時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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68話

 

 帝国暦1181年、天馬の節

 レア率いるセイロス騎士団が大修道院より出立し、ミルディン大橋を通過して南下。

 同時にフロル率いる王国軍本隊がモズグズよりミアハ海岸に沿って、東進を開始した。

 目指すは「頑固な老将軍」の異名を持つ、メリセウス要塞。

 オグマ山脈の谷間に作られ、帝都アンヴァルへ続く最後の関門。

 難攻不落と謳われる要塞に挑む。

 

 王国軍本隊の先頭。

 鎧の微かな擦れる音を立てながら、騎馬の群れが進む。

 

「奇襲のひとつでも受けると思ってたんですが、案外静かなもんですね」

 

 シルヴァンが初めて訪れた帝国奥深くの景色を、物珍しく眺めた。

 この時期、雪に閉ざされる王国と違い、足元には緑が生い茂っている。

 遠くに見えるのは肥えた鹿の群れだ。

 道中通った村の規模も、王国とは比べ物にならない大きさだった。

 

 フェルディナントがシルヴァンの疑問に答えた。

 

「奇襲を行うには優れた将が必要だ。

 ランドルフ将軍を討った今、

 人材は払底していると見ていい。

 残るはエーデルガルト、カスパル、リンハルト、

 ヘヴリング伯、エッサー子爵……」

 

 数えるのを途中で切り上げて、嘆息する。

 

「あれほどいた帝国の将が、

 両手の指で収まることになるとはな」

 

 二人の会話にフロルが景色を眺めるのをやめた。

 

「ギリング男爵はどうしたんだ?

 たしかキッホルの小紋章を持った猛将だったはずだ」

「君がペトラを庇って負傷した件を覚えているか?

 男爵はエーデルガルトが開戦後、処断した」

「ああー……そういえばそんなこともあったな」

 

 昨年の赤狼の節のことだ。

 男爵が賊と偽って、傭兵に黒鷲の学級を襲わせた。

 偶然、課題協力に呼ばれていたのがフロルだった。

 

 シルヴァンが、からかうような笑みを浮かべる。

 

「へー、あんたそんなことしてたんですか?」

「なにが言いたいんだ?」

「いえいえ、ただあんたが事件に飛び込むのか、

 事件があんたに飛び込んでくるのかと思いましてね。

 少なくとも俺が呼ばれた時は無難な課題ばかりでしたよ」

「確かに。

 君が呼ばれた課題はブリギットの海賊騒ぎと言い、

 一風変わったことになったものばかりだな」

 

 フロルがうめき声を上げた。

 

「もしかして俺ってツキが悪いのか……?」

「君は運が悪いというより、悪運が強いというべきだろう。

 そうでなければ、私かシルヴァンが君を討っていた。

 というのは不遜かね?」

「巻き込むなよ、俺は別に」

 

 シルヴァンの否定に、フェルディナントはふっと笑った。

 

「おや、タルティーンの時そうは見えなかったな。

 士官学校での噂は当てにならないと感心したのだが。

 最後に女性を選んだことも含めて、

 まさに物語の騎士に相応しい男だった」

「ははは……やりにくいなあ」

 

 二人の気安いやり取りを、フロルは少し驚きながら聞いていた。

 近頃、騎兵として二人が組むことが多かったのは確かだ。

 しかし、いつの間にこんなに仲良くなったのやら。

 すんすんと鼻を鳴らして、微かな潮の匂いを肺に入れる。

 

「うーむ、シルヴァンが物語の騎士。

 ……ありかもしれないな」

「ええ!?正気ですか、あんた」

「近頃、吟遊詩人たちに、

 一曲なにか作らせろとせっつかれていてな。

 ディミトリを悪くは書きたくないし……。

 となるとお前を忠義の騎士として書くのも良い」

「殿下はどう書かれようと気にしないと思いますよ。

 むしろ、笑いそうな」

「俺が気にするんだよ、俺が」

 

 生涯消えないディミトリへの負い目がある。

 せめて物語の中では、正義でなくとも悪であって欲しくないのだ。

 

「そうだなぁ。

 ディミトリは嵐の王子だとして……」

「あんた、そういうの好きですよね」

「恰好良い二つ名は浪漫だろう!

