重なり寄せる波の音は   作:つかちー

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処断

[chapter42: 索敵 ]

 

「ぐあああっ!」

 ギシギシと軋む船体に木曽が悲鳴を上げる。

「木曾! 損害を報告しろ!」

 球磨の位置からは木曾の被害詳細は見えないが、船体が大きく歪むなどはしていない。

「だ、大丈夫だ! 直撃は回避した! だが魚雷の至近弾で装甲に亀裂発生、浸水している!」

 吹雪の声でわずかに動いた木曾は魚雷をかするような距離で回避に成功した。直撃弾ではなかったものの通り過ぎた魚雷は岩礁に接触、爆発し木曾に大きな衝撃を与えた。起爆地点から近かった装甲部はもちろん、船体内部にも大きな損害を受けている。

「くっ……! 聴音機が破損した! 主砲二門の装填機構も破損している。浸水の影響で速力が上がらない!」

 改造された木曾でなかったら、その程度の被害では済まなかったかもしれない。被害が小さいとは言えないものの、提督はその程度で済んだことに感謝した。

 着水体制に入っていたかに見えた敵水上機はまたふわりと高度を上げ、飛び去った。

「司令官! 敵は1時方向にいると予想されます!」

 唯一魚雷に気づいた吹雪が敵の位置を予測した。

 その時、全艦の艤装通信に雑音が混じった。

「また正体不明の艤装通信クマ!」

「以前の哨戒掃討作戦の時と同じや……!」

 球磨は発声機にその通信を繋げる。確かに声質こそは違うものの以前の作戦同様の声だ。

 

「――アイタイ――ジャマヲ スルナラ……シズメ――!」

 

「この声……!」

 綾波には聞き覚えがあった。そして、吹雪にも。

 不気味の雰囲気を孕んではいるが、その声は伊58の声だった。

「潜水空母姫からの通信です。姫級は艤装通信に割り込むことがあります」

 吹雪の声に感情はない。このような戦友の声を聴いて吹雪が何を思ったのか、綾波にはわからなかった。

「確実にいるということだな……綾波、ピンを打て。吹雪の予測した方向から返る音に注意しろ」

 綾波は超音波を走らせる。全員がより集中して1時方向に耳を傾ける。

「なんだか水中音が気持ち悪いです」

「水温の違う層があってわからないクマ……!」

「岩礁も多い……これは判別が……」

 この周辺は海流や流れの関係で音波の伝わりが複雑化しており、対潜戦としてはさながら密林のように視認性が悪くなっていた。

 敵潜水艦も同条件なのだが、この海域を知り尽くした熟練潜水艦だ。これにより自身の存在を隠匿し、その影から攻撃を仕掛けてきていた。

 しかし、それとも負けない経験を持つ艦が艦隊にいる。

「……発見しました! 海流の関係で正確な位置まではわかりませんが、この先、距離おおよそ2000前後です!」

 吹雪が敵潜水艦の位置を割り出した。

「さすが吹雪だな。位置さえ割り出せば潜水艦など恐るるに足りない。確実に処理するぞ」

 艦隊は被害を出しつつも、確実に敵潜水艦に近づきつつあった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter43: 魚雷 ]

 

 艦隊は球磨、吹雪、黒潮、綾波の四隻だけとなっていた。木曾は損傷のため戦速維持困難となり、戦列から落伍していった。悔しそうに自分の不甲斐なさを呪いながら。

 進撃する艦隊は敵潜水艦を追い詰める。速力の差は歴然。敵潜水艦が逃げ切るのは非常に困難と言える。

 聴音は相変わらず潮流の関係で困難を極めていたが、敵潜水艦をかろうじて捕捉していた。

 吹雪は敵潜水艦の悪あがきを聴き取る。

「魚雷発射管が開放されました」

 もちろん、他の艦は聞き取れなかった。艦隊で機動している場合、他の艦の音が混ざり微小な音を聞き分けるのが難しくなる。それでも聞き分けた吹雪の認識能力が特殊なのだった。

