衛士の訓練場は、先程まで待機していた部屋のある建物の隣にあった。実技訓練を行っている施設の1つらしい。国内の治安を維持する組織だけあり、その鍛錬の場も広々としていた。受験者と衛士と合わせて一〇人ほどいても、まだまだ余裕がある。
わたしと参加者達は、訓練場の中心で横一列に並ぶ。さらに、目の前には長い黒髪を一纏めにした女性の衛士。彼女が、この一週間の試験を見守っていた試験官だ。彼女の後方に居る5人ほどの衛士の存在が、試験官という地位の高さを教えてくれる。
「もう必要はないと思うけれど、改めて挨拶させてもらうわね。私は、皆さんの試験官を務める弓月紗矢です。よろしく」
彼女に合わせ、わたし達も頭を下げる。弓月さんは偉い人らしいが、横柄な感じがしなかった。それでいて、堂々としている。そんな優しく頼もしそうな佇まいが、個人的には好きだった。
「約一週間続いた試験も今回が最終日です。今日の試験で、召喚士が決まります。世界を守る大役を決める試験ですので、我々も公平かつ厳正に採点をします」
誰のものかは不明だが、唾を飲み込む音が聞こえた。さらに、続ける。
「昨日も説明したように、今回の試験は4人で戦闘を行います。私が戦闘不能と判断した人は脱落。最後の1人になるまで戦い、残った人が合格者となります。悔いのないよう、全力で戦い抜くことを期待しています」
そうだ。力が出し切れないで負けたなんて事になったら、みんなに笑われてしまう。
「それでは、試験を始めます!位置についてください!」
試験管の弓月さんの指示に従い、事前に指定された位置に立つ。訓練場の中央で、試験者4人で向き合う形になった。
わたしは、他の試験者達に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
残念ながら反応はなかった。むっ、としたが競い合う関係である以上は仕方ない。
気を取り直そう。一応、他の試験者三人の戦法と傾向は頭に入っている。
まず、まだ緊張している男の人──梅田さんは、戦い始めは動きが鈍いものの、場の空気に慣れてくると素早く動く。そうなると、手に持った短剣から逃れるのは難しい。
次に待機室で瞑想していた女の人──竹林さんは、身の丈ほどの両手持ちの斧を使う。まともに切り合うのは危ない。
最後に本を読んでいた女の子──松本さんは、わたしよりも少し年下だが、魔術の扱いに長けている。その気になれば、この場の全員を吹き飛ばすなど造作もないだろう。
この三人を相手にした上で、勝つ方法を考えなければならない。それを、わたしは一晩考えて思いついた。
「それでは、はじめ!」
場外に居る弓月さんの合図が響く!ピリッとした空気が、場に流れた。
それと共に、わたしは勢いよく刀を引き抜いた!先手必勝だ!
「はっ!魔神連牙斬!」
魔神剣と呼ばれる衝撃波を飛ばす技がある。それを三回行うのが、魔神連牙斬だ。それを、わたしは三人それぞれに向けて飛ばした。
攻撃される前に、こちらから仕掛ける。これが、わたしの作戦の一つだった。
3人三が反応した時には遅かった。衝撃波は、三人を捉え、それぞれに直撃した。
砂埃が、会場を覆い尽くした。
「やった……?」
喜びたいところだが、確信できなかった。徐々に埃が薄れる……。
「やっぱり、そうだよね」
晴れてきた視界には、防御の構えを取った梅田さん達がいた。武器で受け止めたり、魔法で光の壁を作ったりと、それぞれの方法で攻撃を受け止めたのだろう。
「だったら……作戦変更ぉぉぉぉっ!」
魔術を使うには、詠唱と呼ばれる工程が必要となる。つまり、松本さんは接近戦は不得意だ。
年下の娘と戦うのは少しだけ抵抗があるが、勝負は勝負だ。松本さんに向かって、剣を振り下ろした。
「っ!」
松本さんは、すぐに後ろに下がって刃を躱す。流石だが、わたしも避けられることを想定していなかったわけではない。
「逃がすか!孤月弾!」
松本さんに向かって、鞘を投げつけた!鞘は弧の軌道を描き、松本さんの脳天に直撃した。
「ぐっ!」
鞘がわたしの手元に帰ってくると共に、松本さんは頭を抑えて、その場に倒れ込む。これでしばらくは動けないはずだ。今のうちに残りの2人を何とかしなければ……。
そんな事を考えていると、首筋が粟立つ感じがした。魔物が襲いかかって来る時のそれに近かった。
「やばっ!」
振り向くと、そこには刃と斧。すぐさま刀でそれを防ぐ!
