わたし達は、野営と鍛錬を繰り返しながら、降雪村に向かっていった。
旅は順調だった。しかし、道中で騒ぎが起こった。
「うわっ!」
突如、馬車が動きを止めたのだ。倒れたわたしは、間抜けな声を上げてしまう。
外からは、突然止まるよう命令されて機嫌の悪い馬の鳴き声しか聞こえない。戦闘ではないようだ。
「何事だ!」
弓月さんの声が響く。荷台の壁の向こうにいる馬に乗っている衛士に、問いかけているのだ。
「隊長!人が倒れているのを発見しました!他の者が確認しています!」
「人……!?」
わたし達の間に雷のように衝撃が流れる。この一体は、魔物が生息する以外は何も無い平原が続いている。そんな場所に人が倒れているともなれば、穏やかな話ではないのは確実だ。
「私も向かう。何かあれば、すぐに馬車を走らせるように」
「はっ!」
弓月さんは、剣を引き抜きながら馬に乗っている衛士に命令する。罠の可能性を考慮しているようだ。
「聞いてましたね?何かあれば、一光さんと鋼太郎は逃げてください。あくまでも召喚士である一光さんの安全が第一です」
「はっ!」
「は、はい!」
弓月さんは、すぐさまこちらに指示を出す。これは、自分達を見捨てろと言っているのと同じだ。突然のことに面食らい、鋼太郎より返事が少し遅れてしまった。
「何もなければ良いけど……」
そんな独り言を残して、馬車から弓月さんが飛び出る。わたしも、何があっても動けるように刀を握りしめる。
「鋼太郎、どう思う?」
「分かんねぇ。だが、最悪を想定するしかないな」
鋼太郎の言う最悪というのは、馬車の旅の中で何回か聞かされた事がある。
召喚士の旅は、聖獣の住む場所の近くの村を目指して移動する。しかし、その村が何事もなく安全なままであるという保証はどこにもない。
今回の場合は、降雪村に向かっている。村が襲われて逃げた人間が倒れているかもしれない。そうでなくとも、盗賊が行倒れを演じて、仲間が挟撃する可能性もある。だから、警戒をしているのだ。
「くそっ、あんまり聞こえねぇな……他の馬車からも、誰かしらは降りてはきてんだろうが……」
鋼太郎が舌打ちする。外の様子が気になるようだ。何となく誰かが話をしているのは聞こえる。分かるのはそれだけだ。
それから長いのか短いのか分からない静寂が続く。鋼太郎は「いっそ外に出てみるか?」なんて冗談言ってたけど、緊張した空気は変わらないままだ。
少しだけ外の様子を覗いて見ようかな、なんて考えていると、荷台の入口の布が開いた。
反射的に、腰の刀に手を伸ばす。しかし、すぐに手を離した。
「お待たせしました。急ですが、今から出ましょう」
現れたのは弓月さん。本当に急な登場で少し驚いてしまった。
「隊長……って、どうしたんスか!?」
鋼太郎が驚いて大声を出す。何事かと思って弓月さんに近付く。わたしも、驚いた。
「子ども……?」
十歳ほどだろうか。男の子が弓月さんに肩を支えられていた。
その子は、弓月さんに導かれるように、ゆっくりと中に入ってきた。
「出てください!」
入口を閉め、外の馬に乗っている衛士に向かって叫ぶ。馬の鳴き声と共に、馬車は再び揺れ動く。
弓月さんは、子どもに予備の毛布を被せると、わたし達に謝った。
「驚かせて申し訳ありません。流石に見捨てるわけにもいきませんから、この子を助けることにしました」
弓月さんは、深く頭を下げた。隊長とはいえ、こちらに話を通さずに判断したことを申し訳なく思っているようだ。
「……こっちに乗せて良いんですか?」
怪訝な顔をした鋼太郎が、男の子を見ながら質問する。この子を警戒しているようだ。
男の子本人は、弓月さんから渡された干し肉を細々と囓っていた。
