テイルズオブ・サモナーズ   作:柿田

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第十五話「氷狼征伐」

 わたし達は、雪山の試練から降雪村へと戻った。

 衛士や村の人々達の歓声を浴びながらも、すぐに氷狼対策の最後の準備へと移った。

 昨日とは違い、村は雪が降っていなかった。村の中の様子がよく見える。

 

「来ますかね。奴さん」

 

「来てもらわねば困ります」

 

 村の正門近くで、鋼太郎と弓月さんが話をしているのが見えた。作戦説明も終わり、後は狼達が来るのを待つばかりだ。

 降雪村は、月に一度だけ雪が降らない日がある。その日の正午、狼の群れが村を襲いに来るという。

 降雪村は石の壁に囲まれていて、門さえ閉めれば侵入の心配は、殆どいらなかった。

 

「あの……」

 

「どうしました?」

 

 二人に話しかけると、弓月さんと鋼太郎が振り向いた。作戦を前に、特に気負っている様子は見られなかった。

 逆に、わたしは緊張していた……が、それ以上に気になることもあった。

 

「村の皆さん、大丈夫ですよね?」

 

 降雪村の人々は、自警団を除いて全員を村の奥へと避難させている。しかし、相手は氷狼のみならず狼の群れ。少しでも逃がせば死傷者を出す可能性もあった。

 

「可能性は全く無いとは言いませんが、そのために最終防衛線には衛士を数人置いています。それに、簡易的ではありますが、柵も作ってあります」

 

 村の奥の方へと視線を向ける。そこには、木で作られた柵と高台があった。柵は魔物達の侵入を阻み、高台は魔物達の動向を見守るための物。

 とはいえ、村の人達が昨日から作業して、朝方に完成した。突貫作業なので、あまり効果は期待できない。

 

「油断は出来ません。しかし、ここには確かな腕を持った衛士と、村を守る志を持った村の自警団もいます。恐れる必要はないでしょう」

 

 過信するわけではない。しかし、信用していないわけでもない。

 必ず勝てるという確信が、弓月さんからは感じられた。

 

「そうですよね。ありがとうございます」

 

 二人に頭を下げる。勝てない敵ではないのだ。恐れる必要はない。

 

────あなた自身の心配もしなさい。私の話は覚えてるわよね?

 

 氷の聖獣の声が頭の中で響く。いきなり話しかけられたので、少し驚く。

 

───あっ、はい。大丈夫です。

 

 村に帰るまでの間、氷の聖獣と地の聖獣から召喚士の力の使い方を教わっていた。

 基本的なことは地の聖獣から聞いてはいたものの、それは本当にさわりの部分のみ。これからの戦いを勝つには、さらに上の段階へと進まなければならなかった。

 

「しっかし……本当に村の人らもやる気満々って感じっすね。俺らとしては協力的なのはありがいっすけど」

 

「この一帯で氷狼の危機に晒されなかった村はありません。それを取り除けるならやる気にもなるでしょう」

 

 弓月さん達が高台の方を見る。高台では、村の自警団の人達が、外の様子を警戒していた。わたし達は下で戦い、自警団は上から警戒と弓による遠距離攻撃を行う手筈になっている。

 

「とにかく、やるからには勝つしかないっすよね。俺もこいつを使うし」

 

 そう言うと、鋼太郎は自らの背中を指さす。そこには、両手持ちの大きな斧があった。

 

「それ、使えるの?」

 

 鋼太郎は普段は片手持ちの斧しか使わない。都で再会する前から、それは変わらなかった。

 しかし、現に鋼太郎は大きな斧を背負っていた。

 

「まあ、それなりに」

 

「なるほど」

 

 鋼太郎がぎこちなく答える。みんなの前だから、うっかり敬語を崩さないよう気をつけているようだ。

 

「えっと……気をつけてね」

 

「あ、ああ……お任せください!」

 

