「つばさ。唐突だが、デートしないか?」
「……はあっ?」
青い燕尾服に身を包んだ少女……アリアさんの唐突な提案に、一拍遅れて声を出す。客観的に見て、今のわたしは間抜けに見えるだろう。
だって、デート(逢引とも言ったはず)って恋人同士がやらものだろう。ならば、わたしとアリアさんは当てはまらない。
「おや、不適切な表現かな?一応、帝国では友達同士で出掛けることもデートと表するのだが……」
本気で言っていたのか、小首を傾げる。悔しいが、揺れる赤毛の三つ編みが可愛い。
「……友達かはともかく、わたし達が街に出るのは良くないんじゃないですか?ほら、立場が立場ですし」
「甘いな、つばさ。良い考えがあるんだよ、ワタシにはね」
顎に手を当てながら得意げに笑うアリアさん。とても嫌な予感が、わたしの脳裏を駆け巡った。
・・・
アリアさんの提案から暫くして、わたし達は上の人達の許可を得て街を見て回ることになった。
条件付きとはいえ、許可が下りるとは思わなかった。弓月さんも二つ返事で了承してくれたし……。
それは良いのだが、少し困った事がある。
「つばさ、似合ってるよ」
「は、はあ……ありがとうございます」
困惑と恥ずかしさが込み上げてくる。こんな事になるなんて思わなかった。
街に出る条件の一つとして、変装するというものがあった。召喚士の衣装は認知されているので目立ってしまう。ならば、違う格好をすれば良い、という考えだ。
問題は、その変装だった。
「おや、嫌だったかい?」
「そういうわけじゃないんですけど。恥ずかしいというかですね……」
「似合ってるのに恥ずかしがる必要があるのかい?」
「うう……」
恥ずかしがっても仕方ないじゃないか……!
だって、わたしとアリアさんはドレスを着ているのだから……!
「どこから見ても良いところのお嬢様だねえ」
藍色のドレスに、髪には赤いリボン。確かに、お金持ちの人がする格好だろう。アリアさんも、お揃いのドレスを着ている。普段からは考えられない光景だ。
「わたし、お嬢様なんて生まれじゃないし……」
自分でも引くぐらい卑屈になる。こんな綺麗な服を着たのは、召喚士の衣装を除けば初めてだ。
「まあ、細かいことは良いじゃないか。君も、そう思うだろ?ジン」
「ええ……」
アリアさんは、傍らにいるオールバックと手甲が特徴的な寡黙な男性────ジンさんに声を掛ける。
ジンさんは、アリアさん専属の護衛騎士らしい。会談の時も、帝国側の席に座っていた。何歳か分からないが、見た目は桂子さんや弓月さんよりも上に見える。間違いなく熟練の騎士だろう。
「堅いなあ。今日はお仕事モードは禁止!ほら、敬語はやめなよ」
アリアさんが、バシバシとジンさんの腕を叩く。ジンさんは、ため息をついた。
「はあ……なら、言わせてもらおう。似合ってはいる。だが、やり方が強引だ。皇国召喚士に迷惑だろう」
「反省はしているよ。だが、皇国召喚士じゃない。彼女には一光つばさという立派な名前があるぞ」
アリアさんの反論になっていない反論に、再びジンさんのため息。立派な名前と言われるのは悪い気はしないが。
「まあまあ……わたしは気にしてませんから。ねっ?」
「それなら良いが……」
何というか……ジンさんのアリアさんへの普段の苦労が垣間見えた。
「というわけで出発だ!何から見たい?」
「えーっと……おまかせします」
何から見れば良いのか分からなかった。とりあえずは任せればいいだろう。そう思っていると、アリアさんに腕を掴まれた。
「おまかせコースだね。じゃあ出発!」
「わわっ!」
グイッと、強引に腕を引かれる。嫌ではないが、少しふらふらっと姿勢が崩れる。
アリアさんという暴れ馬に導かれながら、街を探索することになった。
「と、言うことで!最初は中央広場だ!ここには街のシンボルである噴水があるからね!」
最初の場所は、街の中央にある広場らしい。
広場の中央には水が噴き出てくる装置がある。それが噴水だ。帝国の人達の憩いの場らしい。水飛沫が舞い、光が反射して小さな虹が見えるて綺麗だ。
やっと手を離してくれたアリアさんは、見ろ見ろと言わんばかりに良い顔で鼻息を荒くしている。
「……つばさ殿が困っているだろう。やめなさい」
「あうっ」
軽くチョップされるアリアさん。ありがとう、ジンさん…と、心の中でお礼を言う。
「あはは……でも、本当に綺麗ですね。見られて嬉しいです。本に描かれてた絵でしか見たこと無いですから……」
これは本心だ。皇国には噴水がない。作れたとしても、提案する人は少ないだろう。皇国には皇国の良いところはあるが、やはり無いものというのは輝いて見えるらしい。
「……そう言ってもらえて嬉しいよ」
アリアさんは、悪戯に成功した子供みたいな無邪気な笑顔を見せた。
・・・
噴水を見て心が癒されると、次は食べ歩きツアーが始まった。
ホットドッグにケバブ、ワッフルなど様々な店に立ち寄った。種類があって美味しいのは良いのだが、少しお腹が気になるラインナップだ。
最後に、カフェに立ち寄って熱い珈琲を飲んでいた。
