翌日、わたし達は地の聖獣が待っているという洞窟へと、馬車で向かった。方角は街の北東。
錬鉄街は聖獣・召喚士信仰が厚いわけではないが、地の聖獣には敬意を払っているという話だ。この洞窟は、人の手による開発が行われていなかった。
「地の聖獣様、か」
馬車の中で、これから相対する聖獣の姿に思いを馳せる。
地の聖獣。その見た目は蛇を思わせるらしい。大地の中を好み、人前には姿を見せないと言われている。
気難しい性格なのだろうか。それとも何か事情があるのか。とにかく、この聖獣様と契約しなければならないのだ。
「地の聖獣ねえ……隊長は会ったことはありますか?」
「ありませんね。都の近くにはいませんから」
「聖獣の住処の近くの生れでもないと無理ッスよね」
同じ馬車の中で護衛部隊員の鋼太郎と、護衛部隊の隊長の弓月さんが雑談していた。
それを横目で見ていると、鋼太郎が近づいてきた。
「つばさ、準備万端か?」
「大丈夫だって。確認なら朝にちゃんとやったし」
「なら良いけどな。ヤバくなったら言えよ?」
「分かってるって。ありがと」
気を遣ってくれてるのが伝わる。仕事だからというのもあるだろうが。
これは世界を救う旅だ。わたしが失敗すれば、みんなは苦しみ続けることになる。
……何だか、そう思うと皇王様から貰った着物が重く感じてきたな。
「……いやいや」
首を横に振る。こんな調子では駄目だ。わたしが弱気になってどうする。みんな不安になるだろ。
「お前、本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だって!」
鋼太郎はいぶかしげに首を傾げる。早速、不安にさせてしまった。
こんなことじゃいけない。それは分かっているけど、肩に力が入ってしまう。
未知の存在と出会うのだ。怖くないわけがない。
「一光さん、着きますよ」
「あっ、はいっ」
弓月さんに呼ばれて、ハッとする。馬車の速度が緩やかになり、少しして停止する。目的の場所に到着したのだろう。
弓月さんは、出入り口から降りて周囲を見渡す。何も異常が無いのを確認したのか、右手を挙げて「降りていいですよ」と合図する。それに従って、わたしは馬車から降りた。
「ここが地の聖獣の洞窟……」
眼の前には、地の聖獣の洞窟であるこもを案内する看板が一枚だけ建てられた洞窟の入口。見た目は普通の洞窟と変わらない。
聖獣の住まう場所と言っても、何か整備されているとか特別な措置が行われているわけではない。寧ろ、聖獣が住むからこそ人が手を加えるべきではない、と考える人が多い。
「……感じる」
召喚士になって、何かが変わったとは思わない。洞窟の奥からは、生暖かい風────魔力の流れのようなものを感じる。
間違いない。奥には何かがいる。そして、わたしを待っている。
「一光さん、鋼太郎。準備はよろしいですか?」
「はい!」
「はっ!」
弓月さんの質問に答える。大きな声を出したつもりだが、わたしの声に鋼太郎の大きな返事が被さる。流石は衛士だ。
「では、行きましょう。皆さん、留守をよろしくお願いします」
弓月さんの近くに居た衛士が、返事をする。
ここまでは、馬車で送ってもらっていた。ここからは、自分の足で歩かなければならない。
わたしと弓月さんと鋼太郎の三人は、洞窟へと足を踏み入れた。
・・・・
洞窟の中は、何か特別なものがあるわけではない。他の洞窟と同じく、山の中にある空洞。そこを、松明の灯りを頼りに歩き続けていた。
一本道だが、今のところは何も見えてこない。本当に地の聖獣はいるのだろうか。
「そういや、どうして三人の制限があるんスかね?聖獣側が決めたらしいですけど」
歩きながら、鋼太郎が先頭で松明を持っている弓月さんに質問する。制限とは、聖獣の試練に参加できる人数のことを言っているのだ。
聖獣の試練に参加できる人数は、召喚士を入れて三人までとされている。それ以上の人数は、聖獣が認めないらしい。
「私も経緯は分かりません。召喚士を選定したり、召喚士を支える知恵や心意気を見ていると言われていますね」
「なるほど……でも、俺達の旅の人数はもう少し多くても良かったと思うんですがね?」
鋼太郎は、溜め息をつきながら問う。確かに、世界を救うたびにしては人数が少ない。召喚士を除けば、衛士は十人、文官と貴族は一人ずつ。馬車も四台のみだ。
「人数が増えれば物資も必要です。今は不作の時代。そんな中で長旅をする余裕は本来であればありません。少数精鋭で済ませたいのでしょう」
なるほど。国が大々的に行う行事にしては人数が足りないと思ってはいたが、そういう事情だったのか。
行く先々の街にも支援を頼んでいるようだし、余裕が無いのは本当だろう。
「それって民は不安になりません?」
「そこで、召喚士の信仰と知名度を利用するんですよ」
どういう事だろう。鋼太郎と二人揃って首を傾げていると、弓月さんが解説してくれた。
「例えば、有名な人が訪れた場所があるとします。それらが市井の人々が利用できるとしたら、どうなると思いますか?」