 歯を見せて笑って見せる鋼太郎。

 背中の大きな斧で氷狼を引き付けるらしい。正直、かなり危険な役割だ。

 そんな役割を背負わせたのだ。こちらも、ちゃんと仕事を果たそう。

 ふう、と小さく息をついていると、けたたましい鐘の音が聞こえてきた。

 

「一光さん!鋼太郎!」

 

 叫ぶ弓月さんに、わたしと鋼太郎は頷いて見せる。

 この鐘の音は、敵襲を知らせるものであった。

 

「伝令!狼の群れを発見!こちらへ向かってきます!」

 

 高台から村の外を監視していた自警団の男の人が叫ぶ。周囲に緊張が走った。

 

「全員、配置へつけ!迎撃準備!」

 

 衛士達が、事前に話し合っていた陣形の配置につく。高台の前に、衛士五人を鋼太郎が率いる形だ。

 わたしと弓月さんは、衛士達の後ろに下がっていた。わたしも前で戦いたいが、今はまだ出るわけにはいかなかった。

 

「よし……来るならきやがれ!」

 

 開け放たれた村の正門に向かって、鋼太郎が叫んだ。普段は入り口を閉めて魔物の進行を防いでいる。今回は敢えて入り口を開けて誘導し、村の中で迎え撃つ作戦になった。

 外よりも村の方が不確定要素が少ない。だから、戦いやすいだろうという村長の提案だった。

 村の中では戦うということは、村の人達を巻き込む可能性のあるということ。確実に倒さなければならない。

 

「……っ!見えてきましたね」

 

「ワオオオオオオオオオオオオオン!」

 

 多くの足音とともに鳴き声が聞こえた。狼の大群だ。早速、こちらに向かって走ってきた!

 

「迎撃開始!一匹たりとも通すな!」

 

 弓月さんの号令に、衛士と降雪村自警団が「応!」と叫ぶ。

 戦闘が始まった。

 

「弓隊、放て!」

 

 再び弓隊さんの号令。高台の自警団の人達が、号令に応じて弓を放った。

 弧を描いた矢は、群れの先頭の数匹に刺さった。それを見た後列の狼達は、動きを止める。

 

「衛士隊、攻撃開始!」

 

 槍や斧を構えていた衛士達が、狼の群れに突撃する。本格的な交戦が始まった。

 衛士達が、それぞれ狼を攻撃し始めた。

 

「行くぞ!後悔させてやらあっ!」

 

 当然だが、鋼太郎も攻撃に参加する。背負っていた両手持ちの斧を思いっきり振り回し、狼を薙ぎ払う。

 狼達は飛びかかるが、その尽くを鋼太郎が斧で斬っていく。

 

「凄い……」

 

 思わず声が出た。普段使わない両手斧で多くの魔物と戦っているのだ。自分には真似できそうになかった。

 

「一光さん、準備だけは忘れずに」

 

「あ、はい……」

 

 鋼太郎に関心が向いていたのを見抜いてか、弓月さんが釘を刺す。

 わたし達の出番は先だが、確実にやってくる。刀の柄を握りしめる。

 

「弓月隊長!氷狼が来ます!」

 

 高台の自警団員が叫ぶ。村の近くにいるようだ。

 

「よし!総員、氷狼を警戒しつつ戦線維持!」

 

 弓月さんが叫びながら剣を抜いた。わたしも刀を構える。

 わたし達からは、氷狼の姿は未だに見えない。だが、近づいてきているのは確かだ。

 

「……っ!一光さん、準備はいいですね?」

 

「はい!」

 

 獣の影が、村の正門をくぐり抜けてくる。

 どすん、どすん……と、大きな足音が聞こえる。他の狼達の足音とは比べ物にならない。

 近づくにつれ、足音の主は次第にその姿を見せる。

 

「あいつが……!」

 

 白色の体毛に身を包み、氷柱を思わせる鋭い牙。顔に傷を持った、大人の数倍ほどの四足歩行の獣。

 間違いない。あれが氷狼。わたし達の倒すべき敵だ。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 氷狼の咆哮が響く。

