奇跡も魔法もあこがれも   作:Hallo!

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Episode 3

 

 

*** 20**年5月19日 活動記録

 

 ママへ

 

 今日の分の活動記録を送ります。

 

 昨日、わたしが迷い込んだこの街の名前は『見滝原市』というそうです。

全然聞き覚えのない街なんだけど……まるで都心みたいに大きなビルが立ち並んでいて、とっても広いんだ。

素敵なお店や緑も沢山あって、日差しがとっても気持ち良いから、一日中だって街を散策できちゃいそうでした。

 

 ――でも、これだけ街が大きいと、守らないといけない範囲も広くなるし、この街の魔物が持っている厄介な特性も合わさって、倒し切れていない小さな魔物があちこちに息を潜めていたみたい。

 

 今日はここに書き切れないくらい色んなことがあったんだけど……。

まずは、この世界の魔物について分かったことを3つ……ううん、『4つ』報告するね。

 

 一つ……この世界の魔物は、人に魔力で印を付けて、自分たちが作り出した結界に誘い込む習性があること。

 

 二つ……中でも、強力な力を持った魔物たちは小さな魔物を次々に生み出して、結界の外にいる人まで襲わせていること。

 

 三つ……強力な力を持った魔物を倒すと、嫌な気配を溜め込んだ『黒い宝石』を落とすこと。

 

 

 ――そして、この『黒い宝石』が……『この世界の魔法少女』にとっての生命線になっていること。

 

 

***

 

 

 

 空が茜色に染まる夕暮れ時、繁華街の大通りから外れた人気のない脇道にふらふらと迷い込む影が一つ。

 

 かつ、かつ、かつ……

 

覚束無い足取りの女性が立てる赤いヒールの音だけが、薄暗い路地に響いていた。

 

 ……私、どこにむかってるんだっけ?

 

 頭の中が、温かい綿で満たされているみたいな夢心地。

明日の仕事も、帰ってからしたかった予定も……ここがどこかも、わからない。

 

 ――ふわふわ、ふわふわと

 ただ、 うなじの辺りだけが熱く火照っていて、誰かに甘く囁かれているような心地良い安らぎを感じている。

 

 ――あちらへ、こちらへ

 暗がりの奥、怪しい気配に誘われて……私は「向こう側」へと迷い込む。

 

 ――視界の端、電信柱がグニャリと歪む。

地面に広がる『茨』の紋様、空に広がる蝶の模様……

どこか不気味なそれすらも、今の私には美しい景色のように見えていた。

 

 

 しゃきん……しゃきん……

 

 

 耳元で、聞いたことのない言葉が響く。

どこの国の言葉でもない、金属片を擦り合わせたような、不快なのに抗えない何かの呼び声。

私は操り人形のように、極彩色の落書きで埋め尽くされた行き止まりへと、ふらふらと手を伸ばし――。

 

 

 パシッ……!

 

 

 壁に触れる寸前で、誰かが私の左手を引き留めていた。

 

「――こんばんは、お姉さん。

こんなところで、何をされているんですか?」

 

 鈴を転がしたような、場違いに明るい少女の声がして、ふわりと風に舞う桃色の髪が視界の端を撫でていく。

けれど、振り返ろうとした私の体は、まるで石になってしまったかのように動かなかった。

 

 ――燃えるようなうなじの熱が、私に「無視して進め」と急き立てる。

意志に反する体と増していく熱が自分のもののように思えなくて……私の心は、次第に恐怖と迷いでいっぱいいっぱいになっていく。

 

 

 シャキン……シャキン……!

 

 

 私の迷いに呼応するように、壁の向こうから聞こえてくる言葉も、苛立ったように大きくなった。

早く来い 早く来いと、見えない手が私の首を掴んで引きずり込もうとしてくるような……!