「はー!食べた食べた!」
アリアさんはお腹をポンポン、とさする。絵本に出てくる狸みたいで可愛い。
「つばさ、楽しんでるかい?」
「ええ……まあ……」
今の立場で、ここまで心躍らせて良いのか?と思うくらいには楽しい。
わたしの戸惑いを察したのか、アリアさんは微笑んできた。
「君には知って欲しかったんだ。ワタシが戦う理由をね」
「戦う理由……ですか……」
周囲に目をやる。
買い物帰りの親子。商品の売り込みをやる屋台の店主。大道芸人と芸を楽しむ人達。食べ物を片手に語らう恋人達……。
街を行き交う人々は、とても楽しそうだ。それを見守るアリアさんも、誇らしげであった。
「ワタシはね、この街が好きなんだよ。物心ついた頃から育ったこの街がね。それこそ、ワタシにとっては戦う理由になるほどにね」
「アリアさん……」
「召喚士の儀式が成功しなければ、世界の魔力はバランスを崩して異常気象を起こし続ける……そうなると生活が成り立たなくなる。この珈琲も飲めなくなるというわけだ。ワタシは、そんなのはごめんだ」
そう言うとアリアさんは、優雅な手つきで珈琲を口にした。
こうして見てると、何かの肖像画でも鑑賞してる気分になる。美人って羨ましいな。
「ん?どうしたんだい?」
「あっ、何でもないです……」
アリアさんは小首をかしげる。
わたしは慌てて珈琲のカップを手に取った。頭の中で聖獣達がクスクス笑っていたが、気にしないでおこう。
「ふぅ……」
珈琲の苦い香りが、わたしの心を落ち着かせる。緊張していた全身の力が、抜けていくのを感じた。
「良い顔になったな」
「えっ?」
アリアさんの言葉に手が止まった。
「少し前の君は思い詰めた顔をしていたからな。肩の力が抜けたようで安心したよ」
「あはは……まあ、色々ありましたし、ね……」
「まったくだな」
互いに苦笑いする。
召喚士同士というのもあるが、わたしとアリアさんは年齢も近い。育った国は違っても、通じるところはあるのかもしれない。
最近は召喚士として忙しくしていた。気の休まる場面は少ない。アリアさんの気遣いが嬉しかった。
そんなアリアさんは、手を叩いて話題を変えた。
「さあ。少ししたら、次は買い物ツアーだ!ジン、荷物持ちよろしく!」
「お前というやつは……大体な……」
アリアさんに荷物持ちを押し付けられて抗議するジンさん。
こうして見てると、兄と妹にしか見えなくて微笑ましい。
「鋼太郎……」
ふと、旅の途中で離れることになった仲間の名が口から出る。口から出たのはほぼ無意識だった。
それも無理はない。アリアさんとジンさんを見ていると、鋼太郎と軽口を叩き合う日々を思い出すのだから。
こうしていると、鋼太郎の存在に内心助けられてきたのだと認識する。
鋼太郎と再会したらお礼を言おう。ちょっとだけ照れくさいけれど。
「よし!じゃあ買い物に行こうか!」
アリアさんが立ち上がる。
だが、わたしの意識は別の方へと引っ張られた。
「誰かっ……!捕まえて!」
「っ!」
女性の叫び声が聞こえた。具体的に言われなくても、何が起こってるのか何となく分かった。
声の方を見ると、必死に何かを追いかける女の人があった。女の人が追いかけているのは、男の人だ。その人は、鞄のような物を持っている。
間違いない。盗人だ。こんな白昼から堂々と……!
「二人とも!応援を呼んできてください!」
「つばさ!?」
それだけ言うと、わたしは席から飛び上がって犯人を追いかけた。
アリアさんの呼び止める声が聞こえたが、わたしの足が止まることは無かった。
・・・
「くっ……早い……!」
石畳の街を走って男を追いかけ続けるが、距離が縮まらない。
このまま裏路地に逃げられたら見失う可能性がある。
こうかったら、聖獣の力を借りるしかない!
────風の聖獣様!風の力で奴の行動を予測してください!
────つばさ、良いのか?
────構いません!やってください!
────……わかった。
風の聖獣の声は重々しかった。あまり召喚士の力を使うことをよく思っていないようだ。
だが、そんな事を言ってる場合ではない。今、困ってる人がいるのだ。
「っ……………!」
わたしの頭の中を風が吹き抜ける感覚が襲う。周囲や男の動きを風で感じ取って、進行方向を予測しているのだ。
「あっちか……!」
次にどこに向かうかが分かった。右に曲がると思ったら、男は右に曲がる。物を投げて妨害すると思ったらすぐに避けられた。
「いける……!これなら……!」
必ず捕まえられるという確信が、自分の中に出てきたのを感じる。動きを見るに手慣れているようだ。恐らくは常習犯だろう。
なおのこと逃がすわけにはいかない。
「ひぃ!何なんだこいつ!全然撒けねぇ!」
どこまでも追いかけ続けるわたしに恐怖を感じたのか、男の動きがフラつき始めた。
「止まって降伏しろ!」
「じ、冗談じゃねぇっ!」
男は声を震わせながら裏路地へと逃げ込んだ。まだ逃げられると思っているようだ。
「往生際の悪い……!」
わたしは男を追いかけ、同じように裏路地へと入っていった。