時のよすがに導かれて   作:そういう日もある

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71話

★〈支援会話:ツィリル〉

 

 山崩れの策の最大の問題は、物流を圧迫することだ。

 同盟側からの道が封鎖されたことで一気に王国側に負荷がかかった。

 大渋滞を起こす馬車の群れは頭の痛い問題だ。

 荷を下ろすための喧騒と怒声が今も絶えない。

 人種も言語も違うため敗残兵の山狩りが上手くいっているのは救いか。

 フロルが唸っていると、執務室の扉がゆっくりと開いた。

 

「無事で良かったよ、ツィリル」

 

 笑顔を向けるフロルに、対するツィリルの顔は険しい。

 むすっとした表情で、幼さの残る顔に怒りを隠そうともしない。

 

「……アナタは、怖い人だね」

「おっと心外だな。

 俺は世間ではフォドラいち信仰が厚く、

 慈愛に満ちた人間ってことになってるんだが」

 

 フロルの軽口にも、ツィリルは表情を変えないままだ。

 

「アナタはパルミラが首飾りを抜けるのを知っていたのに、

 ボクとシャミアさんだけを逃がすつもりだったんだ」

 

 フロルがシャミアに届けるよう言った手紙。

 それに従ったことで、二人は無事に脱出できたのだ。

 

「……別に知ってたわけじゃない。

 ただ、可能性としてあっただけだ。

 それに、驚いたよ。

 まさか王国軍に一人も犠牲者が出なかったなんてな」

 

 ツィリルが拳を固く握り、肩を小刻みに震わせた。

 

「……ホルストさんが逃がすために頑張ったから」

 

 その声色には、無力への悔しさが滲んでいた。

 それを認めて、フロルが柔らかな笑みを浮かべる。

 

「まあ、お前が怒るのもわかる。

 自分たちを逃がすために命を賭けた男が、

 本当は助かったかもしれない命だってことにな」

 

 指先で執務机の端を軽く二回叩いた。

 

「結論から言うと無理だ。

 策を練ったのも実行したのもクロードだ。

 そもそも、俺はあいつが実際なにをして、

 大修道院に辿り着いたのかは知らないんだよ」

 

 フロルは策に関与していない。

 クロード曰く「魔獣も眠る薬を盛ったんだがな」らしい。

 

「でも、レアさまはアナタが凄い人だって言っていた。

 女神さまの加護を受けている人だって」

 

 期待の裏返しにフロルはなんとも言えず頬をかく。

 

 知力ではリシテアに負け、政治ではセテスに負ける。

 当然、武力は言うまでもない。

 とはいえ、そんな正論はツィリルには通じない。

 

「女神も人も救えるのは腕で抱えられる大きさまでだ。

 絵画の女神は皆大きく描かれているだろ?

 その分だけ、人より多く救える。

 だから俺に期待しないでくれ。

 そんなに凄いやつなら、そもそも戦争になってない」

 

 フロルに力があれば。

 ディミトリと玉座を巡って争うこともなく。

 エーデルガルトを闇から救い出し。

 クロードと手を取り合う未来があっただろう。

 現実は違う。

 

 投げやりな諦観に、ツィリルの目尻が下がった。

 深呼吸と共に握っていた拳の力を緩める。

 

「……じゃあ、

 レアさまの腕は凄く大きくて広いのかな」

「そうだな。

 レアの本当の腕の長さを見たらびっくりするぞ。

 いつかお前にも見せてくれるかもな」

 

 ツィリルがきょとんと首を傾げた。

 

「……?別にいつも見ているけど」

 

 フロルはただ、くつくつと喉の奥で笑って返す。

 

「ま、俺を恨むのは好きにすると良い。

 罪滅ぼしってわけじゃないが、

 今アビスに残っている人みたいな……。

 教会の治世に馴染めない人々が、

 虐げられないようにしたい。

 それにお前が協力してくれたら嬉しい」

 

 少数民族はダスカー人だけではないのだ。

 ハピの実家のようにフォドラには様々な民族がいる。

 まずは足元から固めていくべきだ。

 

「なんで?」

「レアの側にいるのも良いが、

 彼女がなにを見て、なにを思うのか。

 それが一番わかる方法だと俺は思うからだ。

 側にいるだけじゃ、見えてこないものもあるんだよ」

 

 ふとツィリルは思い出した。

 

「……セテスさんと同じことを言うんだね」

「大人は皆同じことを言うものだ」

 

 フロルは椅子の背もたれに体を預け、指を組んだ。

 すっかり晴れ渡った青空が窓の外に広がっていた。

 

★〈支援会話:ローレンツ〉

 

 パルミラの危機が一時的に去ったことで、首飾りは戦時体制を解いた。

 これにより臣従した同盟貴族は早速、対帝国のため将兵を供出し始めた。

 同盟貴族は、王国が食い尽くす前に、帝国の利権に食い込もうと鼻息を荒くしていた。

 

