テイルズオブ・サモナーズ   作:柿田

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第十四話「試練の先」

 ゆらゆら、と視界が揺れる。

 揺れるとは言っても、不快な揺れ方ではない。心地よい、ゆったりとした揺れだ。

 間違いなく雪山に居るはずなのに、何だか温かだ。

 

「一光さん、大丈夫ですか?」

 

「……え?弓月さん?」

 

 不意に、見覚えのある顔が出てきた。

 わたしの護衛を務めている弓月さんだ。後ろでまとめた黒くて長い髪を揺らしながら、わたしの顔を覗き込む。

 

「あ、はい……まあ……」

 

 身体に悪いところはなかった……と、思う。寝ぼけて頭が回らないからか、曖昧に答えてしまう。

 

「なら、良かったな。安心したぜ」

 

 弓月さんとは別に、聞き覚えのある声が聞こえた。男の人のものだ。

 それも、わたしの目の前からだ。

 

「えっ……鋼太郎……?」

 

 その声は、間違いなく鋼太郎のものだ。聞き間違えるわけがない。

 そして、今になって気がついた。

 わたしは、おんぶされているのだ。鋼太郎の背中で寝ていたのだ。

 ……どうして鋼太郎におぶんされてるんだろう?

 

「えっと……降りて良い?」

 

「ああ。無理はするなよ?」

 

「うん」

 

 返事をすると、地面に足をつけ、鋼太郎の背中から離れる。

 それにしても、こんな年になっておんぶされるのは変な気分だった。

 近くを見渡すと、雪山の麓だった。わたしは、鋼太郎に連れられて山から降りてきたようだ。

 

「……ん?」

 

 ……いや、待て。大事なことを忘れてないか?

 そもそも、どうしておんぶされていた?

 

「……あっ!試練!」

 

 思い出した。いや、思い出してしまったというべきか。

 顔から血の気が引くのを感じた。

 

「そうだ……負けたんだった……」

 

 肩を大きく落とす。

 刀を失い、わたしは氷の聖獣に素手で戦いを挑み、痛烈な一撃を貰って負けたのだ。

 拳を腹に打ち付けられ、無様にも気絶。それが、わたしの目覚める前の記憶。

 わたしは、試練に負けたのだ。

 

「なあ、つばさ……おい……」

 

 鋼太郎が話しかけてくるが、頭に入らない。成すべきことを成せなかった。それが、今のわたしだ。

 

「つーばーさ!聞いてんのか!」

 

「……なに?」

 

 何なんだ、と思いながら顔を上げる。一体何を言われるのかと、身構える。

 

「お前、何か勘違いしてないか?」

 

「…………え?」

 

 勘違い?わたしが負けたのは事実だろう。実際、こうして契約もできずに、山を降りたのだから。

 怪訝な顔をしていると、鋼太郎はため息をつきながら頭を掻く。

 

「まあ、とりあえずは話を聞こうぜ」

 

 鋼太郎が指をさす。わたしに向けてるのかと思ったが、違うらしい。

 後ろを見ろということだろうか。とりあえず、振り向く。

 

「ええっ!?」

 

 変な声が出てしまう。

 だって、そこには白い着物に黒い髪の女性────氷の聖獣が立っていたのだから。

 

「な、何で氷の聖獣様が……?」

 

「ずっと一緒に下山されてましたよ?」

 

 さらっと答える弓月さんに、わたしは唖然としてしまう。

 どうしよう……全く気が付かなかった。これは、とても失礼なことなのでは?

 氷の聖獣は、眉を顰めて目元を痙攣させていた。

 

「あ、あの……」

 

「……何?居たらおかしいかしら?」

 

 や、やっぱり怒ってる!何か腕組みしてるし!険しい顔してるし!

 なにか言わなきゃと思うが、まともな言葉が出なかった。

 必死に言い訳を考えていると、氷の聖獣が大きなため息を吐く。

 

「……はあ、もう良いわよ。とにかく、説明させてもらえるかしら?」

 

「説明、ですか?」

 

 一体、何を説明するのか?わたしが負けた以上の情報は必要ないと思うが……。

 

「単刀直入に言うわ。一光つばさ、あなたと契約する」

 

「け、契約ですか?」

 

 契約、という言葉に胸が飛び跳ねる感じがした。

 負けたはずなのに、わたしと契約するというのか?

