わたし達は、地の聖獣との契約を終えると、錬鉄街へと戻った。
地の聖獣との契約に成功したことを報告するためだ。報告する相手は勿論、職人組合の長・玉山廉さん。
契約成立を報告すると、喜んでくれた。それは良かったが、力を見せてくれた頼まれたのは少し参った。わたしは、地の聖獣の力に関しては、まだ理解出来ていない。そんな状態で見せてほしいと言われても困るのだ。一応、弓月さんが話題を変えてくれたから事無きを得たが。
報告が終わった翌日、錬鉄街を出発した。次の聖獣は、氷を司ると聞いている。
そして、その氷の聖獣の住む場所の近くには、一年中雪が降る村があるという。
その名は降雪村。オオトリ皇国の北側にある、極寒の地。それこそが、次の目的地であった。
「流石に冷えてきたね……」
錬鉄街を出て五日が経過した。北に近づくにつれ、少しずつではあるが、気温が下がっていく。馬車の中とはいえ、毛布が手放せなくなってきた。
「まあな。でも、寒い以外は今は特に問題ないのはありがてぇな」
ここまで、怪我もなく魔物が現れてもすぐに退けられた。道が塞がれることもなかった。旅は順調と言えた。
「この調子を維持したいところですが……何が起こるか分かりません。警戒は怠らないように」
「はい!」
鋼太郎が元気よく返事する。本当に何も起こってほしくはないが、杞憂で済めばそれで良い。
丁度、話が終わると馬車が少しずつ速度を下げていく。馬の鳴き声と共に、馬車は完全停止した。
「ここで寝泊まりですか?」
「そうなりますね」
同じく毛布に包まっている弓月さんが頷く。これから外に出るのかと思うと少し憂鬱だが、仕方ない。
そんなわたしの考えとは逆に、鋼太郎は毛布を脱いで外に降りた。
「……よし、問題なし!隊長!異常ありません!」
左右と上空、馬車の下を高速で確認すると、こちらに知らせる。わたしが馬車から降りる際には、鋼太郎が確認を行ってから降りることになっている。毎回、手を抜かずにやっているのは流石は衛士というべきか。
降りようと腰を上げると、弓月さんが手を差し出してくれた。
「では行きましょう。転ばないように気をつけてください」
「はい」
弓月さんに手を引かれ、馬車から降りる。
このやり取りも、弓月さんと毎回やっている気がする。それだけ、わたしの立場が重いということだろう。
「うぅ……寒い……」
雪こそ降ってないが、吹き抜ける風は身体を凍えさせる。口から出てくる息も、白く染まっている。
周りを見渡すと、衛士の人々が焚き火や食事の準備をしている。手伝いたいところではあるが、立場的にはやらないほうが良いらしい。召喚士に手伝わせては面子が潰れるらしい。
「弓月さん、今日も鍛錬してきて良いですか?」
野営の準備をしている衛士に指示を出している弓月さんを見つけ、声を掛けた。錬鉄街を出てから、わたしは暇があれば鍛錬をしていた。召喚士の力を使いこなす為だ。
「ええ。構いませんよ。鋼太郎、お願いします」
「了解!」
快諾した弓月さんは、近くに居た鋼太郎に、わたしの手伝いをするよう指示を出す。
「では、行く……行きましょうか。つば……し、召喚士殿!」
つばさ、と呼び捨てにしそうになった鋼太郎を、弓月さんは睨みつける。睨まれた鋼太郎は、顔を青くしていた。
「と、とにかく行こうか。ね?」
「はい……」
顔面蒼白とはこのことか。鋼太郎は、血の気が引いたような顔をしている。少しかわいそうなので、強引に連れて行った。
・・・
野営地から少し離れた場所に移動する。弓月さんからは、視認できる範囲にしてほしいと要望があったので、移動距離は互いが見える範囲にとどめた。
「えーっと。大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇかも……」
