わたし達は、風の聖獣の社を後にした。謎の少年との戦いの後なので疲れてはいたものの、特に道中に問題はなかった。
むしろ、問題は風鈴村に帰った後にあった。
「これって……!」
わたし、弓月さん、アリアさん、鈴子さんが村に入ると、信じられない光景が広がっていた。
「そんな……村が……!」
鈴子さんは顔を青くして口を手で覆った。今にも倒れそうな彼女の肩を、アリアさんが優しく掴む。それも無理もない。
何故ならば、村の建物は尽くが崩れ去り、人々は怪我を負っていたからだ。
「確認するまでもなく負傷者も被害も甚大ですね。一体何が……」
弓月さんが眉を顰める。
明らかに異常な状況だ。災害が起こったのなら、わたし達が気が付かないわけがない。それに、この周囲に人里に入ってくる魔物もいない。いたとしても召喚士部隊が負けるとも思えない。
「皆様!お戻りになられたのですか!」
村の奥から男性の声が聞こえた。召喚士部隊の衛士だ。しかし、鎧はところどころが砕け、頭にも包帯が巻かれていた。そとても痛々しいほどに傷だらけだ。
「っ……何があったのですか!?」
弓月さんは驚いたのか、一瞬だけ目を見開いた。その後、すぐに男性に駆け寄って、状況を聞いた。
「はっ……正体不明の何者かに襲撃されました。応戦して退けましたが……負傷者多数です……幸い、死者はいませんが……」
声を震わせながら衛士は報告する。その言葉の節々に悔しさを感じる。
「そうですか……ありがとう。私はアリア様達をお送りするから、あなたは持ち場に戻りなさい」
「はっ。失礼しました」
弓月さんは、衛士を下がらせる。今度は鈴子さんの方を向いた。
「鈴子さん。有事の際の取り決めはありますか?」
「ええ。集会所に避難する決まりになってます。あそこは村の建物で頑丈ですし、地下にも避難施設がありますから」
「分かりました。一先ず、そちらに向かいましょう。一光さんとアリア様もよろしいですね?」
わたしとアリアさんは頷く。とにかく全体的な情報が欲しいところだ。
・・・
集会所はその名の通り村の話し合いで使われる施設だ。普段はあまり人の出入りはないらしい。
しかし、今は村人でごった返していた。
「これは……」
アリアさんが言葉を詰まらせた。単に村人が集まっているだけではない。
周囲には怪我人と治療する人で溢れていたからだ。匂いも、薬と血の匂いで充満している。
見渡す限り怪我人ばかり。大なり小なり皆が傷ついている。
「鋼太郎は大丈夫かな……」
思わず口から鋼太郎の名前が出てしまった。いるなら集会所だと思っていたが、姿が見えない。嫌な予感がした。
「君!待ちたまえ!走るんじゃない!」
突如、男性の叫び声が億から聞こえた。何事かと目を向けると、人混みから見覚えのあるし姿が飛び出してきた。
「実花ちゃん……!」
声の主では無いが、わたし達が助けた少女───実花ちゃんが走ってきた。彼女は鈴子さんの孫だ。駆け寄ってきてもおかしくはないが、慌ただしい。
しかも、彼女の顔は青くて汗に塗れていた。呼吸を整えると、実花ちゃんは勢い良く頭を下げた。
「召喚士様……!ごめんなさい!」
「え……?」
何に対しての謝罪なのか分からなかった。意味が分からず、言葉が出なかった。
どう声をかけるべきかと困っていると、今度こそ男性が出てきた。こちらも、わたしの知ってる人だ。
「外海様……ご無事だったのですね」
黒い烏帽子と黄色の着物の男性────外海冠様がやって来た。先ほどの声の主は、この人だったのだ。
「当たり前だ。簡単にはくたばらんよ」
当然だと言わんばかりに鼻を鳴らす。旅の心得はあると聞いていたし、衛士達も守るから大丈夫とは思っていたが、無事なのは喜ばしい。
「そんな事よりも、だ……実花嬢。こんな所で走っては困るな。怪我人にぶつかったらどうするつもりだ?」
