ぶつかる刀と刀。鋼と氷。
わたしと彼女の大きな違いは、人か人ならざる者か。
だが、その違いはわたしにとっては大きいものだった。
「どうしたの?これで本気なの?」
「ぐっ……!」
戦闘は、わたしの先制攻撃から始まった。
そこから押し切ろうと攻め続けているが、わたしの刃はまるで届かない。どれだけ斬り続けても、受け流される。
「だったら……瞬迅剣!」
斬りから突きに切り替える。瞬迅剣は高速で相手を突く技だ。刀の軌跡は、氷の聖獣のハラに向かって一直線に進む。
「甘い!」
刀の切っ先が当たるかどうかという距離で、切り払われる。
「なっ……!」
どうやっても、攻撃が当たらない。このままでは体力を消耗するばかり。
こうなったら出方を見るしか無い……。
「あら、仕掛けてこないの?地の聖獣の力も使わないし、戦意喪失かしら?」
「その手にはかかりませんよ」
刀を握る手を強める。氷の聖獣の言わんとすることは分かる。確かに、聖獣と渡り合うには聖獣の力を使う必要がある。
しかし、聖獣の力は体力的な消耗が激しく、今のわたしでは気軽に使える力ではない。
だから、あんな挑発に乗る必要はない。使い所は別にある。
「そう、残念ね……ならば!」
氷の聖獣は、地面を蹴った。あっという間に、目の前には彼女の姿があった。
そして、右手には当然ながら氷の刀。その刃は、わたしを仕留めんと鈍く光る。
「っ……!」
首元に、殺気のようなものを感じる。恐らくは、彼女から発せられる殺意のようなものだ。
首を狙いに来たということか?だが、この距離では斬撃を避けられない。
首元を守るように、刀を前に出す。その直後、刀身に何かがぶつかったような音がした。
「防いだか……やるわね」
氷の聖獣が刀を振るっていた。あまり見えなかったが、腕が動いていた。防げたのは、殆ど勘だ。
攻撃が届かなくても、攻めに入られたらまずい。だが、まともに切り結んでも勝機はない。
「だったら……!魔神連牙斬!」
三連続の衝撃波を氷の聖獣に目掛けて放つ!斬れないのであれば、遠距離攻撃に切り替えるまでだ。
だが、氷の聖獣は動く様子を見せなかった。
「浅はかな作戦ね……はあっ!」
氷の聖獣は、地面に刀を突き立てる。一体、何をしようというのか。
「あれは……!」
彼女の周囲の地面から、何かが出てきた。それが氷の聖獣の周囲を包んだ。
「守護氷槍陣!」
あれは、槍だ。氷の槍が無数に突き出てきた。彼女を守るかのように、現れた。
わたしの放った衝撃波は、氷の槍にかき消されてしまった。
「嘘……」
思わず呟く。彼女には、近接攻撃も遠距離攻撃も通じないのか……?
氷の槍が消え、氷の聖獣は氷の刀を向ける。
「発想は悪くないけれど、想像が足りなかったわね」
再び、氷の聖獣が駆け出す。一気に斬って勝負を決めるつもりなのだろう。
「くっ……!」
氷の聖獣が近づくたび、どこに攻撃をしてくるか何となくだが分かった。首を狙われた時と同様に、氷柱で突き刺すような視線を感じる。
それでも、斬撃は避けられない。狙われているのは、両手と両足。それに胸だ。合計五ヵ所を連続で斬るつもりなのだ。
先程は首への攻撃のみだったから対応出来たが、今回は複数だ。話は変わってくる。
「全部は無理だよね……ならば……!」
攻撃に備えて刀を握り直す。
氷の聖獣は、そんなものは無意味だとばかりに足を止める気配を見せない。本気で、わたしを仕留める気なのだ。
「なにをしようが無駄よ!喰らえ!」
氷の聖獣の腕が動く。目で追おうとするが、やはり見えない。
見えないけど、斬撃の気配を確かに感じた。彼女は、その奥義の名を叫ぶ。
「凍てつきの刃に沈め!氷影連牙刃!」
冷たい刃の連撃が、わたしに襲いかかる!来るのは分かっている。だが、やはり避けきれない!
氷の刃は、わたしの両手と両足を鋭く斬りつけた!
