時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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65話

★〈支援会話:モニカ〉

 

 フロルが手慰みに文鎮を持ち上げ、指先で摘んで回した。

 悩みながら広げた地図の帝国領に、川に沿って線を引く。

 

 戦後の取り決めを考えなければならない時期が来た。

 

「飛び地を望まないだろうし。

 オックス家は男爵から子爵に陞爵とする。

 この丘までを加増し、所領として安堵する。

 あとは帝国と同じく貿易権の公認で良いか?」

 

 執務机のすぐ側に立つモニカが、小さく頷く。

 

「はい、多く領地が増えても、

 管理できる家臣団がいませんから。

 父も安心すると思います」

「もう少し欲張って良いと思うけどな」

「周りに旧国王派の貴族が転封される中で、

 過大な恩賞は軋轢を生みます。

 父は開戦当初から帰順したわけではありません」

 

 どこまでも真面目な回答に、フロルは小さく首を横に振った。

 

「家を継ぐのは君だ。

 君自身の功績を忘れてもらっては困る。

 なにかしら別の方法を考えるとしよう」

「ありがとうございます」

 

 フロルが口元を手で覆って悩んでいると、モニカがおずおずと尋ねた。

 

「……その、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」

「もちろん」

 

 モニカが緊張した面持ちで、小さく息を吸い込んだ。

 

「なぜエーデルガルト様は、

 闇に蠢く者と手を組んだのでしょうか?」

 

 線を引く手が止まった。

 グロンダーズで起きた無慈悲な虐殺。

 モニカが気にしていることには、気づいていた。

 フロルは奥歯を噛み、慎重に言葉を選んだ。

 

「俺が彼女について語れることは、あまりない。

 敵である俺の考えはどこまでいっても、

 一方的な押し付けにしかならないからな。

 ただ、確実なことは今を生きる民を犠牲にしてでも、

 叶えたい理想があったのだろう」

 

「もし……闇に蠢く者と手を組まなければ、

 陛下はエーデルガルト様の手を取って下さいましたか?」

 

 フロルが今度こそモニカの顔を見上げ、視線を合わせた。

 

「一番ありえない選択肢だな。

 奴らはそんなに生易しい相手ではない。

 ヒューベルトでさえ気づかなかったが、

 エーデルガルトには安全装置がつけられている」

「安全装置……?」

「ああ、誰だって飼い犬に手を噛まれたくはないものだ」

 

 闇に蠢く者は容易くエーデルガルトを覇骸化させることも、人格を奪うことも出来る。

 フロルはその解決策を知らない。

 

「それに、勘違いしないでくれ。

 俺が緒戦で彼女を殺さなかったのは、ただ都合が良かったからだ。

 思考が読みやすいし、追い詰められなければ虐殺や略奪もしない。

 ヒューベルトを殺せば……」

 

 言いかけた言葉を噤んで、ため息を吐き出した。

 

「こんなのは話し合っても虚しくなるだけだ。

 彼女は闇に蠢く者と手を切らなかったし、

 仮に手を切ったところで戦争を起こす。

 俺が剣を取らなければ、

 彼女は俺の大切な物を踏みにじっただろう」

 

 ふとフロルはドゥドゥーとの会話を思い出した。

 剣や盾など本当は欲しくないのだと、あの時そう言った。

 戦乱で心が麻痺しても、今もその思いは変わっていない。

 大切な物を守るためには剣を取らなければならないのだ。

 

 既にフロルの中では決着のついている話だ。

 部屋の空気を変えるため、強引に話題を変えた。

 

「ところでモニカは戦後どうするんだ?

 オックス家の領主になるなら、

 俺の側で仕えるわけにはいかない」

「あっ」

 

 モニカが今気づいたとばかりに目を見開いた。

 王都からも大修道院からもオックス領は遠すぎる。

 

「それならヘヴリング家のように内務卿に……!」

「俺は帝国と同じやり方はしない」

「では……どうすれば……」

 

 フロルが羽ペンをペン立てに戻し、椅子を引いてモニカを真正面から見た。

 

「闇に蠢く者の転移の魔道と、

 既存の転移の魔法陣を組み合わせれば、

 長距離転移が出来るようになる可能性はある」

 

 モニカの表情がぱっと明るくなった。

 

