序章・その一「孤児院の少女」
────召喚歴三〇〇〇年。オオトリ皇国。
顎から汗が垂れ、身に付けている
わたしは、暑くないのに真夏と同じくらい汗をかいていた。肩くらいの長さに切られた黒い髪も、頬に張り付いているほどだ。
「馬鹿もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!」
私の頭上に、雷が落ちた。
本当に空から電撃が落ちたわけじゃなく、怒られたという意味でだ。
汗の正体も、怒られて出てきた冷や汗だった。
「そんな怒らなくても…」
床から天井まで木で作られた我が家の玄関で正座させられている私は、口を尖らせながら小さく抗議する。私が相対してる人物は、そんなささやかな抵抗を、見逃す相手ではなかった。
「言いたくもなるだろ!このお馬鹿!この考えなし!」
「いでっ!」
額に愛する(?)母親代わりの手刀が飛んでくる。避けられず、痛みに悶えるしかできない。十五歳になるが、未だに痛みに慣れない。
「あー!何するの!いくら桂子さんでも暴力反対!」
「こんなの暴力のうちに入るか!っていうか、あたしとしては殴ってでも止めたいんだけど?殴らないけど」
殴らないといいつつ、わたしの母親代わりの桂子さんの目からは殺意しか感じられない。今だって、長い黒髪を揺らしながら、怒ってる。正直、身の危険しか感じない。
とはいえ、悪いのはわたしだ。原因も分かっている。
桂子さんが起こってる原因は、彼女の右手に握られている一通の手紙が原因だ。
「まったく、召喚士の選考会に勝手に応募するなんてね!許可した覚えないんだけど?」
召喚士と呼ばれる都の役職があった。その試験に応募し、わたしは当選した。その手紙が届いたのだが……。
「それは……ごめんなさい」
謝りながらも、納得できていなかった。わたしも、選考会にいい加減な気持ちで応募したわけではないからだ。
「……何で応募したの?」
そんなわたしの気持ちを察したのか、桂子さんは理由を話すのを促す。
「最近、不作なんでしょ?作物」
「うん」
「それって魔物が凶暴化したり、天候が安定しなかったり、土が痩せてるせいでしょ?」
「うん」
ここまではちゃんと聞いてくれている。桂子さんは、怒ると有無を言わせずお仕置きしてくるから珍しい。
もしかしたらいけるかもしれない……!わたしの中で、希望が生まれつつあった。
「召喚士の儀式が終われば安定するんでしょ?」
「らしいね」
「じゃあ、わたしが速攻で終わらせれば皆の役に立つかなって……」
腕を組みながら頷く我が母親代わり。これはいけるか……?
「なるほど、なるほど……納得できるかー!」
希望は、怒号と共にあっさりと砕け散った。勢いよく、わたしを指さす。
「大体、あんたは召喚士って何やるか分かってんの?」
「分かってるよ!」
馬鹿にしないで欲しい。そんなことは小さい子どもだって分かってる。
なら説明しろ、と桂子さんが促す。わたしは渋々説明を始める。
「この世界には自然の魔力の均衡をを調整してる八つの聖獣様がいる。三〇〇年に一度、その聖獣様と二人の召喚士が契約して、創造主召喚の儀式を行うのが召喚士でしょ?」
もう少し細かいルールがあったが、大体こんな感じだ。
「言うのは簡単だけどな。その聖獣と契約するのも、そもそも国中を旅して周るのも命がけなんだぞ?選抜試験だって本物の武器で斬り合うって話だ」
「分かってるよ!それでも、こんな時だからやらなきゃいけないんでしょ!?」
力説するわたしを見て桂子さんは、額に手を当てる。心の底からあきれているときのポーズだ。
「あのなぁ……お前がやらなくても誰かがやるよ。お前みたいな半人前が、世界を救うなんて大それたことができると思ってんの?馬鹿なこと言ってる暇があるなら仕事でもしなさい」
「その仕事が失われるかもしれないんだよ!」
「だーかーら!それを今回の召喚士が何とかするって言ってるの!あんたの出る幕はない!」
出る幕はない。
その言葉が、わたしの頭の中でやまびこのように響き渡った。
その頭の中で響いた声が静まると、胸がきゅっと締め付けられる感じがした。
「わたしに出来ること……無いんだ……」
自分でも意外なくらいに声に覇気が感じられない。叫ぼうとしても、掠れたような声しか出ない。
さっきまで出ていた大声が、出なくなってしまった。