「ぐああああああああああああああああああっ!!!」
手足が斬られ、血を流す。痛みと熱さが、わたしの身体を駆け巡る。
ふらふらとする足腰に力を入れ、踏みとどまる。
まだ、最後の一撃が残っている。倒れるわけにはいかない。
「とどめだ!」
最後の一太刀が振り下ろされる。間違いなく、心臓を狙った一撃!
一回の攻撃であれば、受け止めることだって可能だ!
「うわあああああああああああああああああっ!」
胸の部分にちくり、とした視線を感じる。恐らくは、氷の聖獣が、わたしの心臓を狙っているのだろう。
全力で地面踏みしめ、刀の手を握り、振るった!
「なっ……!?」
わたしの鋼の刀が、氷の聖獣の氷の刀を受け止めた!
この一撃で仕留めるつもりだったのだろう。氷の聖獣は、驚愕する。今までからは考えられない程に、目を見開いていた。
「ぐぅっ……!」
刃の刃を相手の肉体にに押し入れようとぶつかり合う。鍔迫り合いの状態になっていた。
だが、これも長くは持たない。長引けば長引いただけ、わたしが不利になる。次第に力負けするだろう。
「まだだぁっ!」
腰に差していた鞘を引き抜く。そこで終わるつもりはない。これは、その為の策だ。
「天昇打!」
氷の聖獣の手元を狙って、鞘を振り上げた。鞘に打ちつけられ、氷の聖獣は刀を手放した。
宙を舞う刀を掴もうとするが、遠くへと飛んでいった。
「ちぃっ……!」
刀を弾き飛ばされ、氷の聖獣は顔を歪ませる。これで、彼女の武器は無くなった!
氷の聖獣が防御の構えを取るには、少しだけ隙があった。今が好機だ!
「取った!」
鞘を投げ捨て、氷の聖獣の首を掴む。氷の聖獣は、首を取られると思ってなかったからか、驚愕に顔を歪ませる。
────地の聖獣!力を貸してください!
────任せて!
地の聖獣に呼びかける。彼の力が、左手に流れてくるのを感じた。
光が、わたしの掌に集まる。地の聖獣の力が、光になっているのだ。
氷の聖獣は、わたしの手を離させようと、手刀で放とうとしていた。
手刀に貫かれる前に、自身の掌に溜まった力を爆発させる!
「くらえ!爆岩掌!」
「──────っ!」
光が弾け、岩が砕け散るような、激しい爆発音が起こった。
氷の聖獣の身体が、空高くへと吹き飛ばされた。
「ぐあっ……!」
そして、彼女は地面へと叩きつけられる。その顔は、痛みに歪ませていた。
だが、わたしは攻めの手を緩めない。
「くらええええええええっ!!!」
左手を前方にかざし、岩の弾を氷の聖獣に向かって飛ばす。
一発だけではない。二発、三発と撃てるだけ撃ち続ける。
雪が砂埃のように舞い、氷の聖獣の姿が隠れる。だが、間違いなく手応えはあった。
「はぁはぁ……どうだ!」
動き続け、聖獣の力を一気に使ったので流石に息が上がる。
刀の切っ先を氷の聖獣の方へと向ける。倒したのを確認するまでは、油断できない。
「ふっ……今のは効いたわよ」
「くっ……!」
氷の聖獣は、倒れてはいなかった。彼女の目の前には、半身ほどの氷の壁のような物が広がっていた。あれを盾にして、わたしの攻撃を防いだのだろう。
────つばさ!攻撃自体は効いてるよ!もう一度、僕の力を使う機会を狙うんだ!
「分かってます!」
地の聖獣の助言に、思念ではなく直接言い返し、地面を蹴り上げる。効いているのであれば、このまま押し切れば良い!
「無駄だああああああああああああああああっ!」
「なっ……!」
氷の聖獣は地を蹴り、一気に距離を詰める。
あれだけの攻撃を受けて、まだこれだけ動けるというのか?