「回避運動に入れ! 敵は距離2000であっても正確な雷撃を行ってきた。油断はするなよ!」

 艦隊は回避運動に入る。

 しかし、吹雪は提督の命令を聞き入れず直進する。

「敵は恐らく魚雷発射と共に潜行、離脱する予定です。回避していたら逃がしてしまうかもしれません!」

「何を言っている! 直撃すれば、いや、至近弾でも喰らえば動けなくなるぞ!」

 吹雪は進路を変えない。

 お互いの言っていることはそれぞれが正しい。むしろ吹雪が行っていることは理想であって無謀と言えた。

 敵潜水艦から魚雷が放たれる。それと同時に回頭し離脱体制に入った。

 まっすぐに六本の雷跡が艦隊に向けて伸びる。そのうちの一本は確実に吹雪に命中するであろう軌跡を描く。

「方向とタイミングがわかっていれば――!」

 吹雪はわずかに回頭し、敵魚雷に向けて魚雷を放つ。さらに主砲を俯角に向け一帯を薙ぐように斉射した。

「この軌道……敵魚雷と交叉するクマ!」

「な……!? 聴音やめろ! 急げ!」

 大爆発を予想し、提督は聴音機の停止を指示。

 同時に吹雪前方で魚雷同士が衝突。二発分の魚雷による大爆発が起こる。その衝撃波で周囲の魚雷も反応、爆発した。巨大な水の壁が立ち上がる。

「こ……こんなことが可能なのか……!? 最新の対魚雷短魚雷でもここまではできないはずだ……」

 提督は信じられないと言った様子で目を丸くする。

 吹雪は水の壁に突き進むかのように、前進をする。回避運動を予測していた敵潜水艦は前進を続ける吹雪に、離脱する機会を奪われた。

 もはや勝負は決した。

 いち早く敵潜水艦に追いついた吹雪は水中音波探信儀で位置を確認し、爆雷を投下。もともと浅いこの周辺海域では潜水艦は十分に潜行できず、三次元運動による回避ができなかった。

 爆雷の衝撃で大きく損傷を受ける。

「――アアアアアア!」

 艤装通信に敵潜水艦から悲鳴のような叫びが闖入する。

「よくやった吹雪! 艦隊、一帯に向けて爆雷投下始め!」

 球磨、綾波、黒潮がさらに追いつき、一帯へ爆雷を投下。駆逐艦に捕捉された潜水艦の末路は一つしかない。

 損傷が広がりすぎた潜水空母姫は緊急浮上を開始。その船体を水上に現した。

 それを視認した綾波と吹雪は息を呑む。

 深海棲艦に成り下がった伊58の悲惨な姿に。船体から流れ落ちる海水がまるで泣いているようだった。

「イタイ――アイタイ――テイトクニ――」

 息も絶え絶えとなった潜水空母姫の慟哭が聞こえる。

「そうですね……私も……会いたいです。寂しくないですよ。すぐに私も行きますから……」

 吹雪はそう言うと、浮上した潜水空母姫に主砲をゆっくりと向けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter44: 頑固 ]

 

 吹雪の放った砲弾は潜水空母姫を激しく破壊する。異形の生物となった伊58は何かの体液をまき散らしながら、その動きを停止した。

 だが吹雪は砲撃を止めない。

 艦娘が大破しようと沈まないように、深海棲艦も滅多に死ぬことはない。撃沈された深海棲艦は多くの場合、深海で傷を再生させ、力を蓄えて水上にまた現れる。

 偶然にも沈まずに座礁などしていれば鹵獲できるが、戦闘で殺しきれることは極稀。それが同じ海域に同一規模で何度も深海棲艦が現れる理由だった。

 故に、吹雪は砲撃を続ける。

 戦友だった伊58を完全に殺しきるために。鹵獲されれば、研究材料として長い時間をかけて弄ばれる。殺すということが吹雪のせめてもの優しさだった。

 吹雪が砲弾を撃ち尽くした頃、潜水空母姫の形はなくなっていた。その散り散りとなった残骸が辺りに浮いている。恐らく再生の見込みはないほどに。

「吹雪さん……」

 綾波に戦友を殺した吹雪の気持ちはわからない。

「……白露さんの救助に行きましょう」

 吹雪の声は抑揚がほとんどなかった。

 提督は吹雪が伊58を砲撃する間、他の艦娘に砲撃命令を出さなかった。吹雪が前もって「殺すときは私の手で」と頼んでいたからだ。

 木曾と合流し白露の救助に行った艦隊は、白露の死を覚悟をしていたが、白露は潮流に多少流されていたものの大破した時の姿のまま残っていた。

「ひっどーい! 気がついたとき誰もいなくて死んじゃうかと思った!」

 既に意識を取り戻していた白露は提督たちを罵るが、その言葉には悪意は全くなく、救助に来てくれたことに対する嬉しさが溢れている。

 白露の明るさに、救助に来た提督の方が救われたような気分になった。

 大破した白露を黒潮が曳航することになり、艦隊は帰港する進路を取る。

 しかし、吹雪は機関を停止した。

 吹雪の喫水位置が少しずつ高くなっている。注水を行っているのだ。

「吹雪さん? 帰りますよ?」

 突然停止した吹雪に他の艦娘たちは何事かと質問するが、吹雪は答えない。

 短い沈黙の後、

「提督。お願いします」吹雪は一言、そう言った。

 提督は吹雪の言葉を聞くと固く目を瞑り、奥歯を強く噛み締める。

 そして深くため息をついてから、

「……黒潮、綾波。雷撃用意。目標、吹雪」

と震える声で命令した。

 艦娘たちは提督の命令の意図がまるで理解できなかった。

「え……? なんでうちが吹雪さんを雷撃しないといけないんや……?」

「じょ、冗談だろう? 吹雪さんは損傷してないし、先ほどの戦いも見ていただろう……!?」

 艦娘たちは困惑していた。

「命令だ。雷撃用意」

 続けて提督は命令する。

「……!」

 黒潮は提督の命令に逆らえず、魚雷発射管を吹雪に向ける。

「こ、こんなのおかしいです! 吹雪さんを沈めるなんて、できません!」

 綾波は抗命し、必死で提督に訴えかける。

「……」

 提督は答えない。

「綾波は……吹雪さんを守ります!」

 綾波はいつかのように吹雪への射線を遮る位置へ躍り出る。

「どけ! 綾波!」

「どきません!」

 吹雪をかばおうとする綾波と、艦隊がにらみ合うような形になっていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter45: 処断 ]