「梅田さん、竹林さん……」
梅田さんからは、緊張していいる様子が見られない。わずかに見せた短剣捌きにも、迷いはなかった。
静かに瞑想していた竹林さんも、目を見開いてわたしを逃さないと意思表示をしている。
「やっぱり、簡単には倒させてくれないか……」
刀を向けて牽制するが、隙が見えない。一方に踏み込めば、もう一方に斬られるだろう。2人は仲間という訳では無いが、わたしは試験が始まってすぐに場をかき乱したのだから、狙ってくるのも仕方ない。
「炎槍撃!」
後ろから女の子の声が聞こえた。恐らくは魔法の詠唱だろう。
この場面で魔法を使う人間は1人しかいない!
「うっ!」
回避を図るが、炎の槍が脇腹を掠ってしまう。大部分は床へと落ちたが、大きな穴が出来てしまった。
近くに居た竹林も、少しだけ傷を負ったのか、尻餅をついている。
「うわあ……」
直撃したら間違いなく死んでたかな。ちょっと冷や汗出てきたな。
……なんて考えていたら、短剣がこちらの方に飛んできた!
弾き返すが、その隙に梅田さんに距離を詰められる。急いで後ろに下がるが、懐から新たに短剣を手にして刃を突きつけてくる。
「逃さない!瞬迅剣!」
刃がまともにに当たったら終わりだ!
鞘を前に突き出して短剣を防ぐ。しかし、梅田さんは大人の男性だ。彼は、わたしよりも力が強い。そのまま、勢いよく突き飛ばされてしまう。
「ぐあっ!」
壁に激突して、倒れ込む。全身が痛いが、追撃に備えなければならない。倒れた時こそが、一番怖いのだ。
顔を上げると、梅田さんがこちらに向かって来ていた。さらに、後ろには斧を振り上げた竹林さんがいた。
竹林さんは、梅田さん共々わたしを倒すつもりらしい。
「冗談じゃない!」
思わず出できた叫びと共に、梅田さんの刃を躱す。仕留める自身があったのか、梅田さんの表情は驚きに染まる。
「はあっ!」
攻撃を避けられるということは、隙ができるということ。完全に無防備となった梅田さんの背を目掛けて竹林さんの斧が襲いかかった!
「ちぃっ!」
だが、梅田さんもそのままやられない。
殺気を感じたのか、竹林さんの方に身体を向けて、舌打ちしながら2つの短剣で斧の直撃を防ぐ。斧は、梅田さんの額に当たるギリギリの所で止まる。
「風よ。邪悪を切り裂け……」
松本さんの声が聞こえた。魔法を唱えているのだ。あの2人共々、わたしを薙ぎ払うつもりだろう。
あの詠唱は聞き覚えがある。松本さんの術の中でも秘奥義とも言える最強の術!このまま発動させれば、わたしもやられてしまう。
詠唱している少女へと走り出す。
「うおおおおおおっ!飛天翔駆!」
飛び上がって、そのまま相手に突撃する。流石にこちらに気がついたのか、詠唱を中断して攻撃を避ける。それでも構わない。あくまでも詠唱の中断が目当てなので、当てる必要はなかった。
「それでも、逃さないけどね!」
松本さんに刀を振るう。梅田さんと竹林さんが戦っている今が好機だ。ここで倒してしまいたかった。
しかし、松本さんもここまで勝ち上がってきた強者だ。わたしの攻撃を紙一重とはいえ、避け続ける。
ならば、当たるまで攻撃を続けるまでだ。体力には自身がある。
「喰らえ!」
脇腹を狙って振るった鞘が当たる。流石に限界なのか、松本さんはよろける。
わたしは、それを見逃さなかった。すぐさま、刀を振り下ろす!
「獅子戦吼!」
刀に乗せて放たれた闘気は、吠える獅子の如く松本さんへとぶつけられる。避ける暇も無く、彼女は吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
松本さんは、床に身体をぶつける。これならば、立ち上がる前に、ケリをつける……!
「喰らえ!」
峰打ちだが、松本さんに刀を振り下ろす。避けられないと思ったのか、彼女は目を瞑った。
勝ちを革新した。この瞬間から逆転できる手など無いはずだから。同じ立場なら、わたしも、同じように諦めただろう。
だが、わたしの刀は彼女の顔の目の前でピタリ、と止まってしまう。
「大変だ!」
男の人の声だった。訓練場の扉を勢い良く開ける音ともに聞こえてきた。見た目からして衛士だろう。
わたし以外の誰もが、その人の方を見た。
「何事だ!試験中だと言うのに……!」
弓月さんが、眉を顰めながら問う。外から来た衛士は、息を整える。そして、外を指しながら答えた。
「魔物が、街中に出現しました!」
その場にいた誰もが、その言葉に驚愕した。