地の聖獣との戦いが始まった。
当初は、わたしと鋼太郎で接近戦を行うつもりだった。しかし、地の聖獣は突如として、その小さな身体から岩を吐き出してきたのだった。
「ほらほら!どうしたの!」
「くそ!近づけねえ!」
漬物石よりも大きな岩が、何度も飛んでくる。鋼太郎と弓月さんが岩を防ぎ、わたしが隙を見て攻撃するという作戦で戦うことになった。
こうして鋼太郎が前線に立ち、斧で切り続けるが、止まる気配がなかった。
「これなら……!」
弓月さんが、岩を避けながら三本ほど矢を放った。雨の如く降ってくる岩を潜り抜け、地の聖獣へと向かって飛んでいく。
これなら当たるかもしれない……!
「甘いね!」
だが、地の聖獣も対抗して尻尾で矢をはたき落とす。矢は折れ曲がって地面に転がってしまう。
だが、岩の雨は止んだ!反撃の好機!
「っ……!今です!一光さん!」
「はい!」
刀なら既に抜いていた。遠くにいる地の聖獣に向かって、その刀身を振るった。
「絶風刃!」
斬撃そのものは当たっていない。が、刀から衝撃波が飛んでいく。
「んなー!?」
衝撃波は、地の聖獣の胴体に思いっきり当たった。動き回っていた聖獣は、地面に落ちた。
「今です!一気に叩く!」
「よし!やってやるぜ!」
弓月さんの合図とともに、わたしと鋼太郎は地の聖獣に接近する。
再び、あんな量の今を飛ばされても厄介だ!ここで仕留める!
わたしは刀、鋼太郎は斧を地面に倒れていた地の聖獣に向かって振り下ろした。
「むむっ!甘い!」
「えっ!?」
地の聖獣は、飛び起きて地面に潜り込んでいく。わたし達の攻撃は、当たらなかった。
「くっ!逃げたぞ!」
穴の深さはそれほどでもないが、人が入れる程度の大きさだった。瞬時にこれだけの大きさの穴を空けられるとは、流石は地の聖獣といったところか。
「って、感心してる場合じゃないよね……」
どこから来るか分からず、刀を握り直す。岩のようなものを削っているのは分かるが、位置が特定できない!
「来るなら来やがれ……!」
鋼太郎が呟く。同じく、地の聖獣の場所が分からないようだ。それは、離れた位置にいる弓月さんも同じ筈。互いに注意するしか無い。
「こっちだよ!」
地の聖獣の声だ。その後、地面を砕く音が聞こえた。聞こえたのは、後ろからだ!
音の方向に、わたしは走った。これで仕留める!
「っ……待て!つばさ!」
走った瞬間、鋼太郎の制止する声が響く。だが、わたしは既に地の聖獣に向かって走っていた。
「えっ……?」
だから、気がついた瞬間には遅かった。わたしが音の方へ振り返り、走った時には、眼の前に地の聖獣の吐き出した岩が迫っていた。
「しまっ……!」
岩が、わたしの額にぶつかった。鈍い音と共に、視界が激しく揺れる。
体制を建て直さなければ、と思っても身体は地面に倒れ落ちた。
「つばさ!」
鋼太郎の叫び声が響く。早く起きなきゃとは思うが、頭が痛くて動けなかった。
額が熱かった。触ってみると、ヌルリとした気持ち悪い感触。嫌な予感とともに掌を見ると、血で紅く染まっていた。
「っ……!」
岩をまともに受けたのは始めてだ。近距離とはいえ、たったと一撃でこれだ。
早く距離を取らなければ……。それは分かっていても、上手く身体が動かない。
「立て!」
突如、弾けるような声とともに、腕を強い力で引っ張られた。
鋼太郎だ。強引に引っ張られることで、何とか立ち上がることが出来た。
「隊長!頼みます!」
「分かってます!」
弓月さんは、剣を引き抜いて地の聖獣へと斬り込んでいった。わたしを逃がすためだろう。
だが、わたしが逃げては話にならない。何とか戻らなくては。
「鋼太郎、わたし……」
「良いから、少し大人しくしてろ」
わたしの言葉にも構わず、鋼太郎は手を引いて逃げる。そして、半ば強引に穴の中へと押し込まれる。
何をするのかと思えば、わたしの額に鋼太郎の手がかざされる。彼の掌が、淡く光りだした。
「治癒功」
鋼太郎の掌の光が弾ける。すると、額の痛みが少しずつ引いていった。恐る恐る触ると、傷も塞がっているのが確認できた。
「あ、ありがとう……」
穴から出よう。いつまでも土竜みたいに穴に入るわけにもいかない。
しかし、身を乗り出そうとすると鋼太郎が、わたしの肩を抑える。
「ちょっと、何するの?」
「お前焦ってるだろ。もう少し休め」
「それは……」
図星だ。正直に言えば、気が重い。
やる気がないわけではない。むしろ、世界が良くなればいいと思ってる。しかし、逆に言えば、わたしが上手くやれなければ世界は終わるのだ。
早く倒さなければ。負けないようにしなければ。そんなことばかり考えてしまう。
「言ったろ。俺達も手伝うって。召喚士やるのはお前だけど、旅自体はお前一人だけでやってるんじゃねえよ」
それだけ言うと、鋼太郎は再び斧を片手に地の聖獣へのもとへと向かった。
いつまでも弓月さんを一人で戦わせるわけにもいかない。だから、言いたいことを簡潔に伝えて戻っていったのだ。
「一人じゃない、か……」
馬車の中でも言われてた事だ。わたし一人だけの戦いではない。
その事を、わたしは忘れていたのだ。
「初っ端からこれか……」
────しっかりしろ、一光つばさ!こんな事では誰ひとり守れないぞ!