 大修道院の一室で、ローレンツが悩ましげに眉を寄せる。

 

「まさか、この僕が君に臣下の礼をとることになるとはね」

「嫌か?」

「思う所がないと言えば嘘になる。

 三百年もの歴史を誇るレスター諸侯同盟が、

 ついにその幕を閉じた。

 かつてと違い、征服ではなく、自ら膝を折る形でだ。

 王国の支配より独立し、独自の道を歩んだ、

 レスター諸侯同盟の矜持を捨てるとは……。

 だが、クロードの真意を見抜けず、

 パルミラを抑え込めなかった我々同盟の責任だ。

 貴族として、力不足を悔やんでも、君を恨むことはない」

 

 それはフォドラの貴族らしい誇り高きあり方だった。

 帝国の腐敗した貴族とは違う。

 民の守護者だからこそ、貴族は貴族足り得るのだ。

 

「では、臣下として一つ聞かせてもらおうか。

 君が今後のフォドラをどう導いていくのかを」

 

 焼き菓子に伸ばした手がぴたりと止まった。

 

「やっぱり気になるか?」

「当然だとも。

 知らなければ反対することも出来ない」

 

 臣従したとは思えない尊大な物言いにフロルは笑った。

 

「はははっ、反対するって言えるのがお前らしいよ。

 それじゃあ、話そうか。

 俺が今後のフォドラの行く先をどうしていくかを」

 

 長い話をするために深く腰かける。

 

「これは前提なんだが、俺の寿命は人より長い」

「……ふむ」

「案外驚かないんだな?」

 

 「なに!?」や「バカな!?」という反応を期待していたフロルは拍子抜けした。

 当然だとばかりにローレンツが頷く。

 

「考えればわかることだ。

 帝国暦を見ればネメシスが百三十年以上、生きていることになる。

 予言者セイロスは更に長い。

 女神に加護を与えられた者は長寿になるというのは当然ではないかね」

 

 真っ当な指摘にフロルはぐうの音も出ない。

 

「ああー、そうだよなー……」

「リシテア君から聞いた。

 二つの紋章を人為的に宿すには寿命を大きく削り、白髪になると。

 レア様の態度を見れば君がそういう存在ではないとすぐにわかる。

 より、自然な女神に近しい存在なのだろう」

 

 情報が極わずかでも、理詰めでローレンツはフロルの正体に迫っていた。

 これが知識階級の上澄みなのだ。

 フェルディナントもそうだが、政治において、平民が勝てる道理はない。

 出足を潰されたフロルはもごもごと口を動かす。

 

「まあ、うん……そういうわけで、

 俺は紋章社会が自然消滅するまでは見守りたい」

 

 紋章社会は紋章の世代劣化によって、自然と壊れていくものだ。

 同時に軍事的な依存を減らしていけば加速できる。

 紋章は力の象徴としての価値を失い、権威証明に成り下がる。

 フロルの見立てでは百年以内に、犠牲の大幅な減少を目指せる。

 

「引退時期も予め決めておくつもりだ。

 ただ、一人の人間が長期的に支配していると、

 間違いなく反発が起こる。

 だから、王国と同盟の中間を目指す。

 流石最新の国家だけあって洗練されているからな」

 

 ローレンツが自慢げに胸を張り、前髪を指で流した。

 

「フッ、君も同盟の良さに気付くか。

 権力が集中していないからこそ、

 緩やかな連帯の中で競争を生み出し、

 貴族の腐敗を抑制するのだ」

 

「問題は今回みたいな挙国一致の戦争では、

 足を引っ張るだけってことだな」

 

 冷や水を浴びせられたローレンツが唸りながらも認める。

 

「……こうなるとわかっていれば、

 父も帝国と取引しなかっただろう」

 

 グロスタール家は帝国の侵攻を知っていて協力した。

 当然教会からの心象は最悪だ。

 

「とりなしはするが、庇うのは無理だ。

 責任のとり方は考えておいた方が良い」

 

 フロルの言葉にローレンツは神妙に頷いた。

 

「わかっている。

 時勢を見抜けなかった我が家の不徳の致すところだ。

 だが、この状況を予想しろという方が困難だ」

「エドマンド辺境伯は最初から王国の味方についていたぞ」

「それは逆だ。

 辺境伯は王国の勝利を予見していたからこそ、

 他家にその内心を明かさなかった。

 パイを切り分ける時は卓に座る人数は少ない方が良い。

 事実、辺境伯の取り分は戦後多くなる」

「……そういう考え方もできるか」

 

 この前挨拶に来たときは、好々爺という印象だった。

 あえてそう見せているのはわかっても。

 その様な態度を取ること自体、好感が持てる。

 マリアンヌの養父なので偏見が混じっている自覚はある。

 

「同盟の競争原理は根深い。

 特に古い価値観を持つ貴族はその傾向が強い」

 

 話が逸れたなと、ローレンツが先を促した。

 頷いたフロルが一度紅茶で喉の渇きを潤す。

 