 よし!俺がシルヴァンの二つ名を考えてやる」

「いや、あのですねえ……」

「私にはないのか?」

「勿論フェルディナントもだ!」

 

 

 飛翔する天馬の上で、イングリットが三人の様子を眺めていた。

 明るく弾む声が空の上にまで届いてくる。

 ベレスが並んで飛ぶ隊列を崩して、イングリットに近づいた。

 

「どうしたの?」

「あ、いえ、先生。

 なんでもありません」

 

 なおも視線を下に向ける横顔を、ベレスはじっと見つめた。

 やがて静かに尋ねた。

 

「……羨ましい?」

 

 イングリットの唇から小さく息が漏れた。

 

「そう、なのでしょうか」

 

 かつての記憶が疼く。

 三人を見てふと思い出してしまったのだ。

 グレン、ディミトリ、フェリクス、シルヴァン。

 もう二度と交わることのない、暖かな記憶。

 

 彼らとの間に、心の距離があったとは思わない。

 ただ性別の分、歯車の大きさが違った気がする。

 悩む生徒にベレスが優しく微笑んだ。

 

「自分は羨ましい。

 だからちょっかいをかけに行こう」

「せ、先生!?」

 

 ベレスが天馬の腹を蹴った。

 翼を畳み、急降下を始める。

 イングリットは慌ててその後を追いかけるのだった。

 

 

 メリセウス要塞の裏門。

 強く吹き付ける風が黒雲を南から北へと運んでいた。

 遥か彼方に帝都アンヴァルが見える城壁の上。

 アランデル公に扮したタレスがじっと帝都を見つめる。

 

 帝都の上空には、なにかが浮いている。

 要塞からでは豆粒のようにしか見えない、黒いなにかが。

 

「……地下に潜み暮らすこと幾千年。

 我らは、復讐の成就のみを念じて生きてきた。

 その悲願が我らの手によって達成する」

 

 ここに至るまで多くの犠牲があった。

 数千年の時をかけた計画に幾つもの誤算が生じた。

 しかし、それも……。

 

「よ、よろしいですかな、アランデル公」

 

 声をかけられて、思考を中断させた。

 獣め、とタレスは心の内だけで毒づき、体を向ける。

 そこにいたのはエーギル公ルートヴィヒだった。

 でっぷりと肥えた豚のような体形に、薄くなった頭髪。

 瞳はせわしなく動き、怯えが混じっている。

 

 タレスはアランデル公の穏やかな声色を保ちながら、問いかけた。

 

「いかがなされた、エーギル公」

 

 エーギル公が周囲をきょろきょろと見回した後、囁く。

 

「……卑劣な虐殺で負傷して以来、

 陛下のお姿を拝見したのは一度きり。

 も、もしや……」

「心配なさるな。

 すべては陛下のお考えあってのこと。

 もう間もなく、忌々しい教会も王国も破壊し、

 帝国がすべてを支配する世が訪れる」

「しかし、既に将も兵も足りず、

 とてもではないが、

 このメリセウス要塞で塞き止めることなど……」

 

 なおも食い下がるエーギル公に、アランデル公から重圧が放たれた。

 人の皮を被ってなお溢れ出す、悍ましい闇の魔力。

 

「構わぬとも。

 ただ、貴殿らはこの要塞の門を、

 固く閉じているだけで良い。

 それで何もかもが上手くいくのだ」

 

 惰弱な家畜。

 戦も政も才がない、空っぽの夢想家。

 隠れ蓑として利用するのに、都合が良かっただけだ。

 このような獣が紋章を持って生まれたこと自体。

 獣の血がアガルタの民に劣ることを示している。

 だが、そのような事実は何の慰めにもならない。

 

「納得していただけるかな、エーギル公」

「わ、私は……」

 

 エーギル公は歯を食いしばり、俯いた。

 その肩が小刻みに震えている。

 

「私は、どれだけの犠牲を積み重ねようとも、

 かつての帝国の栄華を、取り戻すと誓った……」

 

