第一話「試験」
孤児院を旅立ってから約一ヶ月が経過した。わたしは、最終試験まで勝ち残っていた。
今日は、その当日の朝だった。わたしは、朝食を食べ終えて緑茶を飲んでいた。
「……ふぅ。ごちそうさまでした~」
美味しいご飯に思わずニコニコしてしまう。皿には、白米、味噌汁、卵焼きが乗せられていたが、全て食べてしまった。
「相変わらずの食べっぷりだね。それなら選考試験は確実に受かるだろうねえ」
「そ、それは言い過ぎですよ〜!」
机の反対側にいた、恰幅の良い割烹着の似合う女性の励ましに思わず苦笑いしてしまう。料理を作ってくれたのも、この女性だった。
「しかし、店の前で行き倒れていた女の子が召喚士候補とねぇ。世の中、何があるやら……」
「もう、その話は良いじゃないですか!」
顔が熱くなっているのを感じながら話を遮る。
わたしは1週間ほど前に都に辿り着いた。恥ずかしいことに、道中でモンスターの大群と遭遇してしまい、食料を全て奪われてしまった。そこから、飲まず食わずで都まで歩き続けた。辿り着いたときには、力尽きて倒れてしまう。
その時に助けてくれたのが、この女性だ。名前は、飯野薫さん。この麻婆カレー飯店の店主だ。旦那さんと二人で店を切り盛りしている。
「とにかく!ここに住まわせてくれてありがとうございます。感謝してもしたりません」
召喚士の試験を受けられる人間は、都の中であればどこで寝泊まりしても構わないという規則になっていた。
召喚士候補には、宿舎が用意されてはいたので、そこに住む選択肢もあった。それでも構わなかったが、薫さんに事情を話すと「是非ともウチを宿代わりにしてほしい」と言われ、ここでの生活が始まった。
「良いのよ〜。正直、人でも欲しかったし。なによりも、召喚士様が住み込みで働いたとなれば知名度も上がるだろうしねえ〜」
ぐふふふ、とお世辞にも上品とは言えない笑い声をあげる店主の薫さん。
ちゃっかりしてるとは思うが、わたしも助かっているので何も言えない。試験に緊張はしていたし、宿舎に住むとなると他の試験者との関係にも気を遣って疲弊していただろう。
それを思えば、店の手伝いは気が紛れたし、薫さんと旦那さんと食卓を囲むのは楽しかった。わたしにとっては、間違いなく正解だった。
「そういえばさあ、最終試験って何やるんだい?」
気軽に聞いてくれるなあ。まあ、口外するなとは言われてないけど。
試験は約一週間、様々なものが行われた。聖獣と同調できるかの検査、筆記試験、身体能力検査など。
そして、今日行われる試験は……。
「参加者同士で本気で戦うらしいです」
傍らに立てかけている刀を横目で見ながら言った。薫さんは、口元を抑えながら「ええっ!?」と声を上げる。
当然だろう。本物武器で戦うのだから。わたしも、試験内容を告げられたときは耳を疑った。
「あ、危ないんじゃあ……」
「一応、試験官が止めに入るらしいです。命どころか大怪我しないように配慮してくれるから大丈夫だと思いますよ」
多少の怪我は覚悟するしかないだろうけど、と心の中で付け加えた。
「なら良いけどねえ……」
薫さんは、胸を撫で下ろす。会って一週間程度なのに、家族のように心配してくれてるのが嬉しかった。
そんな様子を見てると、育ての親である桂子さんを思い出してしまう。まだ戻るつもりはないが、様子は気になってしまうものだ。
「おーい!つばさちゃん!そろそろ時間だよ!」
厨房から男の人の声がした。薫さんの旦那さんだ。下ごしらえで忙しいと言っていたが、気にかけてくれてたみたいだ。
「あはは、お喋りし過ぎちゃいましたね。薫さんとお話するの、楽しいからついつい……」
頭を掻きながら、舌を出して見せる。薫さんは「はいはい。言ってな」と言いながら立ち上がる。本心なんだけどなあ。
薫さんと共に、お店の出入り口まで歩く。見送ってくれるようだ。
「よし、行ってきなよ!つばさ!全力でやっておいで!吉報を待ってるよ!」
「はい!」
バシバシ、と肩を叩かれる。心地よい痛みとともに、店の外へと出た。
店から出ると、様々な店や家がが立ち並んでいた。多くの人が歩いていた。当たり前の光景だが、初めて来たときは目を回したものだ。
それもそのはず。ここは、オオトリ皇国の首都である
「さてと、行きますか」
刀を握り直して歩き始める。
試験は、宮廷内にある衛士が使用している訓練場で行われている。行き方もすでに覚えている。
大通りに出て、都の奥へと進んだところにある。一週間も通えば流石に分かる。
目当ての大通りが見えてきた。角を曲がって、真っ直ぐに進めば宮廷だ。
しかし、わたしは動きを止めてしまった。
「あっ……ごめんなさい」
