改行が多すぎるというご意見を頂いたので、ざっくり減らしてみました。
[chapter00: プロローグ]
簡素ではあるが、しっかりとした作りの部屋。窓からは陽の光が差し込んでいる。
耳に入る雑音もなく、落ち着いた空気で満たされている。だが肌に当たる感触は、ざらりとしていた。
部屋の中心には少女が座っている。軍服を着た男が少女を見据えている。
「では確認する」
軍服姿の男が言う。
「君には新式海兵転換処置の適性がある。しかし、適合する確率はおよそ10%弱。適合しなければ日常生活は困難になるか、悪ければ死ぬ。それでも新式海兵転換処置を受けるかね?」
「はい」
少女の目には強い決意の色が見て取れた。軍服姿の男は淡々と続ける。
「適合の可否にかかわらず、軍からは謝礼金が支払われ、失敗の際には十分な遺族年金が支払われる。受取人は……ご両親だね?」
「……いいえ。父は既に南方で戦死しております。お金は母にお願いします。」
「失礼。そうしよう。では、処置が成功した際、君は今の記憶を、ご家族の記憶も失う可能性がある。それでも新式海兵転換処置を受けるかね?」
「……はい」
と、少女は一瞬の逡巡をした後、そう答えた。
軍服姿の男は手元のいくつかの書類に目を通しながら、
「……よろしい。必要書類は志願書、遺書、親権者の承諾書、全て揃っている。ほかに何かあるかね?」と、続けた。
「いいえ。……あ、いえ、何でもありません」
「何だね? 最期となるかもしれない。言っておくと良い」
軍服姿の男の表情は変わらないが、声は幾分か優しく聞こえる。
「……私がダメだったときでも、母に私は大丈夫だと伝えてください」
「承諾書には――いや、わかった。そう伝えよう」
「……弟に。来週誕生日の3番目の弟に、サッカーボールと靴を贈ってください。欲しがっていたんです」
と言いながら、少女は笑顔を浮かべる。それをみて軍服姿の男の眉が微かに動いたが、また元の無表情に戻った。
「……わかった。他にはないか?」
少女はしばらく考えてから「いえ、ありません」と返した。
「そうか。では新式海兵転換処置は3日後に行う。以上だ。勇気ある決断を感謝する」
「ありがとうございます。失礼します。兵隊さんもお元気で」
少女は席を立ち、静かに扉を開け、退室した。
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[chapter01: 配属]
少女は大きな扉の前に立っている。
黒いさらりとした髪を右側で一つに束ねた、田舎のにおいを感じさせる少女だ。
セーラー服に身を包んだその背中には、少女に似つかわしくない大きな鉄の塊を背負っている。
表情には新しい場所への希望と緊張が浮かんでいた。
「ここが提督執務室……」
確認するように呟いて、ひとつ胸いっぱいに深呼吸をする。
意を決してドアをノック。しようとしたところで、手が止まった。
扉の向こうから男女の声が聞こえる。少女の顔は困惑に変わった。
「ちょっと提督……ダメクマ……人が来ちゃうクマ……」
「誰も来やしないさ……ほらこっちを見て……」
「もう……そろそろ新しい艦が来る時間クマ……」
扉を挟んで聴こえてくる桃色の声に少女は耳まで赤くなって硬直している。
(これって、そういうことなんですか……!?)
少女は左右をキョロと見回し、誰もいないことを確認して、押し寄せる好奇心には勝てないと、鍵穴を覗こうと身をかがめる。
ゴン! ゴン!