 この獣に、もはや選択肢などないのだ。

 時間の浪費がタレスを更に苛つかせる。

 

「まさしく。

 貴殿の手でフォドラを統一するのだ」

 

 エーギル公が顔を上げた。

 

「だが、それ以前に、私は父親なのだっ!」

 

 刹那。咄嗟に振り返ったアランデル公の左腕が飛ぶ。

 カスパルの青髪が風に揺れた。

 その手にあるのは、神敵を討つため皇帝に与えられた聖斧『ラブラウンダ』。

 

「オレはアンタのこと嫌いだけどよ!

 フェルディナントの親父だってことは、

 認めてやってもいいぜ!」

 

 アランデル公の変身が解け、タレスが姿を現した。

 光彩のない瞳が激しい憎悪を宿して、睨みつける。

 カスパルの全身全霊の一撃を、容易く闇の障壁で防いだ。

 

「蒙昧な家畜どもが……!」

 

 残された手でメガクエイクΣの魔法陣を展開し──。

 放たれた封魔の矢が、魔法陣を貫いて破壊した。

 

「我輩としては、もう少し確かな合図が欲しかったものだ」

「すみません、ハンネマン先生。

 でもカスパルを制御しようとするくらいなら、

 好きにやらせた方が上手くいきますから」

 

 塔の上からハンネマンとリンハルトが見下ろす。

 

「この……!」

 

 転移を試みたタレスの背後から、剣が貫く。

 脅威としてすら認識していなかった存在が牙を剥いた。

 

「我が名はルートヴィヒ=フォン=エーギル!

 報いを、その身で受けるがよい!」

「き、貴様ァ!」

 

 エーギル公が剣の柄を捻り、渾身の力で逆袈裟に斬り上げる。

 素早く刃を返し、崩れ落ちるタレスの首を刎ねた。

 

 首は城壁の上で二度三度転がり、止まった。

 闇に蠢く者の首魁は、見下していた男の手によってあっけなく死を迎えた。

 

「はぁ……はぁ……、

 久しぶりに剣を振ったが……」

 

 痙攣するエーギル公の手から、からんと剣が滑り落ちた。

 荒い呼吸は、なかなか収まりそうにない。

 カスパルが聖斧を振って血を払い飛ばし、肩に担いだ。

 

「案外悪くなかったぜ。

 その腹さえ引っ込めばマシになんじゃねえの」

「は、はは……レオポルトと同じことを言うのだな……」

 

 エーギル公は自らの手で討った亡骸を見下ろした。

 

 グロンダーズ平原で息子は死んだはずだった。

 あの爆心地を見ては、そう信じるほかない。

 息子の手紙が密かに届けられるまでは。

 

 怒りのままに亡骸を踏みつけようとして、足を戻す。

 貴族として相応しいやり方ではない。

 

 リンハルトとハンネマンが螺旋階段を降りて来た。

 

「面白いな。

 本当に見た目どころか体格まで変身するなんて。

 それで、これからどうするんです?」

 

 リンハルトの問いにエーギル公がひとつため息をついた。

 

「ファーガスの王は降伏すれば、

 エーギル家とヘヴリング家を残すそうだ。

 ならば、それに従うしかあるまい」

「まあ、アランデル公が亡くなった以上、

 どうあがいても、逆転勝利は無理ですからね」

 

 死体を見聞していたリンハルトが血の臭いに顔を青くする。

 興味に嫌悪が勝って、一歩二歩と下がった。

 降伏に決まりそうになった時、カスパルが待ったをかけた。

 

「降伏すんのはいいんだけどよ。

 親父との約束を守らなきゃならねえんだ。

 条件をひとつ入れてくれよ」

「……カスパル、君は相変わらずだね」

 

 呆れたリンハルトにカスパルがにやりと笑みを返した。

 

「おうよ!

 本気のあいつと戦ったことは一度もないだろ?

 ならよ、漢の勝負はまだついてねえだろ!」

 

 三日後、王国と教会の連合軍はメリセウス要塞に到着した。

 

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