都市だと思ったら冬木だった(現在凍結中)   作:森の翁

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 昨日は仕事疲れに負けて寝てしまいましたので、今日はその分ボリュームアップしてお届けします。

 ちなみに前話で出てきた挿し絵は投稿前の一時間で描いたものとなっております。
 
 なので、章末のほうで投稿すると宣言していた挿し絵とは別途用意したものです。

 後作者の直筆です。


私は貴方を離さない

 俺は哀れみが嫌いだった。

 

 哀れみを向けてくる奴の視線は、いつだって次の瞬間には落胆の目に変わる。

  

 それが嫌で嫌で仕方がない。

 

 だから逃げ出した...そんな視線に堪えきれなくなったから。

 

 それを何度も繰り返した、何度もだ。

 

 振り返って引き返そう、そう思ったことだって何度もあった。

 

 でも、そうするにはもう遅すぎたんだ。

 

 そうするには、あまりにも多くのものを切り捨て過ぎてしまった。.

 

 何もかもを諦め過ぎて、後戻りなんて出来ないままこんなところまで来てしまった。

 

『なら、もう止まってしまっても良いんじゃない?』

  

 お前があの煩わしく響く耳鳴りの正体か、何故俺につきまとう?

 

 あの時からだ...アンジェルCEOの眼から溢れた黄金の光、あれを見てからずっとずっと耐えてきた。

 

 耳元で囁く耳障りで煩わしいキラキラした光、お前がその元凶か。

 

『貴方はもう充分頑張ったんじゃないかしら?私はずっと見ていたわ。

 

 貴方の心の在り方を、貴方の心の根底を、認められたくて、もう二度と誰にも見捨てられたくないから此処まで来たのでしょう?

 

 なら、貴方にだって報われる権利はあるんじゃないかしら?』

 

 どういう意味だ。

 

『簡単よ、貴方が貴方らしい貴方になれば良いの、そうしてね...今の自分を消していくの』

 

 自分を消す?

 

 嗚呼、それなら得意だ...ずっとそうしてきたからな。

 

 自分を消して本心を押し殺す、ずっとずっと、そうしてきたのだから。

 

黒蝶の主が羽化します

 

------------------------

 

『何なのだこれは、メイロン殿が頭から喰われっ!?向かって来るぞ!!!』

 

 メイロンを喰らった怪物、それは眼を爛々と光らせながら次々とワン一族の手勢を補食していく。

 

『悍ましき光、やはり悪疫を成したか』

 

「皆を急いで退避させましょう!このままでは我々も巻き込まれる!!!」

 

「...」

 

 ただ1人、事の起こりを見ていたアンジェルは沈黙し続けている。

 

「アンジェル殿!急ぎ退避を!!!」

 

「いなくなっちゃった」

 

 アンジェルは泣きそうな顔をして向き直った。

 

「雁夜の魂の聲が聞こえない、私の前で黒い影になって飛び出しちゃった」

 

「まさかあの怪物は...」

 

『あれは悍ましき光の声に惑わされた者の末路、あの御仁の眼にはその光が灯っていた、戦う中でその光を消さんとしたが、間に合わなんだか』

 

 全てを肯定する優しくて暖かい、そして悍ましい光。

 

 それはとある声を人々に届ける。

 

 その声は囁くのだ、貴方は貴方らしい姿になれば良いと。

 

「雁夜、どうしてねじれちゃったの?」

 

「ねじれ?」

 

「嫌な光の気配、どんどん強くなっていったの...前に追い払った筈なのに。

 

 その光が雁夜の中に居ただなんて思いもしなかった。

 

 ねじれは人を在るべき姿、在るべき自分へと人を変質させる、雁夜はあの声に連れていかれちゃったんだ』

 

 ねじれ、それは月を冠するもう一つの世界において猛威を奮う恐るべき現象。

 

 人を在るべき形に戻し、怪物に変えてしまう大厄災。

 

 その元凶こそが悍ましい光、または姿なき声、かつて世界を救う筈だった者の成れの果て。

 

「でもまだ間に合う、あの姿は多分まだ不完全だから」

 

------------------------

 

 あの声を受け入れてから、自分がどんどん罅割れて行くのを感じる。

 

 思い出したくもない過去、忌まわしい記憶、そういった物がどんどん溢れ出して来る。

 

 俺に哀れみを向けてきた人たちの記憶が、一つまた一つと罅割れていくんだ。

 

 最初の記憶は母さんだったか、俺は望まれるがままに間桐の魔術を修めた。

 

 本当に最初は順調だったんだ、俺は少しずつだが確実に間桐の魔術を覚えていった。

 

