「第三ラウンドの勝者は柊様です。三ポイントを獲得しました。それでは残った一枚の方向カードを交換してください」
その言葉通りに俺は"右"のカードを差し出して、"右"のカードを受けとる。さっきも思ったが、この時間必要か?
「どうやら、貴方の四枚目は"チョキ"だったみたいですね」
「……そう言う歌八ハちゃんには四枚目なんて概念はなかった訳だ。俺のアドバイス聞いてた?」
「聞いてましたよ?だから、この手を選んだんですから」
「手を読まれやすくなるリスクはどうしたのかな?」
「別に手を読まれても構わないのなら、リスクになんてなりませんよ」
その言葉を聞いて、俺はようやく目の前の
最初は特に印象は抱いていなかった、なんてことのない単なる新入生の一人。髪型はウルフカットなのに前髪は両目が隠れる程に長いのは珍しいな、と思ったぐらいだ。チュートリアルだかなんだかの自分でも適当過ぎたと思う一言に、のこのこ着いてきたので都合の良すぎる鴨だとは思ったかもしれない。
だが、それが、なかなかどうして。
「……私の顔に何かついていますか?」
「いや?ついていたとしても、俺には分からないかな」
「成る程、つまり見とれていたということですね」
「いやごめん。それは本当に違う」
「誤魔化さなくても構いませんよ、仕方のないことですから」と宣う歌八ハちゃんをスルーして俺は考える。
彼女が最初に選んだ手札の内訳は"グー"が三枚、"パー"が一枚。そして"右"が四枚。ハッキリ言って、これは異常だ。手札のカードは四枚しかない以上、何かの手を三枚作れば、何か一つの手が手札に加えられないのは丸分かりだ。そして、三連続あいこは親の勝ちというルール。つまり、三つ同じ手を入れるということは
それは手を読まれやすくなるよりも明らかなリスクだ。なのに、歌八ハちゃんはその手を選んだ。自ら先行を選んでおいて、方向カードを全て"右"にしておいて、その上で毎ラウンドどこかで必ず負けることを許容した。許容できたのだ。
歌八ハちゃんの目的は損切りだろう。どこかで必ず負ける手札を作ることで、もし勝負が決まらず次のラウンドにポイントが持ち越されるリスクを回避した。そうすれば
それに、彼女が賭けたポイントは全て最小値だ。それは損切りの名目もあるのだろうけど、彼女の手札が必ず一度は勝てる手札にするための目的もあるのだろう。少ないポイントであれば手札が全てバレるリスクに対してリターンが少ないからと四枚目は伏せておく、相手の思考をそんな考えへと持っていける。実際、その考え方は何も間違ってはいない。先程が第三ラウンドでなければ俺だって"チョキ"は出さなかっただろう。
俺にアドバイスを聞いたのも、自身の手札が全て必ず負ける手札になるリスクを回避する為のもの。俺の手が全ての手を入れた安定志向だと分かれば、"グー"一色もそれなりに利のある手札になる。
歌八ハちゃん──いや、柊歌八ハ。彼女はきっと、
「それでは最終ラウンド、親は比台様です。賭けるポイントはどうしますか?」
「……二十ポイント、そして
「二十ポイント、そして
「随分と早い
「まあね。今までが地味すぎたんだ。
「そんな事をする方もいるんですね。折角の
「もう突っ込まないからね」
「えっ?」
「それでは
歌八ハちゃんが頭を悩ませている(もしくは俺の突っ込み放棄宣言に驚いている)中、俺は迷うことなく二枚のカードを提出した。それは"パー"と"右"のカード。絶対に勝てる、現在最強の手札だ。
そこから数分遅れで、歌八ハちゃんもカードを伏せて
「早速、"パー"を使いましたね」
「必ず勝てる手だからね。早めに勝負が決まるならその方が良い」
「ですが、私に逃げられてしまった。どうしますか?貴方の残りの手札は"グー"と"チョキ"。どちらを出しても負けるリスクはありますよ?」
「そう思ってる時点で俺の勝ちだよ」
そう言い放って、俺は堂々と
「……それ、最初に配られたカードではないですよね?」
「うん、そうだね。それがどうしたのかな?」
「どうしたって……それって普通にイカサマだと思いますけど」
「イカサマ?いやいや、歌八ハちゃん。思い出しなよ。禁止事項は伏せられたカードの確認。伏せたカードのすり替え。相手の手札の確認の三つだろう?最初に決めたカード以外の使用は禁止されてはいない」
「……常識に背く行動や発言も禁止事項だった筈です」
「このゲームを取り締まっている生徒会役員が止めていない事が答えじゃないかな?」