 辺の衛士達が、一瞬ではあったが怯んだ。わたしの全身も、鳥肌が立つ。

 

「でかい!」

「距離をとれ!」

「回避を優先しろ!」

 

 村に入ってきた氷狼を見て、衛士達が口々に叫ぶ。彼らから見ても、氷狼は大きく恐ろしく見えるようだ。

 だが、鋼太郎はまるで恐れる様子を見せなかった。

 

「待ってたぜ!お前をよ!」

 

 両手持ちの斧を手に、氷狼の前に立つ。氷狼もまた、鋼太郎を自身の双眸で捉える。

 互いに動かない。出方を見守っているのだろう。

 しかし、睨み合いも長くは続かない。先に、鋼太郎が仕掛ける。

 

「うおおおおおおっ!おらあっ!」

 

 鋼太郎は、雪を踏みしめて駆け出す。氷狼が反応するよりも先に、両手斧を顔面に振り下ろす。

 先制攻撃成功だ。しかし、鋼太郎の顔は喜びを見せない。

 

「……っ!ちっ!」

 

 氷狼は顔面に当たった斧の刃をまるで気にとめない。話には聞いていたが、氷狼の皮膚は硬く、攻撃を阻む。

 

「ぐおおおおおおおおおおっ!」

 

 氷狼が鋼太郎を噛み殺さんと、飛びかかる。鋼太郎は、後ろに下がりながら斧の柄を前に突き出す。

 

「があうっ!」

 

「うおっ!?」

 

 氷狼の牙が、鋼太郎の斧に噛みつく。がちがち、と音を立てながら歯を立てている。

 いつ食い殺されてもおかしくない。極めて危険な状態だ。

 だが、これこそが狙いだった。

 

「いきますよ!一光さん!」

 

「はいっ!」

 

 わたしと弓月さんは武器を構えて走り出した。それを察したのか、鋼太郎は冷や汗をかきながらも口元は笑っていた。

 弓月さんが走り出す。彼女に続いて、わたしも氷狼に向かって走る。

 肝心の氷狼は、こちらには気づいていないようだ。目の前の鋼太郎に噛みつくことに夢中になっている。

 

「これならいける……!」

 

 二手に分かれ、氷狼の脇腹の近くに回り込んだ。

 氷狼の皮膚は確かに硬い。だが、氷狼にも弱点はある。それが、脇腹だ。ここは硬くないという話だ。

 

「一光さん!」

 

「はい!」

 

 弓月さんと同時に刀を構える。今の氷狼は無防備。攻撃するならば今しかない!

 

「瞬迅剣!」

 

 わたしは刀を、弓月さんは剣で氷狼の身体を貫く!

 

「ぐああああああああああっ!!」

 

 氷狼は足を大きく振り回し始める。突然の痛みに、驚いたのか暴れ始める。

 わたしと鋼太郎も、弓月さんの指示で氷狼から距離を取り始める。

 

「効いてる……!これなら!」

 

 はやる気持ちを抑えるように刀を握り締める。巨体を持つ氷狼にも攻撃が効いてるという事実は、わたしにとっては喜ばしいことだった。

 とはいえ、浮かれてばかりもいられない。作戦は次の段階に移行する。

 鋼太郎が、氷狼に向かって石を投げつける。攻撃的には期待できないが、氷狼の注意が鋼太郎に向く。

 

「こっちに来やがれ!犬っころ!」

 

「があああああああああっ!」

 

 鋼太郎に向かって氷狼が走り出す。自分を挑発した獲物を、狼の長は許さない。

 対する鋼太郎は、全力で正門へと走っていく。門の先にあるのは村の外だ。鋼太郎と氷狼の姿は、あっという間に村の外へと消える。

 

「彼らを追います!」

 

「はい!」

 

 わたしと弓月さんも鋼太郎達を追って正門へと走った。

 

 

・・・

 

 

「うぉらあ!真空破斬!」

 