 

「嫌なの?」

 

「いえっ、嬉しいですけど……わたし、負けましたよね?」

 

「ええ。負けたわね。完膚なきまでに。正直、この先不安だわ」

 

 氷の聖獣は、そう言うと小さくため息をつく。何と嘆かわしい、と言わんばかりの落胆ぶりだ。

 それでも、契約するというのだろうか?疑問の答えはすぐに帰ってきた。

 

「でもね……逃げなかったことは評価する。召喚士に求められるのは、使命から逃げないこと。最後まで成し遂げようとする強い意志だから」

 

「強い意志……」

 

 氷の聖獣は「実力が伴わないのも良くわないけれど」と付け加えた。

 ……確かに、ここで投げ出したら何のために孤児院を出たんだと思い、最後まで立ち向かった。だから、武器がなくても、身体が痛くても戦えた。

 

「意志なき者に世界を託すつもりはないわ。少なくとも私はね」

 

「氷の聖獣様……」

 

 少なくとも、わたしの決意は伝わったということでいいのだろうか?複雑だが、嬉しくもあった。

 

「とにかく、契約するわよ。今日はまだ予定があるのでしょう?」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 契約の準備の為に、左手をかざす。

 

「……っ」

 

 氷の聖獣が光りだす。光となった彼女は、次第に指輪に吸い込まれていった。

 

「……あっつ……!」

 

 一瞬だが、指輪をつけている中指が熱くなった。地の聖獣の時もだが、契約すると熱くなるらしい。

 

「上手くいったのか……?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 鋼太郎は、恐る恐る聞いてきた。そんな氷の聖獣を安心させるために、笑ってみせた。

 

────ですよね、氷の聖獣様?

 

 自身の指輪に目線を移し、氷の聖獣に尋ねる。頭の中に、彼女の返答が響いた。

 

────つばさ、少しはゆっくりさせない。契約したばかりなんだから。

 

────ごめんなさい。でも、気になっちゃって……。

 

 万が一にも、契約失敗なんてことがあれば話にならない。そこは、はっきりとさせておきたかった。

 

────心配しなくても、一緒に戦うわよ

 

────はい。ありがとうございます!

 

 話を終えると、鋼太郎たちに目を向ける。わたしが話すのを今かと待ち構えていた。

 

「どうだ?」

 

「うん。ちゃんと契約出来てる。一緒に戦うってさ」

 

「よっしゃあ!あー!良かった!良かった!」

 

 鋼太郎が飛び跳ねながら喜びを示す。まるで自分のことかのように喜ぶ彼に、思わず苦笑いする。

 区切りがついたところで、弓月さんが手を叩く。

 

「さて、そろそろ戻りましょう。一光さんも少し休みたいでしょうし」

 

「そうですね。色々と準備もありますし」

 

「俺も村の手伝いしなきゃだしなあ。こりゃ、忙しくなるな」

 

 まだ時間はあるが、この後は村を攻めてくる予定の氷狼を迎え撃つことになっている。あくまでも、偶然居合わせたという体でだが。

 わたしも、氷の聖獣から力の使い方を教わらなくてはならない。

 

「……あ。そういえば……」

 

 一つ違和感があった。目が覚めてから気になっていたことがある。

 

「どうしました?」

 

「あの……わたしの怪我、全部治ってませんか?」

 

 服はぼろぼろだ。しかし、あれだけ手足にあった怪我は全て治っていた。痛みも全く感じない。

 あまりもの不自然さに訝しむ。

 

「氷の聖獣様が治してくださいましたよ?」

 

「えっ!?」

 

 あっけからんと答える弓月さん。何を今更、と言わんばかりの笑顔を向けてくる。

 

────ほ、本当なんですか?

 

────この後も戦うんでしょ?怪我を理由に文句言われたくなかっただけ。

 

 どうやら、彼女なりに気を遣ってくれたらしい。厳しいことを言いながらも、人間に寄り添ってくれているのを感じた。

 

────ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。

 

────……ええ。これからのあなたを、見守らせてもらうわ

 

 こうして、わたし達は雪山を降りて降雪村へと戻っていった。

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