時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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7話

 

 白雲の章 大樹の節

 いよいよ黒鷲、青獅子、金鹿。

 三つの学級の代表者が戦う対抗戦が開催されようとしていた。

 すなわち帝国、王国、同盟の代理戦である。

 

「悪い。俺とアッシュは出られなくなった」

 

 そのような重要な対抗戦の四日前。

 フロルは青獅子の生徒たちに両手を合わせて謝った。

 

「ごめんなさい。僕もロナート様に呼ばれてしまって……」

 

 ローベ伯は賊が王国側の谷に侵入したことを知ると、直ちに兵をあげ檄文をだした。

 

「賊は王位継承権を持つフロリアヌス様、

 並びにディミトリ様の命を狙った者達である。

 今こそ王国への忠義を示す時だ」

 

 この檄文には継承権を持つ二人を危険に晒した、中央教会の怠慢だとする声明も含まれていた。

 大将にはフロリアヌスが呼ばれ、周辺貴族達からは次々と参陣の声があがった。

 フロルがお膳立てしたとはいえ、かなり大事になりつつある。

 中央西方どちらの教会の参陣もローベ伯は固辞しているあたり、風見鶏も腹の中を決めたようだ。

 

「それにしても意外です。

 ローベ伯といや日和見主義だと思ってたんですが……」

「失礼よシルヴァン。貴族として当然の動きでしょう」

 

 イングリットの窘めに、シルヴァンがへらへらと笑みを浮かべた。

 

「いやいや、イングリットも直接会ってみればわかると思うぞー」

「なんでフロルが大将じゃないといけないのかしら~」

「私は伯父さんが代わりに参加してくれるみたいだけど」

「大方、点数稼ぎをしようという姑息な考えだろうな」

 

 ローベ伯の人となりを知るシルヴァンとフェリクスが辛辣な感想を述べる。

 各々が好き勝手声をあげる中、ディミトリが話し始めると皆が注目した。

 

「文は過激だが、言っていることは間違っていない。

 挙兵したことも正当性がある。

 フロリアヌスの命が脅かされたことが余程頭に来たのだろう」

 

 そこに自分を含めないことがディミトリらしい。

 

「二人が対抗戦に出られないのは残念だが。

 それでも先生に一節の間鍛えられた俺達は、

 他の学級にも十分に勝てる力をつけてきた。

 今は二人の武運を女神に祈り送り出すべきだろう」

 

 ベレスもディミトリの言葉に無言で頷く。

 フロルは感謝して嘯いた。

 

「相手はしょせん賊だ。

 さっさと倒して帰ってくるよ」

 

 こうしてフロルとアッシュは数名の供を連れ、大修道院を離れるのであった。

 

 

★〈支援会話:アッシュ〉

 

 ガルグ=マク大修道院からローベ領アリアンロッド要塞まで。

 整備はされていても狭い山道しかない。

 利便性の悪さはあえてそうしたもので、要塞へと続く道は大軍が通れないように細くなっている。

 実際にフロルが見た時は、王国中心部へと続く北東部は逆に拡張され多くの商人が行きかっていた。

 未だアリアンロッド要塞が堅牢な城塞としての機能を保持している証拠だ。

 

 フロルとアッシュは馬にまたがり、供を連れて要塞へと向かっていた。

 

「アッシュは本当に来て良かったのか?」

 

 フロルはアッシュを参加させるように指示していなかった。

 ロナート卿の独断だ。

 ロナート=ジルダ=ガスパールは父リュファスに仕えていた老齢の騎士だ。

 現在は、アリアンロッド要塞近くの、ガスパール城で守りを任されている。

 そしてアッシュの育ての親であった。

 

「ロナート様も賊討伐ならば、

 王国内で功績を上げるのには丁度良いと仰ってました」

「ああローベ伯が大事にしたからな。

 他の貴族も名代が多いとはいえ参陣するし、

 活躍を見せれば目に留まるだろう。

 ……騎士になりたいのか?」

 

 フロルの問いに、アッシュは強く頷いた。

 

「はい、フロル様。

 僕もロナート様のような立派な騎士になりたいんです」

 

 アッシュはロナート卿を思い出しながら目を輝かせた。

 

「僕が孤児だったころ……屋敷に、盗みに入ったんですよ。

 けどロナート様は僕を捕まえても、

 なにも聞かずにお金と本をくれたんです。

 弟たちも助けてくれて、読み書きを教えてくれました。

 僕は、あの方みたいになりたいんです」

「良い夢だ」

 

 身分を得た後、自分が孤児だったと言える人間は少ない。

 恥と考え今度は同じ立場だった者達を嫌悪するようになる。

 それが当たり前の人間の性だとフロルは思う。

 しかしアッシュはロナート卿の素晴らしさを伝える為に全て話した。

 

 なかなか出来ることではない。

 フロルは、この敬意に返せるものはなにかないかと思案した。

 

「ロナート卿が父上に仕えていたことは知っているよな」

「はい」

「もしよければだが、ロナート卿と父上のように。

 俺が王になった時騎士になってはくれないか?」

「へ?」

「近いうちに俺とディミトリ、どちらが王になるか決まる」

 

 父を見捨てることはできないし、今更父が止まることはない。

 国を割ることになる。

 首をふる愛馬の鬣を、フロルは心配するなと撫でた。

 

「……はい」

「フェリクスとシルヴァンは俺に仕える気はないだろう。

 そうなると信頼できる騎士がいないわけだ」

 

