テイルズオブ・サモナーズ   作:柿田

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第五話「選ばれた者」

「袴なんて初めて……」

 

 俯き、思わず呟いてしまう。

 召喚士が身につける物として与えられたのは、汚れ一つ無い白の着物と薔薇のような深い赤の袴の衣装であった。

 目立ちながらも、上品な色合いの紅白の衣装。本当にわたしが着ても良いのかと戸惑う。

 

「一光つばさ、準備はよいか?」

 

「あっ……はい!」

 

 目の前にいる皇王様のお言葉で、衣装に向いていた意識を取り戻す。

 周囲には衛士達が、わたしと皇王様に注目している。弓月さんはといえば、皇王様の隣に立っている。

 誰も側に居ないので不安だが、やるしかない。

 

「最初に問う。あなたは世界安定の為に聖獣と縁を結び、戦う覚悟はあるか?」

 

 事前に聞いていた質問だ。任命式には、質問に応えなければならないらしい。

 

「あります」

 

 儀式を行うには、国内の聖獣と契約する必要がある。聖獣と相対する覚悟は必要だ。

 

「隣国の召喚士と共に困難に立ち向かう勇気はあるか?」

 

 隣国というのはオオトリ皇国の隣のネイク帝国の事だろう。大陸を分かつ2つの国から1人ずつ召喚士を選定し、試練に合格する。それが、召喚士の儀式だ。

 

「はい。それもあります」

 

「ならば、この指輪を授けよう」

 

 皇国様は、自身の隣に立っている弓月さんの小さな木箱を開けるよう指示する。

 木箱の中には、小さな赤色の石がはめられた黄金の指輪が一つだけ入っていた。

 

「手を出しなさい」

 

 言われるがままに左手を差し出す。

 普通に考えれば、ここから指輪をはめるだろう。しかし、指の大きさは大丈夫なのだろうか?

 そんな疑問への答えは、皇王様の口から出てきた。

 

「この指輪は、装着する人間に合わせて大きさが変わると言われている。つまり、大きさが合わなくて指輪がはまらないという事はありえない」

 

 それは即ち、わたしに召喚士の資質が無ければ指輪を装着出来ないということだ。

 皇王様が、わたしの左手を取る。周囲からの緊張が、嫌でも伝わる。

 

「それでは、いくぞ……」

 

 中指の先に指輪が触れる。心臓が跳ね上がるが、声も上がらない。

 これではまらなかったら、やって来た意味がなくなってしまう。

 それだけは────嫌だな。

 

「……」

 

 中指の第一関節は問題なく通り、第二関節も通り過ぎる。そして、第三関節に到達。

 皇王様の手が、ゆっくりと離れる。指輪はどうなったのか……?

 指輪を確認する。左手を動かす。指輪は問題なくはまっているようだが……。

 

「っ!……」

 

 突如、中指の指輪をつけた部分に熱が走った。一瞬の事なので激しい痛みではない。だが、熱湯に指をつけたような感覚に襲われた。

 今は何もないが、いきなりのことで混乱する。何が起こったのだろうか。

 

「一光つばさ。どうだろうか?」

 

「あ、はい。指がいきなり熱くなって……あれ?」

 

 左手を閉じたり開いたりする。指輪は問題なく中指に収まっていた。

 

「痛い思いさせてすまない。しかし、その痛みは召喚士として選ばれたという証拠になる」

 

「選ばれた証拠……」

 

 改めて左手の中指を見る。召喚士の指輪が、問題なく収まっている。

 本当に、わたしは召喚士になったのだ……!

 

「さて、忙しいのはここからですよ。予定が詰まってますからね」

 

 感慨に耽っていると、腕を掴まれる。いつのまにか、隣には笑顔の弓月さん。

 

「あ、あの……?」

 

 笑顔が怖い。この人が笑っているということは、大変なことが待っているということで……。

 

「この後は街に出てご挨拶。夜には宮廷で貴族や文官の方々と会食。明日の朝には出発ですよ」

 

 で、ですよねえ……。

 わたしは、引き攣った笑顔を浮かべながら弓月さんに(強制的に)導かれて謁見の間を後にした。

 

 

・・・

 

 

 召喚士に認められた後は大変だった。

 皇王様の召喚士試験終了報告と共に、わたしは召喚士として市井の人々の前に顔出しすることになった。

 概ね受け入れられていた……と思うけど、歩きながら笑顔で手を振り続けるのは大変だった。これを日が傾くまで続けたのだから。

 でも、麻婆カレー飯店の人達も来てくれたのは少し嬉しかったかな?

