆れた表情を浮かべた。

 裏切ったのもどこまで本当かはわからない。

 ジェラルトやシェズと違って仁義の薄い連中だ。

 フロルは手駒の少なさにため息をしつつ予備の椅子に座った。

 

「報告を聞こう」

「言われた通り、山賊団の残党を追いました。

 ……そのまま追い越して赤き谷へ。

 近くの放棄された砦には、

 あの実験場にいたのと似た連中が出入りしてました。

 何時もながら坊ちゃんの情報網には感服します」

 

 王国のローベ領はかつて大規模な戦闘が起こり、今も健在なアリアンロッド要塞を中心として領内に放棄された砦がいくつもある。

 賊が隠れるには向く場所だ。

 闇に蠢く者の拠点があるのはわかってはいたが、どの廃砦かまでは特定できていなかった。

 

「ですが流石に砦となると真面な軍隊じゃないと落とせそうにないですね。

 どうするんです?」

「ローベ伯を使う」

「良いんですかい?

 女狐と内通していた裏切り者でしょう」

「それは此方の視点だ。

 ローベ伯から見れば俺はずっと仲間なんだよ」

 

 王国西方諸侯であるローベ伯はフロルを王位につけようとする公爵派である。

 父リュファスとの仲も相変わらず良好だ。

 ダスカーの悲劇に関与したが、証拠を父に握り潰して貰って反逆者として名が上がらなかった。

 性格は小心者にも拘わらず、自分の利益を嗅ぎつけるとついつい手を伸ばしてしまう愚か者。

 ただ、領内の賑わいからも解る通り製鉄や鍛冶を奨励し、内政官として優れている側面もある。

 平時に向いていて乱世には向いていないというのが総評だろう。

 

「今ローベ伯は俺にコルネリアとの繋がりを握られている。

 ここで俺に恩を売るように動けば喜んで飛びつくだろう」

 

 フロルが傭兵騎士を雇っている金はけして綺麗なものではない。

 コルネリアとの繋がりを握り潰す代わりに関わっていた貴族から貰った金だ。

 だが使える札だと思ってローベ伯については放置していた。

 コルネリアが死んだことで、伯と闇に蠢く者の繋がりは一時的に途切れている。

 風見鶏の向きをはっきりさせるには丁度良い機会だろう。

 

「いやー怖い怖い。

 坊ちゃんを敵に回したくはありません」

 

 調子の良いおべっかを、フロルは無視した。

 

「手紙を書く。フクロウは使わず直接届けてくれ。

 覚悟しておけよ。

 今年のフォドラはろくなことにならないぞ」

「うへぇ、坊っちゃんの予言は当たりますからね」

 

 さて、やるべきことはやった。

 あとは風見鶏が、どの方角を向くか気になるところだ。

 

★〈支援会話:リンハルト〉

 

「うおおおおおおっ!負けねえええ!」

 

 訓練場にカスパルの咆哮が響き渡る。

 フロルは叩き込まれる連打をいなしていく。

 時折腹に飛んでくる蹴りも叩き落とした。

 カスパルの拳は喧嘩仕込みだ。

 それはそれで悪くないのだが、長く格闘術を続けてきたフロルに比べれば未熟。

 

「隙あり」

 

 フロルが呼吸の瞬間に、カスパルのつま先を踏んで逃げられなくする。

 腹に手加減した掌底を叩き込んだ。

 吹き飛んでいったカスパルが、辛うじて壁に叩きつけられる前に受け身を取る。

 

「あっ悪いな……やってしまった」

「くっそー!また負けた!」

 

 まだまだ未熟だなと心の内で呟いて、フロルが頭を下げた。

 

 勝負するにあたって出来るだけ常人の力加減で戦っていたが、最後に加減を間違えた。

 しかし、掌底を受けて、常人なら骨が折れているカスパルもまだまだ元気そうだ。

 ベルグリーズ家の鍛錬で身体の基礎が出来上がっているのだろう。

 

 勝負の決着がついたところで、リンハルトが近づいて来た。

 

「ふああ……これで三戦三敗。

 そろそろ手足が長い方が強いって認めたら?」

 

 フロルが鍛錬しているとカスパルが急にやってきて勝負を仕掛けてきたのだ。

 どうにもリンハルトが、手足が長い方が喧嘩に有利だと言ったらしい。

 フロルの身長はかなり高く、身長の低いカスパルと比べれば頭二つ分も違う。

 手足の長さもだ。

 