「完璧な政治体制も犠牲のない社会も存在しない。

 必ず歪みが出る以上、不満は蓄積し、爆発する。

 それに備えた国家を作るのが第一だ。

 ……それで、頼みがあるんだが良いか?」

「言ってみたまえ」

「俺を止めてくれ」

「なに?」

 

 フロルが焼き菓子を摘まんで、頬張った。

 イチゴジャムの味わいが、冬の終わりを感じさせる。

 呑み込んだ後、ローレンツの顔をじっと見つめた。

 

「正確に言えば、民衆の声に押されて、

 パルミラに侵攻せざるを得ない俺をだ」

 

 フロルは自身を民の守護者たる王として規定している。

 即ち、民の声を強引に封じ込める独裁者にはなれない。

 

「今のフォドラには熱がある。

 農村への大規模な徴兵が行われ、

 食料から武具に至るまで、

 経済が戦争によって大きく動いた。

 民衆は酒場で戦場について熱く語り、

 吟遊詩人たちが新たな英雄譚を歌う。

 その消えなかった熱が、

 燻り続けた侵略者への憎悪に火を付ける」

 

 わずか一年で終戦する弊害だ。

 統一した今こそ、真の脅威を排除すべき。

 そうした理論がフォドラ全体で噴き上がる。

 

「ブリギットとの同盟は間に合った。

 スレンを滅ぼしても収まりきらない可能性がある。

 抑制はしてみるが、上手くいくかはわからない。

 やり方を間違えると、不満が蓄積して俺の首が飛ぶ。

 そんなわけで俺を止めてくれ」

 

 暴発するくらいなら、制御すべきだ。

 限界が近づいたらフロルはパルミラに侵攻する。

 もちろん、抑制出来る可能性も十分にある。

 ぎりぎりを見極めるため、檻は多くあった方が良い。

 

「……僕はパルミラの侵攻を防ぎ続けた、

 グロスタール家の当主なのだがね」

「だからこそだ」

 

 ローレンツは額に手をやって悩んだ。

 

「すぐに答えを出すのは難しい。考えておこう」

 

 正直な答えにフロルは笑みを浮かべた。

 

「それで構わない。

 結局はクロード次第ってところもあるしな。

 ま、俺はパルミラとの壁を分厚くするつもりだから、

 あいつと手を組むのは無理なんだが」

 

 パルミラとの関係はクロードの死後数世代が勝負になる。

 フォドラの技術・資源が流出し、パルミラが強大化することは避けたい。

 代わりに海で隔てられたブリギットやダグザとの関係を深め、閉塞を打破する。

 

「まずは、大規模な常備軍を作ることと、

 貴族と平民の軋轢を減らすことから。

 貿易の公認を拡げる代わり密貿易を取り締まりたい。

 一番の問題は俺の後継者だが、

 世襲と円卓会議の投票を織り交ぜた形が、

 長期的に持続しやすい。

 といっても、三世代より後の話にはなる」

 

 そこまで話してフロルが悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「忘れてはならないのが俺の休暇だ。

 十年に一年くらい、俺は政務から離れる。

 あんまり依存されても反発されても困るしな」

 

 ローレンツに言うべきことではないが。

 人間性を保つための手段でもある。

 長命故の病からは、フロルも逃れられない。

 

「君らしいと言えば君らしいが……。

 随分と王らしくない発想だな」

「よく言われる。

 でも、こんな王様だっていて良いだろ?」

 

 王、円卓会議、教会による三すくみを形成。

 緩やかな連帯と、法と秩序によって縛り付ける。

 長期的には首都もフォドラ中心部へ遷都する。

 フロルが目指すのは理想の国家ではない。

 人々が妥協し続けなければならない国家だ。

 

 長く話は続いた。

 夕暮れの赤い日差しが窓から差し込み始める。

 全ての構想を聞き終えた後、ローレンツは鼻を鳴らした。

 

「フン……君はクロードとは正反対の人間だな」

 

 ローレンツは奇妙な感覚に陥った。

 否定も肯定もできない。

 掘り起こせば問題は幾つも出てくるだろう。

 しかし、それらを呑み込んで維持する。

 重く分厚い下地を作ろうとしている。

 自らの死さえ想定するのは、病的と言っていい。

 

 最後の一つになった焼き菓子をフロルが口に放り込む。

 

「士官学校の時からやるべき事は変わってないんだ。

 こうして息抜きしつつ、俺は俺のやり方で、

 少しだけ、良い未来を目指すことにするよ」

 

 その声色には、どこか寂しさが含まれていた。

 ローレンツが自分の焼き菓子の皿に触れた。

 

「……僕の分も食べるかね?」

「ん?ああ、ありがとう。

 実はこれメルセデスが作ったものでな……」

 

 幼馴染にすっかり胃袋を掴まれているのだ。

 嬉しそうに手を伸ばすフロルを、ローレンツはなんとも言えない表情で見つめた。

 

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