委ねた弦は切れ落ちた。
輝ける星は地に墜ち、その身を楔によって縫い止められた。
あの日々はもう戻ってこない。
共に駆けた戦場、共に生き抜いた日々、その全てが今は遠い思い出の先。
その果てに私は覚めた。
輝きを、我らが星の光を取り戻す。
その為に私はあるのだから。
もう良いでしょう、貴女は貴女らしくあるべきだ。
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「アンジェル様、一つお聞きしたいのですが」
「何かな?」
「幾らオルフェウスが元うちの所属で聖堂教会から複数の際具や式典装備を持ち出したとはいえ、勢力の拡大と戦力の増大速度が異常です。
もしや聖堂教会の上層部は我々異端審問局に伝えていない情報があるのではないでしょうか?」
「それで僕なら何か知ってるかもって思ったんだね?う~ん...まぁ別に話してもいっか、ちゃんと話しておかなかったあいつらが悪いんだし」
アルカ・セントリウス、彼女は一つの部門の局長という立場でありながら聖堂教会上層部からは軽んじられている。
確かに来歴こそ鮮血に満ちたものではあるが、別にそうだからといって彼女自身が邪悪なわけではない。
この事を追及されれば、聖堂教会は彼女の扱いが不当なものであることを認めざるを得ないだろう。
それ程までに確執が大きいという事でもあるのだが。
「オルフェウスの持ち出した技術、それはなにも因果律調整織機だけじゃない。
あいつは僕が聖堂教会に預けていた物の中でも三大機構第一種秘匿指定に抵触する物を持ち出したんだ。
それが鏡技術の前身である硝子技術、僕の父さんが作った中でも最悪の代物だよ」
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「ミッション開始と行こうか、蟲たちによる偵察によれば人差し指の人員が集中しているのは主に3ヶ所。
うち一つは...今反応が消えたな、アンジェルが潰したのか?残り2つをどうするかが問題だな」
エントランスエリアに到着したが、アンジェルとアルカ局長は既に先へ進んだようで誰もいなかった。
だから蟲たちによって広域偵察を行ってみたが、八つ程妙な場所があった。
やたらと濃い魔力の反応と、それに伴う異界化の反応。
そのうち五つは簡単に潰せたが、三つは結界か何かで守られていて外からでは破壊不能。
「やはりこちらから仕掛けるしかないな、ニムロッド隊長が合流出来れば話しは早いんだがそうも行かないだろう。
あのオルフェウスとかいう奴は何者なんだ?どうも胸騒ぎがする」
まるで、全てが奴の掌の上で転がされているような嫌な感覚。
前にもこんな感覚を覚えた事が三度ある。
一度目はサイコロ頭、二度目は脳内クソリプ女(クソリプってなんだ?)三度目は...思い出したくないな。
とにかく、こういう感覚が来た時は大体ろくでもない事が起きる。
あいつらは何を目的としている?緑の太陽とは何の事だ?...そういえば、指令に関する情報を手に入れるために因果律に入った時に話しかけてきた男、あいつは自分の事を【白い虚無】と名乗っていたな。
もしや、あちら側の存在は色に何か特別な意味を見出だしているのか?それならまさか緑の太陽っていうのは...勘弁してくれ、またあのサイコロ頭と白服みたいな奴に相対しろっていうのか?
頼む、俺の気のせいであってくれよ。
もしあの白服と同クラスと戦う事になったら、その時は迷わずEGOを使うしかない。
あの白服からはキレた時のアンジェルと同じくらいの圧力を感じた。
「あんなのと戦うなら不安定だの何だの言ってはいられない、アンジェルを守るのは俺なんだから」
戦いからは逃げられない、死神は平等に人々の首を見据え手ぐすねを引いている。
戦いに赴く者を死神は常に見ているし、その時が来れば誰であれその鎌から逃れることは出来ない。
例外は存在するが...それはさておき、間桐雁夜は決意を固め戦いの意志を示した。
そして、そんな雁夜の元に人知れず一つの硝子 片が舞い降りた。
それを見ている者は、それを投げ落とした者を除いて、誰一人として存在しない。
そして、その欠片の秘めた意味を知るものは...今はまだ居ないのだろう。
全てを知るものがいないように、全てを持つものがいないように、誰も知り得ぬものは確かにあるのだから。
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「硝子技術は全ての根源、僕の父さんがこの世に齎してしまった最大にして最悪の罪禍、あれは此処とは違う可能性の枝からその枝の中に生きる人々の人格を簒奪する。
僕が改良した一時的に力を借りるだけの鏡技術と違って、あれは半永久的に人格を他世界から奪うんだ。
そして、その技術を使って父さんは...廃人になった空っぽの母さんを他世界から奪ってきた母さんの人格で穴埋めした。
酷いよね、大切な人だった筈なのに、掛け替えのない存在だったのに、父さんはそれを全部投げ捨てちゃった。
人としての心とか、今まで培ってきた人との繋がりとか、とても大事で手放しちゃいけなかった色んな物を犠牲にして、無理矢理にでも代替品を用意したの。
それで、最後には満足そうな顔で冷たくなった母さんを抱き締めて死んじゃった」
そう語りながら振り返ったアンジェルの顔はとても悲しそうであり、そして...何処か寂しさを覚えるものだった。
投げ捨てちゃいけない大切なものは確かにあるのだよ、悪役にだってそれはある。
例えば美学、悪事に綺麗事もなにもないが美学があればそれは歴史に残ってみたり、或いは人々の記憶に残る。
だが美学がなければ成した悪事は有象無象に紛れて誰にも覚えられずに消えていく。
それはちょっと寂しいだろう?