普通になりたい者の歩み方   作:ムンナ

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第一話

 恋愛というものは全く碌なものではない。

 冬夜(とうや)はそう常々思っている。

 

 今絶賛、目の前で繰り広げられている会話の嵐に辟易し、冬夜はため息を吐きながら思案に耽っていた。

 つまるところ、誰が可愛いのか、誰が好きなのかという話だ。

 冬夜が通う中学も新学期を迎え、クラス替えという出会いの季節。

 少し同年代の人間が二、三人集まれば「ねえ、このクラスの誰が好きなの?」と話題に挙げる場面はどこにでも転がっている、ごく当たり前の光景であり、ある種の伝統的な文化と言えるだろう。

 

 

「俺はそうだな、渡辺ちょっと良いかなって思ってるんだ。俺みたいな奴にも気さくに話しかけてくれるし、何より可愛い」

 

「分かる、分かるぞ」

 

「でもなぁ、競争率高いんだよな・・・・・・」

 

「おいおい、夢のないこと言うなよな」

 

 

 放課後の他に誰も居ない教室でこんな風に駄弁る。

 普通の交流。

 普通の会話。

 どこまでも普通で、当たり障りのない平凡な日常。

 人間はこの普通の日常を謳歌すべく、普通を纏って世界に溶け込む生き物である。

 

 ーーいや、それだけとも言い難い。

 

 人間は溶け込むだけではない、普通じゃない者を排斥して普通を維持しようとするものだ。

 普通の会話、普通の感情、普通の表現、普通の関係。

 それらは普通じゃないものと比較して、普通を成り立たせている。

 「ああ、あれは普通じゃないものだ。自分達こそが普通なのだ」そう決め付けて、普通を作り出す。

 異常があるからこその普通なのだ。

 

 

「なあ、冬夜は好きな人とか居ないわけ?」

 

「あーそれは気になった。お前、入学してから色恋沙汰とか全然聞かないからな。いっつも渡辺さんか姉ちゃんと一緒に居るし」

 

「どうなんだよ、この際だ吐いとけって。後、渡辺さんの連絡先教えてくれよ」

 

「あー・・・・・・」

 

 故に冬夜は常々思う。

 恋愛とは本当に碌でもないものだ。

 

 

 ーーこの感情は、分かっていてもどうしようもない代物だから。

 

 

「そうだな……千歌姉みたいな女の子かな?」

 

「いや、誤魔化すなよ!」

 

「上手いなー、姉がいるやつの逃げ方は」

 

「まあ、確かにお前の姉ちゃん可愛いけどさー。ありえねえだろ、普通」

 

「今はあんまり気にしてる余裕がないかな。忙しいしーーっと時間だ、そろそろ行くよ」

 

「おー姉ちゃんの迎えか、お前も律儀だねー」

 

「親がうるさいんだ、一人で帰らすなって」

 

「またなー」

 

 

 他愛もない話を上手く受け流し教室を出る。

 下駄箱で靴を履き替え、目的の場所ーー水泳部へと足を運ぶ。

 

 その道すがら冬夜は一人物思いにふけっていた。

 つまり先程の会話の続きである。

 恋愛は感情を抑えることができない。

 それが困難でも叶えられる道ならどれ程良かっただろうと思う。

 それが全く手の届かない、遠い、遠い場所にある恋ならどれ程良かっただろう。

 本気でそう思ってしまう。

 

 諦め切るには近くにあり過ぎて、それでも掴む事を許されないこの感情にどう折り合いを付けたら良いのだろうか。

 

 近くにいるのに、触れられない。

 遠くに行きたくても、この感情が離れることを許さない。

 このただそこにあるだけで何かが壊れてしまいそうな、この感情。

 それはいつかきっとーー

 

 

「冬くーん! こっちこっち!」

 

 

 そう大きく手を振る少女が水泳部の部室前に立っていた。

 橙色の綺麗な髪を編み込んだ笑顔がとっても似合う少女。

 高海千歌(たかみちか)がそこにいた。

 

 

「そんなに大きな声出さなくても分かってるよ、()()()。しかし、今日はやけにテンション高いね」

 

「えへへ。冬くん、今日は飛び込みいつもより上手くいったって先生が褒めてくれたんだ! お姉ちゃん凄いでしょ!」

 

「へえ! それはめでたいね」

 

「んふー! そんな凄いお姉ちゃんは冬くんからのご褒美が必要です! 帰りにコンビニでアイスを所望します!」

 

「母さんには内緒ね、承知してますよお姉様」

 

「流石冬くん!」

 

 

 ーー普通でありたい。

 

 ーー大好きな人と結ばれたい。

 

 

 心の中でせめぎ合うこの大きな矛盾が心を縛り、より一層苦しめる。

 

 

「本当に、恋愛は碌でもないな」

 

 

 誰にも伝わらない、心の叫びを小さく吐き捨てる。

 それが冬夜にとっての恋愛というものへの態度であり、何があっても守らなければいけない最重要事項だから。

 この碌でもない、大切なこの気持ちを絶対に墓場まで持って行く。

 誰にも知られず、誰にも悟られることなく。

 

 できることは、全てやってきたつもりだ。

 普通を装い溶け込むことも、こうして平気で出来る様になった。

 その度に何かが少しずつ欠けていく、そんな心の音をただ無視して。

 それが中学二年の“高海冬夜(たかみとうや)”が出せる、精一杯の結論だった。

 

 

 ーー千歌姉、愛してる

 

 

 恐らく一生言葉に出来ない。

 いや、決して言葉にしてはいけないこの想い。

 

 

「えへへ、冬くんだーいすき!」

 

「アイスで買えるなんて安上がりだなぁ……」

 

「お姉ちゃんはそんなに安上がりじゃありませーん!」

 

 

 それを貫き続けたのは普通じゃないこの感情で、この一番大切な人を不幸にしたくない、ただその一心だけだった。

 

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