 

 その後は、貴族や文官の人達と会食。色んな人に頭を下げながら勧められた豪華な料理を食べた。こっちも受け入れてくれる人もいた反面、ニヤニヤしながら「こんな小娘に務まるとは思えませんな」とか失礼なことを言ってくる人もいた。無論、それを咎める人もいたけど。ムカついたから会食が終わった後に皇王様にこっそり言いつけてやった。

 

 夜は宮廷にある客室で寝泊まりした。簡素ながらも華やかな一室だったが、疲れてしまって楽しむどころではなかった。緊張して眠れないよりはマシだろうが。

 でも、布団は柔らかかった。そこは良かったかな。

 

 

 

 そうこうしているうちに、旅立ちの日となる。天気はこれ以上無いくらいの快晴。雲一つ無い青い空。

 宮廷の入口には、四台の馬車があった。長旅になるから護衛や身の回りの世話をする人を引き連れて行くことになるらしい。他にも文官と貴族も居るとか。各地に理解を求めるための説得役とのことだ。

 

 馬車に乗る前に、皇王様や衛士、貴族の人達の見送られることになった。

 

「健闘を祈っている。一国の主だけでなく、一個人としてもあなたの旅路に幸あることを願おう」

 

「ありがとうございます。必ず、成功させて帰ってきます」

 

 皇王様が差し出してきた手を、わたしも握る。握手を交わすと、皇王様は満足そうに手を離す。

 わたしは、先に馬車に乗っていた弓月さんに手を引かれ、中に入る。

 

「それでは行きます!」

 

 馬に乗っている衛士の声が聞こえた。彼の掛け声とともに、馬車が少しずつ動き出した。

 ここから外は殆ど見えない。わたしの身の安全のためらしい。

 カラカラ、と車輪の音がゆっくり規則的になっていくと同時に声が外から聞こえてくる。

 

「召喚士様ー!」「世界をお願いしまーす!」「がんばってください!」「お元気でー!」「聖獣様によろしくー!」「いってらっしゃーい!」

 

 色んな人の様々な声が聞こえる。子供の無邪気な声。お爺さんの励ます声。おばさんの心配する声。若者の便乗して騒ぎたいだけの声。

 改めて、様々な人に注目されての旅立ちなのだと思い知らされる。この度は、わたしの意志で始めたものだが、同時に自分だけのものでもないのだ。

 

「色んな人がいるんだなあ……」

 

 馬車の出入り口を見つめながら呟く。当たり前のことかもしれないが、改めて実感することになった。

 声が、少しずつ遠のいていく。既に都の外に出ているのだろうか。

 

「都、恋しくなっちゃいました?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 無い、とは言わない。束の間のの居候とはいえ、住んでいた場所を離れるのだ。それも、良い人達と生活していた。名残惜しい。

 

「無理はしない方が良いぞ。長旅なんだから肩肘張ってたら持たねぇよ」

 

 わたしの心情を分かっているのか、励ましているのか茶化しているのか分からない声が聞こえた。

 この馬車には、わたしと弓月さんの他にも護衛兼世話係の衛士が乗っていた。

 

鋼太郎(こうたろう)……あ!そうだ!鋼太郎!どういうことなの!?」

 

 わたしが名前を呼ぶと、護衛兼世話係の衛士・鋼太郎は驚いたのか少し眉を顰めた。

 

「馬車ん中で騒ぐなって。もう走ってるんだから舌噛むぜ?」

 

 ツンツンはねた黒髪と、黒い胸当てと赤い小手が特徴的な青年は、困ったように頭を掻く。

 実を言えば、この男……鋼太郎は、わたしの孤児院の出身だった。

 わたしが何故、驚き怒っているのかというと、鋼太郎は数年前にとある街に出稼ぎに行くと言って出ていったのだ。少なくとも、都に居るなんて聞いてなかった。

 昨夜の出発式前夜祭の食事の時に、鋼太郎を偶然見つけたのだ。

 その際に問い詰めると「明日説明するから今日は前夜祭に専念してくれ」と言われてはぐらかされた。

 

「いや、騒ぎたくもなる!何であんたが此処にいるの!?」

 

「分かった、分かった。説明するから!」

 

 鋼太郎は、わたしの肩を叩いて「落ち着いてくれ」と懇願する。

 説明するなら……と、ため息をついて、わたしは座り直す。

 

「俺は知っての通り出稼ぎの為に家を出たわけだ。孤児院に来る行商のおっさんから稼ぎの良い仕事があるって聞いたから、紹介してもらったんだ。独り立ちする年齢だったから丁度いいって思った」

 

 そこまでは知っている。問題は、なぜ都で衛士をしているかだ。

 鋼太郎は、バツが悪そうに頭を掻く。なにかやらかしたのか?