屈んだ拍子に背負った大きな鉄の塊が扉をノックしてしまう。
「なんだ?」
ドアの向こうから少し焦ったような男の声が聞こえる。
少女はバツの悪そうな顔をしたあと、
「失礼します! 本日付で当鎮守府に配属になった特型駆逐艦、綾波です!」
と、扉に向けて敬礼と共に名乗りを上げた。
「……よし、入れ」
がたがたという物音がした後、少しの間を置いて、ドアの中から招かれた。恐る恐る綾波と名乗った少女は扉を開け、室内に足を運ぶ。
広い部屋に提督用の高価そうな机と秘書艦用の机、作戦会議用のものと思われる大机が配置されている。
派手すぎない程度の洋装が、落ち着いた雰囲気を醸し出す。
大きな窓は厚手の防爆仕様になっていて、柔らかい日の光が差し込んでいる。
香が焚かれているのか、部屋は仄かな優しい香りに満たされていた。
椅子に座った将校の軍服を纏った男性と、背中を向けて襟を直している綾波と名乗る少女よりわずかに年長に見える少女の姿があった。
「本日付で当鎮守府に配属になった特型駆逐艦、綾波です」
背筋を伸ばして再度敬礼と名乗りを将校に向けて行った。
「話は聞いているクマ。海軍特殊兵学校では真面目で優良だったそうクマね。球磨は球磨だクマ。よろしくクマ」
と、襟を正した少女は名乗った。柔らかそうな長い栗毛と、あどけなさが残る丸い茶色の瞳が印象的な少女だ。
変わった話し方をするなと綾波は思ったが、顔に出さないように努めた。
「……ん? 提督?」
クマと名乗った少女は将校を訝しげに見つめる。
提督と呼ばれた将校は明らかに驚きの表情を浮かべ、隠そうともしていなかった。
「どうしたクマ? あ、また書類に目を通してなかったクマ?」
「あ、ああ、いや大丈夫。そうか、綾波……だったな。励むように」
綾波は提督に声をかけられて感激していた。それゆえに違和感に気づかなかった。
海軍特殊兵学校では提督を尊重し敬うための思想教育を叩き込まれるため、綾波ら少女は提督に対し、物語の主人公への憧れにも似た感情を抱くのが普通だった。
「球磨。吹雪に鎮守府の案内をするように伝えろ。綾波も連れて行け」
提督は球磨に対し命令を下す。
「球磨、拝命したクマ。さぁ、綾波さん」
綾波は球磨と連れられて部屋を後にした。
一人残った提督は椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、
「こんなことに」
と、深い溜息と共に呟いた。
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[chapter02: 吹雪]
「ここが吹雪さんがいる指導官室クマ。失礼の無いようにするクマ」
駆逐艦吹雪。
綾波は兵学校でその名前を聞いたことがあった。
大きな作戦の際、味方艦が次々と大破させられていく中、敵の猛烈な砲撃をかいくぐり、ただの一撃で戦姫を轟沈せしめ、味方を勝利に導いたという。
その他にも多くの武勇伝がある駆逐艦。
士気高揚のために話に尾ひれがついているのだろうと思いつつも、駆逐艦たちはその話に憧れを抱かざるを得なかった。
球磨がノックのあと、「失礼するクマ。球磨だクマ」と言いながら扉を開けた。心なしか、球磨も少し緊張しているようだ。
綾波は自然とぎゅっと背筋に力が入った。
指導官室は提督執務室ほどではないが大きな部屋だ。違いといえば、先ほどの部屋で嗅いだ印象的な香りがないことと、内装が少女のものと伺える、明るい華やかな色合いになっていた。
「お疲れ様です。どうしましたか? あ! 新しい仲間みたいですね?」
そこにいたのは、綾波の想像とは違ってごく普通の少女だった。艦娘は年を取らないが、見た目は年の頃も綾波と同じくらいに見える。
ただ、瞳の奥がまるで深海の暗闇のようだと綾波は思った。
「はい、特型駆逐艦 綾波です。本日付で鎮守府に配属になりました」
と、敬礼をして名乗る。
「提督からの指令だクマ。綾波を案内するように、ということクマー」
「はい、わかりました! 球磨さんは執務室に戻って大丈夫ですよ」
それではと言いながら、球磨は退室した。
残された綾波は、大先輩を前に萎縮気味だ。
「それではどこまで聞いてますか?」
吹雪が綾波に問いかけるも、綾波は何もわからないという反応を返した。
「全くもう……司令官ったら。それじゃ一から話しますね」
やれやれとコホンと咳払いをしてから吹雪は真面目な顔で向き直った。
「本艦は海軍上級新式海兵 吹雪。指導官として海軍少佐待遇を頂いています。貴艦、綾波には海軍下級新式海兵として海軍准尉待遇が与えられます。なお貴艦は初出撃後、母港帰還を以て海軍少尉待遇とされます。海軍規則に則り、人類のため、司令官のため命を賭して働いてください」
艦娘は正式には兵ではなく兵器であるため、待遇という形で権限が与えられる。海軍兵学校での教育を受けており、且つ整備員や乗員への指示を円滑にするために尉官待遇とするのが慣例となっている。
