都を出て約一週間が経過した。皇国を出て帝国に入っているが、特に何事もなかった。
道中の問題といえば、魔物が出てきた程度だ。それも、衛士の集団の前には大したことはなかった。
どちらかと言えば、ここからが本番だ。アリアさんとは既に知り合ったとはいえ、わたしには帝国との交流は未知の領域だ。
「皇王様、一光さん。そろそろ帝都です。準備はよろしいですか?」
弓月さんが、わたしと皇王様と確認する。わたし達は頷いてみせる。
帝都にある皇帝の住む城を目指すが、その前に帝都の住民に顔を見せることになる。下手なことをすれば、皇国の威信に関わる。失敗は許されない。
弓月さんが外の安全を確認する。それが終わるのを待っていると、皇王様が肩を軽く叩いてきた。
「心配するな。細かいことは私と弓月がやる。お前は素直な気持ちを伝えれば良い」
「はいっ!」
その言葉が頼もしかった。彼女の期待に応えられるよう頑張ろう。
馬車から外へと降りた弓月さんが声をかけてきた。
「お二人とも、お願いします!」
弓月さんの合図に従って、外に出た。履いていたブーツと地面がぶつかる音がした。
「あっ……」
見渡した景色に対して、思わず声が出てしまった。目に映る景色が、あまりにも皇国のそれとは違ったからだ。
「っ………………」
話には聞いてはいたが、街並みは帝国のそれとはまるで違った。
まず、建物の壁は煉瓦が使われていた。皇国でも煉瓦自体はあるが、建物は木造の物が多い。だから、見ていて新鮮だった。
その次に目を引いたのは、青い垂れ幕だ。そこには、ネイク帝国の紋章である蛇の絵が描かれていた。これが街の至る所に設置されているのが、帝国であることを何よりも表していた。
「本当に来たんだ……」
思わず呟く。召喚士ならいつかはやってくると思っていたが、その日が来るとなると感慨深い。
「オオトリ皇国の皆様。お待ちしておりました」
突然、声が聞こえてきた。振り返ってみると、片眼鏡をした初老ほどの男性の姿が見えた。身に纏っている青いマントを見るに、帝国の人だろう。
青いマントの男性の後ろには銀色の鎧を纏った人達が七、八人程いた。その鎧は、明らかに皇国の衛士の甲冑とは違うものだ。彼らが帝国の実力組織である騎士団だろう。
騎士達を率いた片眼鏡の男性は、笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ようこそ、ネイク帝国へ。私は、帝国騎士団団長のニジル・コロコルドと申します」
ニジルさんはゆっくりと頭を下げる。その動きは穏やかでありながらも、有無を言わせない強さのようなものが感じられた。
気後れしそうになっていると、弓月さんが前に出る。その顔からは緊張のようなは感じられなかった。
「私はオオトリ皇国の召喚士護衛部隊の隊長を務める弓月紗矢と申します。本日は歓迎してくださり、ありがとうございます」
弓月さんはニジルさんと握手を交わす。
「こちらこそ、遠路はるばる来ていただいて嬉しいです。そちらが、皇王様と召喚士でしょうか?」
「ええ。その通りです」
弓月さんが、こちらに視線を送る。挨拶するよう促しているのだ。
「私はオオトリ皇国皇王の鳳宮院羽那代だ。よろしく頼む」
「オオトリ皇国召喚士、一光つばさです!よろしくお願いします!」
優雅な仕草の皇王様に対して、わたしは緊張してぎこちない動作になってしまった。
相手から見ると不揃いだろうか。動き自体は間違っていないはずだが……。
「ええ。よろしくお願いします。早速ですが、城までご案内します。民も陛下もあなた方を楽しみにしておりますよ」
ニジルさんは笑みを浮かべながら先に進むことを促す。一応は問題ないようだ。
わたしは、荷台を引いている馬に向かった。
・・・
「召喚士様ー!皇王様ー!」
「オオトリの人だー!」
「世界をお願いしまぁぁぁすっ!」
ネイク帝国の人々の歓声が響く。口々に召喚士への期待を口にしている。
わたしと皇王様は、馬に乗って帝都内を移動していた。これも、皇国と帝国の交流行事の一環だ。皇王様と召喚士のわたしが顔出しして見せることで、帝国との友好を示すというものだ。
「……ごくっ」
馬に乗って手を降るだけとはいえ、やはり緊張する。都を経つ時も大勢に見守られながら出ていったが、今回は見知らぬ土地で見知らぬ人々に見られている。
「大丈夫か?無理はするなよ?」
隣の馬に乗った皇王様が声をかけてくる。彼女は慣れているのか、特に気負った様子はない。
「あ、ありがとうございます……」
今更無理だというわけにもいかない。とにかく、ここを乗り切らなければ。
それにしても、思ったよりも歓迎一色だ。声を聞く限り、皆が召喚士に期待してるのが伝わる。
「……頑張ろう」
帝国も魔物が増えたり異常気象が発生するなどの経済に打撃を受けていると聞いている。それを終わらせる存在が来たとなれば、期待するのも無理はないだろう。
わたしは、今の時代を何とかする為に召喚士になった。そうする事が、孤児院の仲間を助けるためになると信じている。
