氷の聖獣と契約後に氷狼を(遭遇してしまったという体で)討伐することに決まった。
明日の朝に食事を摂ったらすぐに出発するので、早めに寝ることになった。
「寝るつもりなんだけどな……」
集会所の個室の布団に寝転がり、木製の天井を見上げながら呟く。さっさと寝てしまいたいが、まるで眠れなかった。
理由は自分でも分かっていた。
────あの男の子のこと、気になる?
────まあ……。
地の聖獣が頭の中で語りかけてくる。
あの男の子とは、雪夫君のことだ。氷狼を討伐するきっかけとなった、行倒れの少年。召喚士の力を頼ろうと単身で村を飛び出す行動力の塊。
わたしは、あの男の子に、少しだけ感情移入しているようだ。
「迷惑をかけた同士ってことかな」
自嘲気味に笑う。無断で家を飛び出して、育ててくれた人に迷惑をかけたという点では、孤児院を飛び出して怒られた、わたしと似ていると思ったから。
だが、こんな事を考えても仕方ない。起きている方が身体に毒だ。
今度こそ寝ようと瞼を閉じると、襖が開く音が聞こえた。
「ん……?」
一応、布団の下に忍ばせていた刀を握る。だが、殺意や敵意を感じない。
ゆっくりと、暗闇の中に人の輪郭が見える。そこには、弓月さんの姿があった。
「申し訳ありません。起こしましたか?」
「いえ。もう少ししたら寝ようかなとは思ってましたけど……」
この部屋は、弓月さんも寝室として使用する予定だ。報告書をまとめるから先に寝てくれと言われ、先に布団に入っていた。
「まだ寝るつもりがないなら、少しお話しませんか?」
「良いですけど……」
「では、行きましょうか」
そう言うと、弓月さんは手招きする。場所を移すらしい。布団から出て、彼女についていく。
・・・
話とは何だろうか。他愛のない話か、それとも召喚士の話か……。少しすれば分かるとはいえ、そわそわしてしまう。
そんな事を考えていると、一階へと到着する。焚き火の明かりが見える。薪を燃やす音もだ。
誰かいるのか……?
「……おお、こちらです」
雪彦さんだ。わたし達を見て、微笑む。焦燥していた昼間と違い、穏やかな顔をしている。とりあえずは、落ち着いたようで良かった。
そんな彼の隣には、雪夫君が座っていた。
「あ、雪夫君もいたんだ。体調どう?大丈夫?」
「はい。お陰で助かりました。それから……ごめんなさい……」
雪夫君は、深々と頭を下げる。昼間の雪彦さんを思い出させる動きだ。やはり家族なのだと思わされる。
「雪夫君、もう良いんだよ。わたしも雪彦さんも怒ってないからさ」
ゆっくりと顔を上げる雪夫君。炎に照らされ、わたしを見つめる瞳は、涙が浮かんでいた。
「……ありがとう」
馬鹿にしてるわけではないが、鼻を啜りながら袖で涙を拭う様は、子供っぽい。
村を飛び出す、なんて突拍子もない行動に出たので、共感しながらも変わった子ではないかと思った。
こうして見ると、どこにでもいる子どもだ。こんな子が危険を犯してまで接触しようとしたのは、かなり思い詰めていたのだろう。
そう考えると、少し胸が痛む。
「あの、お話があると聞きました」
気を紛らわすように話を切り出す。落ち込んでも仕方ない。
「ええ。まあ、私や雪夫だけの話……というわけでもないのですが……」
雪彦さんは、弓月さんに視線を向ける。歯切れの悪い言い方だ。何か言い難いことでもあるのだろうか。
雪彦さんの言葉を引き継ぐように、弓月さんが口を開いた。
「実は私、この近くの村の出身なんです。言いそびれましたけどね」
「えっ?そうなんですか?」
突然の発言に間抜けな声が出てしまった。そんなコト一言も聞いてなかった。
だが、この近くに村など無かった筈だが……。
「知っての通り、今は降雪村の近辺に村はありません」
「……どうしてですか?」
この村に訪れてからの事を考えれば分かることだ。しかし、聞かずにはいられなかった。
少しの静寂。炎が巻きを燃やす音だけが包んだ。
弓月さんの横顔を、焚き火が照らす。雪夫君を保護した時の、少し悲しそうな顔だった。
弓月さんは、小さく息を吐いて答えた。
「……滅びました。氷狼によってね」
やはり。何となく感じてはいたが、故郷は無くなってしまっていたのか。それも、氷狼によって。
「まあ、でも……生き残った人もそれなりにはいますよ。私の両親含む村の討伐部隊が狼の群れと戦ってましたから。私は、その間に親戚と逃げました」
「そう……だったんですか……」
何と言えば分からず、絞り出すように声を出す。弓月さんは続ける。
「十年以上前でした。昼寝をしていたら、いきなり両親に起こされて外を見たんです。そしたら、村の中に狼の群れがいました。勿論、群れの長である氷狼も。連中は、人も食料も食い千切っていました。戦える人間は狼と戦い、それ以外はみんな逃げました」
弓月さんは淡々と語るが、目を細めていた。良い思い出とは言い難いからか、苦い顔をしている。
焚き火に木の枝を放りながら、雪彦さんが口を開いた。
「私も、弓月という名字を聞いた時に何となくは察していました。弓月夫妻といえば、オオトリの北側では弓の名手として名を馳せていた。この周辺で、その名を知らぬ者はいません」
