重なり寄せる波の音は   作:つかちー

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索敵

[chapter39: 準備 ]

 

 以前の作戦のように、全ての艦娘が提督執務室に集まっている。警備任務から戻ったばかりの黒潮、白露、綾波も例外はない。疲労はほとんどないように見えるが、戦闘での集中力の欠如がないとは限らない。

 提督は今ばかりは保有する艦娘の少なさが恨めしいと感じた。

「我らの鎮守府海域に潜水空母姫が出現した」

 提督の一言で吹雪と綾波を除いた全員に戦慄が走る。

「何故そんな大物がこんなところに……!?」

 はぐれ駆逐艦から重巡洋艦程度しか現れないこの海域周辺に、姫級の敵艦が現れたというのは俄かには信じがたい状況だった。

「信じがたいが事実だ。お前たちにはこれを殲滅してもらう」

 提督はいつも冷静に発言する。もし慌てれば、それは艦娘にも波及するからだ。

「は、早く出撃しないと!」

「うちらで何とかなるんか!?」

 しかしそれでも白露と黒潮はやや混乱している。

「落ち着け。わずかな時間を惜しんで情報の整理共有を行わない部隊に待つのは速やかな全滅だ。出現した潜水空母姫は単艦でこの海域から中央の鎮守府方面に向かっている。敵は鈍足な潜水艦だ。我々は全速でこれを追撃、処理する」

 伊58と球磨はおよそ2倍の最大速度差が存在する。

「追いつけたとして敵う相手なのか?」

「安心しろ。お前たちでは難しいと思うが、今回の作戦には吹雪も出撃する。

 吹雪を全力で支援しろ」

 それを聞いた艦娘たちは吹雪を顔を見て、少し安心したような表情になる。しかし綾波は他の艦娘たちと違い、安心どころか不安を抱えていた。

「敵艦との予定接触位置はこの周辺。この周辺は比較的水深が浅い。ここならば敵艦の潜行条件を満足させることはないだろう。中央からも援軍が来るかもしれないが、それを期待するだけの時間はない。旗艦は設備や艦橋の位置の関係上、通常通り球磨とする。では出撃準備にかかれ!」

 提督の掛け声と共に全員が一斉に退室し、出撃準備に取り掛かった。

 綾波の船体は損傷が小さかったためもう再生は終わっていたが、有機物溶液まみれだったため、出港してから清掃作業を行うことになった。この清掃作業を怠れば付着した有機物溶液が腐敗し、カビなどが繁殖して船内の衛生環境は最悪になる。

 

 艤装室で艤装を行っている際に木曾は綾波に話しかけた。浮かない表情をしている綾波が気になっていた。

「不安なのか? 敵は強大だが、今回の作戦には吹雪さんがいる。大丈夫だ」

 もちろん木曾も戦闘に自信はあるが、ここは吹雪の名を出したほうが効果的だと思った。

「……そうですね。大丈夫です。綾波、頑張りますね」

 綾波は努めて笑顔を作ろうとするが、表情は強ばったままだ。

「……」

 木曾は綾波が強い敵と戦うことに対して不安を抱いているわけではないと気づいたが、何がそれほど気になっているかの正体がわからず、それ以上には掛ける言葉がなかった。

 

「吹雪さん、本当に妖精さんたち無しでいいんですか?」

 白露は吹雪に尋ねる。

「ええ。慣れていない人たちが乗っても逆に混乱しちゃいますから」

 吹雪の答えに白露はそういうものなのかなと納得するが、その答えは吹雪の本心ではなかった。慣れていない乗員は確かに最大限の働きはできないが、決して邪魔ではない。自分の行く末を知っているから、船員を拒否した。

 吹雪は黙って淡々とその時のための準備を行っていた。

 

 全艦の準備が整い、六隻編成の艦隊が鎮守府港湾から出港していった。

「道中は速度を重視し単縦陣。作戦海域周辺に入り次第、単横陣に切り替える。敵潜水艦からお互いの横腹を隠せ。両端は球磨、木曾の比較的装甲の厚い艦で固める。潜水艦との戦いは発見できるかどうかにすべてがかかっている。目を凝らせ。耳を澄ませ。気を抜けば仲間が沈むと思え!」

 吹雪を除き、誰も経験したことのない強敵への戦いが始まろうとしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter40: 航空戦 ]

 