オオトリ皇国を回った。その過程で、今の時代に対して苦悩してる人が多く居た。きっと、それはネイク帝国も同じなのだと思う。
出来ることなら、期待に応えてあげたい。どこまで出来るかは分からないけれど……。
・・・
帝都を回り終わると、次は帝都内にある城へと向かった。皇帝らの住む城こそが今日の本命だ。
城の前に到着すると、馬から降りる。
「これが帝国のお城かあ……綺麗だな……」
目の前には、白くて大きなお城。一部には青色装飾品が施されていた。一目見ただけで皇国のそれとは違う事が分かる。
「水の音と花の匂いもする」
少しだけ周りを見る。周囲には、噴水や薔薇なども見えた。これらは本で見たことがあるが、実物を見ると少しだけ心が躍った。
こんな綺麗なところで、帝国の皇帝や騎士たちと交流することになる。そう考えると、改めて別の国に来たのだと実感する。
「帝国は気に入っていただけたかな?」
女の子の凛とした声が聞こえた。聞き覚えがある。彼女しかいないだろう。
「アリアさん!」
「やあ、つばさ。久しぶり」
青い燕尾服を着た、赤毛の女の子が手を小さく振っていた。引き連れている数人の騎士の存在が、彼女が召喚士であることを示している。
アリアさんは、手を差し出してきた。
「ようこそ、帝国へ。歓迎するよ」
「はいっ」
わたしも、彼女の手を取って握手を交わした。
それを見たニジルさんは、笑顔で頷いた。
「お二人は既に仲が良いのですね」
「その通りです、ニジル団長。つばさはワタシの友。皇国でも共闘した仲だ」
友。はっきりと言われると気恥ずかしいが、そのように認識してくれるなら嬉しい。
「それは喜ばしい限りです。しかし、時間も押してます。そろそろ移動しましょう」
「ふむ、それもそうですね。つばさ、悪いが話は移動しながらでも良いか?」
「あっ、はい。わたしは大丈夫です。ごめんなさい。わたしこそ、ぼーっとしちゃって……」
「気にするな。帝国に関心を持ってもらえるのは嬉しいからな。行こうか」
「はいっ」
わたし、アリアさん、衛士や騎士の人々の大所帯で城の中へと向かっていった。
・・・
「検査は以上です。お疲れ様でした」
騎士団の医療担当の人が柔和な笑顔を見せる。こちらも、お礼を言って頭を下げた。
頭を上げ終わった直後に、何かが自身の肩を叩いた。
「やあ、つばさ。君も終わったのかい?」
振り返ると、アリアさんがいた。
「あ、アリアさん。どうでした?」
「問題ないらしいよ。そっちは?」
「わたしも身体的に問題ないみたいです」
「それにしては疲れてないかい?」
アリアさんが小首をかしげる。些細な仕草だが、とても画になる。
わたしは、頭を掻きながら答えた。
「うーん……予定通りとはいえ、検査は面倒だなあって……」
わたしとアリアさんは、ネイク帝国の皇帝との謁見前に身体検査を受けていた。
一応、襲撃者達の発言もある。しかし、それとは関係なく元から検査する事になっていた。
「ははっ。ぼやくなぼやくな。ワタシたちの為にやってくれてるんだから」
アリアさんは、わたしの肩を再び優しく叩く。
分かっている。だが、鼻に棒を突っ込まれたり、透視の魔法で身体を見られたりするのは少し苦手だ。
結果は改めて報告するらしいが、今のところは異常は見られないと言われた。一先ずは安心して良いだろう。
「お二人とも、お疲れさまです。迎えに参りました」
今度はニジルさんがやってきた。外で出迎えてくれた騎士団長の人だ。
優雅に頭を下げるニジルさん。そんな彼に、アリアさんは手を振った。
「ありがとう、ニジル。さっそく頼むよ」
「ええ。では、ご案内します」
凄い……アリアさんは騎士団長にも堂々と接している。わたしは未だに弓月さんに少し遠慮してしまうというのに……。
わたしは、歩き始めた二人の背を見ながら関心した。
「そういえば、つばさ様は帝国に興味があるのですか?」
謁見会場へと向かう途中、ニジルさんが話を振ってきた。
「あ、はい……本の中でしか見たことないものが目の前にありますから。ごめんなさい、じろじろ見ちゃって……」
白を基調とした壁に青の旗。室内を彩る赤い薔薇。
はしたないのは分かっているが、どれもが実際に見たことないものばかりで関心は尽きない。
「いえいえ。関心を持っていただけるのは嬉しいですよ。この城は私の誇りでもありますから」
「何でニジルが誇ってるんだい?」
「アリア様、私も一人の帝国人ですよ?誇りに思うのも当然でしょう」
「うーん、そういうものかね……」
「ええ。もちろんです」
軽口を叩き合う二人が、何だか微笑ましい。互いに信頼しているのだろう。
「ここだ」
歩いて続けていた二人の足が止まる。わたしもそれに習って立ち止まった。
目の前には大きな扉と騎士の人達。茶色の扉が、厳かな雰囲気を出していた。
「準備は良いですか?入りますよ」
「はいっ」
確認はしたが、改めて自身の身なりを見る。紅白の召喚士の衣装や自前のブーツに汚れやシワは無い。問題はないはずだ。
騎士の人々が開けると同時に、わたし達も少しずつ足を進めた。