なるほど。そういう事か。
巡礼者が集まるから経済的にも良い影響を与えられる。自分達に利益があるなら、反発する理由もない。
鋼太郎も同じ考えに至ったのか、納得しているようだ。
「確かに、自分の所に金が落ちてくるなら賛同しますよね。それなら納得ッス。召喚士が訪れたなら宣伝力もちゃんとありますしね」
「そういうことです。実際、余所から都に足を運ぶ人も増えてきているみたいですし、錬鉄街や他の街も今より活溌になるでしょう。皇王様が自ら召喚士部隊の旅路を宣伝も行われますから」
「三〇〇年に一度とはいえ、やらなきゃいけないなら利用しない手は無いってことですか」
「褒められた言い方ではありませんが、そのとおりです」
弓月さんは、鋼太郎の言葉を咎めながらも肯定する。客寄せパンダというやつかもしれないが、役に立つなら悪いことではないだろう。
「これは、召喚士を守るためでもありますよ」
「わたしを、ですか?」
「ええ。今の時代、皆さん気が立っています。そんな中に召喚士が現れるわけです。召喚士の力は、個人が持つには大き過ぎますからね。召喚士が自分達に不利益をもたらすと思わせないようにするのも、私達の仕事です」
召喚士の力というのが、どの程度のものなのかは不明だ。だからこそ、恐れる人が出てくるかもしれない。そうなれば、召喚士を非難する人も出てくる。それを、防ぐための措置でもあるということらしい。
「つまり、俺達も立ち振舞には気をつけろってことですよね?」
「そういう事です。ちょっとしたことで、揚げ足取られる可能性もありますからね。一光さんも窮屈な思いをさせますけど、ご協力をお願いします」
「あ、はい……」
色々と考えられているようだ。自分の事なのに、思い至らなくて恥ずかしい限りだ。
他の人達に反感を買われないように行動をするのは、わたし自身だけではない。孤児院の仲間を守るためでもあるのだ。
そう考えていると、弓月さんは立ち止まった。周囲の風景は代り映えしないが、目の前には壁が合った。ここまで一本道だった洞窟だが、ここにきて壁が現れたということは……。
「ここが奥になるようです」
弓月さんも同じ感想のようだ。この場に、わたしが会わなければはらない存在がいる。
誰もいない空間に向かって、わたしは叫んだ。
「聖獣様!召喚士の一光つばさです!いらっしゃるのなら、姿をお見せください!」
沈黙。居ないのか、聞こえてないのか?と落胆してしまう。
ため息をつきそうになった瞬間、土が削られるような音が聞こえた。
「えっ……?」
ゴリ……ゴリ……と、穴を掘るような音だ。その音は、少しずつ大きくなっている。
ボゴッ、と地面から大きな音が聞こえた。同時に、小さな穴が開く。
「うわあああっ!?」
突然のことに、鋼太郎は大きな声を上げてしまう。わたしも驚いたから気持ちはわかる。
「魔物……?」
魔物が居ないと聞いていたが、もしかしたら異常が起きたのかもしれない。
わたしは刀を抜いて、戦闘の構えに入る。
だが、すぐに構えを解いた。それは、剣を向けて良い相手ではなかったからだ。
「ちょっと待って!僕は魔物じゃないもん!」
魔物と思っていた存在は人間の言葉を発した。さらには、その姿は書物の中でだが、見覚えがあった。
大きさはわたしの半身程だろうか。地面から出てきた存在は、蛇を太らせたような姿をしていて、地の底で生活していて、人の言葉を話した。
間違いない、この方は魔物なんかじゃない!
「地の聖獣様ですか……?」
「そうだもん!」
しまった!召喚士であるにも関わらず、聖獣相手に刀を抜いたというのか……!
「も、申し訳ありませんでした!お許しください!」
刀を納め、額をぶつけそうになる勢いで土下座した。服が汚れるとか関係ない。
立ち振舞には気をつけるって話をした矢先にコレだ。情けなさでいっぱいだった。
「そんなに気にしないで!僕は悪く思ってないから!」
「あ、ありがとうございます!」
丸い蛇のような生き物……地の聖獣は、おおらかに答える。想像していた感じとまるで違う。
もっと、厳しそうというか怖いと思っていた。
「ところで、召喚士の指輪をしているようだけど……もしかして周期が来たのかな?」
「はい。契約のお願いに参りました」
「なるほど……」
地の聖獣は、わたしの右手の指輪を見ているようだ。周期とは、三〇〇年に一度の儀式のことを指しているのだろう。
「分かったよ。キミの力を見たいし、さっそく戦おうか。手加減はしなくていいよ」
「はい!」
改めて刀を引き抜く。
戦おうか、と言われて少し安心してしまった。わたしには刀を振り回してるほうが性に合ってるみたいだから。
「あっ、そうだ。そこの二人もね。つばさとの信頼関係を見たいからね」
そこの二人とは、鋼太郎と弓月さんの事だろう。
「押忍!」
「分かりました」
弓月さんは弓を、鋼太郎は片手の斧を構える。戦闘の準備は整った。
「よし!行くよ〜!」
地の聖獣の、のんびりとした掛け声とともに、戦闘が始まった。
これが、わたしの召喚士として初めての戦いだった。