 村の外に出ると、鋼太郎が氷狼相手に一人で応戦していた。両手斧と氷狼の爪がぶつかり合っている。

 氷狼が逃げる可能性もあったが、予想通りに鋼太郎と戦っていた。

 話によれば、狼は群れを見捨てられないらしい。だから、氷狼も群れが村の中にいる以上は逃げないのではないか?と予想され、それを利用した作戦を立てた。

 村の中と外で、群れと氷狼を分断する。それが、わたしたちの狙いだ。

 

「鋼太郎!避けてください!連羽!」

 

 弓月さんが矢を連射する。鋼太郎は身を翻し、それを避ける。

 氷狼は、尻尾で矢をはたき落とした。攻撃を当てるのが目的ではない。鋼太郎が、氷狼から距離を取る時間を稼ぐのが目的だった。

 鋼太郎は、わたし達の近くに駆け寄ってきた。

 

「あいつ全っ然倒れないっす!」

 

 肩で息をしながら、鋼太郎が叫ぶ。群から離れたとはいえ、氷狼の個としての強さが弱まるわけではない。わたしたち三人で仕留められるとも限らない。

 

「ですが、全く無傷というわけでもないでしょう。こちらの攻撃は効いているはず」

 

 だからこそ氷狼は、あそこまで怒り狂っているのだ。今も、わたし達を殺そうと鋭い歯を見せつける。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 氷狼の咆哮が、周囲に響き渡る。今にも飛びかかりそうだ。

 だが、こちらの作戦はまだ終わっていない!

 

「一光さん!作戦通りでお願いします!」

 

「はい!」

 

 左手を天にかざす。手のひらに意識を向けながら、自分の中にいる聖獣を呼ぶ。

 

────氷の聖獣様!力を貸してください!

 

────ええ!思う存分にやりなさい!

 

 お腹の底から、熱のようなものがこみ上げる。それは腕を通って、手のひらにまで広がった。

 

────今ならやれる!

 

 地の聖獣と契約したばかりの頃は、少し力を使うだけでも苦労した。

 だが、今は違う。力が身体に馴染み、聖獣も増えたことでより強い力を使えるようになった。

 

「悪しきを捕えろ、凍てつく檻!堅牢氷陣!」

 

 今にも飛びかからんとする氷狼の足元が隆起する。迫り上がった地面からは、何本もの柱のようなものが現れる!

 それらは前後左右の全てに現れ、氷狼の行く手をはばむ。

 それは、まさに氷で作られた牢屋。堅い柵の中からは何者も逃れられない。

 

「がぅるるるるるるるるる…………!」

 

 捕まったのを自覚したのか、氷の柵を通して、わたし達を睨みつける。

 

「長くは持たないから速攻でお願いします!」

 

 残念だが、この檻は長時間維持できない。出来るだけ迅速かつ正確に仕留める必要がある。

 

「おっしゃあ!覚悟しやがれ!狼大将!」

 

 鋼太郎と弓月さんが檻に向かって走り始める。そして、檻の間から氷狼の脇を狙った。

 

「散華!」

 

 矢を束ねて放った。拡散する矢は、まさに散る華を思わせる。

 何本もの矢は氷狼の脇腹に刺さった。氷狼は、痛みで呻き声をあげる。

 

「次は俺だ!崩襲撃!」

 

 続いて、鋼太郎が斧を氷狼に叩きつける。深く刺さった斧をを、勢いよく引き抜く。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 檻の中で氷狼は激しくのたうち回る。それと同時に、氷の柵が激しく揺れる。いくら堅い檻とはいえ、巨大な獣が暴れれば崩れる危険もある。

 このまま攻撃を続けるのは危険だ。弓月さんと鋼太郎が氷狼から距離を取る。

 

「鋼太郎!頼みますよ!」

 

「了解!」

 

 わたし達の前に出た鋼太郎が、首を縦に振る。両手斧を構え、氷狼を見据える。

 次第に檻にはひびが入る。ひびは音を立てながら全体に広がっていく。

 