「弓月夫妻?」
聞き慣れない言葉が出てきて、疑問符を浮かべる。流れから察するに、弓月さんの両親だろうが……。
弓月さんは、私の疑問に答えた。
「お察しの通り、私の両親です。村の自警団の団長を務めていました。団員と共に、狼の群れを退けましたが、仲間を庇って亡くなったらしいです。酷い殺され方をした、とも……」
弓月さんは苦笑いした。子どもの頃の事だから記憶は曖昧ですけどね、と言いながら。
それに対して、何と声をかければ良いのか分からなかった。そもそも、わたしに声を掛ける権利などあるのかも。
代わりに、わたしは疑問に思っていたことを投げかけた。
「どうして、弓月さんは衛士になったんですか?」
個人的に気になっていた。思い返してみれば、弓月さんが戦う理由なんて聞いたこともなかった。
少し強引な気もしたが、彼女は快く答えてくれた。
「大層な理由はありませんよ。戦いで食べていくしか方法を知らなかったからです。村に戻ったところで、復興する人手も足りませんし、村人も離れ離れになってしまいましたから」
弓月さんは困ったように笑う。
命からがら逃げ出し、故郷を捨てることになった弓月さんや、村の人々。彼女達が暮らしていくには、間違いなく苦労したはずだ。
「後は……狼達が暴れ出したのも、異常気象が原因らしいので、それを何とかしたいという気持ちもありました。そうして衛士として頑張っていたら、今の皇王様にお声をかけられて召喚士の護衛部隊に入るよう提案されました」
「えっ。皇王様に?」
直接、皇王様に提案されたというのか?皇王様から弓月さんに対する信頼のようなものは感じていたが、そこまでとは思わなかった。
「ええ。正直、面食らいましたね。こんな田舎者が目をかけられて良いのかと思いました。案の定、面倒事もありました。今は、こうしていますけどね」
再び、困ったように笑う弓月さん。過去に心無い言葉を浴びせられたのだろうか。
わたしも、召喚士として都で会食している時に、貴族の人に嫌みを言われた事がある。少しだけ想像がついた。
勿論、召喚士部隊にそんな人はいない。だが、都で衛士を続けるのであれば、そんな人ともずっと顔を突き合わせなければならないだろう。そう考えると、わたしよりもずっと辛い思いをしてきたのかもしれない。
「あの……氷狼……召喚士様達は倒せるんですか……?」
「これっ!雪夫……!」
雪夫君がおずおずと尋ねる。雪夫君を叱った雪彦さんが「申し訳ありません……」と頭を下げる。
「いえ、気にしないでください……えっと、弓月さん……実際はどうなんですか?」
正直に言えば、わたしも気になっていた。氷狼とはどの程度なのか。今のわたし達に勝てるのか。
「それはご心配なく。氷狼の面倒なところは逃げ足の速さですから。ちゃんと包囲網を作れば逃げ出せないでしょう。慢心しなければ、負けることは無いでしょう」
弓月さんは「勿論、遭遇すればの話ですが」と付け加える。誰が聞いてるわけではないが、一応は立場としては言わなければならないらしい。
「あ、ありがとうございます……!僕、皆さんを信じます!」
「私からも改めて……ありがとうございます……!」
頭を下げる雪夫くんと雪彦さん。頭を下げられるのは何回やられても慣れないものだ。
「さて、もう寝ましょう。明日も早いですから」
戸惑っていると、弓月さんが助け舟を出してくれた。それに従って、その場はお開きということになった。
・・・
再び、わたしは寝室の布団に入っていた。今度は、隣の布団には弓月さんもいる。
「弓月さん……起きてますか……?」
「ええ。でも、手短にお願いします。もう寝なきゃいけませんから」
ちらり、と横目で見る。弓月さんは目をつむり、微動だにしない。本当に早く寝るつもりのようだ。
わたしは、彼女に疑問に思っていたことを訊ねる。
「どうして、都は氷狼を狩らないんですか?」
「別に狩らないわけではありません。狩れないんです」
氷狼を狩れない?少なくとも、都の衛士は練度が高い。話を聞く限りでは、氷狼にも勝てるはずだ。
「氷狼が人前に姿を見せる法則が分かったのは、半年前なんです。いくつもの村や集落が滅んで、何人もの有志が観察してようやくです」
その口調は淡々としている。だが、どことなく熱を感じる。
わたしは、氷狼がいつ現れるのかを、降雪村に来て早くに分かった。だが、それらは人々の犠牲の上に成り立っていた。
「魔力の枯渇による異常気象は、魔物だけでなく人間の心をも荒ませます。衛士は、そんな人々を抑えなければなりません。いつ出現するか不明な魔物に人員を割けなかったんです」
「なるほど……」
聞いていて歯がゆい話だ。目の前の問題を片付けなきゃいけないから、他の問題に手がつけられなかったのだろう。
知った以上は、何とかしたい。何とかするだけの力はあるのだから。
「弓月さん。氷狼と戦うなら、必ず勝ちましょうね」
「ええ。戦うなら、ですけどね」
あくまでも聖獣のついでという態度は崩さない弓月さん。だが、その声は少しだけ嬉しそうに聞こえた。
話はそこで終わり、わたしと弓月さんは眠りについた。