「球磨、何か見えるか?」

「……周囲には何もいないクマ」

 球磨は水上偵察機による上空からの索敵を行っている。

「聴音はどうだ?」

「今のところ何も聞こえへん」

「こっちも怪しい音はわかりません!」

 艦隊はこのやりとりを何度も行っていた。

 敵は熟達した潜水艦。あらゆる方法で自身の存在を隠す術を知っている。

 艦隊は見えない敵に精神が削られてゆく。見えないが、確実にいる。そして次の瞬間には攻撃を受けるかも知れないという恐怖。それはまるで海底に沈められたような閉塞感と窒息感だった。

「クマ?」

 球磨が何かを発見した。

「見つけたか?」

 提督は声を潜める必要がないのに、自然と小声になる。

「あれは……水上機? ……4時方向! 敵水上機クマ!」

 球磨の偵察機めがけて、一機の敵水上爆撃機が格闘戦を仕掛けてきた。

「水上偵察機は対潜索敵の主力のひとつだ! 落とされるな!」

 敵水上機は球磨の偵察機よりも高高度で格闘戦に入る。位置エネルギーで負ける偵察機は圧倒的不利状態からの戦闘となった。その上、偵察機は最大速度、機銃の火力でも大きく劣っている。

 航空格闘戦での結果は火を見るより明らかと言える。

 敵水上機の機銃掃射。球磨の偵察機は高度を下げることにより落下エネルギーを足して速度を稼ぎ、旋回回避する。

 これで更に偵察機は位置エネルギーを失う。

 敵水上機は更に追いながら機銃を続けて放つ。放たれた銃弾は球磨の偵察機の翼を削り取る。

 お互いがすり鉢状に高度を下げながら、有利位置からの射撃を行っていく。より低高度、より低速になりながら球磨は必死に離脱する機会を伺う。しかし速度で劣る偵察機では、離脱は不可能と言えた。

 球磨はギリギリで回避し続けたものの、やがて敵水上機は偵察機の機関を打ち抜いた。

「やられたクマ!」

 球磨の右目から血涙が滴り落ちる。

「偵察機を失ったか……まずいな……!」

 敵水上機は偵察機を落とした程度で満足するわけはない。更に艦隊に向け飛行する。

「防空用意! 一機程度、対空砲火を集中して落とせ!」

 艦隊は円回避運動に入り、機銃を上空へ向ける。吹雪は対潜装備に偏重しているため、有用な対空装備はない。

 間もなく、敵水上機が迎撃範囲に入る。

 五隻の機銃掃射が一機の水上機に集中する。しかし、当たらない。

 まっすぐに飛ぶかと思えば降下し、更に旋回したかと思えば速度を戻す。まるで中空を漂う羽毛のように対空砲火をひらりひらりと躱す。

 吹雪が十分な対空装備をしていればあるいは撃墜できたかもしれないが、敵水上機はやすやすと対空砲火をくぐり抜ける。

 白露の直上を捉えると急降下を始める。速度を十分に乗せた爆撃を行う為だ。

 投下された爆弾は白露の左舷中央に向かって高い風きり音を立てながら高速で落下。

「うわああああっ!」

 船体が跳ねるかと思うほどの爆発。

 250kg級爆弾の急降下爆撃を受けた白露は甚大な損傷を受けた。艦橋構造体は大きく曲がり、直撃を受けた左舷甲板には大きな穴が空いていた。

 白露はごぼっと明るい赤色の血を吐きながら、がくがくと痙攣する。

「白露! 損害を報告しろ!」

 提督は叫んだ。しかし白露の返事はない。

 もうもうと煙を上げる船体はもはやただ浮いているだけだということは誰が見ても明らかだった。

 爆弾を使った敵水上機は悠々と4時方向へ飛び去っていく。

「提督! 白露さんの損傷が大きすぎるクマ! 撤退を!」

 球磨の進言に、提督の回答は非情だった。

「……進撃。白露は置いていく」

 艦娘たち全員が息を呑んだ。

 吹雪を使えるのは今回限り。撤退をしたとしても、曳航などしていれば伊58の餌食となるのはわかりきったことだった。撤退も進撃も、白露を置いていくしかない。ならば進撃をするより他、提督の取れる選択肢は無かった。

「どうした? 4時方向に進撃だ。敵水上機の方向へ向かえ」

「了解……」

 艦隊は回頭し、敵水上機の飛び去った方向へ向かった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter41: 開幕 ]

 

 白露の落伍は艦隊とって大きな痛打となった。戦力的にももちろん痛手ではあったが、それ以上に危険な損害があった。

 精神的打撃だ。

 吹雪は絶望的状況を幾度となく経験してきたためにそれを跳ね除ける強さを持っていたが、艦娘たちに広がった敗戦の想像。勝てないのではないかという不安。そして、提督が白露を見捨てるということに対する不信感。