「檻が……崩れる!」

 

 氷が弾ける音がした。薄氷を踏みつけた時と似たような音だ。それが周囲に響き渡る。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 氷狼の渾身の体当たり。氷で出来た檻は、たちまち崩れ落ちていった。

 もう狼の王を阻む障害は何も無い。獲物である、わたし達を目掛けて飛びかかった。

 ………だが、こちらも予測していないわけではなかった。

 

「やらっ……せるかああああああっ!」

 

 鋼太郎が力一杯に両手斧を振り回す。空を切って振り回された斧の行く先は、当然ながら氷狼だ。

 氷狼が放つのは怒りを込めた一撃。普通に考えれば、斧どころか鋼太郎自身が喰い殺されてもおかしくはない。

 しかし、鋼太郎も半端な覚悟で斧を振るったわけではない。鋼太郎の振るった両手持ちの斧からは、覇気のようなものが感じられた。

 

「獅吼……滅龍閃!」

 

 獅子が吠えるような闘志を乗せた斧が、狼の王の牙とぶつかる!

 斧の刃に氷狼が噛みつく形になった。両者共に譲らない。

 

「この野郎っ……!食いつき良すぎだろ!」

 

 膠着状態が続く。甲高くて嫌な音を立てながら、氷狼は斧の刃を噛み続ける。氷狼は、完全に怒りで我を見失っている。

 鋼太郎は何をやるにしても、これでは動けない。

 

「一光さん!」

 

「はい!」

 

 弓月さんの言わんとすることは分かる。今が攻撃する機会だ!

 わたしと弓月さんは二手に分かれて再び氷狼の脇腹に回り込む。

 

「もう一度喰らえ!瞬迅……!」

 

 最初の時と同じように脇腹を突き刺そうとした。だが、わたし達の攻撃は届かなかった。

 

「ぐぉあああああああああああっっ!」

 

「っ……ぐっ!」

 

 氷狼は雄叫びをあげながら、回転し始めた。まるで毛皮についた水滴を落とすかのように、わたし達を払い除ける。

 氷狼の巨体なら何をしても人間には脅威だ。わたし達は、全員吹き飛ばされた。

 

「うわあああああああああああっ!」

 

 冷たく白い地面に身体が叩きつけられる。今日で何度目だろうか?本当に痛い……。

 まだ、ここまでの力が残っていたのか……。予想外だった。

 早く立ち上がらなければならない。わたし達が食われるだけではなく、村に行ってしまう可能性もある。

 分かってはいるけど、身体に力が入りにくい。わたしは、このまま氷狼を取り逃がしてしまうのか……?

 

「……っ!うおおおおおおおお!」

 

 誰かの叫び声が聞こえた。

 弓月さんだ。

 弓月さんが腰の剣を引き抜き、氷狼に飛び掛かっているのが見えた。

 

「はあっ!絶影!」

 

 絶影は、相手の頭上から剣を突き刺す奥義だ。弓月さんは、氷狼の背に剣を突き立てていた。

 氷狼の皮膚は硬い。攻撃としては期待できず、あまりにも無謀だ。

 

「っ!ぐぉおおおおおおおおおおお!」

 

 氷狼は激しく体を揺らし始める。だが、どれだけ揺らしても弓月さんは離れない。剣を持つ手を緩める様子はない。

 これこそが狙いなのだろう。どこにも行かないように引き付けながら、わたしと鋼太郎が体制を立て直せるようにしているのだ。

 

「お前はどこにも行かせない!誰も死なせない為にも……今日、ここで仕留める!」

 

 弓月さんが叫ぶと共に、剣をさらに深く突き刺す。すると、氷狼はさらに叫びながら左右に体を揺らす。

 弓月さんの気持ちは、聞いていれば痛いほどに伝わった。彼女も、氷狼の被害者なのだから。

 

「弓月さん!手を離してください!わたしが氷狼を捕らえますから!」

 