 

「まあ、何だ……その……締め切られてたんだよ」

 

「は?」

 

「だから!おっさんの教えてくれた行商組合の護衛部隊の試験に行こうとしたら、遅刻して期限が過ぎてたんだよ!だから、代わりに衛士の試験に申し込んだんだよ!」

 

「はあっ!?」

 

 呆れて大声を出してしまった。紹介して貰った仕事の試験に遅刻したというのか。

 いや、何か事情があるはず。わたしは、鋼太郎の弁明の続きを促す。

 

「何でまた遅刻したのさ?」 

 

「別に大した理由じゃねぇよ……」

 

「いやいや……」

 

 鋼太郎は目を逸らした。この態度は何かあったんだろう。間違いない。

 この男は上手くもないクセに嘘をつく。目を逸らすのは嘘をついている時の癖だ。

 

「道中で旅をしてた親子を助けてたら遅刻したんですよね?」

 

「ゆ、弓月隊長!?」

 

「しかも、目的地の近くまで送ったんですよね?」

 

「隊長ぉ!」

 

 どうやって吐かせてやろうかと思案していると、弓月さんが真相をあっさりと教えてくれた。

 バラされると思ってなかったのか、鋼太郎は驚きで目を見開く。

 

「そ、それは言わなくて良いことですよ!」

 

「いや、隠してもどうしようもないじゃないですか。召喚士殿が拗れるくらいならバラしますよ。悪く思わないでくださいね」

 

「うぅ……」

 

 余計なお世話じゃ!───と、言いたいところだが、正直助かった。項垂れてる鋼太郎も面白いし。

 

「だったら最初から言えばいいのに。わたしより歳上なんだから素直になりなよ」

 

「そういうのは言いふらすモンじゃないだろ?」

 

「誤魔化すモンでもないよねえ?」

 

「はい!ごめんなさい!」

 

 土下座しながら謝る鋼太郎。最初から言えばいいのに。

 でも、遅刻した理由が人を助けてたからなんて鋼太郎らしいな。少しだけ安心した。

 そう思うと、自然と笑みが溢れた。

 

「ふふっ」

 

「お、俺の土下座がおかしいのか!?嗜虐心を掻き立てるみたいな……」

 

「ああ。ごめん。そうじゃないって。鋼太郎は鋼太郎だなって思ったの」

 

 涙を浮かべる鋼太郎に謝る。別に嘲笑ってるわけではない。

 むしろ逆だ。他の人を助けるのも、就きたかった仕事でなくても頑張っているのも、確かに自分の知る小野沢鋼太郎だ。間違いなく、わたしの尊敬する人だ…………嗜虐心云々はムカついたけど、聞かなかったことにしてやろう。

 鋼太郎は、呆けた顔をした。照れ臭いのか、また顔を逸らして続きを語り始めた。

 

「……行商の組合を頼るわけにもいかなくなった。で、職探してたら都の衛士を募集してたから応募したんだよ」

 

 今度は嘘はついていないようだ。

 確かに、紹介してもらったのに遅刻したならば離れるしか無い。紹介してくれたのが、孤児院の取り引きしていた行商というのも、わたしに話せなかった理由の一つだろう。

 それにしても、就職試験に遅刻したから代わりに国を守る治安維持組織に応募するというのも凄い。ある意味で。

 

「何とか合格して、隊長……弓月さんの隊に入ったんだ。その後は、今度は誰にも迷惑かけたくねぇから頑張ったよ。こんな俺でも人様に貢献できるかもって思ったしな。まあ、召喚士の護衛役に選ばれて、お前まで居るなんて思わなかったけどな」

 

 鋼太郎は肩を竦め、自嘲的な笑顔を浮かべる。桂子さんに怒られた後に見せる困ったような笑顔を思い出す。

 そういえば、桂子さんで一つだけ気になることがあったので聞いてみるか。

 

「桂子さんには話したの?」

 

「手紙で謝ったよ。確か数十枚は書いたっけな……」

 

「いや、書きすぎでしょ……」

 

 そういえば、封筒が分厚い手紙が届いたことがあったのを思い出した。あれは鋼太郎の謝罪文だったのか。どうりで読み終えた桂子さんが難しい顔をしていたわけだ。

 純粋な謝罪というよりは、わたし達への口止めも頼んでいたのかもしれないが。それだって、本人なりに下の子達の模範になろうと嘘を突き通そうとしたのだろう。

 

「とにかくさ!お前が召喚士になったのなら是が非でも守り通す!約束する!一人で危険なことさせるわけにもいかないしな!」

 

「ん、ありがと」

 

 守ってもらうには、ちょっと頼りないお兄ちゃんだけど。でも、その言葉が何よりも嬉しかった。

 話を聞いていた弓月さんは「さて、と」と手を叩く。

 

「一件落着、で良いですよね?」

 

 彼女は、話が終わるまで待っていたのだろう。鋼太郎は、弓月さんに頭を下げる。

 

「そうなりますかね。隊長、ありがとうございます」

 

「私も暴露してしまったのは謝ります。でも、蟠りを抱えたままなのは互いのためになりませんからね」

 

 確かに、旅をしながらモヤモヤするのは良くないだろう。そう考えると、弓月さんには感謝してもし足りないくらいだ。

 

「次の目的地まで時間もありますし、ゆっくりしましょう」

 

 それから、わたし達は談笑しながら次の街に辿り着くのを待った。

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