佐官待遇である吹雪は特例であり、指導する立場上また、戦功を考慮されて権限を限定された佐官待遇となっている。
「とまぁ堅苦しい話はこれくらいにして」
吹雪は表情を崩して笑顔を見せる。
「艦娘同士はあまり階級などは気にしないのが通例です。一応書類上とか、外向けにこういうのが必要っていうことみたいです。ここで働いている人たちは階級では下の人がほとんどですけど、綾波さんより先輩ですから、その辺は配慮してあげて下さいね」
吹雪は綾波が返事をするのを待ってから、
「では施設の案内しますね」
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[chapter03: 案内 ]
綾波は鎮守府施設を歩きながら吹雪の説明を受けていた。傍から見ると同年代の女の子同士が話しているように見える。
「艦娘は全重が200kgを超えるのが普通です。通路はできるだけ指定された通路を利用してくださいね。綾波さんは何kgなんですか?」
「えと、体重123kg、全重で165kgです」
「あ、結構軽いんですね。もう少し食べたほうがいいですよ。ここが、艦娘用の水飲み場です。海水を電気透析法で淡水化させてます。艦娘は海水由来の水じゃないとダメですからね。兵学校は希釈した海水ですから、それに比べてここの水は美味しいですよ」
吹雪は手にとったコップに水を注いで、綾波に渡す。
綾波はおずおずと受け取って、コップに口をつけると一気に飲み干してしまった。
「はぁー美味しいですねぇー」
綾波はしばらくぶりの真水に感動さえ覚えた。
多少の塩分過多程度で艦娘に影響はないが、味は別だ。
「でしょう? 食事もよくなるので随分ましになりますよ。あ、ただし水を作るのに電力を使うので、無駄遣いはダメです。飲用以外の生活用水はふつうの水を使ってくださいね」
「私たち用のトイレはここ。北側にもう一つあります。人用の洋式トイレは重さで壊れちゃうので原則使用禁止です。生理用品は配給の備蓄がありますけど、あんまり質はよくないので、肌に合わなかったら自費で買ってください。西側の……そう、あの建物に購買があります。私もそこで買ってますよ」
「そしてここが綾波さんたちの兵舎です。基本的に設備は共同ですから、譲り合って使ってください。それと重要なのが、掃除はしっかりやること! 施設の汚れは心の汚れです!時々監視に来ますからね!」
兵舎内のロビーに入ると2人の艦娘たちがくつろいでいた。
「あ、吹雪さん! おはようございます!」
「なんや、新しい娘か? 補助付きか」
カチューシャを付けた茶髪の元気のいい少女は白露。関西弁の黒髪の娘は黒潮と名乗った。
二人は興味深げに綾波を見る。
「うちの鎮守府は輸送と哨戒が主任務なので実際のところ結構暇なんですよ」
と吹雪は綾波にそっと教えた。
「特型駆逐艦 綾波です。今日からよろしくお願いします」
「よろしくな。補助付き」
「よろしくね! 綾波ちゃんの部屋は105だよ。私は111で1番が三つだよ!」
「綾波さんの船は明日進水式を行います。今日は部屋の掃除と周辺の準備だけしてください。一緒に出撃することはないですけど、今日からよろしくお願いしますね」
吹雪はそう告げると、兵舎を後にした。
黒潮と名乗った少女は綾波に近づいて、
「うちの鎮守府はまだ艦が少ないからな。補助付きなんかでも個室がもらえるんやで。
ま、うちは兵学校時代に平常時艤装解除許可もらえたからな」
と、からかうような口調で綾波に絡んできたが、生まれ持っての性格なのか、特に気にした素振りも見せずのほほんとしていた。
綾波が105号室の新しい自室に入ると、狭い部屋に備え付きの小さな机と、二段ベッド2つが出迎えてくれた。
今までと違う初めての環境に期待を込めながら深呼吸をする。さすがに誰もいない部屋は埃のにおいがしたが、それさえも芳しく思えた。
持っていた小さな使い古された鞄からわずかな私物を取り出す。教練書や、筆記用具。わずかな下着類。その拍子に一枚の紙がひらりと落ちた。
綾波と何人かの人間が写っている写真だ。
「全然覚えてないけど、何故か捨てられない。大事な写真なのかな……」
自分と、見覚えのない顔が笑っている写真を手にとって机に置いた。
写真の裏には“絶対忘れるな!”と書かれていた。
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[chapter04: 進水式 ]
綾波が鎮守府に配属になった翌日。
軍港には造船台に乗った真新しい軍艦の姿があった。駆逐艦綾波、その船体である。
艦娘の人型は甲体、船型は乙体と呼ばれ、二つで一つとなっている。甲体は脳であり、乙体は手足にあたる。
乙体中枢室。艦娘甲体を格納する最も重要な部屋であり、厚い鉄の壁で最も強固に守られた部屋である。
ここで説明を受けている吹雪と綾波の姿があった。