「駄目です!こいつは村の群れと合流して逃げます!そんなことはさせちゃいけない!」

 

 彼女の言う通りだ。誰かが注意を引き付けなければ、氷狼は逃げる。

 いや、それだけならマシだ。最悪、村に残った衛士や村人を喰らう可能性もある。だからこそ、こうして村から引き離して戦っているのだ。

 

「つばさ、さっきの氷の檻。残り何回出せるんだ?」

 

 やってきた鋼太郎が聞いてきた。大した怪我はしていないようだが、息を切らしている。鋼太郎も体力的にも限界が来ているようだ。

 

「捕えた後に、わたしも攻撃するなら一回だと思う。それ以上は無理じゃないかな」

 

 大型魔獣を一時的とはいえ、拘束できる魔法だ。熟練の魔法使いにも難しい芸当だ。それを聖獣の力を借りているとはいえ、経験の少ない人間が何回もやって身体が保つわけがなかった。

 仮に氷狼を捕まえたとして、拘束してる間に仕留められるのか?でも、このままだと弓月さんが……!

 

「どうすれば……」

 

 弓月さんと一緒に閉じ込めるか。弓月さんに離れてもらって、逃げる氷狼を閉じ込めるか。

 決断が迫られていた。だけど、どうするべきかが分からなかった。

 

「…………いや、待てよ」

 

 ……そうじゃない。極端になるな、一光つばさ!わたしがやるべきなのは、そういう事じゃない!

 お前の召喚士だ!みんなを守る者!ならば、弓月さんも村の人も守る手段があるはずだ!

 大事なことを忘れるところだった。

 わたしが召喚士を志したのは、孤児院のみんなが平和に暮らせるようになる為だって信じたからだ。

 ここで人の命を天秤にかけるようでは、孤児院のみんなと顔を合わせられない……!

 

「………鋼太郎。氷狼の動きをもう一度止められる?」

 

 短く息を吐いて、鋼太郎に問う。鋼太郎は、目を見開く。

 

「は……?」

 

 無謀とも言える提案だ。しかし、わたしの言いたいことが伝わっているようだ。

 

「っ!お前、まさか……!?」

 

 わたしは、無言で首を縦に振る。それを見た鋼太郎は、ため息をつく。だが、少しだけ困っているが、呆れているという感じではなかった。

 

「しくじったら逃げてもらうからな。あくまでも、お前の命が最優先だ」

 

「うん!」

 

 わたしが頷くと、鋼太郎は両手持ちの斧を握りしめて飛び出した。

 

「うおおおおおっ!こっちを見やがれ!狼野郎!」

 

 叫びながら、氷狼の眼の前で斧を振り回す。注意を分散させるつもりだ。

 鋼太郎に気がついた氷狼の動きが、少しだけ鈍る。背中にも弓月さんが乗っているのだから無理もない。

 

────地の聖獣様。力を貸してください!

 

 地の聖獣に呼びかける。彼は快く了承した。

 

「ふぅ……」

 

 刀を鞘に収め、短く息を吐く。

 腰を落とし、右手に力を込める。

 指輪の力を通して、掌に熱が入ってくる。魔力が集まって来ているのだ。

 

「はああああああああああああああああっ!!!」

 

 聖獣の力は、属性に合わせて様々な事象を魔法によって引き起こす力でもある。

 限度はあるが、適した聖獣の力があれば、わたしの思い通りの戦いができるということだ。

 

 頭の中で、この状況に相応しい戦い方を思い描く。

 氷狼は、大きな体と硬い皮膚を持つ。それらを打ち破る力が必要だ。

 戦法は定まった。後は、実行に移すのみだ……!