 

 

「――だめだよ、あなたたちにこの人を連れてはいかせない」

 

 

 耳元で少女の声が囁いて、次の瞬間、私の首筋に――「冷たい何か」が手を触れた。

 

 

「ヒトサラエ、――『  』」

 

 

 ――ざらり。

 

 

 ほんの少し、指先が触れただけで痛みはなかった。

ただ、身を焦がすような首筋の熱だけが、スプーンでさくりと掬い取られたように消えていて……私の胸には小さな喪失感が込み上げていく。

 

 

 

「……えっ?」

 

 頭の中で何かが崩れるような音がして、女性は弾かれたように正気に返る。

気が付けば、目の前に広がっていたはずのおかしな景色は消え失せて、そこには、ただの薄汚れたコンクリートの壁面と、建物の外壁にいくつも並んだ室外機の立てる小さな唸り声だけが残されていた。

 

「私……どうしてこんなところに……?」

 

 へなへなと崩れ落ちそうになった女性の体を、後ろから柔らかな手が支える。

徐々にぼやけていく彼女の視界に映ったのは、白とピンクの衣装に身を包む、優しい笑顔を浮かべた女の子。

 

「お姉さん、もうすぐ日が暮れてしまいますから、今日はお家でゆっくり休んでくださいね」

 

 『カーテンコール』は彼女の顔を覗き込むと、安心させるように、さらりと彼女の頭を優しく撫でた。

まるで、真っ白な陽だまりに包まれるように、穏やかに意識が遠のいていく。

 

ボフッ……

 

 ――ふと、体が落ちるような感覚がして、使い慣れたベットが彼女の体を受け止める。

閉じた瞼の裏に浮かぶのは、暗がりの底へと軽やかな足取りで飛び込んでいく、ステッキを携えた少女の後ろ姿だった。

 

 

*****

 

 

「――おやすみなさい、良い夢を」

 

 『カーテンコール』はポータルへと沈んでいく女性を背に、暗がりの先に続く不思議な空間の壁を叩いた。

増幅(チャージ)』した魔力を込めた彼女のステッキは、砕いた『結界』の中に潜むものたちを暴き出す。

 

シャキン……シャキン……!

 

 広がる結界の先、何十メートルも向こうの丘から、カーテンコールへ何かが怒りを向けている。

それは、綿のような頭に立派なヒゲをあしらった魔物の集団。

彼らは皆一様にハサミを掲げ、その刃先をカーテンコールに向けて打ち鳴らしている。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ――今回は12体かな」

 

 敵を前に、半身でステッキを構える彼女は指差しで魔物を数え上げると、その数だけ彼女を周る小さな光球を作り出した。

光球は彼女を守るかのようにその周囲をぐるりと覆い、ぼぅっと淡い光を放っている。

光は彼女が数え上げる度に増え、時間が過ぎるほどに白く、熱く、燃え盛っていく。

 

 

 ――悪いお花はギロチン送り。

 ヤァ!チョンと切れ。

 ヤァ!切り落とせ。

 

 

 高らかに悪意を歌い上げる魔物たちは、足代わりの羽根で次々と地面を蹴り、パタパタと『悪い花(カーテンコール)』のもとへと突進する。

 

 一体目のハサミが迫り、カーテンコールのステッキが横一文字に閃く。

――合わせて、彼女を覆う光球の一つに、横一文字の穴が開いた。

 

 封を切る前に振った炭酸のように、増幅した魔力を解放した扇形の一射は、パンッ……!と破裂するような音を響かせて、使い魔の綿と体を千切飛ばす。

 

 カーテンコールは間髪入れず、ステッキを縦横無尽に振り払い、残る光球へと込められた魔力を次々と撃ち出していく。

ステッキを払えば光の斬撃が魔物を薙ぎ払い――

ステッキで突けば高圧の光が魔物を刺し貫く――

 

