ポケモンの大冒険 作:アノレセウス
指摘を受けて一人称を敬語から常体に変更しました。
目が覚めると地面が冷たく感じた。
緑色の前髪が目を覆っているため視界は不明瞭だが、湿った土の匂いが嗅覚をくすぐり、木々のざわめきが耳に届く。
おそらく今いる場所は森の中なのだろう。しかし野宿をした覚えはない。
確か私はトラックに追突されて亡くなったはずだ。
そう思い身体を確認してみたが、どう見ても人間のものでは無かった。
一体どういうことなのだろうか?
とりあえず今は情報が必要だな。
幸い近くには小さな泉がある。これを使って自分の姿を確認しようか。
私は泉の縁に近づき、前髪をかき分けるようにして水面を覗き込む。
しかし、そこに見慣れた自分の顔はありませんでした。
その代わりに映っていたのは、白い幼児のような小さな身体に、おかっぱの髪を思わせる緑色の頭部、そして前後に伸びた板状の赤いツノを持つ、人外であった。
その姿を、私は知っていた。
前世で何度も見たことがある。
ゲームで、アニメで、イラストで。
──ラルトス。
一瞬、理解が追い付かず、脳が映像を拒否して、これは夢だと考えた。
しかし身体を少し動かすと、泉の水面に映る存在も同じ動きをする。
「ラルゥ!」
言葉を話そうとしても、出てきたのは変な鳴き声だけだった。
どうやらラルトスに転生してしたことを受け入れるしかないようだ。
それにしても今いる世界はどこなのだろうか?
人間からポケモンになるなんて、不思議のダンジョンのような展開だが。
「ピキー!」
その声と同時に近くの草むらが大きく揺れる。
次の瞬間、何者かがが勢いよく飛び出してきた。
丸みを帯びた青色の身体。
弾力のありそうな質感。
どこか間の抜けた表情。
あれはスライムだ。
なぜポケモンとドラクエのモンスターが同じ世界にいるのだろうか?
世界観が派手に混線している。
そんなことを思っていると、頭に嫌な感覚が入り込んできた。
まるで濁った油のような殺意だ。
そして、それは目の前にいるスライムから発されている。
ポケモン図鑑によると、ラルトスは頭部のツノで相手の気持ちを感じ取れたはず。
その記述が正しいのなら、私は殺されそうになっているな。つまり派手にヤバい。
「ぷるぷる!」
それを理解した瞬間、スライムが襲い掛かってきた。
私は咄嗟に身を引くが、動きは鈍く、完全には避けきれない。
次の瞬間、弾力のある衝撃が全身を打った。
身体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられる。
肺から空気が押し出され、息が詰まった。
「ラルゥッ……!」
熱と痛みが遅れて襲ってくる。
柔らかいはずの地面が今は石のように硬く感じられた。
「ピキー!」
スライムは止まらない。
再びこちらへ迫ってくる。
逃げなければ。そう思っても四肢が思うように動かない。
それでも私は必死に身体を起こした。
震える足で立ち上がり、よろめきながら距離を取る。
考えろ。考えろ。
事態を打開する一手を。
このままじゃ殺される。
……そうだ!
今の私はポケモンなのですから何かしらの技が使えるはず。
ラルトスはエスパー・フェアリータイプ。
それなら『ねんりき』が使えるかもしれない。
ツノの奥に意識を集中させた。
恐怖も、痛みも、全部押し込めて、ただ一つのイメージを描く。
──押し潰せ。
すると空気が、軋んだ。
目に見えない圧力が一気に放たれ、スライムの身体を捉える。
ぷるぷるの表面が歪み、悲鳴のような音を立てて弾けた。
「ぴぎゃっ!?」
もちろん、一度では終わらせない。
歯を食いしばり更にに力を込める。
頭が割れそうだった。
視界が白く滲み意識が遠のきかける。
それでも止めるわけにはいかない。
スライムの身体が大きくひしゃげ形を保てなくなる。
最後に小さく震えたかと思うと音も無く崩れ落ちた。
しばらく、その場から目を離せなかった。
ツノの奥に感じていた、あの濁った殺意が完全に消えている。
終わった。
そのことを理解した瞬間、全身から力が抜けた。
私は地面にへたり込む。
身体は痛みだらけで頭も酷く重い。
けれど生きている。
ラルトスの身体で、初めて戦い、初めて勝ったのだ。
「……ラルッ!」
思わず、声が漏れた。
それは小さな鳴き声ではない。
魂の底から絞り出すような、精一杯の叫びだ。
達成感が確かに胸の内に灯る。
この世界は甘くない。
しかし生き延びる術はある。
私はそう確信した。
「ガルルル……!」
すると獣の唸り声が背後から響いた。
ぞくりと全身が粟立つ。
同時に頭部のツノが強く疼いた。
急いで振り返ると、二足で立つ毛むくじゃらの獣人が立っていた。
……こいつはリカントか。
二連続でドラクエのモンスターが出てくるということは、どうやら今いる世界ではポケモンが例外らしい
おそらく私の鳴き声に気づき、獲物を見つけたのだろう。
リカントは肩を揺らし、ゆっくりと距離を詰めてくる。
先ほどまで最弱のスライムと良い勝負をしていた私では、絶対に勝てない相手だ。
つまり逃げる以外の選択肢はない。だが逃げ切れるかは分からない。
私はすべてを諦め、目を瞑った。
どうせ一度、死んだ身だ。未練などない。
嘘だ。めちゃくちゃ未練がある。
死にたくない。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「だあああっ!」
そう思っていると、リカントとは別の声が鼓膜を貫いた。
私は何かが起きていると感じ、目を開ける。
視界に飛び込んできたのは人間の姿だった。
それも一人ではない。二人だ。
前に立つのは小柄な少年。
その隣で杖を構える、バンダナを巻いた少年。
もしかすると、彼らは……!
「人間が襲われてるかと思ったらモンスター同士の戦いだったな」
「とりあえずリカントを倒そう!」
どうやら彼らは、私を人間だと思って助けに入ったらしい。
「グワアァーッ!」
怒りの咆哮を上げたリカントが飛びかかる。
爪を振り上げ、一直線に突進してきた。
「下がれ、ダイ!」
バンダナを巻いた少年が一歩前に出る。
そして杖を突き出し、迷いのない声で呪文を叫んだ。
「メラゾーマ!」
灼熱の奔流が空気を引き裂いて放たれた。
赤黒い炎が一瞬で膨れ上がり、リカントの身体を包み込む。
「グ、グワァァァ……!」
断末魔の叫びと共に、獣人の影が炎の中で崩れ落ちた。
森に残ったのは、タンパク質の焦げた匂いと、小さく弾ける火花の音だけだ。
「こいつに敵意は無さそうだな」
「そうだね」
その声、その容姿。
記憶の奥にある映像と完全に重なった。
間違いない。
彼らは、小さな勇者ダイと大魔道士ポップだ。
つまり私は、「ダイの大冒険」の世界に転生したのだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
高評価、お気に入り登録、感想を付けて下さると嬉しいです。