時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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63話

 

 アリアンロッドの大広間は重苦しい空気に満ちていた。

 天井の高い石造りの空間に、長机が置かれ、最奥にフロルが腰を下ろしていた。

 ベレスをはじめ、王国の将たちが集められている。

 士官学校生だけでなく従軍する貴族や騎士たちもだ。

 机の上には、フォドラ全土を記した大きな地図が広げられている。

 地図には幾本もの赤や黒の線が描かれ、紙が貼られていた。

 細かく書かれた文字は全て帝国各地に派遣した偵察兵の報告だ。

 

 フロルが全員に聞こえるよう声を張り上げた。

 

「闇に蠢く者の一部がヘヴリング領の都モズグズに逃げ込んだことを確認した」

 

 ロナート卿が自らの白い口髭を指でなぞり、小さく呟く。

 

「厄介な地に逃げ込まれたものですな……」

 

 帝国南西部に位置する領都モズグズ。

 豊富な資源と交易で発展してきた大都市だ。

 東西を繋ぐミアハ街道を擁し、帝国経済の要所といえる。

 問題は、攻め落としても港から脱出されかねないことだ。

 

 事前に作戦を知るイングリットが、少し強張った表情で報告する。

 

「帝国の残存艦隊のほぼ全てが集結しています。

 港からの脱出を阻止するには、

 海上戦力を撃滅する必要があります」

 

 ユーリスが軽く手を振って補足した。

 

「軽く襲撃を仕掛けてみたが、

 近づいただけで蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。

 港に魔道砲台がずらっと並んでいた」

 

「セイロス騎士団の力は借りないのでしょうか?」

 

 アッシュの率直な疑問は当然だ。

 そもそもこの場に教会の将が呼ばれていない。

 

「真っ当な手じゃないから、ですね」

 

 シルヴァンの皮肉めいた確認にフロルが頷いた。

 

「魔獣兵や砲台を使って防衛網を築いているだろう。

 領都を差配するのは帝国の将ランドルフ将軍だ。

 グロンダーズの虐殺を王国軍の仕業だと思い込み、

 死に物狂いで来る。

 だがそれらは一番の問題ではない」

 

 フロルが一度言葉を切って、将たちを見回した。

 

「一番の問題は民を盾にしてくる可能性が高いことだ。

 しかし、手を緩めることはできない。

 闇に蠢く者をここで逃がせば、将来の禍根になる」

 

 ざわめきが波紋のように将たちの間に広まった。

 

「今回の作戦に限っては参加は任意だ。

 ただし、機密保持のため不参加の将は退室してもらう」

 

 ずるい手なのはフロルも自覚している。

 同調圧力で参加を強制させている。

 だが、覚悟を決めて貰わなければならない。

 一同を見回し、ひとつ息を吐きだした。

 

「感謝する。

 策だが、ティモテの紋章石がある。

 これを使い、敵の魔獣兵を誘導する」

 

 天帝の闇剣に嵌っていた物を外したのだ。

 ハピのティモテの紋章は、ため息で魔獣を呼び寄せる。

 紋章の力の増幅方法については既に解析済みだ。

 一致する紋章石なら範囲は街一つを覆ってあまりある。

 

「作戦を言い渡す」

 

 フロルの言葉に大広間の空気はピンと張りつめた。

 

「陸と海から同時攻撃を行う。

 日の出前に、海から港に潜入し魔獣兵を引き寄せる。

 ハピの護衛にペトラとモニカをつける」

 

 帝国近海に慣れ親しんだ二人は適任だろう。

 三人が頷いたのを見て、言葉を続けた。

 

「敵の魔獣兵を港に誘き寄せることで、砲兵を混乱させる。

 それを確認次第、朝日を背に艦隊を侵入させる。

 艦隊の総指揮は引き続きデュパル伯爵に委任する」

 

 グロンダーズで一度崩壊した陸軍と違い海軍は未だ健在。

 港への突入という困難な任務を果たせる実力がある。

 

「帝国艦を沈めつつ、砲台を排除して港の確保を目指す。

 上陸部隊の指揮はフェルディナントだ。

 加えて参加するのはリシテア、コンスタンツェ。

 艦隊と砲台の破壊には高火力の魔道士が必要だからな」

 

 フロルは悩んだ末に一番重要な役割をフェルディナントに任せることに決めた。

 禊をしなければ王国の将から信頼を得られない。

 戦後もエーギル家を残すつもりなので、目に見える功績を与える意味もある。

 