 だけどそれじゃ駄目だったんだ。

 

 初めのうちは厳しい指導を受ける俺を哀れみの目で見ていた母さんも、俺が爺の求める水準に達していないと知ると、俺に向けられた視線は侮蔑へと変わった。

 

『お前のせいで、お前がお爺様の期待通りにならないから!お前さえ産まれなければ私は!!!...嫌、やめて、死にたくない!死にたくない!!!』

 

 悲鳴をあげながら蟲蔵へと引きずり込まれて行く母さんを、俺はただ無感動に見送る。

 

 やがて悲鳴が止み、母さんだった肉塊が蟲の海に沈んで行くのを見て、俺は漸く我に返った。

 

 そして俺は盛大に吐瀉物を撒き散らし、初めて大声で泣き叫んだ。

 

------------------------

 

「あんな姿になってしまっては戻そうにも話が通じないのでは?」

 

『広がりゆく音の波花、私の歌で貴方を開く、私は願う、私の知る私だけの秘密の歌で請い願う』

 

「アンジェル殿!?」

 

『御仁は既に動かれたようだ』

 

 それは心を繋ぐ祈りの詩、心我の果てにその洞は発露する。

 

『どうか私をあの人の元へ』

 

 即ち、自我心洞である。

 

【自我心洞、発露】

 

黒い翅の抱擁、多くの祝福

 

------------------------

 

 次に想起した記憶は兄貴だ。

 

 兄貴も最初は俺が魔術を覚える度に凄い凄いって褒めてくれたんだ。

 

 でもその目には哀れみが浮かんでいた。

 

 母さんが死んだ辺りで兄貴の目も哀れみから落胆、そして絶望から狂気へと変わっていったよ。

 

 全部変われない俺のせいだから、俺は俺でそして失敗作だから。

 

 俺はずっと望んでいたんだ。

 

 誰からも認められて、そして哀れまれることも落胆されることもない自分になることを。

 

 それだけが望みだった。

 

------------------------

 

「世界が変わっていく?」

 

『これは、もしや己と世界の内と外を入れ換える大禁呪か』

 

「似たようなもの、母さんは自我心洞って呼んでた」

 

『御仁、貴方は他人の心の在り方まで具現化出来ると言われるのか』

 

「それは秘密...誰にも教えられない」

 

『御仁?』

 

 おそらく雁夜であれば気づいたであろう、アンジェルが酷く寂しげで怯えたような表情をしていることに。

 

「此処から先には君たちを連れていけない、僕以外を連れていくとその人たちの存在証明を保証出来ないから」

 

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 他にも色々と記憶があった筈だが、もう思い出せない。

 

 きっと全て砕けてしまったのだろう。

 

 いや...1つだけ残っていた。

 

 最後の一つ、これだけはどうしても失いたくなかったから。

 

 だから他の記憶は全部捨てた、罅割れるがままに任せた。

 

 けど、きっとこの記憶が俺自身にとって最も恐れる記憶であることも確かだ。

 

 一番新しい記憶、何度も何度も心の奥底に押し込めて、直視しないようにしてきた恐怖。

 

 そうだ。

 

 気のせいだって、気にしすぎなんだってわかっていたのに、俺はとうとうアンジェルCEOの目にまで哀れみを見出だしてしまった。

 

 きっかけは何だったか覚えていない、多分些細な事だった筈だ。

 

 何れにせよCEOの目にまで哀れみを見出だしてしまった俺は、それが落胆に変わることがどうしようもなく恐ろしくなった。

 

 嫌だったんだ、初めて魔術師としての俺じゃなく俺自身を必要としてくれたあの人に、もうお前はいらないと言われたらどうしようと、それが恐ろしくて恐ろしくて...

 

 そして、俺を認めてくれたあの人のことを忘れるのが何よりも怖かった。

 

「雁夜、そこにいたんだね」

 

 ...!?

 

 何故だ、何故此処にあんたがいる。

 

 何故来てしまったんだ、俺は...俺のこんな姿をあんたにだけは見せたくなかったのに。

 

「凄い姿になっちゃって、あの光ったら本当に容赦がないんだから」

 

 やめろ、こっちに来ちゃ駄目だ!

 

「僕ね、此処に来るまで色々と君の記憶を見たんだ、そしたらやっとわかった。

 君も自分自身を求めてくれる誰かを欲していたんだね。

 

 そして、漸く見つけたのが僕だった。

 

 僕、嬉しかったんだよ?それなら僕とお揃いだなって思ったの」

 

 よせ、俺はもう俺の意思でこの体を動かせない。

 

 俺と体の本能の比重はもう傾き切っている、それ以上近づかれたら俺はあんたを...傷つけてしまう!