そう、それこそがこの
どちらかが
歌八ハちゃんがどれだけ賢くても、どれだけゲームに慣れていても関係はない。必ず勝てる手を好きなタイミングで出せるこちらに勝てる筈もない。ゲームが始まる前に、突っ込んでおけば禁止事項に捩じ込めたのだろうけど、ルールの把握に力を入れないといけない場面で、ルールの穴に気づける高校生がどれだけ居るのか。
とはいえ、相手の手札を読める方法ではないから相手が出す手札を確定させなければ勝てる勝負にも勝てない。だからこそ、俺は四枚目のチョキを第三ラウンドで切り、第四ラウンドで最後までチョキを残すつもりでいた。歌八ハちゃんが三枚グーという凄い手札だった為に、必要のない一手になってしまった訳だが。
「つまり、それは私に必ず勝てる"パー"ということですか」
「そうだよ。まあ、気にしないでよ歌八ハちゃん。これはそう言うゲームだからね。ルールを知っている側が得をする──そういうことはいくらでもあるでしょ?」
「ちなみに堂々とカードを出した理由は?私は
「歌八ハちゃんを騙せる気はしないからね。
「そうですか……あっ」
正直、様子からでは全く察せ無かったのだが動揺していたらしい。歌八ハちゃんの手からカードが滑り落ちて、床にバラけてしまう。椅子から降りて、カードを拾い出した歌八ハちゃんを片目に凍さんに話しかけた。
「いっそのこと机にバラまいてくれたらそのまま
「比台様。流石に自分の意思で伏せていないカードを伏せた扱いはしませんよ」
「ふーん、まあ当然か」
そんななんでもない会話をしていたら、歌八ハちゃんもカードを拾い終わったらしい。椅子に座り直して──
「
「
「………………は?」
一瞬、彼女が何をしたのかが理解できなかった。ただ、カードを伏せたそれだけ。それだけなのに何も理解できない。だって、彼女は必ず負ける勝負に乗ってきたと言うことで。そんなギャンブラーは居ないとすれば、それは──
「そうですよ、この勝負私の勝ちです」
「──あり得ない。歌八ハちゃんはこのゲームのルールを知らない筈だろう!?それなのに事前にカードを準備できる筈がない!!」
「そうですか?別にこんな初心者が居れば必ず行われるゲームのルールを知っている新入生が居たって珍しくないと思いますよ。例えば、
「……!!」
その理由は丸分かりだろうが、とは言え厳しい罰則があるという訳でもない。そもそも生徒側としても、堂々とギャンブルをやっているとはなかなかは言えないものだ。とはいえ、相手が家族で。この清白高校に入ろうとしているのなら──その限りにはならないのかもしれない。
そしてそれは、この場だけでは否定しきれないあり得る可能性だ。
「だが、なんでそれを俺に伝えたのかな?言わずにそのまま
「負け確定の相手が勝負に乗った上に
「……それは、そうだろうけど」
「それに、貴方は自身の手を堂々と公開しましたので。私もそれに倣っただけです」
目は口程にものを言うらしいが、歌八ハちゃんの目は相変わらず見えない。そのせいで表情が見えなくて、そこから情報を抜き取ろうとするのは難しい、というよりはできないだろう。彼女の言葉に違和感はない。このまま
だが、
「ねぇ、歌八ハちゃん。一つ聞いても良いかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「そのトランプ、どこの百均で買った?」
「…………はい、それは──」
「いや、もういいよ。だいたい分かった」
歌八ハちゃんは俺の質問に少し迷った。買ったお店を言うぐらいなんてことのない筈なのに。仮に兄か姉に用意して貰って知らなかったとしても、それを言えば良い筈なのに。なのに、悩んだ。それは
歌八ハちゃんの言葉には違和感は無かった。だが、行動には違和感があった。だって、そうだろう?ルールを知っていたなら動揺してカードを落とすことはない。
俺に倣ってすり替えを明言するなら目の前で堂々とすれば良い。なのに、そうしなかった。
だから、分かる。歌八ハちゃんの言葉は嘘であると。
「
「……私もそれで構いません」
「それでは
危ない所だった。もう少しで俺は完全に騙されて負けていた。ただの
歌八ハちゃんが
だって、この勝負は八十ポイントという八千円相当のポイントが賭けられている勝負で。そして、俺が出したカードは必ず勝てる手である筈の"パー"で。そして、そして──
──