「地上戦だが、進軍速度を重視するために、

 攻城兵器は持ち込まない。

 アッシュとユーリスは先行して侵入し、

 城門の開放を目指してくれ。

 商人のアンナが内部に手引きしてくれる。

 オックス家より提供された古い地図はあるが、

 開戦後に防衛設備が改修されている可能性が高い。

 当てにはするな」

 

 アッシュには苦労をかけるが、他に最適な人材がいない。

 孤児時代に身につけた鍵開け技能が大いに役立つだろう。

 

「陽動として、天馬騎士団で魔道砲台の攻撃を誘引する。

 その間に城門から本隊が突入し、城壁を確保する。

 港と城壁の確保に成功した後、中心部の制圧を目指す。

 この二つ、どちらかに失敗した場合は即時撤退だ。

 包囲による長期戦に切り替える」

 

 フロルが断固たる信念と王の冷徹さを瞳に宿す。

 

「フォドラの未来と正義のため、

 如何なる犠牲を払おうとも、

 帝国の非道な行いには屈しない。

 汝らに、女神の加護があらんことを」

 

 将たちが祈りの言葉を復唱する。

 王国軍は帝国南西部モズグズへと出立した。

 

 

 モズグズは地上からの防衛を想定していない。

 仮想敵は海からやってくるダグザとブリギットだからだ。

 都市を囲む城壁は高さも、厚みもない。

 利便性を優先して大通りが広く真っすぐ作られている。

 逆に言えば一度街に侵入を許せば防衛が困難になる。

 まともな方法では防衛が困難なことはわかりきっている。

 それでもランドルフが苦言を呈した。

 

「しかし、民兵というのは……」

 

 徴兵対象にない者にも武器だけを持たせて、矢面に立たせる。

 王国軍の非道を何度も何度も説き、恐怖で縛った。

 レオポルトが生きていれば、激怒したことだろう。

 

 闇に蠢く者、ミュソンが内心舌打ちしながらも恭しく頭を下げた。

 

「彼らは自ら志願しました。

 閣下のできることは、その献身に報い、

 近々侵攻してくる王国を打ち払うことです」

 

 このような獣の末裔に頭を下げねばならない事実。

 それが殊更ミュソンを苛つかせる。

 ここまで追い詰められたのは元はと言えば同胞、ラルヴァが原因だ。

 本来シャンバラ放棄後、パルミラへと撤退する手筈であった。

 だが直前になってラルヴァが受け入れを拒否。

 フォドラから脱出することができず、この地へと逃げ出す羽目になった。

 

「しかしだな。

 ベルグリーズ家の末席として祖に顔向けできない」

 

 なおも食い下がるランドルフをミュソンは見下した。

 

「閣下、妹君の仇を討たなくて良いのですか?

 あのグロンダーズの大虐殺。

 引き起こしたのは王国なのですよ。

 亡き妹君は閣下に祈っていることでしょう。

 仇を討ってくれと」

「……わかっている」

「我ら魔道士一同、閣下をお支え致します。

 どうか帝国に勝利を」

 

 深々と一礼してミュソンが部屋を退出する。

 部屋の外には同胞、ピッタコスが待機していた。

 ミュソンの雰囲気ががらりと変わり闇の気配が漏れ出す。

 

「ミュソン様、タイタニスの配置が完了いたしました」

「ヴィスカムの充填率は?」

「六割ほどです」

「獣の劣化品では上手くはいかんか。

 作業を急がせろ。

 それで、失敗作はどうなっている?」

 

 ピッタコスが周囲を注意深く警戒してから小さく囁いた。

 

「タレス様によればまだ時が必要だと」

「それではここも持たんぞ。

 やはり……」

 

 ミュソンがなにか言いかけると同時に、外で悲鳴が上がった。

 窓に駆け寄り、朝日の眩しさに目を細めた。

 そこには待機していたはずの魔獣兵たちの姿があった。

 赤煉瓦の屋根が押しつぶされ、兵舎が粉塵を巻き上げて崩れる。

 民兵に突っ込んだ魔獣兵が全身を赤く染めた。

 制御を失った魔獣兵たちが向かう先は帝国艦隊が待機する港。

 

「早すぎる……血を好むか、獣めッ!」

「ミュソン様!」

「ビアスとキロンに伝えよ!街に火を点けろとな!」

 