「くっ……真空……!」
「遅いっ!獅子戦吼!」
眼の前に獅子が現れ、吠える。
実際に獅子が出てきた訳では無いが、獅子の咆哮を思わせる程の速さの掌底が、放たれた。
「ぐああああああああああああああああっ!」
身体が大きく後ろに吹き飛ばされる。壁にぶつかり、地面に身体を打ち付けた。
「ぐっ……うぅ……」
肉眼で追うのがやっとな速さだ。明らかに刀を振るうよりも速く感じる。これに対して、どうやって斬り込むべきか……。
「あっ……」
右手に違和感を覚える。
刀が無かった。恐らくは、吹き飛ばされた時に手放してしまったのだろう。
何とか立ち上がるが、次の攻撃を防げる自信は、正直無かった。
「つばさ!大丈夫か!?」
後ろから声が聞こえた。振り向くと、鋼太郎と弓月さんの姿があった。
氷の聖獣によって二人は閉じ込められていた。これは、二人を取り戻すための戦いでもあった。
そうか……わたしがぶつかった壁は二人が幽閉されている壁だったのか。
「心配しないで!必ず助けるから!」
弱気になるな。防げなくても、攻撃する手段はいくらでもある。
ここで挫けたら、それこそ全てを失う。弓月さんと鋼太郎だけではなく、世界を救う手段もだ。
「だから……負けない!」
地面を蹴る。一直線に、拳を握りしめて氷の聖獣へと向かって走る。
刀を取りに行きたいが、間違いなく背中を狙われる。ならば、このまま格闘で戦うしかない。
対する彼女は、先程までの動きが嘘かのように微動だにしない。
「あれは……!」
あれは動けないのではなく、敢えて動かないのだろう。わたしを試すつもりだ。
それでも構わない。わたしに選択肢は無いのだから。
「うおおおおおおおおっ!」
拳を氷の聖獣の顔に向けて振り抜く。だが、氷の聖獣は表情一つ変えない。
効くとは思ってなかったが、ここまでとは思わなかった。距離を取ろうと後ろに下がる。
「逃さない」
「なっ……!」
ぼそり、と呟いた氷の聖獣は地面を蹴り上げ、一気に距離を詰める。
「はあっ!」
腕が動いたのが見えた。防御しようと顔を腕で守るが、遅かった。
氷の聖獣の拳が、顎に直撃する。視界が激しく揺れる。
「ぐあっ……!」
鈍い痛みに、思わずうずくまる。顎だけじゃない。頭も痛かった。
氷の聖獣は、攻めの手を緩めなかった。
「輪舞旋風!」
「……っ!」
今度は、回し蹴りが右肩に当たる。横に大きく体が投げ出される。
「ぐっ……うぅ……!」
よろけながら立ち上がる。視界がぼやけているし、利き手の右腕も痛かった。
正直、戦える状態ではないと思う。それでも、やめる気にはなれなかった。
「しつこいわね。まだやるの?」
────つばさ。これ以上は危ないよ……。
氷の聖獣と地の聖獣。二人の忠告が頭の中でこだまする。
自分でもそう思う。分が悪いなんてものじゃない。誰から見たって彼女の勝ちで、わたしの負け。
多分、鋼太郎達もそう思ってるだろう。近くにいたら、命を優先するように言うに違いない。
それでも、嫌だった。ここで投げ出したら、自分が自分でなくなる気がした。
「ごめん、なさい……続けさせてください……!」
ただの意地なのは分かってる。それでも、止まる気はなかった。
奥歯を噛み締め、拳を握る。視界は少し見にくいけど、氷の聖獣の場所はわかった。
「ぐぅ……!うおおおおおおおおおお!」
氷の聖獣目掛けて、一直線に駆け出す。場所が分かるならば、そこに向かえばいいだけだ!
「そう……ならば、終わらせるわ!」
「……っ!」
氷の聖獣が、拳を後ろに引くのが見えた。
────つばさ!
地の聖獣が頭の中では叫ぶ。言いたいことは分かる。
あれは、秘奥義の構えだ。彼女の右手に、魔力が集まっているのを感じる。
逃げるのが正解かもしれない。だが、それでも氷の聖獣は、追いかけてくるだろう。
ならば、正面からぶつかったほうがましだ。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
氷の聖獣の顔面目掛け、拳を振り下ろす。
だが、やはり彼女は全く動じない。まるで氷でも殴っているようだ。
拳を引き、距離を取ろうとしたが、遅かった。
「絶・氷神拳!」
氷の聖獣が、拳を振り上げた。その先には、わたしの胴体。
凍てつく拳が、わたしの腹を穿った。