 冗談めかして言うが事実だ。

 国が割れた際、青獅子の学級に、優れた戦士として頼れる味方がフロルにはいないのだ。

 どのような道筋を辿ることになるかわからないが、今後帝国と、エーデルガルトと戦うならば大きな懸念だった。

 

「俺が死んだら墓石を蹴り飛ばしてくれて良い。

 だけど万が一にも俺が勝ってしまったら、

 どうか俺に忠義を尽くしてくれないか?」

「僕は……」

 

 アッシュの迷いを感じて、フロルは答えを急がないことにした。

 

「おっと今は返事をしなくていいぞ。

 直ぐにどうこうって話でもないしな」

「ありがとうございます」

「迷って当然だ」

「いえ、そのことではなく……。

 フロル様が僕を騎士にしたいと言ったことです。

 僕はそんなこと、初めて言われたので嬉しくなってしまって」

 

 フロルは直球の好意に芽生えた恥ずかしさを、頬を掻いて誤魔化した。

 女性から向けられるそれとは違う。

 純粋な想いが何かしてやりたいと思わせる。

 

「よしっ!この話は置いておこう。

 旅の話はもっと下らないことに限る」

「下らないことですか?」

「そうそう気になっている女の子の話とか。

 ちょっと面倒なところはあるがハピとか嫁にどうだ?」

 

「へ?」アッシュが赤面する。

 

 アッシュのこれは好きかどうかも考えたこともないという顔だ。

 うーむアッシュになら任せられるのだが残念と、親心で悲しむ。

 

「年上好きだったか?マヌエラ先生はやめておけよ。

 ベレス先生は……応援はするが茨の道だぞ」

 

 黒鷲の担任をするマヌエラ。

 一度関係を持ったら墓場まで引きずり込まれそうな怖さがある。

 ベレスは今でもなにを考えているのか不明だ。

 人間味が出るまであと一、二節は待たないと駄目だろう。

 アッシュは慌ててぶんぶんと首を横に振った。

 

「ち、違いますよ。

 急にシルヴァンみたいなことを言わないでください。

 それにそんなこと僕にはまだ早いです」

「アッシュ、それは負け犬の思考だぞ」

 

 にやりと笑って、指を振った。

 

「古い考えと言う者もいるが、

 家庭を守れぬ者に主君を守ることはできない。

 即ち信頼できる騎士は良い家庭を持っているものだ」

「そうなんですか!?」

「ああ、ロナート卿も愛妻と仲睦まじい」

「たしかに……」

 

 口元に手を当てて思い悩むアッシュに、フロルは含み笑いを隠した。

 道中、とりとめないない話を続けて、無事にアリアンロッド要塞へと到着した。

 

 

 ローベ伯の軍は、賊討伐というには多すぎるほどであった。

 賊を逃さないためという名目で軍は二つに別れて進軍する。

 フロルはアッシュと、ロナート卿と共に第一軍の先頭を進んでいた。

 

 ロナート卿がフロルに笑顔を見せた。

 

「フロル様の下でアッシュはよく学ばせて頂いているようですな」

「俺はなにもしてない。

 もし、立派に見えるのならロナート卿の教育のお陰だ」

 

 少し離れた場所で慣れない鎧を着こむアッシュを、卿の配下達が手伝っていた。

 実際フロルが特別なにかしたわけではない。

 よく訓練を共にするくらいなもので、成長が見えるならベレスの成果だろう。

 

「いやいや。わしは大したことはしてやれませんでした」

 

 ロナート卿の否定に、フロルは呆れた笑みを浮かべて指摘した。

 

「あの鎧。

 アリアンロッドで作られたもののようだが、かなりの上物だ」

 

 金属鎧は一財産になるくらいには高級品だ。

 それもアリアンロッド産となると性能の分、価値が膨れ上がる。

 アッシュが着ている鎧は、小さな家一軒くらい建てられる。

 

 ロナート卿も小さく頷いた。

 

「刻印は削りましたが我が子に渡すはずだった鎧です。

 倅もアッシュに渡ったとしれば喜ぶでしょう。

 これくらいしか、してやれることはないのです」

 

 卿の息子クリストフは表向き、ダスカーの悲劇に関与した罪で教会に処刑された。

 だがその真相は大司教レアの暗殺計画に関与した罪であった。

 闇に蠢くものに唆されたのか、教会の闇を知ったのか、今となってはわからない。

 救わないことを選んだ一人だとフロルは思っている。

 

「素直な男だった。

 もし生きていれば俺の騎士となっていただろう」

「勿体ないお言葉です」

 

 言葉の穏やかさとは裏腹に、ロナート卿の瞳の奥に復讐の炎が燃えている。

 フロルは闇に蠢く者について伝え、協力を仰いだ。

 多くのことで力になってくれた、父を除けば最も頼れる大人だ。

 ただ、その相談が老騎士を変えてしまった。

 

「……決意は変わらないようだな」

 

 無駄だとわかっていながら覚悟を問うた。

 

「わしが拾い上げたのはアッシュとその弟たちだけです。

 女神の威光は陰り、国は荒れ、今やどこの町にも親なき子がいます。

 亡き我が子はそれを嘆いておりました。

 その原因がいると知ってどうして立ち止まれましょうか」

「多くの犠牲が出るぞ」

「主が見ておられます。

 罪は必ずわしに報いとなって訪れるでしょう。

 覚悟の上です」

 

 フロルは、「そうか」とだけ呟いた。

 ならきっとフロルにも、その報いが来るのだろう。

 

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