「主神経はこちら、こちらに格納されているものは……」
綾波が兵学校でやってきたものと基本的に同じ構造なので、確認程度の内容だった。
「どうですか? もう一つの自分が来た気分は?」
吹雪が綾波に問いかけた。
「うれしいですけど、なんだかまだ実感が湧きません……」
「接続してみれば間違いなく綾波さんの自身だって感じられますよ」
一通りの説明を受け、試験接続に入る。
船の外には提督や非番の艦娘、鎮守府の海兵たちが集まっている。
「綾波甲体、第1から第14までの艤装神経配線接続します」
綾波は中枢室の中心にある椅子にゆったりと腰を下ろし、艤装に神経配線を繋いでいく。
「綾波甲体、第1から第14までの艤装神経配線接続を確認」
一つ一つの作業を発声しながら確認する。
最後に直径8cm程の太い配線を手に取った。配線の先には長さ5cmほどの針のような端子が付いている。
「綾波甲体、主神経接続します」
綾波は後頭部の髪を少しずらすと、その下には穴があいていた。穴に針のような端子を合わせ、ズッと差し込む。
「うっ……」
綾波の眉間に少し力が入る。
「綾波甲体、主神経接続を確認。続いて綾波甲体、乙体との接続に入ります」
そう言うと、綾波の四肢は力なくだらりと落ち、眠ったように頭を垂れた。
接続を開始した綾波は乙体自身になり、綾波の認識下での乙体と甲体の境界がなくなっていく。
(これは艦の外の風景……感覚が鋭利に流れ込んでくる……! 兵学校の練習艦とは比ならない……! 私は船……駆逐艦綾波……あぁ、気持ちが良い………)
「綾波さん?」
接続作業がわずかに停滞したことで、吹雪が椅子に力なくもたれている綾波に声をかける。
「……」
綾波からの反応はない。
吹雪は軽くため息をついたあと、綾波のそばに近づいて見下ろす。
「行きますよ!」
拳を作ると、綾波のやわらかそうな頬を強かに打ち据えた。
力の抜けていた綾波の四肢がビクリと震え、接続された配線がガシャリと音を立てる。
中枢室の空気が凍る。
「綾波さん! 何をしているんですか! 快感に飲まれている場合じゃないんですよ!」
吹雪が一喝した。
「……」
しばらくの静寂。
「……すみません。視界、問題なし。聴音、問題なし」
綾波の口からではなく、室内に設置されているスピーカーから言葉が発せられた。
「発声、問題なし」
「綾波、接続を完了」
同時に船の外のスピーカーでも同様の声が発せられ、外の兵たちや艦娘から拍手が起こった。
提督が一歩前に出て、銀の斧で支綱を切断すると、ワインボトルが勢いよく船体に叩きつけられ、綾波乙体はゆっくり造船台から進水台を滑り、水面へと入った。
先程よりも大きい拍手が巻き起こる。
その後進水式は滞りなく進んでいき。
「綾波甲体、乙体との接続を解除します」
と言ったあと、ゆっくりと瞼を開けた。
「……主神経を切断します……うぅっ」
手を持ち上げて後頭部の配線を抜こうとするが、手に力が入らないらしく手こずっている。ようやく外すことができたので、次は体を上げようとするが、
「あ、あれ……? 体が……」
綾波は椅子から転げ落ち、床に叩きつけられる。
「早く起き上がって配線を切断してください」
床に芋虫のように転がっている綾波に対し、驚いた様子もなく吹雪が言い放つ。
「か、体が上手く動きません……」
いつもと違う身体の不調に綾波は困惑の表情を浮かべる。
「知っています。初めての実戦艦との接続で体性神経系と第三神経系が混乱しているだけです。早く起き上がってください。司令官もお待ちです」
「……はい」
綾波は返事はするものの、体は全く言うことを聞かない。
焦りばかりが綾波を支配する。
「甘えてないで立ちなさい! ここは兵学校などではありませんよ!」
吹雪が怒鳴りつける。
綾波は必死に力を入れて、無理やり体に言うことを聞かせようとする。
少しずつ、時間はかかりながら体を起こし、椅子にへばりつきながら立ち上がった。上手く動かない不器用な手を必死に動かし、配線を外していく。
最後の配線を外し、「綾波甲体、艤装神経配線を切断しました」と言いながらふらりと前に倒れた。
吹雪がそれを抱きとめて優しく声をかける。
「お疲れ様でした。よく頑張りました。さぁ、司令官が下でお待ちですよ」
綾波はホッとした表情で、吹雪の肩を借りた。
肩を借りたまま外に出ると、心配した顔の提督がいた。
「大丈夫か? 吹雪、どうだった?」
「ええ、問題ありません。私の時はひと晩立てませんでしたから」
吹雪は提督に笑顔を返した。
その様子を見てほかの艦娘たちが、
「ずるい! 司令はん、うちのときはそんなに心配してくれへんかったで!」
「提督が艦娘の心配している顔見るの初めてクマー……」
「私の時は提督はもう帰っちゃってました!」
と、不満を漏らしていた。
そのやりとりを聞きながら、綾波は達成感と心配してもらったことへの充足感を感じていた。