頬を叩きながら気合を入れる。これで気持ちの入れ替えはできた。
「問題は、地の聖獣攻略だけど……」
地の聖獣の戦法は、主に穴掘りと岩の弾を飛ばすこと。接近戦を行うにしても、動きが素早いし地面に潜られたら対処できない。
さらには、岩の弾はほぼ無尽蔵に出てくるのが厄介だ。弾切れを狙えるのかどうかすら不明だ。接近戦も遠距離戦も難しいのが現状だ。
「うーん……」
歴代の召喚士は、これを乗り越えてきたのだろうか。だとしたら、心の底から尊敬する。自分に不利な状況で闘って勝ったのだから、凄い事だ。
「せめて穴潜りさえ何とか出来ればなあ」
ないものねだりしても意味無いのは分かる。それでも、この状況をひっくり返す方法が思いつかないのだ。それがもどかしい。
ため息をつき、地面を軽く蹴る。何だか柔らかいものが、ブーツのつま先に当たったような気がした。
「穴か……ん?待てよ?」
穴から少しだけ上の様子を見る。地の聖獣は、地面から出てきて岩を吐き出す。鋼太郎と弓月さんは、吐き出した岩を対処しながらも近付こうと苦戦している。近付いても地面に潜られて攻撃を避けられる。
これを、何回も繰り返しているのが現状だ。だから、勝てない。
「うーん……」
改めて、状況を整理してみよう。
わたしは、今は穴にいる。
そして、地の聖獣は穴を掘り進めて攻撃出来る。
それなのに、地の聖獣はこちらに来ない。
「やっぱり変だよねえ……」
理由は分からなかった。だが、もしも地中から穴を直接攻撃してこないのも事実だ。
何にせよ、これを利用しない手は無い。勝てるとしたらコレしか無いのだ。
「そうとなれば決行開始!」
わたしは、穴から飛び出る。外では、鋼太郎達が先程と変わらず、地の聖獣の逃げながら岩を吐き出す戦法に押されていた。
早く行こう。穴を避けながらも、二人のもとへと走り出した。
「鋼太郎!弓月さん!」
わたしの声に、二人共振り向く。
二人に謝りに行きたいところだが、今は戦ってる最中だ。刀を抜いて叫んだ。
「ごめん!ちょっと下がってね!魔神剣!」
奥にいる地の聖獣に向かって斬撃を放つ。鋼太郎と弓月さんは慌てて避け、放った魔神剣は地の聖獣へと飛んでいった。
「当たらないもん!」
予想通り、地の聖獣は地面に潜る。これで、少しだけ時間が出来た。二人に、作戦のことを話さなければ。
「馬鹿!いきなり撃つな!」
「いてっ!悪かったよ!」
鋼太郎に軽く叩かれる。悪かったとは思うが、叩かなくても良いだろうに。
「とにかく、こっち来て!弓月さんも!」
「えっ?はあ……」
困惑する鋼太郎と、呆気に取られる弓月さん。二人の手を引いて、先程までいた穴に潜った。
穴は三人同時に入るには流石に狭く、壺に詰められた梅干しみたいになっていた。
「狭っ!おい!つばさ!そっち行けよ!」
「我慢して!説明するから!」
大人しくなる鋼太郎。窮屈な思いをさせてるのは悪いが、勝つためだ。許して欲しい。
「というか、大丈夫なんですか?全員同じ穴に居たら地中から狙われると思いますが……」
弓月さんの指摘はもっともだ。まさに、わたしの見出した活路は、そこにある。
「それは心配ありません。狙うとしても地上からだと思います」
「どうしてだよ?」
鋼太郎は怪訝な顔をする。そんな彼に、わたしの疑問をぶつけてみる。
「だって、わたしは今の今まで地面の中からは狙われなかったよね?」
「あっ……」