「拳も蹴りも全部いなされやがる。全然当たりやしねえ!」

「……はあ、だから言ったよね。

 そもそも攻撃までの距離が違うんだから」

「そう簡単に結論を出すのは違うんじゃないか?」

 

 フロルが口を挟んだ。

 リンハルトがカスパルに教えようとしているのはカウンターだろう。

 あまり良い策ではない。

 酒場の喧嘩ならそれでもかまわない。

 しかし、一撃で決まることの多い実戦だと、受ける前提というのが弱い。

 

「へぇ、いいよ。聞こうじゃないか」

 

 リンハルトの眠そうな半開きの目が興味深そうにフロルを向いた。

 

「まずは俺に負けた理由からな。

 今負けたのに手足の長さは正直そんなに問題じゃないんだ。

 手足が長いってことは関節が動くまでの時間も長い」

 

 実際にカスパルと同じく喧嘩流の大振りをして拳の速度を示す。

 

「威力は出るが速度はでない。

 でも俺の紋章を考えるとそんなの無駄だろ?

 だから俺は小さく短く、兎に角当たれば良いって教わった」

 

 実戦であればフロルは容赦なくブレーダッドの怪力を利用する。

 拳一つで人の命を容易く屠る。

 師に教わったのは兎に角当てることだ。

 先ほど使った構えで拳を振るえば、腕が伸び切る前に戻している。

 

「これ回転速度は上がっても距離が落ちてるんだよな。

 カスパルとそう違いはないと思うぞ」

「それじゃあよお。オレが勝てない理由はなんだ?」

「背の高さ」

 

 フロルは自分の頭の上に手を当てた。

 

「はああぁぁ!?

 じゃあオレは一生お前みたいなヤツに勝てないって言うのか!」

 

 地団太を踏むカスパルに首を横に振った。

 

「いや、単純に背の高さって言っても対処方法はある。

 背の高さの利点は視点の違いだ。

 二回目は懐に潜り込んで顎を狙っただろ」

「やれやれ……安易な策を弄しても意味がないってことか」

 

 リンハルトの理解は早い。

 

「その通り。上から見下ろすからどんな手を使ってくるかわかる。

 仮に実戦なら俺はひたすら蹴りで攻めるだろうな」

 

 蹴りは格闘術においてリスクが高い。

 脚を取られれば体幹を崩されるし、蹴った直後も不安定だ。

 ただし相手がどう動くかわかるなら安全に攻撃し続けられる。

 カスパルがカウンターを狙ったとしても通用するのは格下までだ。

 

「逆に言うと見えない戦い方をされるとやりにくい。

 例えば姿勢を低くして拳の起こりを隠す。

 脚を集中的に狙って崩れるのを待つ。

 一撃の威力を弱めて引っ掛け、踏み込んできたところを二撃目で刺す。

 こんな風に視点に差があってもそれはそれでやり方がある」

 

 それぞれ実際にやって見せる。

 使う機会はないだろうが師によって最低限は学んでいる。

 

「なるほどな!よっしゃああああ!

 勝てる気がしてきたぜ!早速勝負だ!」

「いや、フロリアヌスくんがやって見せたってことは……」

 

 流石の才能だ。

 一度やってみせただけで、次になにが来るかフロルにはわからなくなっていた。

 この成長速度なら、幼少期から努力してきた格闘術も一年後には負けている。

 まあ……今は負けてあげないけど、とフロルは心の中だけで呟いた。

 フロルはあえて半身引いてカスパルのタイミングをずらす。

 勢いが死んだところに、鳩尾に肘を叩き込んだ。

 

「その対処方法も知ってるってことだと思うけど……」

 

 リンハルトが言い切る前にカスパルは宙を舞っていた。

 

「対処方法の対処方法もある。

 安易な対策をするのは駄目だってことを伝えたかったんだ。

 今度手足が長い相手に勝つ方法も教えるよ」

 

 リンハルトが感心して頷いた。

 

「はあ……それにしてもフロリアヌスくんは凄いね。

 カスパルが同世代でここまで負けるのは見たことがない」

「フロルでいいよ。名前長くて面倒だろ?」

「そうさせてもらうよ……。

 ああ、それとカスパルのこと運んで貰っても良いかな」

 

 そういえば、なかなか立ち上がらない。

 見下ろすとカスパルが白目を剥いて意識を飛ばしていた。

 

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