────今日から召喚士です。
確かに、試験管から直々に合格だと言われはした。召喚士を目指して戦ってきた。
だが、ハプニングが起こったのではなかったのか?
だから、みんな慌てて試験会場から出ていったのではないか?
わたしの頭の中は疑問がグルグルと渦巻いて、合格を喜ぶどころではなかった。
「そういうことか。我々はとんだ道化だな……!」
唖然としていると、後ろからの叫び声が聞こえて思考から引きずり戻される。
「梅田さん……」
斧を背負った女性───梅田さんが、眉を顰めている。その後ろには、本を握りしめた女の子・竹林さんと、短剣を未だに握っている男性・松本さんがいた。
「あの、これって……」
疑問の答えが欲しかった。だから、弓月さんに視線を向けた。
弓月さんは、わたしと梅田さん達の間に立つと、口を開き始めた。
「改めて説明させてもらいます」
弓月さんは、懐から1枚の紙を取り出してみせた。当然ながら、わたし達は紙の前に集まる。
先程までヒリヒリとした空気だったので、梅田さん達の近くにいるのはすこし気まずいが、今は話に集中しよう。
「今回の試験の目的は、戦闘能力を見ることにあります。しかしながら、相手を負かせば良いというものではありません。力比べではありませんからね」
────力比べではない。つまりは、最終試験の本命は最初の模擬戦闘ではなかったということ?
ならば、可能性は1つだけだ。他の3人も、気がついているようだ。
「……魔物騒動自体が、試験だったということですか?」
竹林さんが問う。わたしも、そうとしか考えられなかった。
煙のように消える魔物、戦闘などなかったかのように静かな宮廷を見れば、仕組まれていたとするのが自然だ。
「その通り。これは、有事の際の判断を見極める試験でした。召喚士は世界を守る者。戦闘力だけではなく、判断力も必要となります」
「やはりな」
舌打ちする松本さん。少しだけ気持ちは分かるが、そうでなければ召喚士は務まらない、というのが都の考えなのだろう。
「松本さん、竹林さん、梅田さんに関しては、残念ながら脱落となります」
弓月さんは、3人に頭を下げる。
隠れて待機していたのか、どこからともなく出てきた衛士達が松本さん達の近くにやってきた。この場から立ち去るように促しに来たのだろうか。
梅田さんは何かを言いたげにしていたが、ため息を付いた。
「……一光つばさ。君の検討を祈る」
梅田さんは、衛士と共に試験会場へと戻って行った。それを追うように、松本さんと竹林さんも立ち去る。
改めて弓月さんと2人になる。何か言わなければと思っていると、先に弓月さんが口を開いた。
「さて、一光さん。お疲れ様でした。改めて言いますが、あなたは試験に合格しました。召喚士の契約を行いますので、ついて来てください」
「あ、はい……」
────あの人達の分も頑張ろう。それが、勝った人間の役割だと思うから。
決意しながら、弓月さんの背を追った。
・・・
弓月さんに連れられてきた場所。それは、皇族の住む後宮であった。
中央の道を真っ直ぐに歩いていくと、見えてくる大きな建物が後宮だ。
赤い屋根に金の装飾が施された華やかな建物だ。近付けば一目で分かる程度には目を引く。
なによりも特徴的なのは、扉に刻まれた6枚羽根の紋章。オオトリ皇国を象徴する紋章が、皇族の住まう場所であることを示していた。
「………」
思わず息を呑む。これから、ここに入らなければならないのだから。
気後れしていると、後宮の前に立っていた衛士達が、扉を開いた。
中に入れ、ということらしい。
「一光さん」
「はいっ」
声が若干上ずる。自分でも呆れるくらいに緊張している。
だって、仕方ないじゃないか。衛士達がジロジロと見てくるのだから。
とにかく、中に入る。建物を支える大きな柱が何本も並ぶ。床には長い絨毯が引かれていて、その脇には衛士が何人も並んでいる。
歩く度に、衛士が順に頭を下げる。わたしにやっているのか、弓月さんにやっているのかは分からない。
「……」
慣れよう慣れようと意識するも、落ち着かない。逆走してしまいたいが、それでは頑張ってきた意味がない。
「大丈夫ですよ。皆さん、敵意はありません。部屋に入ったら、私と同じように動いてください」
「は、はいっ」
緊張しているのを見抜いたのか、弓月さんは声をかけてくれる。荘厳な雰囲気の中でも気さくさは変わらないようだ。
……などと、考えているといつの間にか絨毯が途切れていた。気がつけば、入口のものとは別の大きな扉が目の前にあった。
「ここが……」