そう。離れていたとはいえ穴の中にいたというのに、地の聖獣は穴の中は攻撃してこなかった。わたしに勝つだけなら、地中から穴を狙えば良いのにだ。
詳しい理由はともかく、一度作った穴は使わないようにしているようだ。
「だから、これを利用して戦えないかな?」
「そうか!穴に入って地中から狙われなら、攻撃を仕掛けてくる場所は制限されるってわけか!」
鋼太郎の言う通りだ。穴に入っている以上は、こちらの動きも限られたものになるが、それは地の聖獣も同じ。
攻撃がどこから来るかさえ分かれば、対処のしようはいくらでもある。
「まあ、他に手は考えられませんね」
不安な点は多少はありますが、と付け加える弓月さん。作戦は、これで決まりだ。
「じゃあ、早速行きますかね!」
鋼太郎と弓月さんは、穴から飛び出る。その瞬間、地の聖獣の声が聞こえた。
「作戦会議は終わったのかな!」
わたしは穴の中に入ってるから見えないが、地面を突き破る音が聞こえた。恐らく、地の聖獣が姿を見せたのだろう。
少しだけ穴から頭を出してみると、地の聖獣の意識は完全に鋼太郎に向いているようだ。鋼太郎に岩を吐き出す体制に入っていた。
「それっ!それっ!」
地の聖獣が、硝子玉でも弾くように岩を吐き出し始める。鋼太郎も、手斧で岩を弾きながら回避し続ける。心なしか、先程までに比べると余裕があるように見える。勝機が見えたことで士気が上がったのだろうか。
「よっと!」
岩の攻撃を躱しながら、鋼太郎も穴の中へと飛び込んだ。これで、全員が穴へと入ったことになる。
「むむむ……みんないなくなっちゃっなあ」
動きが止まり、周囲を見渡し始める地の聖獣。だが、それを弓月さんが見逃すわけもなかった。
「連牙閃!」
凛とした声とともに、五本の矢が地の聖獣へと飛んでいった。矢は全て、地の聖獣の背を貫いた!
────今が好機だ!
わたしは穴から飛び出て、地の聖獣に向かって走り出した。
「孤月弾!」
鞘を地の聖獣に向けて投げつける。鞘は、弧を描きながら飛んでいき、地の聖獣の顔面に直撃した。
「ぬあっ!?」
地の聖獣は、間の抜けた声を上げる。わたしが投げたことに気がついたようだが、動きが止まっていたので関係なかった。
返ってきた鞘を掴みながら、わたしは地の聖獣を、さらに斬りつける。
「三羽斬り!」
三連の斬撃を地の聖獣に浴びせた。地の聖獣は、地面に落ちていく。
これで終わるつもりは無かった。鋼太郎が地の聖獣の後に回り込んだ。
「喰らえ!砕狼牙!」
鋼太郎が斧で斬りつる!さらに、斧刃を叩きつけて、地の聖獣を空へと吹き飛ばす!
「んなあああっ!?」
地の聖獣は、先程よりもさらに間の抜けた声を上げながら、吹き飛んでいく。
地面にいなければ、得意の穴掘りは出来ない。僅かな時間とはいえ、地の聖獣は無防備な状態にあった。わたし達は、それを見逃さない。
「鋼太郎!アレやるよ!」
「おうよ!」
わたしと鋼太郎には、子供の頃に一緒に練習した、技があった。
それは、二人が揃わなければ使えない合体奥義とも言えるものだ。使う場面が限られていたから難しかったが、今なら大丈夫だと確信した。
そして、それは鋼太郎も同じであったようだ。鋼太郎の顔も、わたしと同じく自信に満ちたものであった。
「刃よ交われ!」
鋼太郎と同時に、刀を上空に向けて切り上げる。刀と斧の斬撃の軌跡が、交差した!
鋼太郎と、ほぼ同じタイミングで奥義の名を叫んだ!