「敵意は感じられませんでしたし、仮に襲ってきても私だけでも対処は可能です。他の馬車にも要人や貴重品がありますから、何処に乗せるかは正直迷いましたが……ま、私が把握して責任を取った方が話も早いでしょう?」
弓月さんは、肩をすくめながら苦笑いして見せる。この子の処遇で、他の人と揉めたのだろうか。足を止めるわけにもいかない。かと言って見捨てるわけにもいかない、となれば無理もないだろう。
わたしは、どうするべきか……と、頭を悩ませていると地の聖獣の声が聞こえた。
────大丈夫。敵意を見せたら、僕が君達を守るから。
────うん、ありがとう。
急に真面目なことを言われたので少し戸惑ったが、気持ちは素直に嬉しい。二人にも伝えよう。
「地の聖獣からです。自分も警戒するから大丈夫だって」
「聖獣が言うなら……それに、隊長の決めたことでもあるしな」
鋼太郎は、頭を掻きながら再び毛布に包まった。ひとまずは納得したようだ。
「この子の状態も楽観はできませんが、村で暖をとって食事をさせれば大丈夫でしょう。弱ってる原因は飢餓と寒さでしょうから」
そう言うと、弓月さんは男の子の頭を撫でる。その横顔は、どことなく哀しそうに見えた。
わたしが、弓月さんと男の子を見ていると、鋼太郎が口を開いた。
「降雪村の子どもですか?」
「ええ。名前は雪夫くん。召喚士を探し求めて来たようです」
「召喚士を……」
鋼太郎は、眉をひそめる。この子を警戒してるだけではない。降雪村に何かあった可能性も考えているのだ。
「鋼太郎、気持ちは分かります。けど、詳しいことは後にしましょう」
弓月さんは鋼太郎を制止する。ここで話し合っても埒が明かないし、降雪村を目指すしかないからだ。
「分かりました……」
鋼太郎の小さく息を呑むのが聞こえた。相当に気を揉んでいるようだ。わたしの護衛として、警戒してるのだろうから少し申し訳なかった。
早く何事もなく降雪村に辿り着くのを、待つしか無かった。
・・・
それから暫くして、馬車が止まった。今度こそ、降雪村であって欲しい。この子の為にも。
「隊長!降雪村に到着しました!」
外から声が聞こえた。どうやら、無事に着いたようだ。
早速、鋼太郎が外の様子を確認する。
「異常無し!転ばないようにだけ気を付けてください!」
弓月さんは鋼太郎に頷いて見せると、雪夫君を連れて降りていった。
わたしも続いて外に出ると、横殴りの風が吹いてきた。
「ひゃっ!」
寒さに驚き、思わず声が出る。冬には強いつもりだったが、流石に北の冷たさには敵わないみたいだ。
村についたとは言われたが、辺り一面は雪で思われた白の世界だった。何もかもが雪に覆われ、真っ白だ。
それ以外のものといえば、降雪村と思われる石の囲いと大きな正門が見えるくらいだ。
「雪夫!雪夫ではないか!」
寒さに顔を顰めていると、年老いた男性の大きな声が聞こえた。召喚士部隊の誰のものでもなかった。
そして、それは雪夫君の名前を呼ぶものだった。
声の方を見ると、灰色の髭を貯えたお爺さんがいた。間違いなく、わたしの知らない人だ。
近付いてきたお爺さんに、弓月さんは話しかけた。
「雪夫君のご家族の方ですか?」
「え、えぇ……しかし、どうして衛士様たちと……」
お爺さんは、見るからに困惑していた。何があったかは分からないが、雪夫君を探していたようだ。
「それは後にしましょう。とにかく暖を」
「わ、分かりました!」
雪夫君には、防寒対策に半纏を着せているが、元から身体が冷えている。とにかく身体を暖めなければならない。
弓月さんは、半ば強引に雪夫君を村の中へと連れていった。
・・・
慌ただしく降雪村の中へと入っていったわたし達。お爺さんに引き連れられ、村の奥の集会所へと案内された。部屋の中心にいくつか設置してある焚き火をかこんで身体を温めていた。