「はい。謁見の間になります。皇王様がお待ちです」
「皇王様が……」
わたしの住むオオトリ皇国で一番偉い人。それが、皇王様だ。
世界の危機だから当たり前かもしれないが、皇族と会うのかと思うと、さらに緊張が増す。
「一光さん。準備はよろしいですか?」
「……大丈夫です」
本当は大丈夫ではないが、嫌だ嫌だとも言ってられない。世界を救おうと言うのだ。避けては通れないなら、ぶつかってやるまでだ。
扉が開き、弓月さんと共に謁見の間へ足を踏み入れる。
謁見の間。皇族と相対する場だけあって、美しくも落ち着いた雰囲気の部屋だった。
まず、金の装飾が施された赤い絨毯や柱が目に留まった。それらが、巨大な部屋全体に広がっている。
部屋の奥には、皇族の座る玉座とも言うべき空間があった。そこは、わたし達が立っている所からは少しだけ高い場所にあるからか、劇場の舞台にも見えた。
この部屋全体が、皇族を盛り立てる為の物だと実感させられる。
更には、部屋の壁際には何人もの衛士が見える。相当な手練れなのだろう。今まで出合った衛士達とも違う、覇気のような雰囲気を感じた。
玉座の目の前まで歩くと、弓月さんが片膝を付いた。
「っ……」
少しだけ反応が遅れたが、何とか弓月さんと同じように膝を付く。
「弓月紗矢。試験を終了し、帰還致しました!」
誰もいない玉座に向かい、報告する。少しすると、玉座の袖の方から一人の女性が出てきた。
「あっ……」
思わず声が漏れ出る。声が出てしまったのは、とても綺麗な女性で驚いたのだ。
艶々とした腰に届くくらい長い黒髪、雪のような白い肌、薔薇のような赤い唇。その一つ一つが美しく整っている。桂子さんも綺麗だと思うが、それをも凌駕するほどだ。
それになによりも、羽の模様が施された着物が、皇族であることを証明している。
間違いない。この人が、皇王様だ。この国で一番偉い人だ。
「試験での働き、確かに見事だった。弓月紗矢」
「勿体無いお言葉です」
「もう、そこまで畏まらなくても……」
弓月さんは、深々と頭を下げる。わたしも続いて頭を下げるが、少しだけ顔を上げて盗み見る。
皇王様は、深々と頭を下げる弓月さんに、困った顔をする。なんだか、君主と臣下というには少しだけ距離が近いように思えた。
「とにかく……二人とも顔を上げなさい」
はい、と返事をして頭を上げる。皇王様は、微笑みと労いの言葉を投げてきた。
「ご苦労だった。私も見ていた。一光つばさ、お前の最終試験での活躍は素晴らしいものだった」
「も、勿体ないお言葉ですっ」
まさか、皇王様に褒められるとは思わなかった。本当に無我夢中だったから。
「謙遜する必要はない。召喚士に限らず、私は力ある者は人々の為に尽くすべきであると考えている。あなたは、それを見事に果たした。中々出来ることではない」
「ありがとうございます……」
確かに、大量の魔物を見た時は街の心配をした。大量の魔物が宮廷にいるならば、街に入っていると考えるのが普通だ。
街にも宮廷にもお世話になった人は沢山いる。家族を楽にするために旅に出たのに、そんな人々を見捨てるのは違うと思った。
わたしは、あくまでも自分の感情に基づいて動いたつもりだから、皇王様が言うほど立派な考えではなかった。無論、褒められるのは嬉しいのだが。
「時に、どこの出身だろうか?」
「……葛城孤児院という小さな孤児院の出身です。都から南東の方角になります」
「肉親は?」
「物心付く前に亡くなったと聞いています」
「そう……それは辛いことを聞いてしまいまったな。申し訳ない」
「いえ、もう昔の話ですから……」
出自を聞かれて、少しだけ動揺した。召喚士に相応しくないと言われたらどうしようかと思った。
孤児院の出身というのは、時に馬鹿にされることがあるのだ。そうでなくて安心した。
「必要無いかもしれないが、名乗らせてもらおうか」
改めて皇王様の瞳が、わたしを見つめる。穏やかでありながら有無を言わせない、意思の強さのようなものを感じた。
まるで壁に貼り付けられたかのように、わたしの視線は自然に皇王様へと向く。
「私は
覚悟していた質問が、やってきた。
皇王様と相対するのは怖い。だが、この質問ばかりは逃げる訳にはいかない。わたしだって、覚悟や志はあるつもりだ。
「あります。わたしには、実現したい世界があってやって参りました」
「実現したい世界とは?」
聞き返されるのも分かっていた。とにかく、自分が思っていることを伝えよう。
ここに来るまでに思っていたことを、皇王様にぶつけてみせる!