「そ……そうだよ。少なくとも、召喚士になる以外で頑張りなさい。あんたと仲の良かった鋼太郎だって、仕事頑張ってるって手紙来てたし」
鋼太郎は、わたしより少し上の孤児院の仲間だ。良く遊んでもらっていた。今は、遠くの街で行商の護衛をしてるらしい。仕送りも沢山しているらしい。
桂子さんなりにわたしを励ましてくれてるのかな……。
「はい……ごめんなさい。勝手なこと言って……薪割りしてきます」
「ん……」
それだけ言うと、わたしは立ち上がって家から出ていった。
「はあ……」
我が家の前で溜め息を出す。家の扉の上に飾られている【葛城孤児院】の看板が、わたしの気を重くしていた。
葛城孤児院────わたしの家は、身寄りのいない子どもを引き取って育てる孤児院と呼ばれる施設だ。
わたしは覚えてないが、わたしの親は事故で死んだらしい。桂子さんは、そんなわたしを引き取って他の孤児と共に育てている。
これでも、わたしは桂子さんに感謝してるし、尊敬もしているのだ ……手刀はやめてほしいけど。
とにかく、大好きな桂子さんや孤児院の仲間のためになると思って召喚士に立候補したのだ。
「したんだけどなあ……」
そんな願いは却下された。最近は異常気象が多く、農業にも影響が出ていると聞かされている。それらは約三〇〇年周期に起こる現象らしい。天候が安定しないせいで、人類は何度も生活の基盤が崩れたという。
これらを収めることが出来るのが召喚士だという話だ。自分が召喚士になれば、皆が幸せになれると思ったのだ。
「ま、仕方ないか……仕事しよっと」
ボトボと孤児院の裏に向かって歩く。そこには、薪割りの台として使っている切り株が置かれていた。この切り株を使って仕事をするのだが、先客がいた。
「つばさ!せっきょー終わった?」
つばさよりも一回り下の少年が、切り株に乗っていた。どうやら遊んでいたようだ。
この少年の名前は昭人。同じ孤児院の仲間だ。
「昭人、笑顔で言わないの。ほら、向こうで遊んでな」
「はーい」
昭人は、切り株から降りて家の表側へと走り去る。元気なのは良いが、生意気なのは考えものだ。
「さてと……」
道具を取るために倉庫に向かう。扉を開けると、丸太と薪が積まれているのが目に入った。
「冬は沢山使うからなー。少しでも薪を作らなきゃ」
自分の半身ほどの丸太を持ち上げる。昔は一人で持てなかったが、今となっては慣れたものだ。
一つ一つ確実に切り株の近くに持っていく。往復するだけでも体力を使う。
「よいしょっと……ふぅ……」
十回程度往復して、運び出しが終わる。並べられた丸太の中から1つを持ち上げ、薪割り台に置く。
わたしは、足元に置かれていた武骨な刃物を取り出す。薪割りに使う鉈だ。丸太と共に倉庫から持ち出していた。
鉈を両手で持ち、丸太に目掛けて勢い良く振り下ろす。
「えい!」
このまま真っ二つに割れるのが理想的だが、そうもいかない。丸太の中腹くらいで刃物が止まってしまう。丸太に食い込んだ鉈を、そのまま薪割り台に叩きつける。
二、三回ほど叩きつけると、丸太が割れる。ここから、さらに真っ二つに叩き割る。一見簡単に見えるが、これを夕方までに全て終わらせなければならない。体力との勝負になる。
「ま、それでもやらなきゃだけど……」
薪は料理や風呂だけではない。時々やってくる行商に買い取って貰うこともある。薪割りは、孤児院の金策の一つになっていた。
孤児院は十六歳で卒業することになっている。わたしは今年で十五歳だ。
つまり、来年になれば孤児院を出ることになっている。孤児院を出るということは、この薪割りの仕事を手伝うこともなくなってしまう。仕送りはするつもりだが、孤児院の生活を直接的に助けすることはできない。
だから、休んでる暇はない。ドンドン薪を作っていかなければならない。
「つばさ!助けて!」
わたしの手が止まる。後ろから、遊びに行ったはずの昭人の声が聞こえたからだ。
「何ー?誰か怪我でもしたの?」
孤児院の下の子達は良くも悪くも元気が良い。転んで怪我することも少なくない。
だが、昭人から出たのは全く違う言葉だった。
「変なおじさんが桂子さんを連れていこうとしてるんだよ!」
「はあっ!?」
間抜けな声を上げてしまった。連れて行く?桂子さんを?何があったのか、とりあえずは確認しなければならない。
握った鉈を置こうか迷ったが、そのまま走り出した。