雪夫君は、村の人達に連れられて家に戻っていった。容態は気になるが、村の人達に任せることにした。
「雪夫君、大丈夫かな?」
「まあ、あの様子なら手慣れてるから大丈夫……でしょう」
「そうだと良いな……」
鋼太郎の無理のある敬語が復活した。今は他の人もいるから仕方ない。
後で雪夫君のお見舞いに行こうかと考えていると、集会所の入口が開いた。
誰か来たのかと見てみると、先程のお爺さんが入ってきた。
「皆様、お待たせしました」
「あっ、さっきの……」
皆の注目が、お爺さんに集まる。先程まで賑やかだったが、静まり返る。
お爺さんは部屋の奥に座り、深々と頭を下げた。
「はじめまして。私は、白瀬雪彦。この降雪村の村長を務めています。まずは、ご足労頂きありがとうございます」
他の人達も頭を下げ始める。わたしも、少しだけ遅れて下げた。
全員が上げ終わると、雪彦さんが口火を切る。
「まずは、孫の雪夫がお騒がせしたことをお詫び申し上げます」
雪彦さんは、再び頭を下げる。身内が迷惑をかけたから、らしい。
こう何回も頭を下げられると、少し申し訳無さを感じる。
雪彦さんが頭を上げた瞬間を見計らって、弓月さんが質問した。
「何故、雪夫君は村の外に出ていたのですか?村の周囲は魔物が多くて危険だと聞いています」
それは同じく気になっていた。
わたしが聞いた話では、村の中は氷の聖獣の力のお陰で、魔物が近づくことは少ないらしい。だから、村の外に出なければ、魔物に襲われることは殆ど無い。それでも完全に被害がないわけではないらしい。
「皆様は、氷狼をご存知ですか?」
氷狼。この言葉が出た瞬間、周囲が少しざわついた。
わたしは知らないので、怪訝な顔をするしか無かった。鋼太郎も知らないのか、首を傾げている。
「この辺りに生息する狼の大将、だったかな?確か、その代で一番強い狼が、氷狼と呼ばれていたはずだ。何でも、氷柱のような冷たく鋭い牙を持っていると聞いている」
離れた席に座っていた貴族の外海様が、口を開いた。良く通る声で、聞こえやすかった。
雪彦さんは、外海様の言葉に頷いてみせた。
「その通りです。氷狼とは、群れの中で一番強い狼の称号。獲物を一番多く仕留めた者が継承する最強の名です。魔物にしろ、人間にしろ、奴には並の腕前では敵わないでしょう……」
そこで区切ると、雪彦さんは眉をひそめた。その氷狼と雪夫君に繋がるのだろうか?その答えはすぐに分かった。
「雪夫は、あれを狩ろうとしました。当然ながら敗走しましたが」
「っ……!」
再び、周囲がざわつく。それも無理かはなかった。
十歳ほどの子どもが一人で魔物と相対するだけでも危険だ。それなのに、群れで最強と謳われた魔物を狩ろうとしたのだ。
「だから、それを召喚士に倒してもらおうと思い、我々を探していた……ということですか?」
「その通りです。我々にも黙って、村から飛び出したのです」
弓月さんの言葉に、雪彦さんが頷く。
狩りたい魔物がいたが、敵わなかった。だから、代理で対してくれる人間を探しに行った。
改めて考えると、子どもとは思えない行動力だ。一体、何が彼を突き動かすのか……。
「全ては、三年前の悲劇を起因としています」
そう告げると、雪彦さんは雪夫君の過去を語り始めた。
今から三年前、村に狼の魔物の群れが攻めてきたらしい。それは、村が作られて以来、初めての魔物の群れの進行だった。
村の人達は、当然だが対処にあたった。その中に、雪夫君の両親(雪彦さんからすれば息子夫婦)がいた。
村の人々の奮戦もあり、魔物は退けられた。だが、雪夫君の両親は氷狼と交戦し、命を落としたという。
両親を失ってからの雪夫君は、すっかり塞ぎ込んでしまう。