 それは厭戦感情として艦隊に蔓延し、負の連鎖となる恐れがあった。

 艦娘は提督を盲目的に信じるが、見捨てられるかもしれないという恐怖はその信仰心ゆえの負の側面である。提督は正しい。故に捨てられる。そのような思考が艦娘に過ぎってしまう。

 艦娘は簡単には沈まない。船体の構造が破壊されても張り巡らされた筋組織がお互い繋がり、かろうじて浮ける程度には保たれる。

 艦娘が沈む、または死ぬのは、筋組織が耐えられないほどの損傷を続けて受けた場合。炎上などにより筋組織そのものが焼けて機能しない場合。または艦娘甲体が格納されている中枢室が破壊もしくは船体から切り離された場合である。

 提督はこの状況を乗り越える為に艦娘たちに話す。

「白露はまだ沈んでいない。敵爆弾が焼夷能力の低い大型装甲艦用で運が良かった。こちらの戦力を過大評価していたのだろう。だがもしこの海域を彷徨う敵艦に見つかれば生存の可能性は皆無と言える。白露を生かすために我々ができることはひとつ。敵潜水空母姫を撃滅し、返す足で白露の救出を行うことだ。……白露を助けるために、皆、力を貸してくれ!」

 提督は艦娘たちに白露の命を背負わせる選択をした。

 白露を助けるためには勝つしかない。

 厭戦感情は払拭される可能性が高いが、同時に焦りも生む。諸刃の剣だった。

「そうクマ……! 白露さんを助けるクマ!」

 提督への信頼感が強い球磨が最初に反応する。

「弱気になるところだった。俺らしくなかったな。……やってやる!」

 次に勝気の強い木曾。

「絶対死なせへん!」

「綾波……もう迷いません!」

 二人の意識に引きずられるように、黒潮、綾波も反応する。特に綾波は戦闘前は士気が低かったが、この白露を救うという使命感により払拭された。

 提督はこの結果に満足しつつも、白露を置いていくことを決断した自分を罵っていた。

 

艦隊は敵水上機が飛行した方向へ進んでしばらく、水上機は随分と遠くなり、見失いかけていた。

 しかしここで水上機は旋回し高度を下げ始める。どうやら岩礁の影で着水をしようとしているようだ。

「あそこに敵潜水艦がいるんでしょうか……?」

 提督は少し思案し、決断をする。

「危険だが水中音波探信儀を使う。全員聴音逃すな。綾波、打て!」

「綾波、ピン打ちます!」

 ピンっと超音波が水中を駆ける。

 たちまち時間差でコーンコーンと反射音が辺りから返ってくる。

「敵水上機着水予想地点に物体発見!」

「岩礁裏でわかりにくいけど、大きさと形から察するに潜水艦の可能性は高いで」

「エンジンの音が聴音機に乗らなかったことから考えると、停止しているな……提督、一気に決着をつけよう!」

 全員が潜水艦大の物体を捕捉した。艦娘は表示機などは使わず、聴覚と接続した聴音機で直接脳内に映像を作る。

「よし、全艦正面岩礁を包囲するぞ!」

 艦隊は岩礁に向かって進む。気が早っているのか木曽が大きく突出する。

「木曾、危険だ。速度合わせろ」

「大丈夫だ! こうしている間にも白露は危険にさらされ続けている!」

 木曾の士気は十分に高いが、面倒見の良さが悪い方向へ向いている。

 提督は平静を装ってはいたが、内心焦っていた。

 白露を死なせたくはない。ましてやそれが自分の決断のせいで。その焦りが状況の分析・理解を妨げていた。

 提督は違和を感じるのが遅かった。

 この状況はありえない。

 何故敵水上機はまっすぐに母艦へ向かったのか。

 何故見えるような位置で着水準備に入ったのか。

 それを熟達した潜水空母が行うのか。

 ハッと顔を上げ叫ぶ。

「木曾! 引け! 罠だ!」

 提督は木曾に後退を指示するが、もはや遅かった。一人前進し岩礁の裏が視界に入った木曾は驚きの声を上げた。

「なんだこれは……潜水艦なんかじゃない! ただの突き出た岩礁だ!」

 水中で岩礁が大きく横に張り出し、丁度潜水艦のような形状をしていた。

「木曾さん! 全速右二点回頭!」

 吹雪がなにかを察知し叫ぶ。

「くそっ!」

 木曾は素早く回頭運動に入ったが、その瞬間、爆発音と共に巨大な水柱が上がる。

「木曾ー!」

 

 

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