曲がろうとした瞬間、誰かとぶつかってしまった。
わたしも、相手も転んだわけではない。だから、大したことはないのだが、申し訳なかった。
「いや、こちらもすまない」
ぶつかった相手も謝った。謝罪して欲しかった訳では無いが、気遣いが嬉しかった。
その相手は、わたしと同じくらいの年の女の子だった。だが、周囲の人と比べると目立つ人だと思った。
二つの三つ編みの赤毛に、青色の瞳。さらには、青い燕尾服。
黒髪と浴衣の人が多いオオトリ皇国では珍しく、目を引く容姿だ。
「刀か。もしかして、召喚士の試験に行くのかな?」
「えっ?」
胸の鼓動が跳ねた。やましいことをしているわけではないが、この一瞬で召喚士の試験へと向かっていることを見抜かれて驚いたのだ。
「そう、ですけど……」
「うん。試験は見れないけど、応援してるよ」
「あ、ありがとう」
こちらが狼狽えているのに構わず、青い燕尾服の少女はジロジロと見始める。自身の顎に手を当てるポーズは、学者のようだった。
初対面の人にずっと見つめられるのは少し怖い。
「……見たところちゃんと鍛えているし大丈夫じゃないかな?これでも、人を見る目には自信あるからね」
「は、はあ……」
完全に会話の主導権を握られている。ぎこちなく返すしかなかった。
どうしたものかと思っていると、彼女の方から別れを告げられる。
「もう時間かな。じゃあ、試験頑張って」
青い燕尾服の少女は、小さく手を振って、どこかに走り去っていく。
その背中が見えなくなるまで、見守るしかなかった。
「な、なんだったんだろ……クール?な人だったな」
嫌な感じはしなかったが、戸惑ってしまう。一週間も住めば、都の事は大体理解出来ると思っていたが、甘かったかもしれない。
控えめに見えて、結構踏み込んでくる人だったな……。
変わった人だけど、応援してくれたのは純粋に嬉しかった。気を取り直して、宮廷へと向かった。
大きな赤色の門が見えた。これが、宮廷の入り口だ。
男の人が二人ほど門の前に立っていた。薙刀を手に持ち、腕と胸に鎧を身に着けた門番だ。無断で侵入する人を止めるためにいる。
中に入る許可をもらっているが、何回来てもここを通るのは緊張する。
「あの……試験を受けに来ました……」
門番の人たちに、羽の模様が掘られた木の板を見せる。大きさは手のひら程だが、この都においては大きな意味を持つ。
これは、試験初日に渡された通行手形だ。宮廷に入るには、何かしらの許可が必要となる為、支給されたものだ。
「ん?ああ。君か。試験も最終日だったね。頑張っておいで」
「はい。ありがとうございます!」
頭を下げて、門を通る。どうやら、門番に顔を覚えられているようだ。こちらも、二人の顔は覚えているからお互い様だけど。そこまで話はしなかったけど、気さくにあいさつしてくれるのでありがたかった。
「よし……」
門を通り抜けると、赤を中心とした鮮やかな建物が並ぶ空間が見えてくる。宮廷は、皇族・貴族・衛士などの国の中心を担う人々が集う、心臓とも呼ぶべき場所だ。そんな場所に出入りしているのだから、自分でも驚きだった。
衛士の訓練場は、衛士の詰め所の中にあった。門をくぐって、右に向かっていけば見えてくる。
衛士の詰所は、他の建物に比べると装飾少なくて無骨な印象を受ける。
「おはようございます」
詰所の前にも衛士がいたので、挨拶をする。先程と同じく手形を見せる。わたしが受験者だと認めると、中に案内を申し出てくれた。
「待っていたよ。さ、こちらへ」
衛士の人の後をついて、建物の中へと入る。
連れられてきたのは、衛士達が休憩する時に利用している部屋だ。机と椅子がいくつか置いてあるだけの、質素な空間だった。
「ここで待っていると良い」
案内してくれた衛士の人にお礼を言って、椅子に座る。今までも、ここで時間になるまで待っていた。
周りを見渡すと、他の参加者が3人ほど座っていた。全員、初日から顔を見ている人達だ。最初は、40人ほど居たので、かなり減ってしまった。
他の参加者達は、あからさまに緊張している男の人、瞑想しているのか寝ているのか分からない女の人、本を読む男の子など、個性に富んでいた。
これから、この人達と召喚士になる権利を賭けて戦うのだ。
「……」
刀を握る手に力が入る。今日で試験が終わり、召喚士が決まる。選ばれるのは、この中の1人だけ。
彼ら彼女らがどんな目的で来ているのかは分からない。だが、負けるつもりもない。
改めて決意していると、扉が開いて衛士が入ってきた。
「受験者は揃っているな。時間だ。外に出てほしい」
わたしを含めた全員が、席から立ち上がる。一人ずつ、部屋から出ていく。
全てを決める試験の始まりだった。