世話係兼護衛ともあろう者が、項垂れてしまっている。
鋼太郎が、ぐったりとしてるのは理由があった。先程の喋り方だ。
「理屈は分かるんだけどなあ……お前に敬語使うのは想像出来ねぇよ」
「ま、それは言えてるかも」
わたしと鋼太郎は同じ孤児院出身だ。つまりは、実質家族なのだ。しかし、今は国を背負って戦う召喚士と、その護衛。つまりは、立場的には上下の関係が生まれてしまうのだ。
一応、わたしと鋼太郎の関係は皆は知っている。鋼太郎が護衛に就いたのも、それを知っている皇王様の図らいが要因の一つらしい。共に育った仲なら親身に支えてくれるだろう、と思われたらしい。
「いや、分かってるんだぜ?親しくし過ぎても変な勘繰りが入るって」
「うん。まあね」
召喚士の身内に衛士が居るとなれば、面白くない顔をする人間もいるかもしれない。だから、大勢の前では召喚士と護衛の範疇で接しようという事になった。
「まさか未だにこの有り様とはなあ。情けねえ……」
鋼太郎は、柄にもなく頭を抱えて落ち込んでいた。わたしに迷惑がかかるのが嫌らしい。普段の快活さとは裏腹に、鋼太郎は他者に迷惑をかけるのを嫌がる面がある。それはそれとして、結構迷惑をかけてしまうのだが。
「気にしてないから、ね?それより早くやろうよ」
「っと……そうだな、悪い」
気を取り直し、わたしは鋼太郎と向き合った。互いに、武器を構える。わたしは刀、鋼太郎は片手斧を持ち、互いを見据える。距離は離れているが、走り出せばすぐに斬れる距離だ。
そして、左手を鋼太郎に向ける。意識を、左手中指にはめられた召喚士の指輪に向ける。
「行くよ……はあっ!」
指輪が一瞬だけ光り、消える。すると、左手の前に拳より少し大きい岩の塊が現れた。
「よし……」
────つばさ、気を緩めないで!
頭の中に地の聖獣の声が響く。分かってるよ、と言いたいところだが、嬉しく思ったのも事実なので何も言えない。
とにかく、この岩を上手く飛ばせるようになりたい。目標は、鋼太郎。普段の戦闘でも使えるようになるために、実践形式で相手をしてもらっているのだ。
「さあ!来やがれ!」
腰を落とし、片手斧を構える。飛んでくれば、いつでも切り落とすという意思表示だろう。
指輪と鋼太郎を意識する。とにかく、武器と対象を意識することが遠距離攻撃の基本だからだ。
集中力が高まり、指輪と鋼太郎だけが視界に映った。今が好機!
「いけ!」
真っ直ぐ飛ぶように強く念じる。岩は、指で弾かれた硝子玉のように、鋼太郎に飛んでいった。
「よしっしゃ!待ってたぜ!」
それに対して、待っていたと言わんばかりに、鋼太郎は斧を振り下ろした。
岩は、真っ二つに割れて地面に落ちていった。
「今のは良かったぞ。この調子で撃ってこい!」
「うん!」
促されて、二発目の岩を飛ばす。先程と同じく、真っすぐ飛んでは叩き切られる。
さらに、三発目。これもやはり、狙った通り真っすぐに飛んでいき、斬られる。
さらに、四発目、五発目……と、続けて撃っていく。一発ずつしか撃てないのがもどかしいが、思うように飛んでいく。
十一発を超えた辺りで、手を止めた。
「ふう……つばさ、調子は掴めてきたんじゃねぇか?」
「そうだね。最初に比べれば感覚は掴めてきたかな」
召喚士は、聖獣と契約すれば聖獣の力を借りられる。だから、こうして聖獣の力を操れるように特訓していた。しかし、最初はまともに岩を出すのにも苦戦し、出せたとしても真っすぐ飛ばないこともあった。
今は集中すれば狙い通りに岩を飛ばせる。しかし、これが連続で出すとなると、おかしな方向に飛んでいく。
「ごめんね。付き合わせちゃって」
「気にすんなよ。必要なことなんだろ?」
「うん」
わたしが未熟なのもあるが、聖獣の力が身体に馴染んでいないかららしい。
だから、こうして聖獣の力を使って慣れさせる必要があった。