「幻魔衝裂破!」
刀と斧の斬撃が混じり合う。二つの斬撃は、地の聖獣の身体に十字を刻み込んだ。
「んなああああああっ!」
刀と斧。二つが交差した攻撃を受けた地の聖獣は、叫びながら地面に落ちていった。
再び立ち上がるかと構えたが、中々起きる様子を見せない。
「勝った……の……?」
困惑していると、突如として地の聖獣が、もぞもぞと動き出す。
わたしは、反射的に刀を構えた。
「っ!」
─────追撃するか?
そんな事を考えていると、地の聖獣の間の抜けた声が響き渡った。
「待って待って!僕の負けだよ!」
「え、あっ……ごめんなさい」
謝りながら刀を鞘に収める。鋼太郎も武器を下ろした。地の聖獣は続ける。
「一光つばさ。試練は君の勝ちだよ。おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
嬉しいは嬉しい。だけど、少しだけ勝った実感が湧かなかった。
「今から契約を行うから大人しくしててね?」
「はい」
遂に契約が始まる。そう考えていると、怖さと緊張と未知のものへの好奇心……色んな感情が入り交じる。
────それにしても、契約とは何をやるのだろうか?
「むむむむむむむむむ〜!むん!」
「えっ!?」
思わず声を上げる。
だって、地の聖獣が突如として召喚士の指輪に吸い込まれるように消えてしまったのだから。
「ちょっと……ええ?」
「お、おい!どうなってんだ!?」
左手中指にはめられた召喚士の指輪を覗く。鋼太郎も、恐る恐る近づく。
聖獣は姿を消して、召喚士と行動を共にするとは聞いていた。指輪の中で暮らすことになることも。しかし、いざ見せられると驚いてしまう。
「大丈夫ですよ。中に入っただけです」
弓月さんが砂埃を払いながらやって来た。わたしと鋼太郎と違い、落ち着いているようだった。
「隊長、冷静ッスね。見たことあるんですか?」
「まさか。話に聞いた程度です。一光さん、地の聖獣様が中にいるか確認を」
「あっ、はい……」
確認と言われても何をすれば良いのだろうか。とりあえず、話しかけてみよう。
「えー、地の聖獣様?お元気ですかー?」
『もっと気軽に話しかけなよ、つばさ。折角、君の指輪の中にいるんだし』
「うわああああっ!」
突然のことであった。地の聖獣の声が聞こえた。いや、聞こえた事自体は問題ではないのだ。
なんと、頭の中に声が響いてきたのだ。
「お、おい!つばさ!どうした!?」
肩をゆすられる。鋼太郎の手だ。声はわたしにしか聞こえてないのか?
「あ、ごめん。いきなり地の聖獣様の声が聞こえたから……」
「本当か?まあ、そういうこともある……のか?」
どうやら、本当にわたしにしか聞こえないらしい。そして、この指輪の中に聖獣がいるみたいだ。
「召喚士は指輪の中の聖獣と念話できると聞いたことがあります。やってみてはいかがですか?」
「念話?」
「なんと言えば良いのか……声に出さずに言葉を伝える、みたいな感じらしいです」
「はあ……」
うーん、分かったような分からないような。でも、物は試し。とりあえずやってみよう。
「よし…………」
───地の聖獣様。聞こえますか?
『うん!聞こえるよ!』
「っ!聞こえた……」
本当に聞こえたみたいだ。良かった……かは分からないけど、成功したみたいだ。
『驚きすぎだよ〜。これから一緒に旅をするのに』
────ごめんなさい。えっと……契約成立ってことで良いんですか?
『勿論!これからよろしく!僕の力を貸してあげる!』
────はい、よろしくお願いいたします
「ふぅ……」
ため息をつく。一先ずは上手くいったということで良いらしい。
「出来たのか?」
「うん。ちゃんと契約成立だって」
「おっしゃあ!やったぜやったぜぇ!」
鋼太郎は、拳を振り上げた。喜ぶ時の癖だ。洞窟の中に、歓喜の声が反響した。
「いや、喜び過ぎでしょ」
嬉しい気持ちは同じだし、ありがたい。それはそれとして、少し恥ずかしい。
「まあ、気持ちは分かります。少々、浮かれ過ぎな気もしますがね」
弓月さんの言葉に「うっ!」と声を上げながら動きを止める。本当に思わず喜んでいたようだ。
弓月さんは、続いてわたしに手を差し出す。握手を求めているようだ。
「一光さん、本当におめでとうございます。この調子で、共に頑張っていきましょう」
「はい!」
わたしは、弓月さんの手を握った。
鋼太郎と弓月さん。それに、地の聖獣。みんなの存在が、とても心強く感じた。今ならば、どんな敵にも負ける気がしなかった。