「さて、さてさて?被害者のいる部屋は此処かな?」
あのジェスターとかいう変態死徒、どうもこの劇場の持ち主であるサンチョ・ラ・マンチャという死徒を騙し討ちの形で下し、この劇場を乗っ取ったらしいのだ。
なので、こうして私がその哀れな被害者を助けてあげよう...なんてことをしているのだが、どうにもおかしい。
ジェスターは消えたのに、何故か違和感と気持ち悪さが無くならないのだ。
「あの変態、中々どうして結界の構築が上手いじゃない、聖堂教会があれを討伐するなら最低でも腕利きの代行者が複数はいるね。
もうっ...どうしてこんなにいりくんでいるのかな?こんなにめちゃめちゃにしたら自分だって動き辛いだろうに、ここまでして見せたくないものって何?
絶対に面倒な置き土産を残してるでしょあいつ、間違いなくそういうタイプだもんあの変態」
仕掛けや罠を力づくで粉砕しながら進むと、何やら怪しげな真っ赤な部屋に辿り着いた。
「此処が結界の終点、この結界内ではどうにも時間の流れが遅いのが気になっていたけど、もしかしてこの中にあるものを最良の状態で保つためにわざとそうしたのかな?何にせよ開けてみるしかないみたい」
赤い扉を空間ごと両断し、おそらく侵入者向けだったであろう術式も全て焼き切っておく、こうしておかないといったいどんな悪さをするかわからないもの。
「あぁ、やっぱりそうなの...ずっと泣いていたのは君だったんだね」
扉を開けた先、部屋の奥には一つの祭壇があり、そこには1人の少女...いや、この劇場の主たるサンチョ・ラ・マンチャが磔にされ、そこにあるべき目を喪った孔から血を流しながらずっと虚空を見つめていた。
生前のラ・マンチャ卿とその眷属、今の劇場主であるサンチョ・ラ・マンチャについては聖堂教会に良く聞かされていたけど、まさかこんなことになってしまっているなんてね、なんとまぁ酷いこと。
「成る程?随分と趣味の悪い儀式だね、おそらくは既に死した故ラ・マンチャ卿の遺体に遺された魔術回路と刻印を彼の眷属たるサンチョ・ラ・マンチャに移植、彼の固有結界『融和もたらす秘密の遊所』を歪曲・調整し、それにより劇場内の人間全てをその固有結界内の住人扱いにして死徒化させる計画...多分そんなところかな?
困るなぁ、そう勝手に死徒の数をポンポン増やされちゃ、せっかく世界の因果律が丁度良よく保たれるように調整してるのに、こうも好き勝手されるとまた調律しなきゃいけなくなっちゃうじゃないか」
曰く故ラ・マンチャ卿は死徒の中でも特に穏健派であり、そして誰よりも人間との共存を望んでいた優しい吸血種だったという。
神秘の古さだけで言えば祖にすら匹敵すると言われたその実力を遺憾なく発揮し、己の造り上げた固有結界内の理想郷をラ・マンチャランドと名付け、人間と死徒が仲良く遊べるそれはもう夢のような場所をたった一代で造り上げた死徒界の偉人。
彼のような死徒であるならば、いくら死徒嫌いの私でも尊敬の念を向けざるを得ない。
だが、ジェスターはその崇高で気高い故ラ・マンチャ卿の意志を完全に愚弄してねじ曲げたらしい。
これ程までに魂を穢され、ほぼ死にかけとなった死徒なんて見たことがない。
私が外に出たことがないのもあるだろうけど、ここまで酷い状態になるまで穢された魂を僕は他に知らない。
おそらくはかなり強引かつ最低な方法で他人の魔術回路と固有結界をねじ込まれたせいで急激に魂を侵蝕されちゃったんだね。
「そこに誰かいるのでありまするか?」
「あれ?まだ意識を保っていたんだ、そこまで魂をぐちゃぐちゃにされたら形を保っているだけでも奇跡なのに、会話まで出来るだなんて君は相当強いんだね」
「私は強くなどありませぬ、父上より任されたラ・マンチャランドもきゃつめによって醜悪な儀式場に変えられてしまい、私にはもはやどうすることも出来ぬのです」
ふ~ん、親となった死徒の気質が余程温厚だったからか、それともこの子自身が善良だったのか、どちらにせよ此処まで善き者がこんな結末を迎えるのは少し間違っているね。
「君のような善い死徒がこんな結末を迎えるのは少し忍びない気がするし...そうだね、君には2つの選択肢を提示しよう」
「選択でありまするか?」
「うん、一つ目は私の力で穏やかに消え去ること、こちらを選んだ場合は苦しむことのないように一瞬で終わらせてあげる。
そしてもう一つ、僕の祝福を受けその体を治しこれ以降僕の協力者になってもらう、こちらを選んだらもう後戻りは出来ないけど、僕としてはこっちがお勧めかな...最も、選ぶのは君だし僕はどちらを選んでもその意志を尊重するよ」
彼女サンチョ・ラ・マンチャは少しのあいだ逡巡すると、決心したように頷きこちらを見た。
「どうやら意志は固まったみたいだね、じゃあ聞かせて貰おうかな?君の選択を」
「私は、もっと生きていたいのでありまする」
その言葉を待っていた。
『契約成立、これからよろしくね...ドンキホーテ』
此処に契約は成された。
かつてサンチョと呼ばれた少女は、その存在を再構築され、壊れ穢された魂を修復されると共に新たなる名を授かった。
新たなるドンキホーテの誕生である。
「あっ、眠っちゃった...仕方ないか、あれだけの魂の穢れをここまでずっと耐え続けてきたのだもの、きっとそれはそれはもう激しく消耗したことでしょう。
後のことは私がなんとかしてあげるからゆっくりお眠りなさい、次に起きた時は...きっと全てが良くなっているから」
それじゃそろそろ舞台に上がりましょうか、途中で壊したとしても、これだけの規模の儀式ならきっと何らかの悪影響が出ているもの。
やっぱり〝調音〝しないとダメね。
「ふふふ、施設の外で歌うなんて初めてだわ♪雁夜は喜んでくれるかな?」
あっ、でも私の歌って人間に聞かせても大丈夫なのかな?
まぁいっか、もしダメだったとしてもちょっとねじれてすぐに元に戻るだけだもの。
・今回の登場人物
『サンチョ・ラ・マンチャ(ドンキホーテ)』
・リンバスの有名キャラの1人通称ドンキちゃん、この世界だとドンキちゃんとサンチョの中間くらいの精神してるので口調がなんか安定しない。
ぶっちゃけドンキちゃんの口調がイサンの次くらいに難しくてうまく再現できてないかも?
ちなみにアンジェルの一人称が私のままなのは前話での機嫌の悪さを引きずっているから。
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