「そろそろ終わりにしようや。準備も終わったみたいだしな」
弓月さんが、こちらに手を振って呼びかけているのが見えた。気がつけば、馬車の近くには簡易の机と食事が並べられているのが見えた。
食事は今までは自分で作ることも多かった。だから、お金を払ったわけでもないのに、人にやってもらうのは違和感のようなものがあった。
「何だか落ち着かないな。みんなにやってもらって」
「あいつらにも面子ってのがあるからな。我慢してくれや」
「はーい」
苦笑いしながら宥める鋼太郎。度々言われているが、わたしは孤児院の時と同じ立場ではなく、オオトリ皇国にとって重要な存在だ。そんな人間に食事の準備をさせるのは威信に関わるということなのだろう。
これも慣れていくしかないか……等と内心でため息をついていると、設営地に到着する。
「隊長!小野沢鋼太郎、召喚士様と共にただいま戻りました!」
「戻りましたね。食事にしましょう」
「はい!」
弓月さんに促されて木製の椅子に座る。わたしの両隣には鋼太郎と弓月さん。
向かい側には、貴族の人がいた。さらに、その隣には紫の着物の女性の文官の人がいた。
それぞれ席についたのを確認すると、弓月さんが音頭を取った。
「皆さん、本日もお疲れ様でした!氷の聖獣も、もう少しで会えるでしょう。北の大地の寒さは厳しいと思いますが、共に手を取り合って乗り越えましょう!」
一日の統括として、食事の時間に弓月さんが少しだけ演説のようなことををする。士気を上げるためには必要なことらしい。
「それでは、聖獣様に感謝して」
話が終わり、弓月さんは手を合わせる。彼女に続き、全員が同じようにする。
「いただきます」
全員同時に挨拶をした。声が綺麗に重なり、食事が始まった。
「良い匂い……ですね!」
鋼太郎の少しだけ無理してるな敬語が聞こえた。他の人達と共にいるので、わたしに対しては敬語は継続だ。
「う、うん。シチューという料理だったかな?」
器の中で、湯気を立てている白い液体を見る。人参、玉葱、じゃが芋などの野菜が豊富な料理だ。その隣には、パンと野菜の盛り合わせ。
どれもオオトリ皇国では、あまり食べられていない料理だ。
「食欲が引き立てられるだろう?これはネイク帝国の料理なのだよ。今日は僕がリクエストさせてもらった」
目の前に座っていた貴族の人が声をかけてきた。黒い烏帽子と黄色の着物が特徴的な男の人だった。
「冠様が料理の指定をされたのですか?」
「そうだよ、つばささん。今日はシチューの気分だったからね」
彼の名は
良くも悪くも皇国の外に興味のある人で、隣のネイク帝国との貿易や文化の吸収を推し進めているらしい。隣の文官の人も、その手伝いをしているとか。
わたしも、彼が監修した本を読んだことがある。帝国の文化をまとめた本だったと思う。
そのお陰か、わたしのような田舎者でも、外の国の料理であるシチューを知っている。
「たしかに、寒い日はシチューが欲しくなりますね。暖かくて栄養もありますから。私の隊でも時々作ります」
弓月さんは小さく頷く。わたしは、実物を見たのは初めてだが、衛士の間では珍しい料理でもないらしい。
「そうだろう。シチューは本来は家庭でも手軽に作れる素晴らしい料理なのだよ。それだというのに、オオトリではイマイチ広まっていないのだ。嘆かわしいことにな」
額に手を当ててため息をつく冠様。よほど、シチューを気に入っているようだ。それは良いのだが、会話の流れを彼が無理矢理作っているので、話していると少し疲れる。
「冠様。そろそろ料理に手を付けたほうがよろしいかと」
困っていると、冠様の隣りに座っていた文官の女性が口を開いた。今日、初めて声を聞いた気がする。
「むっ、そうだったな。すまなかったな、文乃。君たちもたくさん食べたまえ」