それから剣の修行を積み、村の人々に無断で氷狼に再び挑む。だが、氷狼の強さは魔物とは一線を画していた。当然ながら、氷狼に敗北してしまう。雪彦さんは、雪夫君に氷狼を倒すことを諦めるよう諭した。
それからは、雪彦さんから見たら大人しくなったという。村の外に出ようとすることも、出たいと言い出すことも無かった。
時は飛んで数日前。召喚士部隊が降雪村に来ていると聞いた雪夫君は、夜中に村を抜け出したらしい。諦めたように見せかけ、わたし達と接触する機会を伺っていたようだ。
しかし、村の外は雪が振り続け、魔物も沢山いる。子どもが一人で旅など出来るわけがなかった。雪夫君は力尽き、わたし達に保護される。
そして、今に至るようだ。
「事情は分かりました。しかし、それならば我々が到着するまで待っていれば良かったのでは?」
弓月さんがさらに質問する。たしかに、召喚士部隊が到着してから頼めば確実なはずだ。
「聖獣との契約が終わったら、すぐに立ち去ると思ったらしいのです。村に到着する前に、約束を取り付けたかったのでしょう」
雪彦さんは苦い顔をする。孫息子が命を顧みない行動に出たのだから、無理もない。
わたしも、育ての親である桂子さんに黙った孤児院を出ようとしたので、他人事に思えなかった。
「無礼と無理を承知でお願いします。氷狼を倒していただきたい……!」
頭を下げる雪彦さん。村長としての立場、祖父としての気持ち。この二つに挟まれて悩んだ末の発言なのだろう。
「わたしは……」
出来ることなら引き受けたい。魔物を倒せば、雪夫君の気持ちも晴れると思うから。
しかし、氷狼の討伐を提案しようと声を出した瞬間、弓月さんに遮られた。
「お気持はわかります。ですが、我々にも悠長にしている暇はないのです」
先手を打たれた……!せめて検討くらいはさせてほしかった。
でも、弓月さんの言う通りだ。氷狼の居場所が分からないなら、探す時間はないかもしれない。
「そうですか……」
雪彦さんも目に見えて気落ちしている。気の毒だが、諦めるしか無いのだろうか……。
口から出そうになったため息を、飲み込んでいると、弓月さんの視線がこちらに向く。
「ただ……氷狼と遭遇してしまった場合は、対処するしか無いでしょう。召喚士様も、そう思われますよね?」
「……んっ?」
断ると思っていたので、予想外の発言に困惑した。
そして、気が付くと、わたしに皆の視線が向いていた。何事かと思ったが、何となく言いたいことが分かった。
わたしが今、言うべき言葉は……!
「そ、そうですね。わたしも出会った以上は交戦は避けられないと思います。後でお話を聞かせてください」
しどろもどろになったが、要は立場として断言はできなくとも、言外に含むのは許されるということだろう。
つまり、この場で引き受けるのは難しくとも、契約を行う途中で遭遇したという体であれば、氷狼討伐を行えるのだ。
「……っ!」
わたしの言葉に、雪彦さんの目が見開く。どうやら、こちらの意図を汲み取ってくれたようだ。
「ありがとうございます!」
雪彦さんは、目尻に涙をためながら頭を下げた。
弓月さんも、こちらに小さく頷いた。周りの人々も、どことなく安堵しているように見えた。
この後、食事をしながら氷狼の生態や氷の聖獣について教わった。氷狼の現れる条件と予定を照らし合わせた結果、多少は予定を切り詰めることにはなるが、氷狼の討伐を行う時間は確保できそうだった。部隊内にも、氷狼討伐に異議のある人間はいないようであった。討伐は、聖獣との契約後に行うことになった。勿論、遭遇ししてしまったという体ではあるが。
こうして、慌ただしく始まった降雪村への訪問は、ひとまずは落ち着いたであった。