「わたしは孤児院で育てられました。保護者代わりの院長が一人で、わたし達の面倒を見てくれていました」
葛城桂子さん。わたしの保護者代理の人。この人の苦労する姿は、目に嫌というほどに焼き付いている。
「院長は、若い頃から苦労してきたと聞いています。わたしも、境遇で苦しむことがありました。貧しさそのものだけでなく、それによって奇異の目で見られることもありました」
脳裏を今までの嫌な思い出が過った。
近くの村に遊びに行った際に孤児であることを嘲笑われた思い出。
年長の男の子がお金を稼ごうと無計画に家出しようとした思い出。
年少の女の子が新しい服が欲しいからと遠くの街から服を買いに行こうと無断で出ていった思い出。
一ヶ月前、借金取り達が桂子さんを連れ去ろうとした時の思い出。
これの他にも沢山あった。
全部が貧しいから起こったとは思わない。でも、豊かなら穏便に解決できる道もあったかもしれない。そもそも、こんな事にならなかったかもしれない。
そう思うと悔しかったし、他のみんなにも同じ思いはさせたくなかった。
だから……!
「だから、わたしは召喚士を目指しました!異常気象を収めれば、仲間の暮らしが少しでも良くなると考えたからです!」
「ふむ……」
わたしの伝えたいことを、ハッキリと言葉にする。どこまで理解してもらえたかは分からないが、言いたいことは言った。
皇王様は、顎に手を当てる。わたしの考えが召喚士に相応しいか見極めているのだろうか。
長いとも短いとも言えない静寂を、皇王様のお言葉が破った。
「分かった。一光つばさ!お前を当代の召喚士として認めよう!」
認める。確かに言った。
わたしが、召喚士として認められた……?
「あ、ありがとうございます!」
床にぶつけそうになる勢いで、頭を下げる。ぶつかろうが関係ない。確かに、目標である召喚士に認められたのだ!それだけで嬉しかった。
「時間も惜しい。早速、任命式に移ろうか」
その言葉とともに、数人の女性の衛士が、わたしの周りに集まる。
どこから持ってきたのか、大きい布で周囲を囲った。仕切りのつもりなのだろうか?
「あ、あの……」
突然のことに言葉を詰まらせる。布の隙間から弓月さんが入ってきた。
「驚きましたよね、ごめんなさい」
「ええ、まあ……」
ごめんなさい、と言いながら弓月さんの顔はにこやか。悪いと思ってるのだろうか。
さらには、彼女の手には一着の服が握られていた。
「えっと、これは?」
「召喚士の衣装です。今からコレに着替えてください」
「えっ?ここで!?」
はい、と弓月さんはこれまた良い笑顔で答えてくる。
彼女の笑顔は、どこか有無を言わせない圧力のようなモノを感じさせる。怒った時の桂子さんとは別の方向性で怖い。
「お願いします。必要なことですので」
「は、はあ……」
必要と言われたらやるしか無い。とりあえず、浴衣を脱いで指定された衣装に袖を通す事にした。