「あ……ごめんなさい……」
「分かれば良い」
窘める外海様と謝る実花ちゃん。二人がここまで親しいとは少し意外だった。
外海様は目線を実花ちゃんから鈴子さんに向けると、軽く頭を下げる。
「鈴子殿も。大事な実花嬢に偉そうに説教をして申し訳ない」
「いえ、それは構わないのですが…………実花。お前は一体どうしたんだい?」
そっと、鈴子さんの手が実花ちゃんの肩に乗る。良く見ると、実花ちゃんの肩は小さく震えていた。
「ごめんなさい……私の……私のせいなんです……」
実花ちゃんの肩の震えが大きくなる。眉を顰め、目尻には涙も溜まっていた。
「やめろ!あれは君が悪いわけではない!」
外海様は、必死に否定する。でも、その言葉は実花ちゃんには届いていない。
実花ちゃんも外海様も、はっきりと言ってるわけじゃないのに、何が言いたいのかが分かってしまった。
出来れば、外れて欲しい。でも、きっと……。
「私を庇って……鋼太郎さんが……大怪我を……!」
「っ……!」
鋼太郎が大怪我────その言葉を聞いた瞬間だった。視界が揺れ動く感覚に見舞われた。
立ち眩みとかではない。思わず動いていたからだ。だから、視界が動いていたのだ。
気がつけば、人と人の合間を縫うように走っていた。
「鋼太郎……!」
祈るように呟く。死んだわけではないのは分かってる。それでも、早く無事を確認したかった。
わたしを見て驚いたり戸惑う人の声が聞こえた。だが、わたしの脚は止まらなかった。鋼太郎以外が眼中に無かった。
「どこ……?どこなの?」
先程からの探し回っているが、見つからない。人が密集しているから見逃しているのか?
「つばさ様!」
今度は女性の声が聞こえた。声の方を見ると、外海様の補佐をしている文乃さんだった。
もしかしたら、彼女なら知っているかもしれない。
「あの!鋼太郎は!?」
「落ち着いてください。お連れします」
文乃さんは淡々とした態度で、わたしの先を歩く。まるで、わたしが取り乱すのを分かっていたかのようだ。
・・・
彼女の後についていく。
行き先は集会所の奥だった。そこには、下りの階段があった。鈴子さんの言っていた地下の避難施設だろう。
その階段を降りていくと、先ほどまでいた地上と同じく怪我人が沢山いた。
当然ながら地下は灯籠の明かりに頼るしかない。だから、一人一人の顔は少し見づらい。
「あちらです」
それを察したのか、文乃さんが指を指す。
その先には……。
「鋼太郎……?」
お腹と頭をを包帯で包まれた鋼太郎が横たわっていた。それだけで、激しい戦いがあったのだと分かった。
「……つばさか。悪ぃな……しくじったわ……」
鋼太郎は、お腹を擦りながら掠れた声で答える。
こんなに怪我をした鋼太郎を見たのは当然ながら初めてだ。孤児院にいた頃だって、こんな大怪我はしていない。
わたしは鋼太郎の前にゆっくりと座る。
「鋼太郎……何があったの……?」
「俺が聞きてぇくらいだよ……首輪をつけた美人の姉ちゃんがやって来て何もかも滅茶苦茶にしやがった……」
「首輪……」
わたしの脳裏に、風の聖獣の社で戦った少年の姿がよぎる。あの少年も首輪をしていた。女の人だから別人かもしれないが。
「お陰で取り調べも滅茶苦茶だぜ。実花ちゃんは泣かせちまうし、取り調べしてた野郎も連れ去られちまうし……」
「えっ?そうなの……?」
思わず声を上げる。殺される可能性はあっても連れ去られる可能性があったとは思わなかった。
連れ去られたということは、貴重な情報源が一つ減ったということだ。風宮がどこまで知っているか分からない以上、両国にとって痛手だ。
そうでなくても、事件の首謀者を取り逃がしたと知られたなら、治安にも影響があるだろう。