 宙から隕石の雨が港に落ちてくるのが見えた。

 

 黒煙がモズグズの空を覆い尽くしていた。

 魔獣兵の太い腕が一振りするたび、露店や馬車が木片となって散らばる。

 逃げ遅れた住民が血袋のように破裂した。

 王国艦隊から放たれた豪雨の如き火炎魔法が港へと降り注ぐ。

 街に火の手が上がり、なめるように燃え広がる炎が灰と煤を吐き出す。

 

 戦艦の衝角が帝国艦を真っ二つに引き裂きながら、港に侵入した。

 甲板から降りたフェルディナント率いる部隊が砲兵を排除していく。

 同時に、開け放たれた城門から、ベレス率いる王国軍が雪崩れ込んだ。

 

 海と西から攻め寄せる王国軍から逃れようと、民は東門へ向かった。

 しかし、門を上げるための滑車は既に破壊されていた。

 元より闇に蠢く者に民を避難させるつもりはない。

 

 禍々しい赤い輝きが幾つも放たれる。

 千年の時を経て英雄の遺産が作り手である闇に蠢く者たちに向く。

 足を切断されたタイタニスが民家へと転倒し、瓦礫の山を築いた。

 

 街は今や火にくべられた煉獄の釜そのものと化した。

 

 その様子を城壁の窓からアッシュが歯を食いしばって見ていた。

 既に命じられた任務は終わっている。

 西門は大きく開かれ、王国軍本隊は街内部へと侵入を果たしている。

 あとは門が再び閉じられぬよう巻き上げ機を守り続けるだけだ。

 

 壁に背を預けたユーリスがやれやれと溜息を吐き出した。

 

「見ていたって、できる事なんざなにもない」

「うん、わかっている」

「わかっているようには見えねえけどな」

 

 壁から離れ、アッシュの隣に立って街を見つめた。

 アッシュが独り言のように内心を吐露した。

 

「弟が今の僕を見ても、

 自慢の兄さんだって言ってくれるのかと思うと。

 ……少し怖くてさ」

 

 アッシュの革鎧には拭いきれない血の痕が残されている。

 夜闇に紛れ城壁に侵入し、守備兵を散々に殺して回った。

 ユーリスのドローミの鎖環を使えば容易なことだった。

 ただ、物語に書かれていた騎士のやり方ではない。

 

「正しい勝ち方なんてのに拘っていれば、

 物語の騎士にはなれるだろうよ。でもな」

 

 ユーリスは小さく鼻で笑ったが、その目は笑っていなかった。

 

「何をしてでも生き残って、

 弟の元に帰ってやった方がよっぽどましだ」

 

 その時、腹の底にまで響くドンッ!という破砕音が響いた。

 ユーリスが口笛を吹いた。

 紫雷が天へと迸り、領主の館が崩壊していく。

 城壁からでさえ空に強く輝く双紋章が見えた。

 

「派手にやるなぁ」

 

 フロルで間違いない。

 館に詰めていた兵を排除するのが面倒だったのだろう。

 

 俯いていたアッシュがぽつりと呟いた。

 

「……君にも帰りを待っている人がいるんだね」

 

 その言葉は核心を突いていた。

 

「他の奴には内緒にしておけよ。

 母親がいる」

 

 病気がちでもう長くはないということは伏せた。

 

「なら、僕が君を守るよ」

 

 アッシュの誓いにユーリスが目を見開いた。

 それから、我慢できないとばかりに腹を抱える。

 

「だーっはっはっ!馬鹿かお前は!」

「僕は真剣に……!」

「わかってる、わかってる。

 馬鹿だとは思っちゃいるが、嘘だとは思ってねえよ。

 いや悪い。

 これまで、好きだの愛してるだの散々言われてきたが。

 守ると言われたのは初めてだな。

 ま、もしもの時は期待しているぜ、騎士様」

 

 瓦礫の山の上で、ベレスの天帝の剣が暴れまわる。

 その暴威にランドルフ将軍が立ち向かっていった。

 

 黒鷲の旗に火が付き、灰が空へと散らばっていく。

 立ち昇る煙が黒雲を呼び込み、石畳は血と残骸に塗れた。

 民を盾にした帝国軍と、容赦なく踏み越えた王国軍。

 数多の犠牲を払い、帝国の都市モズグズは陥落した。

 

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