 

「泣いているね雁夜、ずっと前から泣いていたんだね、どれだけ笑っているように見えても、どれだけ平気な顔をしていても、心の奥ではずっと泣いてた。

 ...そして、僕はそれに全く気づけていなかったんだね」

 

 駄目だ、止まれ、止まってくれ、俺はあんたを...喰いたくない!!!

 

『止めようとしてもその声はあの子には届かない、もう諦めてしまったら?

 貴方だって本当はあの子が来てくれて嬉しかったのでしょう?だったらもう...あの子と一つになってしまえば良いじゃない、あの子の全てを食べてしまえば、あの子はずっと貴方のものになる。

 貴方もそれを望んでいるから、その姿になったのでしょう?』

 

 黙れ...俺の頭の中でずっと喚きやがって!お前のその眼が!全てを哀れむような目が一番気に入らないんだよ!!!

 

「雁夜はやっぱり強いね、その体...抑えておくのは辛いでしょう?それでも僕を傷つけないようにってずっと心の中で抗い続けてる。

 

 そんな君だから、僕は君を選んだんだよ?」

 

 待て、止めろ!...止めろぉぉぉ!!!

 

『ほら、どれだけ嫌だって叫んでも、体は勝手に動くでしょう?それが貴方の望んだ姿、貴方の求める誰にも哀れまれず、落胆する者全てを喰い尽くす在り方』

 

 雁夜の願いも虚しく、彼の失った筈の右腕は凶刃となって歩み寄る少女の体に食い込んだ。

 

 だが、それでも少女は、アンジェルは止まることなく歩みを進める。

 

「ねぇ雁夜、君が僕の所に来てから君も色んな人に会った。

 そして聞いた筈だよ〝僕には誰も触れられない〝って、でも君は触れられる...それはどうしてだと思う?」

 

 アンジェルは更に歩みを進める、凶刃が己の体を裂き続けることも気にせず、雁夜の元へ歩み続ける。

 

「僕はね、この世界に肉体が存在していないんだ。

 正確には、この世界には僕の体を構成する物質が再現出来なかったから、僕から干渉した時だけ僕はこの世界に存在している。

 でもね、そのルールはちょっと前から少しだけ変わったの、君が僕を外に連れ出してくれたから」

 

 そうしてアンジェルは雁夜の元へ辿り着き、彼を残る力を振り絞って思い切り抱き締めた。

 

「君が僕を連れ出してくれたから、君が僕の手を掴んでくれたから、君と僕が許した相手だけは僕に触れられるようになったの。

 これね、とっても凄い事なんだよ?雁夜が来るまで、今まで誰にも出来なかったんだから」

 

 アンジェルの体から鮮血が迸り、凄まじい痛みが彼女の体に走るが、それでも尚アンジェルは雁夜を抱き締める腕を緩めない。

 

「今まで僕の所に来た人は、誰も僕の手を取って連れ出してはくれなかった。

 当たり前だよね、だって触れることが出来ないんだもの、なのに...雁夜だけは僕に触れられた。

 

 僕、嬉しかったんだよ?やっと僕の事を外に連れていってくれて、側に居てくれる君が来てくれたから、本当に嬉しかった。

 だから僕は君が欲しい、〝雁夜〝が隣にいて欲しい、雁夜はどうかな?もし嫌ならこのまま僕を食べちゃっても良いよ。

 

 君が居なくなった隣に別の誰かを置くなんて、絶対に嫌だもの、それなら今此処で君に食べられちゃった方がきっと...良い」

 

 おそらく限界が来たのであろう、力の抜けたアンジェルの体は重力に従って崩れ落ちる、筈だった。

 

『何故こんなに無理をした!何故此処まで来てしまったんだ!こんなに血まみれになってしまって、これじゃ...断りようが無いだろう!!!』

 

「お帰りなさい雁夜、迎えに来たよ」

 

 雁夜を覆う自我の殻は罅割れて崩壊し、元の肉体が露となった。

 

 だがそれでも、顔に張りついた白い仮面だけは消えることがなかった。




 満を持して登場ねじねじ囁きお姉さん、実は5話の時点からスタンバってた。

 こいつのヤバさ語ろうとするとブロムン側の世界観の超度級ネタバレになるからあんまなんも言えないのだが、すんげぇ簡単に型月的なヤバさを語ると、霊長の交代を人為的に引き起こせる人。

どれが好き?

  • 黒蟲
  • 虫籠
  • 昆虫学者
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