文乃と呼ばれた隣の女性文官────菅田文乃さんは、小さくため息をつく。彼女も、冠様の性格に困っていたのだろうか。
とにかく、止まっていた食事が再始動した。
・・・
食事は、思ったよりも平和に進んだ。鋼太郎は基本的には黙って食べていたので変なことは言わなかった……と思うし、冠様に関しては困ったら弓月さんと菅田さんが助け舟を出してくれた。
シチュー自体も美味しかった。肉も野菜も沢山入っていたし、お腹もいっぱいになった。これなら毎日でも食べられそうだ。
食事が終わってからは、就寝の準備だ。夜は見張りを除いて、馬車の中で寝る決まりだ。
わたしは、弓月さんや鋼太郎と並んで寝ることになっている。鋼太郎がいることに抵抗が無いかと言えば嘘になる。しかし、人里から離れているのだから、護衛は必要なのだ。
「はあ……疲れたな……」
戦闘はなかったが、聖獣の力を使ったせいか疲労感を覚える。これも聖獣の力が馴染んでいない影響らしい。
毛布をかぶり、横になる。すると、外から鋼太郎が入ってくるのが見えた。
「悪い、起こしたか?」
「ううん、今から寝るとこ」
なら良かった、と言いながら鋼太郎も横になって毛布をかぶった。
そろそろ寝るかと思っていたら、鋼太郎が口を開いた。
「そういや気になったんだけどよ……地の聖獣の試練あったろ?」
「うん」
何か気になったことがあるのだろうか?平静を装ったものの、不安で少しだけ胸の鼓動が跳ねた。
「どうして地の聖獣は穴に直接攻撃してこなかったんだろうな?」
「あー……それかー……」
ホッ、としたものの少しだけ拍子抜けした。何か悪い事があったのかと思った。
しかし、参った。その質問をされるとは思わなかった。
「ん?何かあったのか?」
「んー、ちょっと待ってね」
───話して良いですか?
地の聖獣に心の中で問いかける。聖獣に睡眠の概念があるかは知らないが、今は起きているのを感じる。
───別にいいよ?
返答があった。無邪気な感じで答えられた。こちらの気も知らないで……。
「鋼太郎、驚かないで聞いてね?」
「ん?おう……」
顔は見えないが、怪訝な顔をしているのは声色で分かる。こんな前ふりをすれば無理もないか。
だが、話しにくい内容なのも事実だ。忘れたままなら楽だったのに。
聞かれた以上は仕方ない。正直、気が思いが意を決して話をした。
「……地の聖獣ってね、穴を作るときに脱糞するんだって」
「は?」
「つまりね……その……糞があるから地中から他の穴には近付かないらしいの……」
「なっ……!」
少しずつ言葉を紡ぎ、何とか言い終える。鋼太郎はといえば、言葉に詰まったようだ。気持ちは分かるだけに、なんとも言えない。
「……じゃあ何か……?つまりは、俺達は……糞を……」
「うん、踏んでいたことになるね……」
────糞を踏んづけるって……ぷぷっ!
地の聖獣の駄洒落に苛立ちを感じながらも、怒るのを堪える。万が一にもへそを曲げられても面倒だ。
こちらに背を向けている鋼太郎からは、唸るような声が聞こえた。わたしも、地の聖獣からこの話を聞かされた時は頭を抱えたくなった。
「一応、衛生的には問題ないらしいから……成分的には土塊と変わらないとか……」
「……聖獣の糞って縁起物だったりするのか?逆に言えばよ……俺達は運が良かったんじゃないか?」
喉を絞り上げたような声で問いかけてくる鋼太郎。それは無理があるのではないかな?
「いや、そんなわけないでしょ……」
「だよなー……」
わたしに否定され、ため息をつく鋼太郎。これ以上は、あまり考えないようにしようという不可侵条約が、わたしと鋼太郎の中で結ばれた。弓月さんには、話してないので黙っていることになるが、心の中で謝ることにした。
こうして、明日も早いし寝てしまおう、と話を打ち切って瞼を閉じたのだった。