「だが……その研究に携わるには条件がある。

 モニカ、君の理想はなんだ?」

「陛下のお側にいるのがあたしの理想です!」

 

 予想していた即答にフロルは質問で返した。

 

「君は中央教会を残した方が良いと思うか?」

 

 モニカの思考が高速で回る。

 究極的には二択、「はい」か「いいえ」だ。

 わざわざ、こう質問してきたということは、否定を望んでいる可能性もある。

 モニカはフロルとの会話を全て記憶している。

 教会に否定的に近い意見を言った回数は二回。

 一回目はフロルが異教徒にも施しをした際、教会内部から反発の声があがったこと。

 二回目はタルティーン平原の戦いの後、ディミトリを悪しざまに言った枢機卿に。

 どちらも既に解決している。

 そもそも、中央教会を排除する利点がフロルにはない。

 一番可能性が高いのは帝国出身のモニカがフロルと同じ意見を持てるかの確認。

 答えは当然。

 

「はい!陛下は教会の教えを大切になさっていますし、

 民のためを思えば中央教会を残すべきだと思います!」

 

 わずか一秒にも満たない間に結論を出して強く頷いた。

 しかし、返ってきた反応は思ってもみないものだった。

 フロルが眉間に皺を寄せる。

 

「意見を聞かれたのに俺の顔色を伺わないでくれ」

「あ……」

 

 モニカの顔から血の気が引いた。

 

「君は俺より頭が良いし機転もきく。

 だが、俺の考えを読み解いて同意するだけでは、

 完全に君の良さを殺している」

 

 命の恩で縛っておいて、恥知らずなことを言っている自覚はある。

 しかし、この関係を続けるには避けて通れない問題だ。

 

「別に君が悪いわけじゃない。

 むしろ、俺が悪いって話だが……。

 俺は完璧な人間じゃない。

 だから俺の言うがままに従うのではなく、

 俺を諌められるのが本物の忠臣だと思う」

 

 フロルの言葉を飲み込むために、モニカはごくりと喉を鳴らした。

 

「あたし、従者として未熟でした。

 お優しい陛下にいっそうの忠誠を捧げます」

「いや……俺の方こそ、

 正直、失望されないか不安だったんだ」

 

 なんとか上手くやっていけそうだ。

 フロルはほっと安堵の息を吐きだして、笑みを浮かべた。

 

★〈支援会話:ベルナデッタ〉

 

「ふんふんふふーん……♪」

 

 ベルナデッタがご機嫌な鼻歌を歌いながら、ぬいぐるみを膝の上に置いた。

 大きなクマのぬいぐるみは、フロルが一年ほど前にペトラから贈られたものだ。

 パチンと糸切り鋏で黒い糸を断つ。

 糸を引くと目の代わりに縫い付けられていたボタンが外れて、掌に落ちた。

 

「今度の色はどうします?

 あ、こんなの可愛いですよ!

 ほら、真ん中が硝子になっていて、

 揺らすと瞳が動くんです!」

 

 側の木箱には硝子細工からボタンのものまで、様々なぬいぐるみ用の目が入っている。

 ベルナデッタが宝石箱のような中から一つ抓んで、揺らして見せた。

 フロルは困ったように眉を下げる。

 

「こだわりがあるわけでもないし、

 前のと同じので良いんだけどな」

「えっと、このお店はもう同じ物を作ってなくてですね。

 どうしても色が違ってしまうんです」

「そうなのか?」

「そうなんですよ!」

 

 目をきらきらと輝かせて、がばりと身を寄せる。

 勢いに押されて、フロルが少し身を引いた。

 

「ペトラさんが大切な贈り物だって言うので。

 あたし、一緒に開店前のお店に並んで、

 限定品をなんとか手に入れたんですよ!」

「お前がか!?」

「あたしのことなんだと思ってるんですかあ!?」

 

 食って掛かられて、フロルがいやいやと首を横に振る。

 あのベルナデッタが限定品を求めて列に並ぶとは。

 想像もつかない。

 

「まあ……。

 なら、片方割ってしまって申し訳ない」

「良いんですよ!