 

「司令官、吹雪さんなんですよ!? いくら裏返るかもしれないからって……こんなのひどすぎます! 厳しいけど優しくて強い……吹雪さんなんですよ!」

 綾波は必死に訴えかける。提督に、黒潮に。

「やめろ。早くどくんだ」

 提督は力の入った手のひらを胸に押し当て、苦しげに言う。目を伏せて、綾波の言葉に耳を傾けないようにしている。

「司令官と皮肉を言い合ったりできたのは吹雪さんだけでした。真っ向から意見を言い合っているのも吹雪さんだけでした! 今まで一緒に頑張ってきたじゃないですか! 一緒に……!」

 綾波の声は泣いているのか、震えている。

 頭ではわかっていた。裏返りつつある艦娘を処断することは正しいのだと。

 しかし、綾波は譲らない。

「綾波……もうやめろ……! やめてくれ……!」

 提督は頭を抱えて狼狽する。

 凍りつかせようとしていた心を打ち砕かれる。決心して済ませようとしていたことを一度押し止められ、身動きがとれなくなってしまった。

「綾波さん、もういいんですよ。あまり司令官を困らせないでください」

 吹雪が優しい声で綾波に話しかける。

「私、もう十分ですから。十分、楽しかったです。司令官や黒潮さんにご迷惑をかけてしまいますけど……司令官がここに来た時から決まっていたことですから。だから、もういいんです」

 吹雪の言葉に綾波は揺らぐ。死を決心した吹雪の言葉は強い。

 しかし、その言葉が提督に別の決心をさせた。

「止めだ! こんな命令、従っていられるか!」

 提督は拳を強く壁に打ち付ける。

「吹雪、接続を解除しろ。船から出て来い。お前は我々の鎮守府に必要だ! 死ぬことは許さん!」

 だが、状況は提督の意思を許さなかった。

「提督は……優しすぎますよ……出撃してすぐに癒着が始まってしまいました。もう……接続解除もできません。手足も恐らく取り込まれています……」

 吹雪の裏返りは既に始まっており、止めることはできなかった。

「知ったことか! 綾波、吹雪に接舷。接続を解除し、船員を連れて吹雪を引っペがして来い!」

「……はい!」

 綾波は吹雪に接舷すると接続解除に入る。

「そんな……! 無駄ですよ。一度取り込まれた部位は再生しても変異した組織で再生します。もう止められないんです」

「ならば再生しなくなるまで変異した組織を切除する。そのまま鎮守府に連れて行って、解体し第三神経を摘出する」

「何度も手足を切断されれば恐らく耐えられません。それに、中枢神経も侵されつつあるのに第三神経を摘出すれば、恐らく死にます!」

「耐えろ。どうせ死ぬなら、いっそ試す。だが死ぬことは許さない」

「……提督は厳しいですね」

「手足がなくなったのなら俺が養女として引き取る。一生面倒をみてやる。どうせ処分される艦娘を引き取ったところでお咎めはないだろう」

「……司令官……!」

 吹雪は提督の言葉に胸が満たされてゆく。もはや諦めていたこの先を見ることを許された。そして、思いは溢れる。

「私……本当は死にたくなんかないです……!」

 

「綾波、接続を解除しました。これより吹雪さん救出を行います!」

 綾波は接続を解除すると素早く中枢室を飛び出し、既に工具などを用意した船員と共に吹雪の船体に飛び乗った。

 吹雪の船体は綾波の船体とよく似ている。故に中枢室の場所は綾波や船員もよくわかっていた。

「この先……!」

 素早く内部を駆け、中枢室の扉を開けた。

その時。

「――綾波さん、危ない!」

 綾波のすぐ横を高速の何かが通り抜けた。

 一瞬、凄まじい光に包まれる。

 気が付くと綾波の体は吹き飛ばされていた。

「い、一体何が……!?」

 周りを見ると、引き連れていた船員たちの数人は肉片になっている。そして、中枢室からはバチバチという音と共に炎が吹き上がっていた。

 綾波は中枢室の中央の椅子、閃光の中に人影が見えた。

 

 提督の位置からは見えていた。海面を這うように進む飛翔体が、吹雪の船体の手前で爆発したのを。

「や……やめろーーーっ!」

 提督は叫んでいた。飛翔体の正体を知っていた為だ。

 艦対艦娘誘導弾。

 誘導弾から分離した先駆弾頭により外壁を貫徹、主弾頭を中枢室へ誘導し、中枢室の内部を一分に渡り焼夷する弾頭を備えた誘導飛翔体。通称、“淫売潰し”

 吹雪の砲塔やエンジン機関などがぐるぐると狂ったようにしばらく動き、やがて停止した。

 中枢室から吹き出る炎が落ち着いた頃、人の形をした消し炭しか残っていなかった。

 

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