「そうだ。お陰で仕事が増えそうだよ」
後ろから声がした。男の人の声だから文乃さんではない。
振り返ると、置いていってしまった仲間たちの姿があった。
「みんな……」
声の主の外海様を先頭に、弓月さんとアリアさん、実花ちゃんと鈴子さんが並んでいた。
「全く……呆れたな。君まで走り回るとはな」
「申し訳ありません……」
頭を下げる。
確かに、軽率な行動だった。そもそも、実花ちゃんが咎められていたのを目の前で見ていたばかりだ。あまりに情けない。
「こんなこともあろうかと、文乃を集会所に配置して正解だったな。誰かが引き止めないと、今も走り回っていただろうな」
「えっ。わたしの行動を読んでたんですか……?」
「予測というよりは保険だ。君は小野沢鋼太郎と仲が良いみたいだからな。取り乱す可能性を考慮しただけだ」
そこまで見透かされていたとは思わなかった。事実として、わたしは取り乱して見苦しことをやった。己の未熟さが恥ずかしい。
「まあ、過ぎたことは良い。忘れてはならないのが、我々には大きな課題が二つあるということだ」
外海様は、ため息をつきながら指を二本立てる。
「風鈴村を襲撃した何者かの詳細。それと、連れ去られた帝国反乱の首謀者……ですね」
外海様の言葉を継ぐように、弓月さんが答える。わたし達の問題もだが、こちらも頭が痛い。
「そうだ。とにかく、どうするべきか話し合いが必要だ。都ではもちろんだが、帝国ともな」
ちらり、と外海様はアリアさんを見る。アリアさんは頷く。
「そちらはワタシからも働きかけてみるよ。元はこちらの不手際だ。悪いようにはならないさ」
「ああ。よろしく頼む」
外海様とアリアさんの話は滞り無く進む。顔を合わしてから大して時間が経ってないはずだが、とても息が合っていた。わたしとしてはありがたい。
話が一区切りすると、弓月さんは鋼太郎の前で膝をついた。
「鋼太郎、あなたは暫く治療を受けなさい。その怪我なら戦線復帰にも時間はかからないでしょうが、無理しないように」
「了解。こっちでも出来る範囲で情報は探してみます。怪我の治療のついでにね」
「お願いします」
鋼太郎が了承すると、弓月さんは再び立ち上がる。
わたしと鋼太郎は、これから離れる事になる。正直、心細さがあった。
「さて、我々は先に行こう。つばささん、落ち着いたら合流しようか」
「あっ……はい。分かりました」
「じゃあ、また」
そう言い残すと、外海様は他の皆を連れて地上に向かっていった。
これから鋼太郎とは少しの間だけど離れることになる。気を遣ってくれたのだろう。
「…………」
弓月さん達が立ち去り、鋼太郎と二人で向かい合う形になった。周りに人がいるので二人きりというわけではないが。
鋼太郎がゆっくりと起き上がる。止めようと思ったが、恐らく無理にでも起きるだろう。
あぐらをかく形になった鋼太郎は、頭下げる。
「色々と心配と迷惑をかけちまったな。すまん」
「いや、謝ることじゃないでしょ。こればかりはさ」
「いや。途中で仕事を投げることになるんだ。申し訳ない」
襲撃犯以外の誰の責任でもないと思う。だが、鋼太郎は仕事に穴を空けてしまうことをよく思っていないようだ。
ならば、悪くないと言うだけでは意味がない。わたしが言うべき言葉は他にある。
「だったらさ……早く戻ってきなよ。」
「ああ。待ってろよ」
そう言うと鋼太郎は、拳を向けてきた。男の人らしくて無骨な印象を受ける。この手が、わたしを支えてくれたのだ。
わたしも拳を握って静かに近づける。わたしと鋼太郎の拳がぶつかる形になる。
必ず会おうという、わたしたちの誓いだ。
「つばさ。手、大きくなったな」
「鋼太郎こそ」
「そうかね……」
鋼太郎は拳を収めた。照れているのか、彼の顔は少しだけ赤い気がした。