 魔法のステッキを即席のメイスやタクトとして扱い、無尽蔵の魔力をありのままにぶつけることで、『エノルミータ』が行使する厄介なギミックや無法な物量を弾き飛ばす――。

この単純無比ゆえタチの悪い『レベルを上げて魔力で殴る』戦法を、彼女は自身の一の矢として据えていた。

 

 

 ――魔物と戦うときは、何か変なことをされる前にまずは全力で叩いてみる。

初めて見る魔物との戦いだったら、これで大抵何とかなっちゃうし……私に勝算を持って挑んでくる相手だったら、なおさら余計なことはさせちゃダメ。

 

 

 きっかり12本の魔力の光が瞬いて、――この日、5度目の戦闘は幕を降ろす。

全ての魔物は体を蝶として四散させると、結界には歪みが走り、月明かりが照らす路地裏へと姿を取り戻していく。

空間がもとに戻ったことを見届けると、カーテンコールはステッキを構成していた魔力を収め、静かに残心を解いた。

 

 

 

 今日だけでこのタイプの『魔物』は3回目……。

縄張りが広い魔物なのかな?

それとも、動き回ることが多いのかも?

でも……昨日見つけた魔力反応のほとんどがあんまり強くない魔物で良かったぁ……。

 

 ――カーテンコールは、ポケットにしまった『黒い宝石』を手に入れたときの戦闘を思い返す。

 

 その黒い宝石は、今日、4度目に戦闘した、工場内に隠れ潜む一つ目のミノタウロスのような大きな魔物が遺したもの。

今の魔物とは比較にならないほど広大な結界を形成しており、その中にはたくさんの手下を従えていたのだが……何よりも、それまでの魔物に輪をかけて強大だったのである。

 

 

 

 ――分身に、触手……その上、本体の偽装までしてくる魔物。

あの魔物だけが特別だった可能性もあるけど……

こうして『手下』に人を集めさせているってことは……たぶん、他にも強い魔物は潜んでいるんだよね。

 

「だとしたら、次は魔力反応の大きさを調べて、どれを優先して倒すかを決めた方が…

「あ、あのぉ!」うひゃあ!!?」

 

 不意に背後から声を掛けられて、カーテンコールは猫のように飛び上がった。

ギギギ…と背後を振り返ってみれば、そこには、音の止んだ室外機の影から遠慮がちに顔を覗かせる少女が一人いるではないか。

 

 ふんわりとした緑髪に、少し大きめのリボン。

手には可愛らしいケーキの箱を提げたその少女は、差し出した手を出したり…引っ込めたりと、不審な挙動を取りながらも目を右往左往させている。

 

 

 

 か、考え事に集中し過ぎちゃってた……!

元の世界だと街中でも平気で戦ってたから、魔力探知の方ばっかり意識しちゃってたなぁ。

……危うく正体バレの危機だよ、もう。

 

 とりあえず、『変身(トランスマジア)』しているところは思いっきり見られちゃったけど、『認識阻害』の魔法はちゃんと働いているし、ここは「お姉さん」としてしっかり対応してあげないと!

 

 

……こほん。

 

 

「あ、仕切り直した」

 

「……こら。

思ってても、そういうことは言っちゃダメなんだよ?

――とりあえず、自己紹介しちゃおっか」

 

 カーテンコールがくるりと少女へ向き直れば、路地裏に差し込んだ柔らかな月光が、さらりと流れる彼女の長髪を白く照らし出す。

月明かりの中で朗らかに微笑む『魔法少女』は、見とれる少女の目線の先へ、そっと小さな手を差し出した。

 

「わたしは、『魔法少女見習い』の『てんこ』って言います。

良ければ、『てんこちゃん』って呼んでくれると嬉しいなっ」

 

 




時間を掛けても一晩で2000文字強が限界です。
描きたいシーンは思いつくのに、ずっと先の展開ばかりだから筆が全然進みませんねぇ……。

何とか3話目を書き切れましたが、いよいよ広げた風呂敷が大きくなってまいりました。
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