 むしろ、ちょっと感動したというか……。

 せっかく贈っても倉庫に押し込まれて、

 使われてないんじゃないかと心配してましたし」

「それこそ、俺をなんだと思ってるんだって感じだけどな」

 

 ふむ、とフロルは天井を見上げて少し悩んだ。

 

「同じように壊すと硝子は危ないから、釦にしてくれ。

 色は黒系で……合いそうなのを選んで欲しい」

「えへへ、じゃあベルの一番好きなのを……」

 

 早速ベルナデッタが選んだボタンを掌に乗せる。

 黒い糸の先を口に含んで湿らせ、針に通した。

 よどみなくぬいぐるみの毛の奥まで針を刺しこんでいく。

 

「ふふっ、それにしても、

 フロルさんてば不器用なんですねえ」

「こればっかりはなあ。

 反復練習すれば出来るようになるから、

 結局慣れなんだが。

 針をボキボキと何本も折るわけにもいかないだろう」

 

 ブレーダッドの紋章の怪力は良い事ばかりではない。

 一から十で行う力加減を、一から百の振れ幅で行うようなものだ。

 感情が揺れるとなおさらコントロールが利かない。

 王になってから、執務室の羽ペンはもう四代目だ。

 

「力持ちって便利だと思ってましたけど、

 案外苦労しているんですね……」

「ベルナデッタだってそうじゃないか?

 引きこもったのは……両親のせいもあるが。

 だけど血の元になったインデッハも、

 言ってしまえば引きこもっているようなものだったし。

 お前の父親だってそうだろ?

 インデッハの紋章持ちは引きこもりやすいんだよ、多分」

 

 紋章が人格に影響するというのは、貴族の間では有名な話だ。

 慣れてくると雰囲気だけで何の紋章を持つか察することもできる。

 

「そうなんですか!?

 じゃ、じゃあ、あたしって一生引きこもり!?」

「なんだ。引きこもりは嫌なのか?」

「あ、え、その……い、嫌じゃないんですけど」

 

 もじもじと言葉尻を濁す。

 ベレスに連れ出されるうちに、外に出るのも嫌ではなくなってきた。

 ただ、それを素直に認めるのは、少し気恥ずかしい。

 そんな内心を見透かしたフロルが、安心させるように柔らかく微笑んだ。

 

「俺の紋章と一緒だよ。

 癖を掴んで慣れていけば、なんとかなる程度の話だ」

「そ、そうですよね。

 じゃあ、一緒に頑張りましょう!」

「頑張るって言ったな?」

 

 住処に隠れていた魚が食いついた。

 フロルがにやりと笑みを浮かべる。

 

「ほへ?」

「じゃあ戦争が終わったら、

 まずはブリギットに行って海水浴をしたり、

 水上都市デアドラに行くのもいいなあ。

 スレンの砂漠も一度は見た方が良いぞ。

 ああ、もちろん王国にも来るよな?

 うちの領地はなにもないところだが、

 最近黄金林檎の栽培に成功して……」

 

 行きたい場所を指折り数えていく。

 矢継ぎ早に繰り出される地名に、ベルナデッタが掌を向けた。

 

「むりむりむりっ!

 そんな、色んなところに行くのは無理ですよお!」

「……そうか、無理か……」

 

 ベルナデッタの拒絶に、フロルが顔を俯かせて肩を震わせた。

 

「俺は屋敷に閉じ込められていたから、

 外の世界をほとんど知らないんだ……。

 同じ閉じこもっていたお前と一緒なら、

 勇気を出してフォドラを見て回れると、

 そう思ったんだけどな……」

 

 しゅんと意気消沈した様子にベルナデッタがたじろぐ。

 フロルがこんなに落ち込むのを見たことがない。

 迷った末に、おずおずと顔を覗き込んだ。

 

「うううっ……、ど、どうしてもと言うなら、

 ベルが付き合ってあげても良いんですよ……?」

 

 言質を取ったフロルが内心ほくそ笑んだ。

 もちろん演技だ。

 本人にやる気がある以上、引きこもりをやめる手伝いをするつもりだった。

 

「ありがとう、ベルナデッタ!

 お前がいてくれて本当に良かったよ。

 一緒に頑張ろうな」

「えへへへ、仕方ないですね。

 ベルがいないと駄目なんですから」

 

 地図を広げて、どこへ行こうかと話す二人。

 新しい目のついたぬいぐるみが、その背中を物言いたげにじっと見つめていた。

 

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