 

「…………はあっ!」

 

 溜め込んでいた魔力が弾ける。

 右手に重みがかかる。手の中に、大きな槍が現れたからだ。

 地の聖獣の力によって作られた、岩の槍だ。何の装飾もない、無骨な武器だ。わたしの身体の倍の大きさはあるだろう。

 

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 聖獣の槍を振り回す。重いが、武器として振るうには問題はなかった。召喚士だからこそ出来る芸当だろう。

 

「…………っ!」

 

 氷狼が、こちらに気がつく。驚いたのか、動きが鈍った。

 

「弓月さん!鋼太郎!」

 

 わたしが叫ぶと、二人は氷狼から飛び退いて離れた。氷狼もその場を離れようとするが、わたしは既に氷狼のすぐ側にいた。

 

「逃ぃがすかあっ!」

 

 氷狼の脳天を目掛けて、岩の槍を振るった。もはや槍の斬突ではなく、大槌を叩きつける形になっていた。

 

「があっ!」

 

 氷狼の声が苦悶に染まる。感じているであろう痛みから逃避するかのように、雄叫びを上げる。

 

「まだだ!さらに喰らえ!」

 

 だが、わたしも攻撃の手を緩めない。岩の槍を横に薙ぎ払う!

 空を切った巨大な槍は、氷狼へと横なぶりに叩きつけられる。氷狼の巨体は、白い雪の上を転がりながら吹き飛んでいく。

 

「ぐおぁあああああああああああああああっ!!!」

 

 氷狼は、よろよろと立ち上がる。逃げるつもりのようだ。しかし、わたしもそれを見逃さない!

 すかさず、氷狼に向かって槍を投げつけた!

 

「氷狼!とどめだぁぁぁぁっ!!!」

 

 巨大な岩の槍は真っ直ぐに、氷狼の腹へと瞬く間に飛んでいく。

 飛んでいく大きな槍は、周囲の空気を震わせる。

 そして、氷狼のの硬い皮膚を貫いた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!」

 

 再び、氷狼の雄叫びが聞こえた。

 しかし、その雄叫びは今までとは違う。雄叫びは段々と小さくなっていく。

 

「……………」

 

 氷狼は、完全に声が出なくなった。それと同時に、首がだらんと地面に落ち、目が閉じられた。

 わたしは、氷狼に刺さっていた槍をゆっくりと引き抜く。すると、槍が光の粒となって大気に消えていった。

 

「……やったの?」

 

 動く様子は見られなかった。だが、相手は氷狼だ。油断はできない。

 

「……ぐぁう………」

 

 再び、氷狼の声が聞こえた。だが、まるで生気を感じない。

 目は開いているのか分からないほどに細く、声も何とか絞り上げているように聞こえる。

 

「っ!まだ動けるの……?」

 

 反射的に刀の柄に手をかける。逃げられて回復されては話にならない。気の毒だが、ここで息の根を止めるしかない……!

 

「待ってください」

 

 刀を抜こうとした手が止まる。後ろから声が聞こえたからだ。

 振り向くと、弓月さんが剣を片手に立っていた。

 

「弓月さん……お願いします」

 

 軽く頭を下げると、弓月さんは頷いた。何となくではあるが、彼女の言いたいことが分かった。後は、弓月さんに任せるべきだと思った。

 

「ごめんなさい。今、楽にしてあげます……」

 

 抑揚の少ない、今までに聞いたことがない声だ。時に落ち着き、時に明るい弓月さんからは想像がつかない。

 そこには、怒りや悲しみといった色んな感情が垣間見える。

 

「……っ!」

 

 弓月さんは、掲げた剣を一気に振り下ろした。剣は氷狼の首に深く突き刺さる。

 微かに動いていた氷狼の口も、完全に動きを止めてしまった。

 

「……あなたも、仲間を守る為に頑張ってはいたのでしょうね。でもね、私は……」

 

 弓月さんの剣が、引き抜かれる。

 これでもう、氷狼が暴れることはないだろう。

 短いとも長いとも感じる静寂が流れる。

 そして、ゆっくりと弓月さんが振り向いた。

 

「さて、戻りましょう。みんなが待ってます」

 

 わたしと鋼太郎に微笑む弓月さん。どことなく、その顔は悲しそうだった。

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